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投稿者 : famillia 投稿日時: 2015-11-01 16:46:09 (1147 ヒット)
2015年礼拝説教

15年11月1日 第六回日曜礼拝説教

 
祝福された人間関係 その六(最終回)
 
人間関係を一新するキリストの贖い
 
コリント人への第二の手紙5章17節(新約口語訳283p)
 
《説教の梗概》
1.「原罪」の究極の現われが、理不尽極まる兄弟殺し
2.「神のかたち」の現われが、驚嘆すべき自己犠牲
3.「キリストの贖い」の現われが、奇跡の悔い改め
 
 
はじめに
 
二〇〇一年九月の米国における同時多発テロで一躍有名になった人物が、米国人の国際政治学者、サミュエル・ハンティントンでした。
 
この人はその著書「文明の衝突」(鈴木主税訳 集英社 1998年)の中で、世界の主要な文明として、中華文明、ヒンドゥー文明、イスラム文明、日本文明、東方教会文明、西欧文明、ラテンアメリカ文明、アフリカ文明の八つをあげましたが、中でも注目すべき事は、台湾、朝鮮、韓国、ベトナム、シンガポールなどを中華文明の範疇に入れながら、その中華文明とは別に、日本一国で成立した文明として、日本文明を挙げていることでした。
 
つまり、日本列島の中で、世界八大文明の一つとして育まれた文明が日本文明であるというわけです。別に「日本は偉大なのだ」と威張る必要はありませんが、「日本はダメな国だ」と卑下することもないのです。
 
多くの日本人はあまり意識をしていませんが、ペルーの黒船来航による開国に伴なって、諸外国から日本を訪れた多くの知識人が、日本人に接して一様に感嘆し、賛辞を述べているのです。
 
例えば米国の動物学者で、大森貝塚を発見し、日本考古学の父と呼ばれたエドワード・シルヴェスター・モースなどは、盗難が多発する自国に比して、日本では盗みなどの犯罪が皆無であることに驚嘆しています。
 
モースは彼自身の経験として、「クリーニングに出すためコートを持って行った日本人召使が、ポケットに小銭が入っていたのに気付いて持ったきた」などの体験をあげており、一方、自国の例として、容器を壁に取り付けた液体石鹸が発明されたのは、公共の場から(固形)石鹸が盗まれることに業を煮やした結果であるとも述べているそうです(波田野 毅著「世界の偉人たちが贈る日本賛辞の至言 33撰」ごま書房)。
 
モースは今から九〇年前に死去していますが、西欧文明に包含される米国は、二十一世紀の現代でも犯罪多発国家であり、また、中華文明の発祥を自負して「中華民族の偉大なる復興」を主唱する共産中国からの旅行客は、滞在先のホテルの備品を持ち去るなどして、どこの国でも鼻つまみ状態です。
 
尤もそんな中国ですが、十月の末の山東省において、走行中のトラックから鶏卵を積んだ箱が道路に落下した際、これまでの同国ならば、附近の住民がソレッとばかりに群がって、根こそぎ持ち去るのが当然のことなのに、何と、そこに居合わせた通行人たちが、箱を拾っている運転手を手伝ったというのです。
「中華民族の偉大なる復興」の前触れ(?)だとよいのですが。
 
「人のものは自分のもの、自分のものは自分のもの」をモットーとする(中華)文明も、「人のものは人のもの、自分のものは時には人のもの」と考える(日本)文明も、人間から生み出されたものであって、両者の違いは相対的なものです。
世界の偉人たちを感嘆させた日本文明ですが、それ自体は不完全なものであって、日本人も中国人同様、神の救い、キリストの贖いを必要とする存在です。
 
今年、「祝福された人間関係」を主題として、六月から始めた日曜特別礼拝ですが、いよいよ今回で六回目、最終回を迎えました。
 
そこで最終回においては、「キリストの贖い」が人を変え、そして「人間関係を一新する」鍵であることを、ご一緒に確認したいと思います。

 

1.「原罪」の究極の現われが、理不尽極まる兄弟殺し
 
神との約束に背いたため、楽園を追放されたのがアダムとエバですが、彼らに子供が生まれました。カインとアベルです。
 
「人はその妻エバを知った。彼女はみごもり、カインを産んで言った、『わたしは主によって、ひとりの人を得た』。彼女はまた、その弟アベルを産んだ」(創世記4章1、2節 旧約聖書口語訳4p)。
 
知恵文学の一つとして、最終的に紀元前三世紀に編集された「箴言」には、「兄弟はなやみの時のために生まれる」とありますが(17章17節後半)、アダムとエバとの間に生まれたこの兄カインは、弟を守るどころか、何の罪もない弟を殺害するという、忌まわしい兄弟殺しをしたのでした。
最初の殺人は、人類の祖であるアダムとエバの長男によって犯されたのでした。
 
