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投稿者 : famillia 投稿日時: 2015-06-14 16:36:11 (1410 ヒット)
2015年礼拝説教

2015年6月14日 日曜礼拝説教 

基本信条としての使徒信条
 
ひとりが悩めば全体が悩み、ひとりが尊ばれれば 
全体が喜ぶ、それが「聖徒の交わり」
 
コリント人への第一の手紙12章26、27節(新約271p)
 
 
はじめに
 
半島の隣国での「マーズ(MERS)」の感染拡散がやみません。昨日(6月13日)の段階で、感染者が十二人増えて合計一三八人となり、その感染者のうちの一人が死亡し、これで同国内における死者は十四人になってしまったそうです。
 
最初に「マーズ」と聞いた時にはすぐ、火星を意味する「マーズ(MARS)」を思い出しましたが、古代の神話に興味がある人の場合は、ローマ神話に登場する「マーズ(マルス)」という神さまの名前を連想したかも知れません。
因みにローマ神話のマーズ(マルス)はギリシャ神話に出てくる軍神「アレス」に由来していますが、「アレス」はクリスチャンにとっては、パウロがアテネ市民に演説をしたことで知られている「アレオパゴス」(使徒行伝17章22節)が「アレスの丘」という意味であって、ここで軍神アレスが裁判にかけられたことに因んで命名された場所であるとして馴染んでいます。
 
その「MARS」ではない「MERS」の方ですが、これは「中東呼吸器症候群コロナウイルス」という病原体が引き起こす呼吸器感染症で、ここ三年の間に、中東つまりミドルイースト(Middle East)のサウジアラビアで始まって、一気に世界各地に感染が拡大したものなのだそうです。
 
その感染症の「マーズ(MERS)」が何でお隣の国で感染拡大が起こったかといいますと、先月(五月)四日、バーレーンに半月ほど滞在した六十八歳の男性韓国人がこの「マーズ」に感染しているとは知らずに帰国をし、一週間後に発症したことから病院に行ったのはよいのですが、ここはダメ、ここも合わないといって、四つもの病院を次々と渡り歩いたことにより、それらの病院内で多数の感染者が出てしまったようなのです。
 
このような事態が起きた場合、一般常識としては、感染者はもとより、感染者と接触をした者は病院や自宅で隔離ということになりますが、自宅で隔離中の者の中には、家に閉じこもっていると息が詰まるというので、友人を誘ってゴルフに行った者や、旅行に出かけてしまったという豪の者もいるそうです。
 
また、信じ難い事ですが、「マーズ」の症状が出ているにも関わらず、多数の人が参加する会合に出席していた医師もおり、そんなこんなで拡散が止まらず、現在は四次感染者も出ているとのことです。
しかし、そうなりますと素人としては、感染爆発の「パンデミック」が引き起こされる危険性を心配してしまいます。
 
なお、「マーズ」の実態調査のために韓国を訪れていたWHO(世界保健機関)と韓国の合同調査団が、昨日発表した調査結果によりますと、「韓国での流行は大規模で感染者が今後も増える可能性がある」とのことです。
また、韓国の防疫措置については「ある程度効果をあげているが、感染の終息には時間がかかる」という見通しを示したとのことでした。
 
感染拡散の原因としてあげられたものの一つが、親戚や上司が入院したというと、一斉に見舞いに訪れ、しかも病室には長時間滞在するという彼の国独自の習慣です。
また、閉じこもるのが嫌いで人と接触することが大好きという、外交的、社交的な国民性に加え、普段から大声で飛沫を飛ばしながらしゃべり回るという習慣が裏目に出て、感染拡散につながったのではないかという見方もあります。
 
同国における感染拡大の終息を願うと共に、我が国にウイルスが持ち込まれることのないよう、ただただ祈るばかりです。
 
ところで人というものは、ひとりでは生きていけません。赤ん坊が良い例です。
草食動物の馬であるならば、生まれてから数時間で立ち上がって歩きだすそうですが、人間はそうはいきません。
また、自分の足で歩くことができるようになったからといって、自立できるわけではありません。
 
来週あたり、選挙権行使の権利を現行の二十歳から十八歳に引き下げるという「公職選挙法」改正案が国会で承認される見込みのようですが、引き下げは十八歳を大人と見做す動きを加速させることになるかと思います。
しかし、十八歳を大人扱いとしても、人が大人であると認められるには、少なくとも十八年はかかるということを意味するわけであって、年齢ととして大人になったとしても、人というものが他者との出会い、あるいは交わりの中でしか生きていくことができないという事実には変わりはありません。
 
問題はその交わりが健全な交わりであるかどうか、それが人の不断の成長を促すようなよい交わりであるかどうかです。
 
使徒信条も今週で、終わりから数えてあと四回となりましたが、今週は、聖霊がもたらす賜物の一つである「聖徒の交わり」について解説をしたいと思います。
「聖徒の交わり」は私たちがこの地上にあって信仰的、霊的に健やかに成長するために不可欠の要因です。
 
そこで今週の礼拝説教のタイトルは「ひとりが悩めば全体が悩み、ひとりが尊ばれれば全体が喜ぶ、それが『聖徒の交わり』」としました。
「聖徒の交わり」の中を生きることの幸いというものを、改めて噛みしめたいと思います。
 
 
1.「聖徒」とは気高い聖人のことではなく、罪赦された元罪びとのこと
 
 使徒信条は「聖なる公同の教会(を信ず)」という信仰告白に続いて、「聖徒の交わり(と信ず)と告白します。
 
「聖徒の」とありますが、ラテン語の「サンクトールム」とは「聖なるもの」のことで、具体的には神殿の奥の「聖所(至聖所)」を意味しました。そこでそこから「聖餐」、そして、さらに転じて「聖なる者」「聖徒」を指すようになったわけです。
では「聖徒」とはどのような者のことを言うのでしょうか。
 
ローマ・カトリック教会は少し前まで、この条項を「諸聖人の通功(つうこう)」としておりました。つまりここでいう「聖徒」とはローマ教会が認定した「聖人たち」を指すというわけです。
 
では、「聖人」とはどのような者をいうことですが、段階があります。
カトリック中央協議会によりますと、教皇庁に設けられている「列聖省」という機関が「聖人」の候補者をリストアップします。
 
リストに挙げられた人はその段階で「神の僕(しもべ)」と呼ばれるようになり、次の段階で「尊者」と宣言されます。
 
そして、「尊者」と宣言された人の生涯が調べられて、徳の高い行為や殉教したという事実が確認されますと、「福者(ふくじゃ)」に列せられます。
但し、殉教者ではない場合、「福者」と認められるためには重病を癒すなどの奇跡が必要となります。
 
そして「聖人」ですが、「福者」の列に加えられた者の中から、その生存中にキリストの模範に従うと共に、更にもう一つ、目覚ましい奇跡を行った者を、各種の厳密な調査と手続きを経て、教皇つまり法王様が「聖人」の列に加えると宣言をし、公に認められることになるのです。
 
このように目出度く「聖人」に列せられた者には、地上の信者はキリストへの取り次ぎを願うことができるようになり、また特定の「聖人の日」が定められます。
一方、「聖人」に列せられた者も、天において地上の信者のために執り成しをすることができるようになるというわけです。
 
私たち凡人はこういうことを知りますと、「わしゃ、アカン」と思います。「聖人」に列せられるどころか、天の御国の端っこに入れてもらえるだけで有り難い、と思うのですが、幸いなことに聖書は、殉教しなくても、奇跡を何一つ行わなくても、心の底から悔い改めて、「イエスは主なり」と告白した者を「聖徒」と認定してくれるのです。
 
ローマの集会に宛てられたパウロの書簡の冒頭の挨拶の言葉です。
 
「あなたがたもまた、彼らの中にあって、召されてイエス・キリストに属する者となったのである― ローマにいる、神に愛され、召された聖徒一同へ」(ローマ人への手紙1章6、7節 新約聖書口語訳233p)。
 
 ここでいう「彼ら」(6節)とは、神による救済と宣教の対象である「異邦人」(5節)、つまり異教徒のことで、その異教徒の中から先に「召されてイエス・キリストに属する者となった」(6節)者、つまりクリスチャン(クリスチアヌス)はみな、「神に愛され、召された聖徒」(7節)なのです。
 パウロの書簡によれば、使徒信条の「聖徒の交わり」の「聖徒」とは、気高い聖人を指すのではないということになります。
 
勿論、信仰の勇者として苦難の中、信仰のために戦い抜き、殉教の死さえも遂げた先人たちを尊敬することにおいて、私たちは吝かであってはなりません。
しかし、「聖徒の交わり」の「聖徒」とは、地上にあって、地道に信仰を持ち続けている無名の信仰者たちを言うのだということを、改めて確認したいと思います。
イエスを主と告白をしているならば、誰もが立派な「聖徒」(使徒信条)のひとりなのです。
 
 
2.「聖徒の交わり」は諸聖人の功徳に与かることではなく、神の家族としての交わりを意味する
 
さて、その「聖徒の交わり(を信ず)」という信仰告白の意味ですが、ローマカトリック教会は使徒信条を現行の口語体に改訂するまで、この部分を「諸聖人との通功(つうこう)」としておりました。
 
「諸聖人」とは前項で説明しましたように、諸種の調査と手続きを経て、尊い「聖人」の列に名を連ねた者たちのことです。
 
そして「通功」とは、「功」績を融「通」してもらうという意味です。つまり、聖人たちが積み上げてきた信仰と善行という功績は、彼らが自らを救済するには十分すぎる程のものなので、そこで、功績が不足している一般信者にもそれを分けることができる、融通することができるとしたのでした。
 
プロテスタントから見ますと何とも奇妙な考えですが、このような理解に立つからこそ、洗礼を受ける際には洗礼名として、名高い「聖人」の名をつけてもらい、以後、その天にいる「聖人」は彼あるいは彼女の生涯にわたる守護聖人となって、彼らを見守り支えるというわけです。
 
考え方によっては、いつもボディガードが側にいてくれるような、そんな心強さを感じるかも知れませんが、そうなりますと、キリスト信仰がぼやけてきて、聖人信仰になってしまわないのかと、ついつい心配になったりしてしまいます。
 
でも、使徒パウロは天にいる「聖人」があなたを守護してくれるとは言っていません。偉い「聖人」ではなく、神の霊である御霊が助けてくれるのだと使徒は言います。
 
「御霊もまた同じように、弱いわたしたちを助けて下さる。なぜなら、わたしたちはどう祈ったらよいかわからないが、御霊みずから、言葉にあらわせない切なるうめきをもって、わたしたちのためにとりなして下さるからである。
そして、人の心を探り知るかたは、御霊の思うところがなんであるかを知っておられる。なぜなら、御霊は、聖徒のために、神の御旨にかなうとりなしをして下さるからである」(ローマ人への手紙8章26、27節)。
 
キリストによる完全な贖いがありますから、それで罪の赦しは間に合っています。ですから私たちは「聖人」の功績を分けてもらう必要はありませんし、聖霊の執り成しがありますから、「聖人」の執り成しも不必要なのです。
 
使徒信条における「聖徒の交わり」とは、罪を赦された者である「聖徒」の「交わり」のことです。
「交わり」と訳されたラテン語の「コンムニオ」、そしてギリシャ語の「コイノーニア」には、「それぞれが持っているものを持ち寄り、分かち合う」という意味があるそうです。
 
そういう意味において、「聖なる公同の教会」の実質が「聖徒の交わり」であって、別の言葉を使えば「神の家族」ということになります。
 
「そこであなたがたは、もはや異国人でも宿り人でもなく、聖徒たちと同じ国籍の者であり、神の家族なのである」(エペソ人への手紙2章19節 303p)。
 
 この節の「聖徒たち」(19節)とはアブラハムやモーセ、エリヤなどを含めた代々のイスラエル共同体に属する者のことを言うのですが、あなたがたはその彼らと「同じ国籍の者」(同)であると共に、「神の家族」(同)でもあるのだとパウロは言い切ったのでした。
 
勿論、「神の家族」はあくまでも霊的、信仰的共同体ですので、当然、一定のけじめが必要であることは論を俟ちません。
私的領域つまり私生活には、「神の家族」といえども踏み込むべきではありませんし、それぞれの個人情報は守られねばなりません。
「聖徒(たち)」はあくまでも「神の」「家族」として、喜怒哀楽を共有するのです。それが、コリントの集会に宛てられた書簡の指摘です。
 
「もし一つの肢体が悩めば、ほかの肢体もみな共に悩み、一つの肢体が尊ばれると、ほかの肢体もみな共に喜ぶ。あなたがたはキリストのからだであり、ひとりびとりはその肢体である」(コリント人への第一の手紙12章26、27節 271p)。
 
ところで、ローマカトリック教会は二十一世紀に入ってから、従来の「使徒信経」を改訂したのですが、改訂後のこの箇所は、プロテスタントと同じ「聖徒の交わり」となっています。
 
しかし、訳は同じでも、その意味するところは従来と変わったわけではないようです。それは教皇フランシスコが一昨年の十月、サンピエトロ広場で行った、「聖徒の交わり」についての解説でも明らかです。
 