「カインは弟アベルに言った、『さあ、野原へ行こう』。彼らが野にいたとき、カインは弟アベルに立ちかかって、これを殺した」(4章8節)。
 
カインのアベル殺害の直接の動機は、表向きは弟アベルに対する嫉妬心と見られますが、実は、神が己を軽視するのみか、弟を贔屓しているという思い込みによる、神への復讐としてなされたと思われます。それは二人の供え物に対する神の評価をめぐって決定的となりました。
 
「日がたって、カインは地の産物を持ってきて、主に供え物とした。アベルもまた、その群れのういごと肥えたものを持ってきた。主はアベルとその供え物とを顧みられた。しかし、カインとその供え物とを顧みられなかったので、カインは大いに憤って、顔を伏せた」(4章3〜5節)。
 
 神による評価の違いは、両者の姿勢にあったと推察することができます。
 「アベルとその供え物とを顧みられた」(4節)、「カインとその供え物とは顧みられなかった」(5節)とありますように、「顧みられた」「顧みられなかった」のは、「何を」という具体的な「供え物」よりも、「誰が」という両者の礼拝の姿勢、神への感謝の有無にあったと考えてよいでしょう。
 
つまり、「アベル」の純なる気持ちが神に「顧みられた」一方、「カイン」の悪しき根性が神に「顧みられなかった」と思われます。神は心の深みを見抜くお方だからです。
 
 しかもカインが弟を殺したのは、弟への敵愾心だけではありませんでした。神のお気に入りの弟を殺すことが、自分を顧みてくれない神への報復となると考えたのだと思われます。
 
 これが罪の根としての原罪です。原罪は基本的には、神への敵意という性格を持つものであって、それが、「なやみの時のために生まれ」(箴言17:17)た筈の兄弟を殺害するという極端な形で現われたのです。
 原罪の象徴的な表れが、弟の所在を訊かれた時のカインの答えに見ることができます。
 
「主はカインに言われた、『弟アベルはどこにいますか』。カインは答えた、『知りません。わたしが弟の番人でしょうか』」(4章9節)。
 
 人というものは、家族、兄弟、身内だけでなく、隣り人を悪や事故から守る「番人」(9節)としてこの世に呼び出された存在なのです。
 そして、この「番人」という立場の放棄こそが、人が原罪に支配されているしるしでした。
 
 何度も申し上げておりますが、私が、自分が罪びとであるとの自覚を持ったのは、自分が原罪の下にあるとの自己認識に至ったのは、ある説教集の中の、「もしも眼で人を殺すことが出来るならば、街路は死人で満ちるであろう」という言葉が、心に深く突き刺さったからでした。
 
確かに「ナイフで人を殺してはいない、しかし、人を無視し、あるいは憎むことによって、これまでにも心の中で、あるいは視線においては何人もの人を抹殺してきた」ことに気付いた時、確かに自分はカインの末裔(まつえい)である、という事実を悟ったのでした。
 
 
2.「神のかたち」の現われが、驚嘆すべき自己犠牲
 
カインの行為は原罪という罪の、極端な現われですが、一方では、人というものはもともと、「神のかたち」として造られた者でもあります。
 
「神は自分のかたちに人を創造された。すなわち、神のかたちに創造し、男と女とに創造された」(創世記1章27節)。
 
この「神のかたち」(27節)は、ラテン語では「イマゴ(イメージ)・デイ(神の)」です。
「神のかたち」とは何なのかということですが、これを関係概念で見れば「神への応答性」、実質概念で言えば「神の性質の分与、あるいは相似」と見ることができます。
 
人は時として、この「神のかたち」(27節)の残存を見せる場合があります。それは忠誠とか友情、信義、自己犠牲などの道徳的美徳として出現します。
 
実は、キリスト教神学では古来、「神のかたち」の理解については二つの見方があります。一つは「神のかたち」は徹底的に破壊されたとする立場で、これは古代教父のアウグスティヌスや、宗教改革者のルターなどが取る立場です。
 
これに対して、「神のかたち」は汚染はされてはいるけれど、自由意志などとして、残存をしていると考える立場があります。
 
鏡を例に取れば、前者は「神のかたち」という鏡は原罪によって粉々に砕けてしまっている、とするのに対し、後者は、「神のかたち」である鏡は、確かに割れてしまってはいるけれど、その破片は不完全ではあっても、物ごとを映し出すことができる、とします。
 
私としましては後者の立場の立場を取るのですが、そのしるしが日本人の存在であると思っております。
日本文明は、そしてエドワード・モースが感嘆した日本人の倫理性などは、また、新渡戸稲造が描いて世界を驚嘆させた「武士道」に見られる日本文化は、人間が「神のかたち」に創造された事実の名残を示すものであるのかも知れません。
 
その名残りは、古代イスラエル民族にも受け継がれていると思われます。
前回(10月4日)の講話において統一イスラエルの王となったダビデの若き頃のエピソードを取り上げましたが、ダビデという人物は、原罪の現われとしての罪深さと、「神のかたち」の残存としての麗しさの両面を持った興味深い人物です。
 
彼はバテシバの一件に見られますように、非常に自己中心的な罪を犯しましたが、反面、他者に対して人情に篤く、その情の深さのゆえに、自らの欲望に打ち克つ心の強さを見せたりもする一面がありました。
 
南ユダ王国に連なる王たちの業績を取り上げた歴代志上には、ダビデが統一イスラエルの王となる前、ペリシテ人との苦難の戦いに明け暮れていた時の部下との感動的なエピソードが記録されています。それは、「神のかたち」の残存のしるしとして理解することができるエピソードです。
 
パレスチナの地中海に面する西岸に勢力を張っていたペリシテの軍勢が、パレスチナ中部のベツレヘムにまで侵攻してきて、ダビデの軍勢と激しい戦闘を繰り広げていた時のこと、ダビデは非常な喉の渇きを覚え、思わず、「誰かベツレヘムの門の傍らの井戸から、水を汲んできてくれるとよいのだが」と呟きます。
これを聞いた三人の勇士はダビデのため、自陣を飛び出し、ペリシテ人の軍勢を突き破って、敵陣の真っただ中にある井戸に達し、その井戸から水を汲んで自陣に戻り、その貴重な水をダビデに捧げたのでした。
 
 ところがダビデはその水をがぶ飲みするかと思いきや、勇士たちがダビデのために命がけで汲んできたその貴重な水を、神への供え物として地に注いで、飲もうとしなかったのです。彼にとって、その水は、勇士たちがその血によって贖った尊い供え物に思えたからでした。
 
「そこでその三人はペリシテびとの陣を突き通って、ベツレヘムの門のかたわらにある井戸の水をくみ取って、ダビデのもとに携えてきた。しかしダビデはそれを飲もうとはせず、それを主の前に注いで、
言った、『わが神よ、わたしは断じてこれをいたしません。命をかけて行ったこの人たちの血をどうしてわたしは飲むことができましょう。彼らは命をかけてこの水をとってきたのです』。それゆえ、ダビデはこの水を飲もうとはしなかった。三勇士はこのことを行った」(歴代志上11章18、19節)。
 
 三勇士の驚くべき勇気、献身的な自己犠牲と、彼ら三勇士の行動に対するダビデの理屈を超えた応答は、合理的であることこそがベストであると考える者には、何とも理解不能に見えると思います。しかし、今もなお「神のかたち」が残存していると思われる日本人には、深く共鳴することのできるエピソードであると思います。
 
 
3.「キリストの贖い」の現われが、奇跡の悔い改め 
 
 人は時には醜く、時には麗しい姿を見せます。その複雑さこそが人間が持つ特徴の一つなのだと思ってはいても、人は自らを持て余して悩み、現状からの脱皮、脱却を願い求めてやみません。
 
 西暦三十年四月、一人のユダヤ人政治犯がローマ帝国の裁判を受け、ローマの法により、十字架に架けられました。
 その隣りには、「ナザレの王」を自称したという罪状で十字架に架けられた死刑囚がおりました。
 
 
 
 ところがこの死刑囚の口から漏れ出たのは、世を呪う呪詛の言葉でもなければ、神への泣き言や助命嘆願でもなく、「父よ、彼らを赦し給え、その為す所を知らざればなり」と、おのれを嘲弄している自分たち、あるいは自らを十字架に架けたユダヤ議会の指導者、ローマの官憲のため、心からなる神への執り成しの祈りだったのでした。
 
「そのとき、イエスは言われた、『父よ、彼らをおゆるしください。彼ら何をしているのか、わからずにいるのです』」(ルカによる福音書23章34節前半 新約口語訳133p)。
 
 テロリストは耳を疑い、彼と自らとを比較する中で、自らの罪深さに気付くと共に、この死刑囚こそが真の救世主であることに思い至ります。そして素直に過去の罪を告白、懺悔し、この死刑囚こそが神から送られたキリストであることを、衷心から告白するに至ります。
 
「そして言った、『イエスよ、あなたが御国の権威をもっておいでになる時には、わたしを思い出してください』」(23章42節)。
 
 すると思いもかけない宣言が彼に告げられます。「あなたは私と共に今、神の楽園に入った」と。
 
「イエスは言われた、『よく言っておくが、あなたはきょう、わたしと一緒にパラダイスにいるであろう』」(23章43節)。
 
 このキリストによる宣言は今も、神なき人生を悔い改めて、イエスを神の御子、主なるキリストと信じれば、誰にでも与えられます。
 イエスを主キリストとすることが、キリストの内に存在することを意味するからです。
 人生は新しくなり、その結果、人間関係も一新されます。
 
 なぜ、そのようなことが可能なのかと言いますと、イエス・キリストの死が贖(あがな)い、つまり人類の罪の償いの死であったからです。
 キリストは極悪人のためにも小悪人のためにも、そして極善人のためにも小善人のためにも、罪の身代わりとなって死んでくれたのでした。
 すべての罪は償われているのです。その結果、すべてが新しくなりました。
 
「だれでもキリストにあるならば、その人は新しく造られた者である。古いものは過ぎ去った、見よ、すべてが新しくなったのである」(コリント人への第二の手紙5章17節)。
 