聖徒の交わりは地上の生活を超えます。それは死を超えて、永遠に続きます。私たちの一致はこの世を超え、来世においても継続します。…地上の洗礼を受けたすべての人と、煉獄の霊魂と、すでに楽園にいるすべての聖なる人々は、唯一の大きな家族を構成します。地上と天上の交わりは、とくに執り成しの祈りによって実現します。
(教皇フランシスコの23回目の一般謁見演説 2013.10.31カトリック中央協議会 「フランシスコ」より)。
 
 この演説において教皇は、「地上と天上の交わりは、特に執り成しの祈りによって実現します」と語っておりますが、この「執り成しの祈り」とは第一に、「天上」にいる「諸聖人」すなわち、「すでに楽園にいるすべての聖なる人々」による「地上」の信者に対するよる執り成しのことを意味します。
つまり、その訳が「聖徒の交わり」に変わっても、依然として「諸聖人の通功」が信じられているわけです。
 
 しかもそれだけではありません。この「執り成しの祈り」は「地上の洗礼を受けたすべての」「聖徒」が、「煉獄の霊魂」のために捧げる祈りとして推奨されているのです。
 
 そしてその教理の根拠とされるものが、私たちが旧約外典に位置付け、ローマ教会が第二正典としている「マカベア書(新共同訳続編では「マカバイ記」)」の記述です。
「続編」付きの新共同訳聖書をお持ちの方は、旧約と新約の間にある「続編」をごらんください。
 ここでは教文館発行の「旧約外典偽典」から引用します。
 
もし戦死者たちの復活を信じていなかったならば、死者のために祈ることは余分なばかげたことであった。― さらに彼は信仰をもって眠りについている人々のためにたくわえられているすばらしい恵みに思いをいたした。それは聖く義しい思想であった。そういうわけで戦死者のために宥めの供え物を献げ、罪が赦されるようにと願った(第2マカベア書12・44、45 土岐健治訳 聖書外典偽典機ゝ賁鶻暗記毅隠坑苅陝ゞ喫鹸曄法
 
 しかし、「マカベア書」はあくまでも正典外の「外典」ですし、しかもそこにある信仰は初期ユダヤ教の信仰でしかありません。
 新約正典には、「諸聖人」による執り成しの祈りを肯定する記述は見当たりませんし、「煉獄」にいる人々のために執り成しの祈りを推奨する言及もありません。おまけに「煉獄」という中間的場所の存在を示す聖書箇所もないのです。
 
ただし、ローマカソリック教会の教えには、参考にしてもよい点もあるのではないかとも思います。
確かに聖書は生者と死者との交流あるいは交信を禁じております。それは神の民であるイスラエル共同体への、異教的慣習の流入を防止するためでした。
 
「あなたの神、主が賜わる地にはいったならば、その国国の民の憎むべき事を習いおこなってはならない。…また占いをする者、卜者(ぼくしゃ)、易者、魔法使い、呪文を唱える者、口寄せ、かんなぎ、死人に問うことをする者があってはならない」(申命記18章9〜11節 旧約口語訳272p)。
 
 「口寄せ」(11節)は今日でいうところの霊媒のことで、「かんなぎ」(同)は降霊術、つまり両者は共に「死人に問うことをする者」(同)でした。
 モーセ五書ではこれらの、死者を呼び寄せて「問う」などという行為を、異教の悪しき習慣として禁じられていますので、これらの記述が拡大解釈されて、死者との交流のみならず、死者に対して呼びかけることまでもが禁止されたものとするという理解が、保守的教会に浸透してしまったようなのです。
 
しかし、亡くなった家族や親しい友への呼び掛けや挨拶までも禁止されているのでしょうか。
 
葬儀におけるキリスト教と仏教の違いの一つが、弔辞です。弔辞を述べる者は、仏教では参列者に背をし、前を向いて、亡くなった者に対し第二人称でよびかけます。
これに対してキリスト教は棺を背にあるいは横にし、遺族、参列者に向かい第三人称で慰めや故人の想い出を語ります。
 
しかし、時間が経過した記念会ならばともかく、故人が亡くなった直後の葬儀では、第二人称で語りけるのも有りかな、と個人的には思うこともあるのです。
 
また、先に天に召された愛する家族を想って、折に触れて呼びかけ、話しかけて近況を報告したりすることも有りかな、とも思うのです。
 
勿論、死者に対して祈願をしたり、執り成しを求めることなどは一線を超えてしまうことになります。
しかし、故人に対して生前、言い足りなかった感謝の気持ち、あるいは言いそびれてしまっていた謝罪などの思いを言葉で示すことは、自然の感情の発露であると思いますし、人生の節目節目に、経験した出来事を故人に報告することなどもまた、あってよいのではないかと、個人的には思うのです。
 
ある人はそれは日本的キリスト教だと言うかも知れません。しかし、日本的キリスト教のどこが悪いのでしょうか。亡くなった者を懐かしく思い、折に触れて語りかけることが非聖書的であるとは思えません。
 
 勿論、人は肉体の機能が停止した段階で「眠っている」という状態に入りますので(テサロニケ第一4:13、15)、地上からの呼び掛けは聞こえてはおりません。ですからそれを承知で語りかけることは自己満足のようにも見えます。
しかし、自己満足でもよい、あとは聖霊にお任せして語りかけたいと思うならば、それはそれでよいのではないかと思うのですが如何でしょうか。
 
 
3.「聖徒の交わり」の基礎は、神の霊である「聖霊の親しき交わり」にある
 
 時間が来てしまいました。そこで最後に「聖霊の親しき交わり」という祝祷について簡単に触れたいと思います。
 
「コリント人への第二の手紙」の結びの箇所をお読みしましょう。通常、礼拝の最後に牧師が祈る「祝祷」はこれに基づいています。
 
「主イエス・キリストの恵みと、神の愛と、聖霊の交わりとが、あなたがた一同と共にあるように」(コリント人への第二の手紙13章13節 292p)。
 
 「聖霊の交わり」(13節)とは何かということですが、これには二つの意味があります。
 
一つは「聖霊との交わり」です。聖霊は専ら執り成しの霊として知られていますが、第三位格の神として、礼拝や祈りの対象でもあります。
 歌われることが少なくなりましたが、消えないで欲しい讃美が「讃美歌500番」です。讃美歌の中では珍しく、聖霊が祈りの対象として歌われます。
 
御霊なる聖き神 我が弱き魂を
主の許(もと)に導きて 隠れしめ給えかし
(折り返し)
御霊よ 御霊よ 我が魂(たま)ぞ 憧(あこが)るる
縋り奉る 手をば取りて 主に導き給えかし
(詞 ジョン・ベル 曲 オースティン・マイルズ
「讃美歌500番」日本基督教団讃美歌委員会編集)
 
 そして「聖霊の交わり」のもう一つが、「聖霊による交わり」「聖霊からくる交わり」という意味であって、「聖徒の交わり」を基礎づけ、成り立たせるもの、それが聖なる霊である「聖霊」という神がもたらす「交わり」なのです。
 
聖霊の働き抜きでは、「聖徒の交わり」はただの「交わり」に変質する危険性があります。
そういう意味においても、「聖なる公同の教会」の実質である「聖徒の交わり」は、聖霊なる神がもたらす豊かな賜物であるといえます。
 
どうぞ、この「聖徒の交わり」という賜物を大切なものとして受け止め、その「交わり」から離れることなく、その中を終生、主と共に生きて行ってください。


投稿者 : famillia 投稿日時: 2015-06-07 16:25:44 (1680 ヒット)
2015年礼拝説教

15年6月7日 第一回日曜特別礼拝説教

祝福された人間関係 その一
 
人間関係を滑らかにする潤滑油
 
ローマ人への手紙12章15節(新約聖書口語訳249p)
 
 
はじめに
 
少し前、全国各地の有名な寺や神社に、油のような液体がまかれるという事件が報道されていましたが、この事案に関連して、千葉県警が建造物損壊の容疑で、米国在住の医師の逮捕状を取った、という記事が、先週月曜日(6月1日)の夕刊に掲載されました。以後、関連報道が相次いでいます。
 
容疑者とされる医師五十二歳男性は、金山昌秀といって、十六歳で帰化して日本国籍を取得した韓国系日本人のようですが、神社・仏閣に対する油まきの目的は、「油を注ぐことによって、寺や神社に巣食う悪霊を追い出す」という、何とも狂信的、盲信的信念に基ずく確信犯的犯行であったようです。
 
以前、極端な信仰理解を持ったキリスト教原理主義者グループやカリスマ派などが、神社などに行って悪魔払いや悪霊追放の祈祷をしているということを聞いたことがありますが、それが高じて油まきになったのでしょうか。
 
被害を受けた神社仏閣は十六都府県、四十八箇所に上っていて、関西だけでも京都が二箇所、奈良が八箇所、和歌山が一箇所、被害を受けており、中には国宝級の建造物もあるそうです。
 
この医師は警察の動きを察知したのか、日本への入国を避けて、現在は所在不明の状態のようです。しかし、確固たる信念を持って実行したのであれば、来日して日本の警察に出頭し、その上で自らの信ずるところを堂々と述べればいいのではないかと思います。
 
それにしましても、極端で偏った解釈を聖書に施す者は、しばしば、このような狂信、盲信とでもいうべき信仰理解から、異常な事態を引き起こします。
 
恐らくはこの人なりの聖書的根拠はあるのでしょうが、神社仏閣が悪霊の巣窟であるという理解は、日本の伝統宗教に対し甚だしく非礼であると共に、誰が何を信じるかという、憲法によって国民に保障されている「信教の自由」を脅かすことでもあることに気づかなければなりません。
 
また、法治国家である日本においては、神社仏閣への油まきという行為そのものが、警察による逮捕状請求の理由の建造物損壊容疑という犯罪であるということは、子供でもわかる筈ですから、自分自身の油まきという行為が違法そのものであることを承知していながら実行したことになるわけです。
このような反社会的行為には正当性がないだけでなく、擁護の余地もありません。
 
何で油なのかということですが、確かにヤコブの手紙には、病者への奨めの言葉として、「病んでいる者は牧師を招いて、主の名前によって、オリブ油を注いで祈ってもらいなさい」とあります(ヤコブの手紙5章14節)。
 
ユダヤ教には病人にオリブ油を注ぐ、あるいは塗るという習慣はないようですので、この聖句自体、私には理解不能です。
 
ヤコブ書に書いてあるからといって、病者のために祈る際に、額にオリブ油を塗る牧師さんもいるようですが、意味が不明なので私は致しません。
 
なお、ローマカソリック教会には、「終油の秘蹟」といって、臨終の人に油を塗る、いわゆる「塗油(とゆ)」という儀式があるそうですが、最近は臨終の人だけでなく、病者にも油を注いで祈るというかたちになってきているようです。
 
今回の事案の場合、本人が出てきて、油まきの理由を説明すれば、専門家がしかるべきコメントをすることができるでしょうし、その結果、世間を騒がせた今回の事件の真相が明らかとなるかと思います。
 
それにしましても、この医師がこのような奇怪な考え方を持つに至った原因は何か、影響を与えたものは何なのか、あるいは誰であるのかということについての究明は、同じような事件を起こさせないためにも、また同じような信仰を持っている人々を狂信から救済するためにも必要なことと思います。
 
ところで油の効用と言えば何といいましても、たとえば機械部品と部品の間に注がれて、きしんだ関係を滑らかにする潤滑油の効果です。
 
そして、この潤滑油は人と人との関係、つまり人間関係においても欠かすことのできない要素です。
 
そこで日曜伝道礼拝の第一回目の今月は、人間関係を滑らかにするための潤滑油についてご一緒に考えたいと思います。
 
 
1.よりよい人間関係のための基本的人間理解
 
「人間関係」とは、人間と人間の関係ということです。ということは、人間とは何かという基本的な人間理解を持つことが大切となります。
 
人間を研究の対象とする「人間学」は、キリスト教神学では「人間論」といいます。その「人間論」においては人間の構成(構造)ということをめぐっては、三つの見解があります。「一元説」「二元説(二分説)」そして「三元説(三分説)」です。
 
「三元説(三分説)」とは、人間というものを「霊」と「心」と「体」の三つで構成されているとするものであって、ギリシャ的人間観がこの「三分説」でした。
新約聖書では使徒パウロが現在のギリシャ、当時のローマ帝国マケドニア州にあったテサロニケという教会に宛てた手紙にあります。
 
「どうか、平和の神ご自身が、あなたがたを全きよめて下さるように。また、あなたがたの霊と心とからだとを完全に守って、わたしたちの主イエス・キリストの来臨の時に、責められるところのない者にして下さるように」(テサロニケ人への第一の手紙5章23節 新約聖書口語訳323p)。
 
ここでパウロは「あなたがたの『霊』と『心』と『からだ』とを(神が)守って」(23節)下さるようにという祝福の言葉を述べてはいます。
では、パウロは「三分説」派かといいますと、必ずしもそうではないようです。ただ、当時、地中海世界を政治的に支配していたのはローマ帝国ですが、文化的影響力を持っていたのはギリシャ思想でしたので、テサロニケの住民の理解に合わせてギリシャ的人間観を用いたのでしょう。
 
これに対し「二分説」というのは、人間が物質的部分である肉体と、ギリシャ思想の「霊と心」を一つにした非物質的部分とで構成されているとするもので、この立場では、「霊」は神に向かう霊的な部分で、「心」は地上に向かう感覚的な部分であるとします。
 
これらの説に対し、人間は切り離すことのできない一つの存在であるとするのが「一元説」で、それが古代ヘブライ人の理解でした。
紀元前六世紀のバビロニア捕囚期前に書かれた旧約正典の記述では、人の物質的部分と非物質的部分とは明確に分けられてはいません。
 
そして「心理学」ですが、ギリシャ思想の影響を受けている西欧の現代心理学は、ギリシャ的理解である「霊と心」のうちの「心」を主に取り扱う学問として発展してきました。ですから「『心』理学(サイコロジー)」というのです。
 
何で「サイコロジー」かといいますと、「霊」と「心」と「からだ」はギリシャ語ではそれぞれ、「プネウマ」「プシュケー」「ソーマ」として表記されます。
そして、「心」を表すギリシャ語の「プシュケー」の英語読みが「p」を発音しない「サイキ」です。そこから、「サイキ」を研究、分析する学問としての「サイコロジー(心理学)」が発達したというわけです。
 
ところで現代心理学は「心(プシュケー サイキ)」というものを二つに分けます。一つは「意識」、もう一つは「無意識」です。
「意識」は理性、知性を掌り、「無意識」は「潜在意識」とか「深層心理」などとも呼ばれたりしますが、心の深い部分を言い、感情や過去の記憶などもこの領域にあるとされます。
 
例えば、氷をコップに入れた場合の、水の上に浮かんでいる部分が「意識」で、水の中に沈んでいる部分が「無意識」です。
寝ている時に見る夢などは、睡眠によって緩んだ意識を押しのけて、意識の下にある記憶が感情と結びついて表面に出てくる現象だとされています。
 
厄介なのは、理性や意思ではどうしようもない意識下の自分自身です。意識は理性によってコントロールすることができますが、心の内部、ときわけ深みにある感情をコントロールすることは極めて困難です。
 
「舌禍(せっか)」という言葉があります。舌、つまり言葉というものが引き起こす禍(わざわい)を言います。
しばしば、舌が人間関係をこじらせるということがあります。「後悔、先に立たず」と言いますが、口に出してはならないことを思わず口に出してしまったために、取り返しのつかない関係を招いたという場合があります。
人間関係の破綻はしばしば、言葉が原因で起こるからです。
 
そこで聖書は、言葉を制御することができる人は完全な人である、と言います。
 
「わたしたちは皆、多くのあやまちを犯すものである。もし、言葉の上であやまちのない人があれば、そういう人は、全身をも制御することのできる完全な人である」(ヤコブの手紙3章2節 362p)。
 
言語器官とは本来、理性の道具なのですが、実は、意識下の感情の表現器官でもあります。ですから、心の底に怒りなどの否定的な感情のマグマが溜まると、意識の蓋を破って感情の噴火という現象が起こる場合があります。
飲酒が何で問題かと言いますと、酔いが理性のたがを外させ、結果として言ってはならないことを言ってしまう場合があるからです。
 
 舌を制御するためには「心」、特に心の深みをコントロールする必要があります。そして、「心」をコントロールするには、自らを神の支配に委ねよと、ヤコブ書の著者は勧めます。
 
「しかし上からの知恵は、第一に清く、次に平和、寛容、温順であり、あわれみと良い実とに満ち、かたより見ず、偽りがない。義の実は、平和を造り出す人たちによって、平和のうちにまかれるものである」(3章17、18節)。
 
 「上からの知恵」(17節)とは神からの知恵という意味です。そして神の知恵を形で表したお方がイエス・キリストです。
つまり、心の深い所に今も生きているイエス・キリストを主、支配者として迎えることによって、苦手な人たちとの間にも、「平和を造り出す」(18節)ことができるようになるのです。
 
 
2.人間関係、社会生活を滑らかにする潤滑油
 
 油の話しに戻ります。自転車を気持ちよく走らすためには、時々、油を注(さ)す必要がありますし、自動車のエンジンオイルの第一の役目は潤滑剤としての働きです。
 
人と人の関係を滑らかにして、社会生活を豊かなもものにするのが、人間関係の潤滑油です。
 
ジャーナリスト出身の評論家に扇谷正造という人がおりました。随分前に亡くなりましたが、生きる知恵というものをその著作から教えられたものでした。
この人の著作の中で、最も印象に残っているものが「社会生活の潤滑油」という話しでした。
 
イギリス、アメリカ、フランス、イタリア、西ドイツと、いわゆる先進国といわれる国においては、一番初めに赤ん坊に教えるのは、「三つの言葉と一つの行為」である。
三つの言葉とは、「プリーズ」「サンキュー」「エクスキューズ・ミー」である。
赤ん坊が、ワアワア泣いても、すぐミルクをやらない。若いお母さん、「プリーズ、プリーズ、プリーズ」という。赤ん坊、口移しに「プウッ、プウッ、プウッ」てなことをいう。そこで初めてミルクをやる。ミルクを飲み終わると、今度は「サンキュー、サンキュー、サンキュー」という。これを毎回くりかえす。
 
少し大きくなると、「エクスキューズ・ミー」と「スマイル」を教える。…つくり笑いはいけない。まず心に笑みを浮かべて、それが顔に出るのが「スマイル」だということを教える。
「プリーズ」「サンキュー」「エクスキューズ・ミー」そして「スマイル」の四つを、彼らは社会生活の潤滑油、あるいは、社会生活の四つのロールベアリングといっている(扇谷正造著「君よ 朝のこない夜はない」174、5p 講談社 1984年)。
 
三十数年前、一度だけ、米国研修旅行に参加した時の経験を思い返してみても、確かにアメリカ人は誰もが微笑んでいました。不機嫌そうな人に遭った記憶がありません。
 
言語としての米語のボキャブラリーつまり語彙は、あまり多くはないようです。人を迎える際の言葉も「ウエルカム」だけのようです。日本語ならば「いらっしゃいませ」「ようこそお越し下さいました」など、人を歓迎する言葉は無数といってよいくらいあるのに、です。
 
教会に行ってもレストランに入っても、そしてスーパーマーケットでも、どこに行っても「ウエルカム」の一語で迎えられました。
しかし、語彙の乏しさを補って余りあるもの、それが惜しみのない「スマイル」でした。
 
例えば、道を歩いていて目が合っただけで自然に「ニコッ」とするのです。男女を問わずです。一面識もない全くの他人の、しかも東洋人に対してもでした。
私はキリスト教の牧師ですから当然、米国人の宣教師やその家族と付き合う機会が多くありましたが、仏頂面を見た事がありませんでした。
 
勿論、米国という国は、敵に対しては容赦をしない国です。それは先週の説教の「はじめに」でも触れたとおりです。
しかし、敵でない者、特に共通の価値観を持つ者に対しては実に友好的で、サービス精神旺盛ですが、それは幼い頃から「三つの言葉と一つの行為」という人生の潤滑油、潤滑剤を身につけてきたからなのかも知れません。
 
そしてその背後にあるものは、日本の伝統である「武士道」とも通じる、人への思いやり、人を相手の立場に立って理解するというキリスト教倫理でしょう。
 
使徒パウロの奨めです。
 
「喜ぶ者と共に喜び、泣く者と共に泣きなさい」(ローマ人への手紙12章15節 249p)。
 
一昨年秋の、IOC総会における、東京オリンピック招致の際のプレゼンテーションで一躍有名になったものが、滝川クリステルの「オ モ テ ナ シ」でしたが、三十数年前の米国旅行でのこと、私たちの一行が北カリフォルニアのある教会を訪れた際、そこで歓迎レセプションが催されました。
 
巨大なビーフステーキを中心とした夕食のあと、出席者は三々五々、立ち上がって歓談をすることになりましたが、私たち夫婦の前に来てくれたのは、その教会の副牧師夫人でした。せいぜい二十代後半の若い方でした。
 
彼女は笑顔で話しかけてくれるのですが、会話の最中、どこかで「カチャ、カチャ」という音が聞こえます。何だろうかと思って何気なくこの夫人の手許を見たところ、その手が小刻みに震えていて、そのために手に持っている紅茶のカップがソーサーの上で、「カチャ、カチャ」と音を立てていたのでした。
 
話しによりますと、この夫人は日本人を見たのも話すのも生まれて初めてのことだったそうで、だからこそ、極度の緊張状態にあったのでしょう。
でも、最後まで歓迎の気持ちを示す「スマイル」を絶やすことはありませんでした。
 
「オ モ テ ナ シ」は日本の専売特許ではありません。「おもてなし」「ホスピタリティ」という精神は、人の気持ちを理解する、自らの身を人の立場に置いて考える、ということにおいて、米国をはじめとする欧米社会には深く根付いているようです。
 
先週は散々、欧米のキリスト教国の悪口(?)を言いましたが、「G7」はやはり、世界の先進国です。
明治の初め(18年)に福沢諭吉が、自らが主宰している新聞において「脱亜論」を論じ、実質的な意味での「入欧」を唱えましたが、彼は世界の情勢、とりわけ、東アジア人と欧米人の特性というものをよく知り抜いていたと思います。
 
 
3.人間は十人十色であるとする人間理解
 
出会う人がみな、気ごころの知れた人であればよいのですが、人生、そうは問屋がおろしません。苦手な人とチームを組まざるを得ないという場合もあります。理解を超えるキャラクターの人もいます。
そして私たちは人を自分の色に染めることはできません。
 
どうしたよいかということですが、まず、人は違っていて当然、自分とは同じではないという現実を受け入れることが肝要です。
「十人十色(じゅうにんといろ)」と言います。十人いれば十人とも色、カラーつまり、持ち味が違います。
 
 家族であっても性格の「合う、合わない」がありますが、中でもとりわけ難しいのが異性との関わり方です。もちろん、同性は同性でそれなりに難しいものですが、自分とは異なる性を持つ人の考えや気持ち、感情の動きは本当に理解しにくいものなのです。
 
たとえば、男性というものは、力を持つことによって自分を優位に保とうとする傾向があります。そのためにある人は、高い地位や権力を手に入れようとします。権力欲の薄い者もいますが、そういう場合でも、学識や知識という、いわゆる知力を得ることによって他者を睥睨(へいげい)しようとする、あるいは敬われたいと思う者もいます。
 
 一方、女性が求めるものは共感です。それが嬉しいことであれ、口惜しい経験であれ、他者との間で感情を共有することによって満足を得たいとする傾向があります。
ですから、女性が男性に一日の出来事を話すというような場合、女性が求めているのは「それは大変だったねえ」「嬉しかったでしょう」「悔しかったんじゃない?」などという共感であることが多いのです。
 
ところが、たとえば、豊富な知識によって自らの矜持を支えている男性の場合、女性の話を聞きながら、このことについて、自分はどういう助言ができるだろうか、正鵠を射た回答はどんなものだろうか、という方向に思いを巡らしがちで、相手の気持ちの理解ということが後回しになってしまう場合があり、その結果、問題点の分析とか、アドバイスなどが始まります。
 
しかし、女性の側は問題点が何かということも、正しい回答も対策も分かってはいるのです。求めているもの、それは感情を理解し、受け入れ、無駄のない言葉で反射をしてくれることであって、回答ではないことが多いのです。
そして、そこにコミュニケーションの齟齬、食い違いが出てきます。
 
 人は自分とは同じではないということ、感情も価値観も同じではないということ、つまり、人は「十人十色」なのだということ、違っていて当然なのだと思うこと、そこから相互の理解が始まるのです。
 
人は誰もが同じなのではない、ということに気づいていたのが使徒パウロでした。
パウロはコリントの教会に対して、教会という種々雑多の人からなる共同体を「キリストのからだ」に喩えると共に、「からだ」を構成する器官はそれぞれ異なっているからこそ、互いを必要とし合う存在なのだということを教えたのでした。
 
実際、からだは一つの肢体だけではなく、多くのものからできている。
もし足が、わたしは手ではないから、からだに属していないと言っても、それで、からだに属さないわけではない。
また、もし耳が、わたしは目ではないから、からだに属していないと言っても、それでからだに属さないわけではない。もしからだ全体が目だとすれば、どこで聞くのか。
もし、からだ全体が耳だとすれば、どこでかぐのか。そこで神は御旨のままに、肢体をそれぞれ、からだに備えられたのである」(コリント人への第一の手紙12章14〜18節 270p)。
 
 自分とは異なるものが居る、という事実を認識すること、それも、ただ認めるだけでなく、その良い所も悪い所もをよく理解した上で受け入れることが重要だ、とパウロは教えました。
 
自分とは違った者を認めるということは、自分自身を受け入れてもらえる可能性があるというしるしでもあるのです。そして、そこに希望があります。
 
人間関係で成り立っている社会生活を煩わしいものと考えるか、それともそこに新しい出会いを見出すかは、一に違いを認め、理解するところから始まります。
 


投稿者 : famillia 投稿日時: 2015-05-31 16:19:30 (1894 ヒット)
2015年礼拝説教

15年5月31日 日曜礼拝説教 

基本信条としての使徒信条
 
最大の幸運それは、「聖なる公同の教会」に恵みによって加えられること
 
エペソ人への手紙1章22、23節(新約聖書口語訳302p)
 
 
はじめに
 
私どもの教会では、初心者の方々への読み物として、福音派系出版社が毎月発行するタブロイド版4ページ程の伝道新聞を購入しているのですが、六月号の一面記事に少々ひっかかる文章がありました。以下の文章です。
 
終戦の詔勅から十日経った八月二十六日のことです。当時の日本政府のリーダーだった東久邇宮稔彦(ひがしくにのみやなるひこ)首相は、賀川豊彦をはじめ日本におけるキリスト教会の指導者数人とアメリカ人宣教師数人を首相官邸に招き、次のように語りました。
 