 「神のかたち」が比較的残存しているような人も、完全に破壊されたかのような人も、「その人は新しく造られた者」(17節)となるのです。その証拠が十字架の上で悔い改めたテロリストの存在でした。
 このテロリストの過去である「古いものは過ぎ去っ」(同)て、「すべてが新しくなった」のです。勿論、自らが犯した法的な意味での罪は法に従い、自らの死をもって償わなければなりませんでした。
 
 しかし、このテロリストにとり、死は終わりではなく、新しい命の始まりとなったのでした。
 キリストの執り成しが彼の内に奇跡の悔い改めを惹き起こし、その悔い改めが神に受け入れられて、キリストの贖いが適用されることとなったからです。
 
 この「キリストの贖い」は、今も、そして誰にでも有効です。


投稿者 : famillia 投稿日時: 2015-10-25 16:24:11 (1239 ヒット)
2015年礼拝説教

2015年10月25日 日曜礼拝説教


マタイによる福音書の譬え話
花婿を出迎える十人のおとめの譬え―思慮深いおとめたちは、予備の油を備えて花婿を待った

マタイによる福音書25章1〜13節(新約41p)


説教の梗概

1.花婿なるキリストがいつ来てもよいように、信仰という「あかり」を灯しておく

2.信仰という「あかり」を灯し続けるために、神との交わりという「油」の備えを怠らないように努める

3.神との交わりという「油」は、個人的にしか手に入れることができないという事実を肝に銘じる


はじめに

 よく使われる「備えあれば憂(うれ)いなし」という警句は、中国古代の文献、「書経」にある言葉ですが、これは「備えあれば患(うれ)いなし」が本来の言葉だそうです。

専ら地震や台風などの災害対策を促す言葉として使われてきた言葉でしたが、今年は国防という国の安全保障政策強化の必要を促すものとして用いられました。
あの騒ぎは何だったのでしょうか。法案が通れば日本は米国の戦争に巻き込まれて、すぐにでも徴兵制が布かれ、子供たちが戦争に駆り出される、と大騒ぎしたことが、まるで嘘のような昨今です。
 
その後、政権の支持率は下がらないどころか上昇しており、与党の支持率も安定し、憲法違反だ、戦前に逆戻りだ、政権は民意を無視している、と、眦(まなじり)を決して安保法案を攻撃した野党の支持率は、一向に上がらず低迷状態です。
 
熱狂が去って冷静になり、よくよく考えてみたら、「備えあれば患(うれ)いなし」なのだという当たり前のことが、わかってきたのかも知れません。 
 
戸締りは大事です。防犯は大切です。大都会で、「私は人間の善性を信じています、ですから戸締りをしません」と外に向かって宣言する家があったら、その日のうちに目も当てられない被害を被ること、請け合いです。
 
警戒するに越したことはありません。人生、何があるかわかりませんので、「備えあれば患(うれ)いなし」なのです。
 
想定外の事態に対して備える、という心構えは、自然災害などへの対応だけではありません。
それは神による救済という未来に起こる事態に対しても、常に備えをしておくことが大切です。
そしてその重要性を教えたものが、「マタイ」が福音書に採録した「十人のおとめの譬え」でした。
 
 
1.花婿なるキリストがいつ来てもよいように、信仰という「あかり」を常に灯(とも)しておく
 
物事には資格というものがあります。早い話し、バスや電車に乗るには乗車券を購入する必要があります。
 
自動車を運転するためには、各都道府県の公安委員会が発行する運転免許証の携帯が必要となります。
私の免許証には「優良」とありますが、たとい、運転の技量が優良でなくても、正規の手続きを経て取得した免許証を、保持、携帯していれば、いつでも自動車運転は可能です。
因みに私が持っている運転免許証が「優良」なのは、私が優良なドライバーだからではなく、ペーパードライバーだからなのですが。
 
聖書は、救世主は人の世界に二度、来臨すると言っております。
その一回目、救世主はイエスという人間の姿で、この世界に誕生しました。その誕生を祝うイベントがクリスマスです。子供でも、クリスマスがイエス・キリストの誕生を祝う行事であることは知っています。
 
クリスマス・イブの夜に、教会の前を通りかかった酔っ払いが、「最近は教会でもクリスマスをするのかあ」と感心したというジョークは、戦後七十年の今は流石に耳にしなくなりましたが、近頃、巷やテレビで目につくのが、ハローウィンです。意味も由来もわからずに軽薄に騒いでいるのには正直、違和感があります。バレンタインデーもそうですが、日本人の横文字コンプレックスにはいい加減、辟易します。
 
イエス・キリストのもう一つの来臨は、世界の支配者、主権者としての来臨です。二度目、つまり再びの来臨なので、再臨といいます。これは未だ実現を見ておりません。
 
そしてマタイによる福音書の譬えでは、この救世主の二度目の来臨は花婿としてのそれであって、花婿を出迎えるためには、『あかり』を手にして迎えること」が求められておりました。
つまり灯(とも)した「あかり」が花婿を出迎える資格なのです。
 