「わが国は、イエス・キリストの教える新しい倫理を必要としている。仏教も神道も、敵をゆるせとは教えてくれない。― 日本が復興するためには、国民生活の基礎にイエス・キリストが必要である」(レイ・ムーア編『天皇がバイブルを読んだ日』)
 
「天皇がバイブルを読んだ日」という一九八四年に講談社から発行された書籍には、六名の日米の学者・研究者によって、戦後の占領時代について書かれた八篇の論文が掲載されていて、編者でもあるレイ・ムーアが書いた、「神の兵士 日本をキリスト教国とするマッカーサーの試み」という第一部冒頭掲載の論文には、東久邇宮稔彦首相(当時)が上記のように語ったと記されています。
 
但し、「神の兵士 日本をキリスト教国とする…」というレイ・ムーアの論文によれば、それは「八月二十六日」ではなく、ダグラス・マッカーサーが占領軍最高司令官として来日した「八月三十日」よりも、そしてミズーリ号上で降伏文書の調印式が行われた「九月二日」よりも後の「九月二十日」なのですが。
 
一九四五年九月二十日、東久邇宮稔彦首相は、日本のキリスト教指導者数人と戦争中も日本に残留していた数人のアメリカ人宣教師を、首相官邸に招いた(同書 34p)。
 
因みに、著者の同論文は、「日本をキリスト教国にしようとしたマッカーサーのあまり知られていない運動を分析したもの」(5p「序文」)なのだそうです。
 
  この記録が事実であるとするならば、同首相の行為と発言はとんでもないものなのです。一国の首相が特定の宗教指導者を招いて、しかも私邸などではなく「首相官邸に招い」(34p)て、その影響力を行使することを期待する意向を示したわけですから、占領下の出来ごととはいえ、今なら大問題です。
 
 これを知ったら「極左」とされる新聞社や、「右翼」とされる新聞社なども黙ってはいないでしょうし、「信教の自由を守る」ことに命をかけている日本のキリスト教界もまた、問題にしなければ片手落ちと批判される筈です。
 
 そんな大きな問題をはらんでいる出来ごとにも関わらず、何の疑問も持たずにこのエピソードを嬉しそうに取り上げる伝道新聞側の思考もまた不思議です。
 
 それはともかくとして、執筆者は同書の記録を紹介したあと、、「ここで注目したいのは、『仏教も神道も敵を許せとは教えてくれない』という言葉です」として、「自分の敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい」というマタイ福音書五章のイエスの言葉を引用します。
 
 確かにイエスはそのように教えもし、教えるだけでなくその教えの通りに命がけで、敵対する者たちを赦し、愛し抜きました。
 しかし、「仏教も神道も敵を許せとは教えてくれない」といって、日本の伝統宗教を倫理的に低いものと見るのは、物の見方が偏っているだけでなく、それ自体、正確な認識とは言えません。
 
「キリスト教」という宗教は、キリストを尊び、キリストの教えを奉ずる宗教ですが、その「キリスト教」を国家の宗教として認定し、あるいはそれに準ずる宗教として受け入れている国を「キリスト教国」と言います。
 
 では、敗色濃厚の日本の東京、大阪、名古屋、神戸などの主要都市をはじめ、百数十もの地方都市を空襲爆撃して、三十万人を超える非戦闘員の婦女子、高齢者、年少者、赤子を殺戮したのは「キリスト教国」の米国でした。
 中には逃げ惑う女性や子供などを狙って機銃掃射をしたとも言われています。
 
 絨毯爆撃で十万人以上が亡くなった東京大空襲の場合、私の父親が経営する木材問屋があった深川の木場などでは、火災を逃れて川に飛び込んだ人々が、川が焼夷弾のために煮え湯状態になっていたため、のたうち回りながら死んでいったと、子供のころに親戚から聞かされたものでした。まさに地獄絵図そのものであったということです。
 
また、ポツダム宣言受諾寸前の日本の状態をよく知りながら、新型爆弾の効果を試すため、広島と長崎に相次いで原爆を投下し、合わせて二十数万にのぼる無辜の一般市民を一瞬にして焼き殺した国の大統領は、「敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい」というイエスの教えを奉ずる国民によって選ばれた「キリスト教徒」でした。
 
枢軸国として連合国と戦ったドイツに対し、戦争の帰趨が決まった一九四五年二月、米国と英国はドイツ東部の都市、ドレスデンを無差別爆撃しました。
 
爆撃は第一陣が榴弾という爆弾で建物の屋根を吹き飛ばしておいて、内部が剥き出しになったところに、第二陣が焼夷弾を落として建物を人間もろとも、焼き尽くし破壊し尽くすという、緻密に考え抜かれた残忍な作戦行動でした。
 
この爆撃で十万人をはるかに超えるドレスデン市民が犠牲となったとされていますが、軍事施設皆無のドレスデンは「無防備都市宣言」をしていたのですから、その残酷さは目を覆うばかりです。
 
そして英国もまた米国同様、「キリスト教国」であって、しかも同国の場合、たとい名目とはいえ、代々の王あるいは女王が「英国国教会(アングリカンテャーチ)」という教会の首長に就いている国なのです。
 
なお、首相就任から十日目(上掲論文によれば三十五日目)に、キリスト教関係者を招いて、「仏教も神道も敵を許せとは教えてくれない」と言ったとされる東久邇宮稔彦という人物は皇族の出身で、首相就任早々「一億総懺悔」なるものを説いてGHQの不評を買うなどしたため、在任僅か五十四日で首相を退任します。
 
しかし、日本の伝統宗教の倫理性に疑問を呈する発言をしたとされる五年後の昭和二十五年、このお方は小原唯雄という禅僧から勧められて、禅宗系の「ひがしくに教」という新宗教を始めようとしたと伝えられています。
昭和四十三年に行われた、作家の松本清張との対談で語ったというご本人の述懐が遺されています。
 
「あれはある人が小原唯雄という坊さんを紹介したんです。立派な禅宗の坊さんだから……と。小原はわたしに、いま終戦で日本人は精神的虚脱状態になっている。どうして生きていったらいいかわからない。だから立派な教えで世間の人たちを救うべきだ、と言いました。わたしも賛成して、小原にまかせたら、『ひがしくに教』と名をつけていろいろ宣伝して、ああいう大きなことになってしまったのです」(浅見雅男著「不思議な宮さま 東久邇宮稔彦根王の昭和史 467p 文藝春秋」)。
 
もっとも、これは実現しませんでした。皇籍離脱をしたとはいえ、元皇族が新興宗教の教祖になることに対して法務府(法務省の前身)が反対をし、東京都も認可をしなかったからなのですが、「仏教も神道も、敵を許せとは教えてくれない。…日本が復興するためには、国民生活の基礎にイエス・キリストが必要である」(天皇がバイブルを読んだ日)と言い切ったとされる人の信念は、いったいどこに行ってしまったのでしょうか。
尤も、松本清張に対し、「あれはまったくわたしの不明のいたすところで、一生の不覚でした」とも言ったようですから(上掲書)、良く言えばフランク、厳しく言えば軽い人物だったのでしょう。
 
では、「敵を許せとは教えてくれない」筈の「仏教」や「神道」などの伝統宗教を奉じていた当時の日本人は、残虐極まる大空襲や原爆投下に対する怨みを高じらせて復讐の牙を研ぎ、どこかの国のように、七十年経っても、執拗に謝罪と賠償を要求しているかといいますと、そうではありません。
怨みを忘れ、過去は水に流して、敵であった国と緊密な同盟関係を結んでいるのです。
 
但し、どうかとは思うのですが、東京オリンピックが開催された年の一九六四年(昭和三十九年)、日本政府は東京大空襲の作戦を立案し、指揮をしたカーチス・ルメイに対し、日本の航空自衛隊の育成に貢献したという名目で、何と「勲一等旭日大綬章」を授与したのでした。
 
ここに至っては日本人のお人好しぶりは流石に限度を超えているとさえ思えますが、イエスの「敵を愛」せという教えを実践してきたのは欧米などの「キリスト教国」でしょうか、それとも「偶像礼拝の国」の日本でしょうか。
 
「あっちの水は苦いぞ、こっちの水は甘いぞ」式の我田引水的な、しかも的外れの記事は、単純なクリスチャンには受け入れられたとしても、思慮深い日本人には却ってキリスト教に対する反感を助長させることにもなりかねません。
 
イエスの教えを奉じている「キリスト教国」だからといって、イエスの教えを実践している国、倫理的に優れた国であるとは限らないのです。そしてそれは、「キリスト教会」も同様です。
 
「使徒信条」は今週から、神の第三位格である聖霊が信者にもたらす賜物についての告白表明に移ります。聖霊がもたらす賜物は五つですが、最初の賜物は「聖なる公同の教会」です。
 
そこで今週のタイトルは「最大の幸運それは、『聖なる公同の教会』に加えられること」としました。
 
「聖なる」とは何か、「公同の」とはどういう意味か、そしてそもそも「教会」とは何であるのか、ということについてご一緒に学びたいと思います。
 
 
1.「教会」は「神に召された者の集まり」「キリストの体」でとして存立している。
 
聖霊なる神の働きとして、「使徒信条」が最初に挙げたものが「教会」、すなわち「聖なる、公同の教会」でした。ではこの「教会」とは一体何なのでしょうか。
 
一般的に教会といいますと、十字架が立てられた教会堂という建物を想起します。しかし、教会堂が教会なのではありません。教会堂は教会を入れる入れ物のようなものであって、中身が「教会」なのです。
 
「使徒信条」の「教会」を意味するラテン語「エクレシアム」の元となったギリシャ語は「エクレシア」で、これは「エク(外へ)」と「カレオー(呼ぶ、召す)」から成っている言葉です。
 
その意味は「(神によって)召し出された者の集まり」であって、これを英訳したものが、私たちの教会が所属する教団の名称の「アッセンブリーズ・オブ・ゴッド」であり、それを中国語で表記したものが「神召会」です。
 
この、「神に召し出された者の集まり」である「教会」を「キリストの体」に喩えたのが、エペソ人への手紙の著者でした。
 
『そして、万物をキリストの足の下に従わせ、彼を万物のかしらとして教会に与えられた。この教会はキリストのからだであって、すべてのものを、すべてのもののうちに満たしているかたが、満ち満ちているものにほかならない」(エペソ人への手紙1章22、23節 新約聖書口語訳302)。
 
 そこでは、「教会はキリストのからだであ」(23節)るということが強調されています。でも「からだ」を支配し、コントロールするものはヘッド、つまり「かしら」(22節)であって、それがイエス・キリストです。
 
「彼は万物よりも先にあり、万物は彼にあって成り立っている。そして自らが、そのからだなる教会のかしらである」(コロサイ人への手紙1章17、18節前半 314p)。
 
 「からだ」(18節)は多くの「肢体」、つまり器官から成っています。
 
「実際、からだは一つの肢体だけではなく、多くのものからできている」(コリント人への第一の手紙12章14節 270p)。
 
 そして、イエスを主と告白した者は、人種、民族、国籍、性別等を超えて、「キリストのからだ」という教会を構成する「肢体」なのです。
 
「あなたがたはキリストのからだであり、ひとりびとりはその肢体である」(同12章27節)。
 
実は、生まれながらの人間は、自分の努力やがんばりだけでは信仰を持つことがきません。それは先週教えられましたように、「助け主」である聖霊の導きが無ければ不可能なのです。
 
「また、聖霊によらなければ、だれも『イエスは主である』と言うことができない」(12章3節後半)。
 
つまり、一人の人が「イエスは主である」と告白したということは、まさに聖霊の特別な働きの結果であると共に、聖霊によって「イエスは主である」と告白できた者は、出自も過去も関係なく、その告白の瞬間に「肢体」の一つとして、キリストを「かしら」とする「キリストのからだ」(27節)なる教会(エクレシア)の一員となっているのです。
そして、その第一号が、十字架の上で回心したあのテロリストでした。
 
 教会はこのように、「神に呼び出され者、召し出された者たちの集まり」であると共に、「肢体」という私たち一人一人によって構成されている「キリストのからだ」なのです。
 
 私たちは先ず、神も希望もない状態から、神により憐れみのゆえに呼び出され、召し出された者であることを覚え、同時にからだを構成する肢体のように、「キリストのからだ」に連なる肢体とされている幸福を噛みしめたいと思います。
 
 
2.キリストの体である教会は、「聖」にしてかつ「公同の教会」として一つである
 
ところで、「使徒信条」ラテン語原文は、教会について、「サンクタム(聖なる) エクレシアム(教会) カソリカム(公同の)」と告白します。
 
でも、冒頭で申し上げましたが、「キリスト教国」がそうであるように、二千年の歴史を通じて教会は、とても「聖なる」と形容できるようなものではありませんでした。
 
私は二十数年の間、神学校の夜間校で「教会史」という教科を受け持たされ、三年から四年に一回、通年で一世紀から二十一世紀までの教会の歴史を講じる特権を与えられておりました。
レジメは毎回作り直しましたし、相当な時間を費やしもしました。しかし、その結果、自分自身、多くの知識を蓄積する機会に恵まれることになり、それは教会における働きに十分に還元されてきました。
 
ただ、講義のため、改めて学び直して知ったキリスト教会の歴史の実態は、栄光や聖潔の姿ではなく、偽善と腐敗に満ちたものでした。
教会史に現われたキリスト教会、特に西洋のキリスト教会は、昨年の日曜特別礼拝でも指摘しましたように、それを奉じてきた人間の側の民族的、文化的、遺伝子的特質がブレンドされて形成されたものであって、無色透明、無味無臭どころか、キリストの香りの正反対の、悪臭を放つような有様でした。
 
教会の歴史は、ある意味では、正統を自負する多数派の強者が、少数派の弱者を敗者、異端者として排撃、弾圧してきた歴史であることは否定しようのない事実です。
でも、角度を変えて見れば、にも関わらず、神はなお、人間を見捨てるわけではなく、不完全な教会を忍耐を持って見守り続け、用いてきたということを実感させられた学びでもありました。
 
「使徒信条」は教会を「聖なる教会」と告白しますが、この「聖なる」の本来の意味は、内実を意味するというよりも、それが他のものとは「異なっている」ということを意味するものなのです。
 
これを、別の言葉を使えば、「取り分ける」でしょう。教会が普通の集まりと違うのは、神によって特別に、それがキリストのものとしてこの世から取り分けられた「聖なる」ものだからです。
 
例えば、瀬戸物屋さんから陶器を購入してきて、そのうちの一つ、あるいは一セットを大切なお客さん用に取りのけておくということがありますが、そのようなことが「聖なる」あるいは「聖とする」という意味なのです。
「教会」とは、他の集団や共同体とは異なったもの、「聖なる」ものとして他から取りのけられたがゆえに「聖なる教会」なのです。
 
パウロはアジア州を去るにあたって、残された集会の指導者たちに、教会とは何かということを思い出させようとします。
 
「聖霊は、神が御子の血であがない取られた神の教会を牧させるために、あなたがたをその群れの監督者にお立てになったのである」(使徒行伝20章28節後半 217p)。
 
教会は「御子の血によってあがない取られた」(28節)「神の教会」です。神は弱さ、罪深さなどを包含したままの教会を、他とは「異なる」特別なものとして「聖」別してくれたのでした。ですから高ぶってはなりません。教会とは神の犠牲によってこの世から取り分けられた「聖」なるものです。ですから「聖なる教会」なのです。
 
では、「公同の教会」とは何のことでしょうか。
「公同の」のラテン語「カソリカム」は、「普遍的な」とか、「一般的な」という意味であって、その対義語が「特殊な」とか「異端的な」という言葉です。つまり、「エクレシアム カソリカム(公同の教会)」とは、正統的な教会を意味します。
だからこそペテロの後継者を自認し、地上における唯一の正統教会を自負するローマ教会は、自分たちだけが「公同の教会」であるとして、「ローマ・カソリック教会」を名乗ったのでした。
 
しかし、「使徒信条」をその本来の意味で認証しかつ告白しているのであれば、どんな教会でも、たといその過去に過誤が多くあったとしても、「公同の教会」なのです。
そういう意味では、教会史における西洋教会もまた、「カソリック教会」であり、東洋の一角に位置する私たちの教会も、キリストを基とするただ一つの「聖なる公同の教会」「カソリック教会」に属しているといえます。
 
その、神によって「聖」とされ、かつ神から教えの面においてまさしく正統的な「公同の教会」すなわち、「聖なる公同の教会」に、憐れみによって加えられていることこそ、最大の幸運といえるのではないでしょうか。
 
 
3.「聖なる公同の教会」は、地上にあっては「制度的教会」として使命を果たす
 
私たちは誰であっても、この世に誕生すると、役場に出生届が出され、入籍手続きが行われます。手続きが完了すれば親の戸籍に入籍し、晴れて日本国の一員になり、これによって国の法律の下に置かれ、同時に国、地方自治体の保護と福祉を受けることもできるようになります。
しかし、手続きをしなければどうなるかといいますと無国籍扱いとなり、法律上の権利を行使することができなくなります。
 
ついでに言いますと、よくテレビなどで芸能人が、「わたしたち、入籍しました」なる報告をしている場面を見ることがありますが、「入籍」というのは既にある戸籍に入ることを意味します。
しかし、戦後の民法では結婚は、既存の戸籍に入るのではなく、届け出によって新しい戸籍が作られるですから、「入籍しました」は間違いです。ただ、「結婚しました」と言えばいいのです。
 
ついでのついでに触れますと、日本の結婚制度はあくまでも「法律婚」が基本です。最近は役場に届けないで同居生活をするカップルが出てきて、それを「事実婚」などと言ったりします。しかし、弱者を守るために制定されたものが法律です。
そして女性が強くなったといっても社会的にはまだまだ女性は分の悪い弱者であって、「事実婚」などというのは強者である男性にとって都合のよいシステムなのです。
そういう意味では、法律によって保護され、権利を主張することができる「法律婚」の価値をもっと認識をする必要があると思います。
 
少し、話しが脱線しましたが、法整備というものは、人を束縛するものではなく、弱い立場の者を守るためになされるものなのです。
そして、それと同じように、たとい神の恵みによって神の子という立場を与えられてはいても、人というものが地上的存在である以上、ひとりで健全な信仰を保持することは困難です。
 
そこで神は、私たち弱さを持つ信者のために、「公同の教会」を目に見える地上における「制度的教会」として設けられました。それが、「○○教会」「○○集会」という名称の地域教会です。
私たちはみな、ある日ある時、「イエスは主である」という告白によって、ただ一つの「聖なる公同の(カソリック)教会」の構成員にしてもらうと共に、地域の「制度的教会」の一員となって、教会の「かしら」なる主に仕え、また主の保護下に入るのです。
 
「制度的教会」の「制度」の原語のギリシャ語「タッソー」には、「隊列を整える」という意味があります。
古代のキリスト教会は自分たちの使命を、失われた魂を悪の支配から奪還する共同体として位置付けていたようですが、そういう意味から洗礼式は、キリストの軍隊への栄光溢れる入隊式にも擬せられていたとされています。
 
つまり、戦闘地域か後方支援かの違いはあっても、皆がキリストの兵士であるとの自覚のもとにいたわけです。
勿論、それは強制でもなければ徴兵でもありません。自由意志を尊重する志願制です。ボランティアの本来の意味は志願兵です。
 
そして、たとい特定の教団、教派に属していない単立教会であったとしても、神はその教会には、羊の群れを御言葉によって養い、導く者として「牧師、教師」を立てられました。
その「牧師、教師」が神によって立てられた者かどうかを客観的に判断するために設けられたのが「制度的教会」における「教職制度」でした。
 
「そして彼は、ある人を使徒とし、ある人を預言者とし、ある人を伝道者と、ある人を牧師、教師として、お立てになった。それは、聖徒たちをととのえて奉仕のわざをさせ、キリストのからだを建てさえ、わたしたちすべての者が、神の子を信じる信仰の一致とに到達し、全(まった)き人となり、ついに、キリストの満ち満ちた徳の高さにまで至るためである」(エペソ人への手紙4章11〜13節 304p)。
 
 ここにある「伝道者」(11節)とは、任地を持たずに巡回伝道に従事する者のことでしょう。しかし今は、「使徒」(同)も「預言者」(同)もいません。
時々、「使徒」や「預言者」を名乗る者が出てきますが、信用してはなりません。インチキか、さもなければ本人や周囲が勝手にそう思い込んでいるだけです。
 
 すなわち、「神が御子の血であがない取られた神の教会」(使徒行伝20:28)に所属する「聖徒たちをととのえて奉仕のわざをさせ、キリストのからだ(なる教会)を建てさせ」(12節)るために、今もなお、神が「お立てにな」(11節)っているもの、それが「牧師、教師」(同)です。
 
この「牧師、教師」は、ご自身の大事な羊を守るように、とりわけ、狼や泥棒などの外敵から羊を守るようにと、神から任命されているのです。
 
日本には内村鑑三に代表される「無教会」というユニークな教会がありますが、これは正確には、制度を否定した「無制度的教会」のことです。
このグループには教職制度がありません。聖書を解き明かす指導者はいますが、いわゆる「職業牧師」ではありません。
 
彼らは自前の教会堂を持ちません。ですから集会は地域の会館等を借りて行っています。
 
当然、教会員籍もなければ、洗礼式もありません。集会には行きたければ行く、行きたくなければ行かない、という教会です。
つまり、「教会(エクレシア)」というものの外形的な要素を極限まで削り落して、神と信者との一対一の関係に絞り込んだもの、それが日本の「無教会」なのかも知れません。
創始者の内村鑑三が若かった頃に関わった、「制度的教会」に躓いたことによるのだそうです。
 
この「無教会」というグループもまた、「聖なる公同の教会」の一員ではあるのですが、神との個人的関係の重視、個人の意思の尊重という面から、たとえば今まで集会に来ていた人が急に姿を見せなくなったとしても、それはその人の意思だということで、特に安否を問うこともしないそうです。もちろん、週報や月報を送ることもないようです。
 
でも、自立的な人はいいのですが、励ましを必要とする者、弱さを持つ者、他者の助け、祈りを必要とする者にとっては厳しいかも知れません。
教会は羊の群れに喩えられます。そして羊を養い見守る羊飼いはもちろん、イエス・キリストです。ですから聖書は羊飼いなるキリストを「大牧者」と呼びます。
 
「永遠の契約の血による羊の大牧者、わたしたちの主イエスを、死人の中から引き上げられた平和の神が、」(ヘブル人への手紙13章20節)
 
 そしてこの「大牧者」が信者の中から選んで、羊の群れを養い守る牧者として地域教会に任命したのが「牧師、教師」(エペソ4:11)です。
 
 そういう意味では個々の地域教会を、地上における恵みの牧場しとして認め、地域の教会に所属して信仰の成長をはかることは、健全な在り方です。
それを束縛と考えるか、それとも神の恵みとして捉えるかは、私たちに委ねられているといえます。
 


投稿者 : famillia 投稿日時: 2015-05-24 16:00:04 (1467 ヒット)
2015年礼拝説教

2015年5月24日 聖霊降臨日礼拝説教 

基本信条としての使徒信条
 
「われは聖霊を信ず」との告白が意味する、
  豊かな恵みと光栄
 
エペソ人への手紙5章18、19節(新約聖書口語訳306p)
 
 
はじめに
 
子供の頃の記憶によりますと、我が家では味噌汁のことを「おみおつけ」と言っておりました。「おつけ」は「御汁」で、これは「つける」の名詞形の「つけ」に「汁」を当てたもので、これに接頭語の御をつけたものが「御汁(おつけ)」です。
 
でも、これではまだまだ丁寧さが足りない、品が無いと考えたのかどうか、昔の日本人女性はこの「御汁(おつけ)」に更に二つ御をつけて、「御御御汁(おみおつけ)」としたようです。
 
似たような用法が「足」であって、その丁寧な表現が「御御足(おみあし)」です。丁寧な表現は大変結構なのですが、何事も「過ぎたるは及ばざるが如し」で、度が過ぎるのは考えものです。
 
たとえば、「牧師先生」という敬称です。「○○先生」という言い方には相手を揶揄する気持ちが含まれていることが多いものなのですが、「牧師先生」の場合は牧師に対して、素朴で率直な敬意の気持ちを示したものなのでしょう。
でも、「師」が既に先生ですので、先生をつけなくても敬意は十分に伝わっていると思います。ですから「牧師」だけで十分です。
 
時々、牧師さま」と呼ぶ方もおられますが、「お医者さま」という呼び方があることから、それはそれでよいのではないかと思います。
ただし、これが「牧師先生様」となりますと、やや度が過ぎるように思えますが。
 
ところで「神の霊」に関する呼称ですが、「神の霊」を意味する聖書の原語は、ヘブライ語では「ルァハ」、ギリシャ語では「プネウマ」です。
このギリシャ語「プネウマ」に「ハギオス(聖なる)」がついたものが「聖霊」と訳されました。そして「ハギオス(聖なる)」がつかないものは、口語訳や新改訳では尊敬の意味の「御」をつけて「御霊(みたま)」と訳しました。
 
ところが、新共同訳はただの「プネウマ」には「御」をつけることをせず、これを「霊(れい)」、あるいは「霊」を二重引用符(ダブルクォーテーション)で囲むという訳し方をしているのですが、これには少々違和感を感じます。
 
と言いますのはこの訳し方には、「神の霊」に対する尊崇の気持ちが感じられない上、多くの日本人が持っている、得体の知れない働きや作用の担い手としての「霊」を連想させてしまうからです。
 
何しろ、古代、中世の我が国には「怨霊(おんりょう)」信仰というものがありましたので、ただの「霊」という訳語を見た場合、初心者はそれを尊い神の霊というよりも、あらぬものを連想してしまう危険性があるからです。
 
衆知を集めた結果なのだろうとは思いますが、このような訳し方は適切であるようには思えません。今後、訳が見直されるような時には、ぜひ、考慮をして欲しいものです。
 
ところで「聖霊」への呼び方ですが、「聖霊」では何だかぞんざいな呼び方のような気がするというので、これに「様」をつけて「聖霊様」と言ったり、中には「ご聖霊様」と呼ぶ人がいます。
「霊」に「聖なる」がつかない場合、つまり「御霊」の場合、尊敬するあまりの呼び方だとは思いますが、「御霊様」などと呼んだりする人がいます。
 