イエスが語られた譬えをご一緒にお読みしましょう。
 
「そこで天国は、十人のおとめがそれぞれあかりを手にして、花婿を迎えに出ていくのに似ている」(マタイによる福音書25章1節 新約聖書口語訳41p)。
 
 この譬えを理解するためには、既に何度も触れておりますが、当時のユダヤ社会の風俗や習慣を知っておく必要があります。
ユダヤの結婚には三つの段階がありました。
 
第一段階は、本人たちがまだ幼い時に、本人たちの意志に関係なく、親同士が決める許嫁(いいなずけ)という段階がありました。
 
これはやがて男性が二十歳くらい、女性は十五歳か十六歳になりますと、本人同士の意志を確かめた上で結婚、ということになります。
この段階になりますと二人は法律上の夫婦となりますので、この関係を解消する場合は婚約破棄ではなく、離婚ということになるのですが、この段階では二人はまだ一緒に暮らすわけではありません。
 
そして、第三段階が同居という段階で、この時に婚宴が行われ、二人は名実共に夫婦となるわけです。
 
婚宴は、花婿の家で行われます。その際、花婿が花嫁の家まで迎えに行き、その足で花婿の家に戻り、そこで婚宴が開かれるのが通例なのですが、双方の家が遠く離れている場合などは、花嫁の家に花婿が到着しだい、そのまま花嫁の家で婚宴が行われることがあったそうです。
 
この譬えでは、婚は花嫁の家で行われております。なお、この時代のユダヤでは新婚旅行などというものはなく、婚宴が一週間ほど続けられたということです。
 
ところで花婿を出迎えるのは花嫁ではなく、花嫁の友人の娘たちでした。
 婚宴は日が暮れてから行われますので、花嫁の友人の娘たちは「それぞれあかりを手にして花婿を迎えに出ていく」(1節)ことになっておりました。
 「あかり」(同)はおとめたちが花婿を迎えるための資格であり、この「あかり」を灯している者だけが、花嫁の友人であることのしるしでした。
ついでに言いますと「あかり」の原語の「ランパス」が、「ランプ」の語源ではないかとされています。
 
 ここでいう「花婿」(1節)は、天から帰って来られる再臨のキリストを指します。
パウロ書簡では通常、「花嫁」は教会に擬せられていますが、この譬えでの「おとめ」は、「花嫁」と一対化しておりますので、「十人のおとめ」(同)は個々の教会あるいは個々のキリスト信者を意味すると考えてよいでしょう。
 
 この「十人のおとめ」が手にする、「花婿」(同)を出迎える資格を意味する「あかり」(同)とは、イエスへの信仰、「イエスは主である」という信仰告白のことであり、その信仰告白に従ってイエスを信じ仰ぎ、イエスを崇め、尊び、その御言葉と意志を第一にしようとする信仰生活、それが灯されている「あかり」です。
 
 長い人生、失敗したりすることもあります。心ならずも神の言葉に背き、躓いてしまうこともあります。善かれと思ってしたことが却って人を傷つけてしまって意気消沈すること、気持ちが落ち込んで、スランプ状態が続くことがあるかも知れません。
 
 しかし大切なことは、聖書の正しい教えに基づいて、イエス・キリストこそが主であり、救い主であることを信じ続けて、その告白の中を生きることです。
 
 「あかり」にはあかあかと輝く「あかり」もあれば、小さな「あかり」もあることでしょう。
でも大切なことはどんな時にも信仰の「あかり」を消さないこと、どんなことがあっても信仰という「あかり」を灯し続けることです。
 
 
2.信仰の「あかり」を灯し続けるため、神との関わりという「油」の備えを怠らないよう努める
 
この信仰という「あかり」(1節)を常に灯しておくために欠かせないものが、「油」の備えです。
この譬えで強調されていることは、この「油」の備えということです。「油」の備えの有無が「十人のおとめ」たちの命運を分けることとなりました。
 
「その中の五人は思慮が浅く、五人は思慮深い者であった。
思慮の浅い者たちは、あかりを持っていたが、油を用意していなかった。
しかし、思慮深い者たちは、自分たちのあかりと一緒に、入れものの中に油を用意していた。
花婿が来るのがおくれたので、彼らは居眠りをして、寝てしまった。
夜中に、『さあ、花婿だ、迎えに出なさい』と呼ぶ声がした。
そのとき、おとめたちはみな起きて、それぞれあかりを整えた。
ところが、思慮の浅い女たちが、思慮深い女たちに言った、『あなたがたの油をわたしたちにわけてください。わたしたちの油が消えかかっていますから』」(25章2〜8節)。
 
 「花婿が来るのがおくれ」(5節)るということは、交通事情がよくなかった古代にはよくあることでした。
また、時間の観念も現代とは異なったものでした。現代でも、電車や列車が時刻表通りに来る国など、日本くらいのものです。
 
 「世界ジョーク集」で見たのか、麻生元首相の著書にあったのか記憶が定かでないのですが、インドの話です。嘘か本当かはさて措くとして、インドでは列車が遅れることなど、ごくごく普通のことなのだそうです。
 
インドのある駅でのこと。正午発の列車の切符を持った乗客たちは、常態化している列車の遅れを見越して、待合室やプラットフォームに食べ物や飲み物などを持ちこんで時間をつぶしながら、いつ来るとも知れない列車を待っていた。中にはどうせ遅れるのだからと、駅舎の外に用足しに出た者もいた。ところがたまたまその日、正午に列車が駅を発車した。列車の遅れを見越して駅の外に用足しに行っていたため、その列車に乗れなかった乗客らは激怒して駅長に詰め寄った。「何で今日に限って列車が時刻表通り、正午に発車したのだ」と。しかし駅長は悠然として答えた、「お客様、どうかご安心ください。先ほど駅を出たのは、昨日の正午に発車する予定の列車です」
 
 さて、花婿の到着が遅れて、真夜中になってしまいました。
 「夜中に『さあ、花婿だ、迎えに出なさい』と呼ぶ声がした」(6節)ので、「おとめたちはみな起きて」(7節)、花婿を迎えるための「あかり」を点検しました。
 
「あかり」は陶製の平べったい容器に油を入れたもので、容器のてっぺんの穴から外に出ている芯に、火を灯すという構造になっていました。紅茶のティ―ポットを思いっきり、平べったくしたものを想像してみてください。
 
何しろこの容器は片手で掲げるような小さなものですから、時々、油を足さなければなりません。 
そして、こんなこともあろうかと、「自分たちのあかりと一緒に、入れものの中に油を用意していた」(4節)おとめたちは、その予備の油をランプに補給して、到着した花婿を迎えに出ようとしました。
 
一方、予備の「油を用意していなかった」(3節)おとめたちはあわてふためき、「油を用意していた」(4節)おとめたちに向かい、「あなたがたの油をわけてください。わたしたちの油が消えかかっていますから」(8節)と頼み込みます。
 
さて、この「油」とは何を譬えたものかと言うことですが、「油」は信仰という「あかり」を灯し続けるために無くてならないもの、つまり、神との関わり、神との交わりを意味すると思われます。
 
 神との交わりがあってこそ、信仰は持続します。反対に神との交わりが途切れてしまえば、信仰自体も消えてしまいます。そしてこの神との交わりを可能にしたものが「神との和解」でした。
 
 イエス・キリストの十字架の死は、人類が負っている罪と罰の身代わりであって、それに続く墓からの復活は、その身代わりの死が神に受け入れられたことを証しする出来ごとです。
そしてこの結果、実現したのが「神との和解」でした。
 
今年、一月から七月の始めにかけ、二十一回にわたって「使徒信条」の講解説教を行いましたが、その中心テーマは「神との和解」です。是非、毎週の説教要旨あるいは教会ホームページから、その要点を味わい直してみてください。
 
 そこで、パウロのギリシャ・コリントの集会に対する呼びかけを読みましょう。理解を助けるため、ところどころに言葉を付け加えております。
 
「神の和解を受けなさい。神が私たちの罪のために(身代わりとして)、罪を知らない(罪を一度も犯したことのない)かたを罪とされた(罪人として罰した)。それは、(罪びとである)私たちが、彼にあって(キリストを通して)神の義となる(神から無罪宣告をされる)ためなのである」(コリント人への第二の手紙5章20、21節 283p)。
 
 信仰という「あかり」は私たちがその心と人生に、イエス・キリストを主として信じ受け入れた瞬間から灯されます。
 
 洗礼はこの信仰という「あかり」が人生に灯されたことを記念する儀式です。譬えればキリストと法的な意味での婚姻関係に入ったことを証しする礼典です。それはゴールではなくスタートであって、人は神との交わりの中で成長し、変えられていくのです。
 
ある時期、パッと燃えて、いつの間にか消えてしまう信仰ではなく、地味でもよい、目立たなくてもよい、とにかくキリストとつながり続け、神との交わりを絶やさないようにすることです。
 
そうすれば、信仰の「あかり」を灯し続けることができ、思いがけない時、「夜中に『花婿だ、迎えに出なさい』と呼ぶ声」(6節)を聞いた時にも、信仰の「あかりを整え」て、花婿なるキリストを迎えに出ることができる「思慮深い」(4節)おとめのようになることができるのです。
 
 
3.神との交わりという「油」は、個人的にしか手に入れることのできないという事実を肝に銘じる。
 
この譬えでは、「油を用意していなかった」(3節)おとめたちは確かに「思慮の浅い者たち」(3節)でした。でも「思慮深い女たち」(9節)が「油」を「わけて」(8節)あげないのは、少々冷淡過ぎはしないだろうか、という疑問が生じるかも知れません。
 
「すると思慮深い女たちは答えて言った、『わたしたちとあなたがたとに足りるだけは、多分ないでしょう。店に行って、あなたがたの分をお買いになる方がよいでしょう』」(25章9節)。
 