もちろん、その気持ちは大変よく理解できます。よく理解はできるのですが、神の霊の呼び方としては「聖霊」あるいは「御霊」で、既に十分、尊崇の気持ちを表しているのです。
 
我が国では、天皇と皇后が亡くなった時だけ「崩御(ほうぎょ)」を使用します。もともと「崩」自体、古代中国では天子が亡くなったことを表す言葉でしたが、そこで敬意を示す意味から、これに「御(ぎょ)」をつけて「崩御(ほうぎょ)」としたわけです。
二十数年前、昭和天皇が崩御した折、どこかのテレビ局の女性アナウンサーが「御崩御」と言っておりましたが、この場合も、敬意を表すものとして「崩御」で十分なのです。
 
本日五月二十四日は教会暦では、二〇一五年の「聖霊降臨日」にあたります。また本日は折よく、「使徒信条」の第三条、「聖霊」に対する信仰告白に入る週でもあります。
 
そこで今週の礼拝説教では「『われは聖霊を信ず』と告白することの、豊かな恵みと光栄」というタイトルで、聖霊とはそもそも何ものであるのか、聖霊の主な機能とは何であるのか、さらに、聖霊の効用とは何なのか、という三点について、聖書からご一緒に学びたいと思います。
 
 
1.聖霊は、天に帰ったイエスに代わるもう一人の弁護人として天から送られた
 
わかっているようでわかっていなもの、それが聖霊です。使徒信条で「われは聖霊を信ず」と告白しますが、その聖霊の位置に聖母マリヤを置いたのが、古代のローマ教会であったといわれています。
 
先週、「最後の審判」について学びましたが、「最後の審判」では、判決を下す裁判官、人を天国に入れるか、地獄に落とすかを決める最終審判者はイエス・キリストです。
その結果、古代の人々にとってイエス・キリストは、親しみを覚える救い主というよりも、畏怖すべき支配者、近寄りがたい存在というイメージで捉えられるようになってしまいました。
 
でも、恐るべき審判者であっても、キリストも母親の言葉には耳を傾けるであろう、ならばキリストの生母であるマリヤを通して願い出ればキリストも無碍にはできないであろうという期待から、マリヤの執り成しという信仰が生まれるようになり、それも一つの理由でマリヤ信仰が発達したのだといわれています。
 
でも、マリヤの執り成しは必要ありません。なぜならば、執り成し手としては、聖霊なる神が天から送られているからです。
マリヤは私たちの信仰の模範であり手本であっても、礼拝や祈願の対象ではありません。
 
ヨハネの福音書によりますと、最後の晩餐の際、弟子たちは不安感でいっぱいであったようです。そこにイエスの約束が語られました。
 
「わたしは父にお願いしよう。そうすれば、父は別に助け主を送って、いつまでもあなたがたと共におらせて下さるであろう。それは真理の御霊である」(ヨハネによる福音書14章16、17節前半 新約聖書口語訳165p)。
 
そしてキリストが昇天したあと、約束の通りに聖霊は父なる神と子なるキリストから、キリストに代わる「助け主」(16節)として教会に送られてきたのでした。それが「聖霊降臨日」です。
ユダヤの祭の「五旬節」の日に降臨したので、「五旬節」を意味するギリシャ語の「ペンテコステ」から、この日を「ペンテコステの日」などといいます。
 
ところで「助け主」(同)ですが、「助け主」と訳された原語の「パラクレートス」は、そのまま訳しますと「助けを求められる人」となるそうです。
つまり、告発された人のために弁護をする「弁護人」、病人に付き添う「医師」や「看護人」「介護者」を意味するものでもあることから、「助け主」(口語訳、新改訳)や「弁護者」(新共同訳)とも訳されます。
 
なお、十六節で口語訳が「別に」(同)と訳した言葉を、新共同訳は「別の」と訳しましたが、これは新改訳の、「もう一人の」が適切だと思われます。
神の御霊はキリスト昇天後、キリストに代わるお方としてキリスト信者の傍らに付き添う「もう一人の」「助け主」「弁護者」(新共同訳)として送られてきたのです。
 
しかも、それは単なる助け手などでもありません。聖霊は神であって、「父なる神」「子なるキリスト」に次ぐ第三位格の神です。ですから聖霊は礼拝や祈りの対象でもあるのです。
 
人を不安にするものは何といいましても、「一人ぼっち」、難しい言葉を使えば「孤立無援」という状況に置かれることです。
だからこそイエスは不安を感じていた弟子たちに対して、「私はあなたがたを見捨てることは決してしない」と約束されたのでした。
 
「わたしはあなたがたを捨てて孤児とはしない。あなたがたのところに帰ってくる」(14章18節)。
 
 「帰ってくる」(18節)という言葉から、これを再臨のことを言っているという見方もありますが、そうではありません。これはイエスが、昇天した後も、聖霊において弟子たちと共にいる、という意味の約束の言葉です。
 
「相互内在」という専門用語を思い出していただきたいと思います。イエスは聖霊を通して、あるいは聖霊に内在することによって、地上にある私たちと、常に共にいてくださるのです。助け主として、弁護人として、そして痒い所に手の届く看護人として、です。
 
 
2.聖霊に従って歩む時、人は生まれつきの自己である肉の働きから解放される
 
聖霊が、信じる者の人生に「助け手」として寄り添ってくれる神でもあるということを、昔、米国のアッセンブリー教団が発行した「わたしたちの信仰と生活シリーズ」の「聖霊」という小冊子を読んで、納得したものでした。
 
著者はそこで、私たち人間というものを重い病気で苦しむ患者に喩え、一方、三位一体の神については、父なる神を、患者を苦しめている病を正確に診断し、適切な薬剤を処方する医師として、またキリストについては、不治の病を癒す特効薬そのものとして、そして聖霊は、病者に対してその薬の効能を説明して納得の上で服薬させる看護婦のような存在として説明しており、読んでいて実に腑に落ちる解説であると感動したものでした。
 
まさに聖霊は気難しい者に対しても、難しいことを優しく忍耐深く、そして易しく説き明かす「真理の御霊」(ヨハネ14:17)として、私たち信者の傍らにあって助け導き、時には弁護人のように、神に向かって執り成してくださるのです。
 
この聖霊なる神の働きは、実に多方面にわたりますが、その一つが私たち信者の生き方の変革、悪しき力からの解放のための援助です。
そして、そこで勧められているのが、神の御霊に支配され、神の御霊に従って人生を生きるということでした。
 
「わたしは命じる、御霊によって歩きなさい。そうすれば、決して肉の欲を満たすことはない。なぜなら、肉の欲するところは御霊に反し、また御霊の欲するところは肉に反するからである。こうして、二つのものは互いに相さからい、その結果、あなたがたは自分でしようと思うことを、することができないようになる」(ガラテヤ人への手紙5章16、17節 299p)。
 
使徒パウロは人間というものを、善を志向してやまない一方、どうにもならない我欲に支配されている者として理解しておりました。そして、その我欲の中心にあるものをパウロは「肉」(16節)としました。
 
「肉」(同)の原語である「サルクス」は通常、食用としての肉や、人間の肉体を指す場合に使われますが、パウロはこれを「人間の生来の性質、生まれながらにして持っている古い人間性を意味するもの」として使いました。
 
つまり、「肉」そのものはただちに罪なのではありませんが、「肉」は罪を生み出す温床としての自我そのものでもあり、生まれ変わっていない自我は容易に「肉の欲」(同)として、「御霊」の思い、御霊の志向に「反する」(17節)傾向へと向かいがちになります。
 
そこでパウロは書いたのでした、本能に任せて「肉」に従うというマイナスの生活に陥らないためには、「御霊によって歩」(16節)くようにとしなさい、と。
 
では「御霊によって歩」(同)く、とはどういうことかと言いますと、人間を構成する知、情、意に、御霊の支配を仰ぐことであると言えます。
それは親しい者は玄関先や客間にではなく、居間、寝室、台所、書斎という、暮らしの空間にお迎えすることがあります。
それと同じように、自らのプライベートな領域である知性のレベル、意思の分野、感情の深み、深層心理、無意識の世界にまで、聖霊の支配を仰ぐことを意味します。
 
そういう意味では、キリストにある私たちの生涯は、「御霊」と生まれながらの古い性質である「肉」との戦いの舞台、戦場であるという見方をすることもできます。
 
そして、私たちへの愛のあまりに、身を捨てて私たちを原罪から解放した救世主は、その愛する者の内に聖霊を送って、私たちがこの世に誕生し、さらには新生へと導かれた本来の目的の達成である真の自由、解放へと導いてくださる筈です。
 
「兄弟たちよ。あなたがたが召されたのは、実に自由を得るためである。ただ、その自由を、肉の働く機会としないで、愛をもって互いに仕えなさい」(5章13節)。
 
パウロは勧めます、折角与えられた自由というものを、生まれながらの性質である「肉の働く機会」(13節)すなわち「肉に罪を犯させる機会と」(同 新共同訳)しないで、「愛をもって互いに仕えなさい」(同)と。
 
日々、助け主なる御霊を仰ぎ、このお方の支配に服することによって、「愛をもって互いに仕え」る自由の行使へと導かれたいと思います。
 
 
3.聖霊に満たされてこそ、人は神の栄光を現わす器となって用いられる
 
聖霊には多種多様な機能がありますが、そのうちの一つが表現の霊、あるいはコミュニケーションの霊であるということです。
 
若かった頃、教職仲間でドイツの新約学者、エドアルト・シュヴァイツアーの「聖霊」に関する論文(キッテル編「新約聖書神学辞典」)を学んでいて知ったのは、「使徒行伝」では、癒しなどの奇跡、力あるわざなどは「イエスの御名」が、そして宣教や預言などの言葉の働きは聖霊が担っているということでした。
 
聖霊は勿論、超常現象にも関与しますが、その働きは主に、証し、伝道、礼拝、祈祷、讃美などの表現、コミュニケーションの分野においての活動を助けるようです。
 
 ところで、アルコールはOK!という教会もあれば、教会規則でアルコール禁止を打ち出す教会もあるようです。
 
この教会ではそれぞれに任せていますが、私自身はピューリタニズム(清教徒主義)の固い教会で信仰を持ったせいか、アルコールを嗜む機会がないまま大人になったので、その結果、ビールなども苦いだけで、一向に飲みたいとも思いません。
 
では、聖書はどう言っているかといいますと、エペソ人への手紙の著者は「酒に酔ってはいけない」と、どうやら飲酒に関しては否定的のようにもみえます。
 
「酒に酔ってはいけない。それは乱行(らんぎょう)のもとである。むしろ御霊に満たされて、詩とさんびと霊の歌とをもって語り合い、主にむかって心からさんびの歌を歌いなさい」(エペソ人への手紙5章18、19節 306p)。
 
しかし、いや、「酒に酔うな」とは書いてあるが、「酒を飲むな」とは書いていない、酔わない程度に飲む分には構わないのでは、と言う人もいます。
確かに聖書解釈学の原則の一つは、著者の言いたい事を読みとる、ということですから、そういう意味ではこれは、飲酒自体を禁じたものではなく、本来の自分を失う程に「酔ってはいけない」という意味なのだろうと思います。
 
問題は「酔」うということのようです。酔うことがなぜ問題なのかといいますと、酔いが「乱行のもと」(同)だからです。
 
そして、人はしばしば、アルコールには酔わなくても、自己陶酔、つまり自分に酔う場合があります。
 
とりわけ、語るということに秀でた者は自分の弁論、弁舌に酔いやすく、書くことを専らにする者は自らの文筆の才に酔うことがあります。
また、楽器を奏でることに卓越した者は自らの技量に酔い、歌う者は自分自身の美しい声や歌唱の素晴らしさに酔いしれるという危険性がないでもありません。
 
自分自身に酔うことがなぜ注意しなければならないのかと申しますと、自分に酔っているとき、人はともすれば、その優れた才能を与えてくれたお方を忘れ、あるいはその賜物が与えられた目的である、人を生かし、神の栄光を現わすという、本来の意味と目的とを忘れてしまうことが、無きにしもあらずだからです。
 
今日は少しだけ、思い出話をしたいと思います。
 
私にとりまして十五歳の時の記憶は、人生の分岐点としてとりわけ濃密な記憶として残っております。
 
生まれて初めて教会に行ったのは十五歳の春でしたし、聖書を熟読して、唯一の神が実在すること、その神が世界を創造した神であること、自分自身もまた偶然ではなく、その神の不可思議な選びによってこの世界へと送り出されたのだということを信じたのも十五歳の春から夏にかけてであり、神なき人生に訣別する思いで水の洗礼を受けたのも十五歳の秋でした。
 
そしてそれまで、苦々しい記憶しかなかった「西洋の祭である」クリスマスというものを教会で迎えたのが十五歳の冬でした。
 
その年のクリスマスでは、私が所属していた中高生の会がクリスマス劇を上演することになりました。
演目は「靴屋のマルチン」でした。その後、この民話がロシアの文豪トルストイによって書かれた「愛あるところに神います」であることを知りましたが、当時はそんなことも知りませんでした。
 
劇では主役の「靴屋のマルチン」には一学年上のKさんが選ばれ、出演者それぞれ、練習の成果を発揮して感動的な劇が上演されました。
 
 私にはキリストの役が与えられました。キリストと言いますと何やらいい役のように思えるのですが、この劇では実は声だけ。声はすれども姿は見えずという役どころです。
 
劇の前半は、妻を亡くした後、一人残された息子をも亡くしてがっくりきていた靴屋のマルチンが、仕事を終えて休んでいるところに、「マルチン、マルチン、私は明日、お前の所に行くからね」というキリストの声が聞こえます。
 