 でも、「思慮深い女たち」(9節)は決して冷淡などではなく、また吝嗇であったから断ったというわけでもありませんでした。

譬え話しの解釈においては、まず中心点を把握することが先決で、細部にはあまり拘泥しないこと、そしてそのためには、譬え話の語り手の意図を正確に探るということが、何よりも重要なのです。
 
実は、神との交わりという「油」は、個々人ひとりひとりが「用意」(4節)すべきものであって、互いに貸し借りをしたり融通をしたりするということができるものではありません。
それは親子や夫婦の間でも同様です。神との交わりは、神と私という個人関係が基本であって、「わけて」(8節)あげることのできないものなのです。
 
「思慮深い女たち」(9節)は油を「店に行って」(9節)購入することを勧めましたが、強いて言うならばこの「店」は、地域のキリスト教会での日曜礼拝や、教会に繋がっている者が日常的に行う個人的礼拝、デボーションを意味するのかも知れません。
 
礼拝という行為は、自身がするものであって、誰かの代わりにする、あるいは誰かに代わってしてもらうというものではありません。
 
 日本の宗教では代わりに神仏に参拝する、代参というものがあります。
 有名なのは遠州森の石松が、親分の清水次郎長の代参で、讃岐の金毘羅(こんぴら)さんに刀を奉納しての帰路、石松の懐の香典を狙った都鳥吉兵衛によって殺される、という話です。
 中学生の頃、家にあった広沢寅造の浪花節のレコード「石松金毘羅代参」で繰り返し聞いた記憶があります。勿論、このあと次郎長は、可愛い子分の仇をキチンと取ることになるのですが。
 
でも、神との交わり、という「油」はたとい親しい間柄であっても、貸し借りは出来ないものですし、礼拝の代参もできません。
 
しかも、地上においては礼拝自体、いつでもできる、というわけではなく、間に合わなくなる場合があるのです。
なぜかといいますと、喜びに満ちた「婚宴のへや」の「戸がしめられ」る時が来るからです。
 
「彼らが買いに出ているうちに、花婿が着いた。そこで、用意のできていた女たちは、花婿と一緒に婚宴のへやにはいり、そして戸がしめられた」(25章10節)。
 
 二十一世紀に入って、あっという間に十五年が経ちましたが、まだ「花婿」なるキリストは来てはいません。
 
 そこで今すべきこと、それは、もしも「油」が切れかけている人、「あかり」が消えかかっている人がいるならば、花婿がまだ来ていない今のうちに、地域の教会における礼拝という「店」(9節)に走り込んで、神との交わりという「油」を備え、そして信仰という「あかり」を灯し続けていただきたいと心から思うのです。
 いつか、「戸がしめられ」(10節)る日が来るからです。その「戸」の中にいるか、それとも外にいるかは、「思慮」の有無にかかっています。
 
 そして、今現在、油の備えがある者も決して油断することなく、神との不断の交わりを、そして交わりの機会としての礼拝を、大事に守り続けていただきたいと、切に願います。


投稿者 : famillia 投稿日時: 2015-10-18 16:49:05 (1768 ヒット)
2015年礼拝説教

2015年10月18日 日曜礼拝説教

マタイによる福音書の譬え話

二人の兄弟の譬え―弟は、後で心を入れ変えて父の心に従った

マタイによる福音書21章28〜32節(新約聖書口語訳34p)


《今週の説教アウトライン》

1.最善の人生とは、最初から最後まで神の言葉に従順な人生のことである
2.次善の人生とは、後から心を変えて神の言葉に従う人生のことである
3.最悪の人生とは、心を変えずに最後まで神の言葉を無視する人生のことである


はじめに

長い間生きてきましたが、ラグビーというスポーツがこんなに面白いものだとは、今の今まで気がつきませんでした。
二〇二〇年に日本で開催される東京オリンピックの前年に、日本でラグビーのワールドカップが行われるというニュースは、新国立競技場のゴタゴタで耳に入ってはいました。しかし、ラグビー=日本は弱い、という先入観がありましたので、九月二十日の日曜日の午後に放映されていたワールドカップの南アフリカ戦も、途中から何気なく観戦したものでした。
 
ところが何と何と、日本は優勝候補でもある南アフリカと対等に戦っているのです。試合が経過するに従い、徐々に引き込まれていって、後半の終了間際の南アフリカの反則による、ペナルティーゴールを狙えば同点の引き分けに持ち込めるという局面で、日本がリスクのあるスクラムを果敢に選択をし、しかも劇的なトライを決めて南アフリカに逆転勝利した時には、すっかり興奮して俄かラグビーフアンになってしまいました。
 
最終的には三勝しながらも、ボーナス点が加算されるトライの少なさが仇となって、決勝トーナメントに進むことができず、予選敗退という結果になりました。
しかし、「出ると負け」の日本が三勝一敗という目覚ましい成績を上げたのですから驚きでした。
そしてその陰には、エディ・ジョーンズというヘッドコーチによるハードトレーニンがあったからだということでした。これがあったからこそ、代表選手たちの、とりわけスクラムを組むフォワードの筋力と体重が飛躍的に増えて、大柄な外国チームにも組み負けをしないチームになったそうなのです。
 