キリストが来られるというので張り切るマルチンですが、翌日、道に面した仕事場から見える街角には、老いた雪かきのステパノが凍える体を壁にもたせかけている姿が。そこでマルチンはステパノを暖炉の燃える仕事場に入れて、暖かいお茶を振る舞います。
 
やがて、冬だというのに夏ものを着て赤子を抱き、途方にくれている若いお母さんを見つけたマルチンは、二人を仕事場に招き入れて、赤子には暖めたミルクを飲ませ、お母さんには古い毛皮の外套を与えます。
 
その後、外で騒動が。見るとりんご売りのお婆さんの籠からひもじさのあまりにリンゴを盗んだ男の子がおばあさんに見つかって、折檻をされそうになっている、そこでマルチンは飛び出していって、お婆さんにはリンゴの代金は自分が払うこと、男の子にはやはり盗みはいけないと諭し、その結果、二人は仲好くなって帰っていくなどして、一日が終わってしまいます。
 
その夜、「ああ、キリストさまは来なかったなあ」と言ってマルチンが座って福音書を読んでいると、彼の眼前に雪かき爺さんのステパノが現われ、次の瞬間、「これは私だよ」というキリストの声が聞こえます。
 
そして赤子を抱いた若いお母さん、リンゴ売りのお婆さん、リンゴを盗んだ男の子たちが次々と現われ、その度に、「これは私だよ」「これも私だよ」というキリストの声が聞こえてきます。
そこでマルチンは、「ほんとうに主は今日、私の所に来てくれたのだ」と言って感謝の祈りをささげる、という劇でした。
 
因みに、一日の仕事を終えたマルチンが、直前に読んでいた福音書の箇所が、先週の礼拝説教でご一緒にお読みしたイエスの譬え話でした。
 
「すると、王は答えて言うであろう、『あなたがたによく言っておく。わたしの兄弟であるこれらの最も小さい者のひとりにしたのは。すなわち、わたしにしたのである』」(マタイによる福音書25章40節 43p)。
 
とても感動的な劇でしたが、私は、と言いますと、台詞は多いことは多いのですが、どこから声を出すかと言いますと、舞台の横に当時あったトイレの中からメガフォンで、「マルチン」と呼びかけるわけです。
 
しかも、五十数年前の当時のトイレは、当然ながら水洗ではありません。その水洗ではないトイレの中に、劇の始めから終わりまでいて、キリストの声を演じたというわけです。
中高生全員が心を合わせ、そして力を結集した劇は大成功でした。劇を見てくれた大人たちもみな、心から感動をしてくれました。
 
そして後年、いつの頃からか、その時の自分に与えられた役は、人生を貫く自分の在り方を示しているのではないか、と思うようになりました。
 
とりわけ、説教者としてキリストの言葉を解き明かす立場になって思ったのは、「自分の姿は人の目からは隠されて、キリストの声となってキリストを示すことが自分の役割である。人からの称賛などではなく、キリストが崇められることだけが報酬であるという働き、生き方をすること、それがお前の人生である」と神から言われているように思えるようになりました。
 
「エペソ人への手紙」の著者は、「酒に酔ってはいけない」(18節)と書いたあと、「むしろ御霊に満たされて、(互いに)語り合い、主にむかって心からさんびの歌を歌いなさい」(同)と勧めます。
 
「御霊に満たされ」(同)るとは、御霊に占領されるという意味です。意識のレベルだけでなく無意識のレベルまで、キリストの代わりの「助け主」である聖霊に満たされ、占領される時、互いに徳を高め合う「語り合い」(同)が可能となり、神の栄光とみわざとを称える「さんびの歌」(同)を「主にむかって」(同)捧げることが日常となるのです。
 
この聖霊降臨日、それぞれが神の栄光を現わす器として、御霊に酔い、「御霊に満たされて」(同)神と人に用いられるものでありますよう、心を込めて祈りたいと思います。


投稿者 : famillia 投稿日時: 2015-05-17 16:18:13 (1935 ヒット)
2015年礼拝説教

15年5月17日 日曜礼拝説 

基本信条としての使徒信条
 
キリストが「かしこよりきたりて生ける者と死にたる者とを審」くその日、歌うのはレクイエムかハレルヤコーラスか
 
コリント人への第二の手紙5章10節(新約聖書口語訳282p)
 
 
はじめに
 
 テレビドラマの視聴率の低下が目立つようになりました。何しろ、あの木村拓哉主演のドラマでも十四パーセントか十五パーセントがやっとで、しかもそれで全ドラマ中、トップというのですから、想像がつくと思います。
そういう春ドラマの中で深夜にも関わらず、健闘しているようなのがテレビ朝日系で金曜の夜中放映の、「天使と悪魔−未解決事件匿名交渉課」という警察ドラマです。
 
このドラマのキャッチコピーは、「天使のような新人警察官と悪魔のような天才弁護士が司法取引によって未解決事件の真相に迫るサスペンスストーリー」なのだそうですが、日本では未承認の「司法取引」を被疑者に持ちかけることによって、未解決の事件を根本的解決へと導くという内容のドラマです。
深夜の放映にしてはまずまずの視聴率なのだということです。
 
さて、その「司法取引」ですが、これは米国や英国では普通に採用されている制度であって、被疑者と検察の間で、被疑者への求刑を軽減したり、罪に問わないことを条件に、被疑者が持っている秘密の情報を提供させ、あるいは証言させることによって、より重大な犯罪の解決を図ろうとするものです。
 
確かに実(じつ)を得るという点では合理的な制度のようにも見えますが、難点は二つ、一つは被疑者が自分の立場を有利にするため、偽の情報を出す誘惑にかられ、結果として冤罪が増加するという事例が頻出すること、そしてもう一つが、司法取引によって見逃された罪と、正義に基ずく法の執行という検察権との兼ね合いがどうなるのかという、根源的な疑問が出てくることです。
 
特に二つ目の事柄は、生真面目な性格の日本人にとっては容認することのできない問題なのだとのことです。
しかし、この制度が米英において導入されている背後には、法の目を潜(くぐ)った犯罪者や被疑者の最終処分は神の審判に委ねるという、有神論的思想、具体的にはキリスト教の基本教理の一つである「最後の審判」への委任という考えがあるのだそうです。
 
その「最後の審判」です。今週は「使徒信条」のイエス・キリストに関する告白条項の最後ですが、キリストに関する箇条の最後の告白は「(主は)かしこよりきたりて生ける者と死にたる者とを審き給わん」です。
 
そこで今週の説教タイトルは、「キリストが天『よりきたりて生ける者と死にたる者とを審』くその日、歌うのレクイエムかハレルヤコーラスか」としました。
 
「最後の審判」は、モーツアルト(オーストリア)やベルディ(イタリア)、フォーレ(フランス)等の作曲で有名な、「死者のためのミサ曲」である「レクイエム」にあるように、その日が悔恨の涙を流す「涙の日」となるのか、それとも人生の労苦が報われる「慰めの日」となるのかが問われる決定的な神の審きを指しますが、運命を左右するもの、それは私たちの生き方にあると聖書は言います。
 
 
1.「最後の審判」は、初期ユダヤ教の教えであると共に、全キリスト教会に共通する教えである
 
三十五か三十六の若さで死んだイエスは、見方によっては宗教的、思想的天才であったと言えます。
ユダヤ社会の全体利権を一手に握る大祭司などの宗教当局が、危機感をバネに挙(こぞ)ってイエスの排除、排斥に動いたのも、それだけユダヤ社会、そして一般民衆に対するイエスの宗教的影響力が強かったからでした。
 
そしてパウロ。イエスの衣鉢を継いだのが、律法学者として前途を嘱望されていた若きパリサイ人、サウロ、後のパウロでした。
 
イエス・キリストの使徒として活動していたパウロが、地中海世界にディアスポラ(離散の民)として広がっていたユダヤ人社会の宗教指導者たちから、蛇蝎の如くに忌み嫌われ警戒されたのも、ユダヤ人に対する彼の影響力が大きかったからででした。
 
西暦五十八年頃、パウロはエルサレムにおいて、ユダヤ当局に弾劾されて、ローマ総督ペリクス(フェリクス)に騒擾(そうじょう)罪の廉で訴えられるのですが、その際のパウロ非難が、この男は「疫病のような人間で」であったということからも、パウロの影響力の大きさを見てとることができます。
 
「さて、この男は、疫病のような人間で、世界中のすべてのユダヤ人の中に騒ぎを起こしている者であり、また、ナザレの異端のかしらであります」(使徒行伝24章5節 新約聖書口語訳223p)。
 
 このように、ユダヤ教とキリスト教の関係は、まさに水と油という状態に思えるのですが、世界の終わりに「最後の審判」があるということについては、両者は共通です。例えば、預言者イザヤの託宣です。
 
「そして主が審判の霊をもって、シオンの娘らの汚れを洗い、エルサレムの血をその中から除き去られるとき、シオンに残る者、エルサレムにとどまる者、すべてエルサレムにあって、生命の書にしるされた者は聖なる者ととなえられる」(イザヤ書4章3、4節 947p)。
 
 北イスラエル王国で活動したイザヤは、紀元前八世紀の預言者ですが、学者はイザヤ書四章の記述には後世の手が入っていると考えているようです。つまり、ユダヤ教の思想が加えられているというのです。
 
 ユダヤ教は、エルサレム神殿が五一五年に再建された後に成立した宗教であって、ヘロデ大王のリフォームを経た神殿が、ローマ軍によって西暦七十年に崩壊するまでの期間に形成されたものを、ユダヤ学者は「初期ユダヤ教」と呼称しております。
 そして、ユダヤ教が生み出した文書で、正典とされたダニエル書には、「最後の審判」の思想が顕著です。
 
「またちりの中に眠っている者のうち、多くの者は目をさますでしょう。そのうち、永遠の生命にいたる者もあり、また恥と、限りなき恥辱をうける者もあるでしょう。賢い者は、大空の輝きのように輝き、また多くの人を義に導く者は、星のようになって永遠にいたるでしょう」(ダニエル書12章2、3節 1243p)。
 
ただし、イエス時代のユダヤ教は、人間の功徳を強調する宗教として、災害や疾病、障害などを人間の悪行に対する神の罰と考えるようにもなっておりました。いわゆる「因果応報論」です。
 
そしてその思考の影響下にあったのがイエスの弟子たちでした。彼らは通りがかりに見た生まれつきの盲人を見て、イエスに質問します、「彼が盲人として生まれついた原因は、本人が罪を犯したからなのでしょうか、それとも親のどちらかが原因なのでしょうか」と。
 
「イエスが道をとおっておられるとき、生まれつきの盲人を見られた。弟子たちはイエスに尋ねて言った、『先生、この人が生まれつき盲人なのは、だれが罪を犯したためですか。本人ですか、それともその両親ですか』」(ヨハネによる福音書9章1、2節 153p)。
 
 これに対してイエスは弟子たちに、「そのどちらでもない」と答えることによって、ユダヤ教的因果応報論を否定します。
 
「イエスは答えられた、『本人が罪を犯したのでもなく、また、その両親が犯したのでもない。ただ神のみわざが、彼の上に現われるためである』」(ヨハネによる福音書9章3節 153p)。
 
 この点に関しては、本来のキリスト教はイエス時代のユダヤ教とは明確に異なります。
ただ、残念なことに今日でも、原理主義的キリスト教の信奉者の中には、地震などの災害や病気、身体的障害などを、正しからざる者への神の罰と決めつける者がいることは事実です。
 
 信じ難いことですが、大地震で壊滅的な被害を受け、悲嘆と痛みの真っただ中にあるネパールで、韓国のNPO団体から派遣された医療チームの一部が現地の人々に向かい、「今回の地震はイエスではなく、ヒンズーの神を信じて起きたことだから、イエスを信じなければならない」と言って総スカンを食(くら)ったという報道が先週、世界を駆け巡りました。
 
なお、このNPO団体「グッドピープル」の総裁は趙百陝淵船隋Ε茱鵐)牧師だそうですが、こういう独善的な思考は嫌韓感情を増幅させるだけでなく、キリスト教そのものの印象を悪化させることにも繋がります。
 
なお、繰り返しますが、災害や疾病、身体的障害などを、人間の罪悪に対する神の懲罰とする考えはイエス時代のユダヤ教のものであって、イエスの考えでもなければ、正統キリスト教の教えでもありません。
 
しかし、一方、神が正しい審きを下すという「最後の審判」については、イエスがヘブライの伝統を受け継いでいたことは事実であって、それはその教えの中でも繰り返し強調されています。
 
イエスが刑場に連行されていく途次、いわゆる十字架の道行きにおいて、彼が受けた不当な判決と理不尽な処刑を嘆くエルサレムの婦人たちに対して、イエスが語った言葉がそれでした。
 
「エルサレムの娘たちよ、わたしのために泣くな。むしろ、あなたがた自身のため、また自分の子供たちのために泣くがよい。『不妊の女と子を産まなかった胎と、ふくませなかった乳房とは、さいわいだ』という日が、いまに来る。そのとき、人々は山にむかって、われわれの上に倒れかかれと言い、また山にむかって、われわれにおおいかぶされと言い出すであろう。もし、生木でさえもそうなれるなら、枯木はどうなるであろう」(ルカによる福音書23章28〜31節 131p)。
 
イエスはこの世界と個々の人間の未来とに必ず訪れる「最後の審判」に触れることによって、今のままでよいのか、今こそ、神との関係を改善すべきではないのか、真摯な悔い改めが必要ではないのかと、人々に対して警告を発したのでした。しかもそれは、自らの処刑が待つ刑場に向かいながらのことであったのでした。
 
 「最後の審判」についてのイエスの教えは、特に、マタイによる福音書の譬え話において顕著です。
 
「人の子が栄光の中にすべての御使いたちを従えて来るとき、彼はその栄光の座につくであろう。そしてすべての国民をその前に集めて、羊飼いが羊とやぎとを分けるように、彼らをより分け、羊を右に、やぎを左におくであろう」(マタイによる福音書25章31〜33節 42p)。
 
キリストもまた、褒賞と処罰とが世界の終わりに、そして人それぞれの人生の終わりにあることを信じていたのでした。
 
但し、偽善を忌み嫌ったイエスの場合、評価の基準は行為の背後の動機、つまり愛の有無にあったことは、ユダヤ教の律法主義的善行と一線を画したものではありました。
 
 キリストを最高審問官とする「最後の審判」は、キリストが「かしこ」すなわち、全能の父なる神の右」の座から下ってきて、生者と死者との人生を評価、判断することとして実現します。
 
そして、この「最後の審判」という教理は、「使徒信条」を真摯に告白するローマ・カソリック教会と、私たちプロテスタント教会とが共に信奉する共通の教えでもあります。
 
両者には歴史的に、対立と相克があったことは事実であり、教理理解の面では、救済論や教会論において相容れない違いもあります。しかし、基本信条である「使徒信条」を奉ずるという点においては一致しております。そういう意味において、この共通点を大事にしなければなりません。
 
 
2.「最後の審判」の対象者は生者、死者のすべて、対象は生前の行いすべてである
 
「最後の審判」というこのイエスの教え、考えを受け継ぎ敷衍(ふえん)して、これを神学的に展開したのが使徒パウロでした。たとえばローマの信徒への書簡です。
 
「神はおのおのに、そのわざにしたがって報いられる。すなわち、一方では、耐え忍んで善を行って、光栄とほまれと朽ちぬものとを求める人に、永遠のいのちが与えられ、他方では、党派心をいだき、真理に従わないで不義に従う人に、怒りと憤りとが加えられる。悪を行うすべての人には、ユダヤ人をはじめギリシャ人にも、患難と苦悩とが与えられ、善を行うすべての人には、ユダヤ人をはじめギリシャ人にも、光栄とほまれと平安とが与えられる。なぜなら、神には、かたより見ることがないからである」(ローマ人への手紙2章6〜11節 235p)。
 
 何とも恐ろしい宣告ですが、ここから見えてくるものは、「最後の審判」の対象者が、人種的、民族的、宗教的差異を超えて、すべての人間が対象であること、そして審判の対象が、人がなしてきた「そのわざ」(6節)であることです。
 
 使徒信条は、主なるキリストが「かしこよりきたりて生ける者と死にたる者とを審き給わん」と告白しますが、審きの対象者はその時点で生きている者だけではありません。既に亡くなった者も、です。
 
「なぜなら、わたしたちは皆、キリストのさばきの座の前にあらわれ、善であれ悪であれ、自分の行ったことに応じて、それぞれ報いを受けねばならないからである」(コリント人への第二の手紙5章10節 282p)。
 
 そして、審判の対象はそれぞれが「自分の行ったことに応じて」(10節)なのですが、口語訳に欠けているものがあります。
 
それが「体において(ディア トゥ ソーマトス)」という言葉です。つまり、生者だけでなく亡くなった者も、その人が生前、「体(ソーマ)」をもって生きていた時の行為、振る舞い、生き方に「応じて、それぞれが報いを受け」(同)ることになるということです。
 
イエスの譬え話しの続きです。ここで注目すべきことは、「審判」の対象は「自分の行ったこと」(10節)なのですが、この中に、実は「行わなかったこと」も含まれているということです。
 
もう一度、イエスの語った譬え話に戻ります。まず、「羊」として「右」に分けられた者に対する宣言があります。
 
「そのとき、王は右にいる人々に言うであろう、『わたしの父に祝福された人たちよ、さあ、世の初めからあなたがたのために用意されている御国を受け継ぎなさい。あなたがたは、わたしが空腹のときに食べさせ、かわいていたときに飲ませ、旅人であったときに宿を貸し、裸であったときに尋ねてくれたからである』」(マタイによる福音書25章34〜36、40節)。
 
 「いえ、そんな覚えはありませんが」と不思議がる人々に対し、イエスが重ねて説明します。
 
「すると、王は答えて言うであろう、『あなたがたに言っておく。わたしの兄弟であるこれらの最も小さい者のひとりにしたのは、すなわち、わたしにしたのである』」(25章40節)。
 
 判決は続いて、「やぎ」として「左」側に分けられた者たちになされます。
 
「それから、左にいる人々にも言うであろう、『のろわれた者どもよ、わたしを離れて、悪魔とその使いたちとのために用意されている永遠の火にはいってしまえ。あなたがたは、わたしが空腹であったときに食べさせず、かわいていたときに飲ませず、旅人であったときに宿を貸さず、裸であったときに着せず、また病気のときや、獄にいたときに、わたしを尋ねてくれなかったからである』」(25章41〜44節)。
 
 当然、疑問の声があがります、「そんな記憶はありません、あなたが苦しんでいたのに知らぬ顔をしていたなんて」と。これに対してイエスの指摘が続きます。
 
「そのとき、彼は答えて言うであろう。『あなたがたによく言っておく。これらの最も小さい者のひとりにしなかったのは、すなわち、わたしにしなかったのである』」(25章45節)。
 
 彼らは「したこと」ではなく、「しなかった」(45節)ことを、ここで審かれたのでした。
 
「そして彼らは永遠の刑罰を受け、正しい者は永遠の生命に入(い)るであろう」マタイによる福音書25章45節)。
 
但し、このイエスの譬え話にある「最も小さい者」(45節)とは、単なる社会的弱者のことではなく、「わたしの兄弟であるこれらの最も小さい者」(40節)、つまり信仰の仲間、隣り人を意味すると解するのが専門家の意見です。
 
だからといって、めったやたらと神の怒り、神による審判を強調して伝道することは感心できません。
 
米国では英国からの独立前の植民地時代、神の怒り、永遠の滅びを強調する説教をして、多くの回心者を得たジョナサン・エドワーズのようなリバイバル伝道者もいましたが、それは偏った福音理解と、少々歪んだ性格のなせるわざであったのかも知れません。
この人がした、ひたすら、神の怒りと地獄の恐ろしさを語る説教として有名なものが「怒れる神の御手の中にある罪人」という説教です。
 
「最後の審判」という教えに、罪の抑止効果があることは確かな事実です。それは死刑制度というものが、凶悪犯罪の抑止となっていることでもわかります。
 
少年法が改正される前、「人を殺しても未成年だから死刑にはならないし、たとい収監されても数年で娑婆に戻って来ることが出来る」と嘯(うそぶ)いた未成年の被告がいましたが、「撒いた種は自らが刈り取ることになる」という原則が、社会の秩序を守り、同時に自他を破滅から救うということは事実です。
 
 先週、久しぶりにモーツアルトの作曲による「レクイエム」をカラヤンの指揮、ベルリンフィルハーモニーの演奏で聴きました。
便利な世の中になったもので、ネットでラテン語歌詞に訳がついた映像で視聴することができました。しかも無料です。
 
ご存じのように「レクイエム」は「安息を」という意味で、ローマ・カソリック教会の、「死者のためのミサ」の祈祷文に曲がつけられたものですが、圧巻は「怒りの日、その日は世界が灰燼に帰する日である」「奇しきラッパの響きのうちに、各地の墓からすべての死者が御座の前に集められる」「書物が開かれ、隠されていたことが明らかになる」という「怒りの日、その日」です。
 また、「罪ある者が審きを受けるために、灰の中からよみがえる」と歌われる「涙の日、その日」は、聴く者を震撼させます。
 
いつの日にか、「わたしたちは皆」(同)、最高審問官であるキリストのさばきの座の前に」(コリント第二5:10)出廷をすることになる、という教えが、私たちの人生に良い意味においての緊張感をもたらしてくれるということを、肯定的に受け止める者は幸いです。
 
 
3.「最後の審判」は、神への忠誠を最後まで貫いた者にとっては「慰めの日」「褒賞の日」となる
 
 しかもそれだけではありません。「最後の審判」という教えは、すべての人の罪のために、御子イエスが犠牲の小羊として、永遠の贖いを全うしてくださったという福音を再認識させるという効果があり、同時にそのキリストがもう一度、「生ける者と死にたる者とを審」くために、「かしこよりきたり」給うという「再臨」への信仰を燃やす効果もあります。
 
「そして、一度だけ死ぬことと、死んだ後(のち)さばきを受けることが、人間に定まっているように、キリストもまた、多くの人の罪を負うために、一度だけご自身をささげられた後、彼を待ち望んでいる人々に、罪を負うためではなしに二度目に現われて、救いを与えられるのである」(ヘブル人への手紙9章27、28節 352p)。
 
 「使徒信条」が告白するように、キリストが「かしこよりきたり」給う目的は、「生ける者と死にたる者とを審」くためですが、それはまた、「報い」(第二コリント5:10)を与えるためでもあります。
 
すなわち、怖れおののいて、その日を神の「怒りの日」、悔恨の思いで流す「涙の日」として迎える者がある一方、長年の労苦が報われる「慰めの日」、「褒賞の日」として迎えるのが私たち、「イエスは主なり」と告白して、キリストへの忠誠を貫いた者たちです。
 
「またわたしは、天からの声がこう言うのを聞いた、『書きしるせ』、『今から後、主にあって死ぬ死人はさいわいである』。御霊も言う、『しかり、彼らはその労苦を解かれて休み、そのわざは彼らについていく』」(ヨハネの黙示録14章13節 400p)。
 
 伝道とは、教会を大きくすることではありません。伝道あるいは福音宣教とは一人でも多くの人が、いつの日にか直面する「最後の審判」に際し、この日を感謝し、救いの確信をもって迎えることができるようにお助けすることなのです。
 
その日、歌うのは「レクイエム」か、それとも歓喜の「ハレルヤコーラス」か、ですが、誰もが「ハレルヤコーラス」に加わって欲しいというのが、私たちの切なる願いです。
 
先ほど、ジョナサン・エドワーズというリバイバリストの説教について触れましたが、原理主義的、保守的キリスト教会は、イエスを主と信じない者は皆、地獄に落ちて永遠に苦しむとします。
 
しかし、私たちの同胞、日本人の多くはキリスト教と無縁です。
 
一度も教会に行ったこともなければ、聖書の話しも聞く機会もないまま、しかし、朝に夕に神々を畏れ、仏を敬って、自らの勤めに精進し、家族を懸命に愛してその生を終えた者が、キリストを信じなかったということで、意識を持ったまま滅びの中、未来永劫、苦しみ続けるというならば、あまりにも理不尽ではないかという疑問が生じます。
 
そしてそういう疑問から、「万人救済説」という教理が生まれました。キリストの神は愛であるから、ついにはすべての人類を救済してくれるであろうという期待から生まれたものです。
 
死後の運命ということについては、「使徒信条」の最終回、「とこしえの命を信ず」の中で、「万人救済説」についても解説したいと思いますが、この「救済説」が人間の願望でしかなかったならばどういうことになるか、想像しただけでも恐ろしくなります。
 
つまり、伝道の動機と理由はそこにあるのです。「万人救済説」は魅力的ですが、聖書的、教理的には不確かな説であって、確実であるとだれも保証することができないものなのです。
 
しかし、神なき人生を悔い改めて「イエスは主である」と信じ告白している者は、確実に救済されます。その例が十字架上で悔い改めた究極の犯罪人、テロリストでした。
 
「もうひとりは、それをたしなめて言った、『おまえは同じ刑をうけていながら、神を恐れないのか。お互いは自分のやったことの報いを受けているのだから、こうなったのは当然だ。しかし、このかたは何も悪いことをしたのではない』。そして言った、『イエスよ、あなたが御国の権威をもっておいでになる時には、わたしを思い出してください』。
イエスは言われた、『よく言っておくが、あなたはきょう、わたしと一緒にパラダイス(註 神の国のこと)にいるであろう』」((ルカによる福音書23章40〜43節 132p)。
 
私たちの愛してやまない者たちがこの地上の生を生きている間に、キリストから「あなたはきょう…パラダイスにいる」(43節)という宣告を受けていれば、その人は安心して彼の世に旅立つことができますし、あるいは平安をもって彼の世へと送り出すことも可能です。
 
そういう意味で、直接的、間接的に命の福音を伝えること、福音宣教に関わることこそ、家族、親族、友人、知人をはじめとする同胞、隣り人に対する究極の愛の「わざ」であると言えるのです。
 
最後に歌うのは神の憐れみを乞う「レクイエム」か、はたまた歓喜の叫びの「ハレルヤ・コーラス」か。「最後の審判」は私たち生きとし生ける者に、それを問い掛けます。


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