もちろん、いくら効果的なハードワークメニューを監督が用意したとしても、それを選手たちが拒んでしまえば力はつきませんし、力がつかなければ世界を驚かせ、多くの日本人を感動させた今回の結果を得ることはできませんでした。
 
選手たちがヘッドコーチを信頼し、その指示に従って苛酷とも言えるスケジュールを消化したからこその勝利であり、栄光であったわけです。
盲従や面従腹背は問題ですが、その趣旨や目的を理解し納得をした上で、指導者の指示に従うということは実に重要なことです。
 
そこで「マタイによる福音書の譬え話」の第五回目では、「後になったとしても、思い返して従っていく」ということの重要性について教えられたいと思います。
 
 
1.最善の人生とは、最初から最後まで神の言葉に対して従順な姿勢を貫く人生のことである
 
イエスが語られた譬え話しを正確に理解するためには、その譬えが誰に向かって語られたのかと言う、譬えの対象を知ることが大切です。
そして、今週取り上げる「二人の兄弟の譬え」は、イエス時代の支配階級の人々、特に法律を定め、その法律を適用してユダヤ社会の住民を裁く、最高議会サンヒドリンの主要な構成員に向かって語られたものでした。
 
「あなたがたはどう思うか」(マタイによる福音書21章28節前半 新約聖書口語訳34p)。

 場所はエルサレム神殿の境内です。その境内においての、イエスの問いの相手である「あなたがた」(28節)とは、イエスへの民衆の信頼性を崩そうとして、イエスに質問をしてきた宗教指導者たちのことです。

「イエスが宮にはいられたとき、祭司長たちや民の長老たちが、その教えておられる所にきて言った、『何の権威によってこれらのことをするのですか。だれが、そうする権威を授けたのですか』」(21章23節)。
 
 ユダヤ最高法院サンヒドリンは「祭司長たちや民の長老たち」(23節)七十人の議員によって構成されていて、ローマ帝国からゆるされた自治権に基づき、社会的、宗教的権威をユダヤ住民に行使しておりました。
イエスの「二人の兄弟の譬え」はそういう彼らに向かって語られたものでした。
 
「あなたがたはどう思うか。ある人にふたりの子があったが、兄のところに行って言った、『子よ、きょう、ぶどう園へ行って働いてくれ』。すると彼は『お父さん、参ります』と答えたが行かなかった。また弟のところにきて同じように言った、彼は『いやです』と答えたが、あとから心を変えて、出かけた。このふたりのうち、どちらが父の望みとおりにしたのか」(21章28〜31節前半)。
 
 譬えの中の、ぶどう園の経営者である父親の二人の兄弟に対する指示は、「ぶどう園へ行って働いてくれ」(28節)というものでした。
 
今回の譬え話しシリーズの最初に取り上げた、「ぶどう園に遅れて雇われた労働者の譬え」でも触れましたが、ぶどうは人手をかけて集中的に摘み取ることが求められる作物でした。
ぶどう園の経営者である「父」は、二人にぶどう園での監督業務を期待したのかも知れません。
 
兄は最初、「参ります」(29節)と従順に即答します。しかし、それは口だけでした。彼はぶどう園に「行かなかった」(同)のです。
もう一度、読みましょう。
 
「すると彼は『お父さん、参ります』と答えたが行かなかった」(21章29節)。
 
行こうと思っていたけれど「行かなかった」(29節)のか、始めから行く気が無かったのかは定かではありません。とにかく行くと言って「行かなかった」のです。
 
一方、弟の方は父の指示に対して最初、「いやです」(30節)とにべもなく拒絶するのですが、後になって自分の態度を反省したのでしょう、「ぶどう園」へと働きに出かけます。
 
「彼は『いやです』と答えたが、あとから心を変えてでかけた」(30節)。
 
 イエスの問いは「このふたりのうち、どちらが父の望みどおりにしたのか」(31節)という、兄弟を比較したものになってはいますが、本来の「父の望み」(31節)は二人が最初に「参ります」と返事をした上でぶどう園に行き、最後まで仕事をすることでした。
 
 この「譬え」の「ある人」(28節)とは「父」(31節)なる神のことであって、二人の息子は「兄」が「祭司長や民の長老たち」(23節)に代表される正統ユダヤ教徒を、そして「弟」は血統的にはユダヤ人ではあっても、正統的ユダヤ人からは、律法を守らない罰あたりの罪びととして蔑まれていた人々を指します。
 
 「父の望み」(31節)すなわち、父なる神の私たちに対する希望は、「参ります」と従順に応答して、それを口だけでなく態度と行動で示すことでした。つまり従順な姿勢を貫き通すこと、それが神の、人に対する望みでした。
 
そういう意味において、最初から最後まで、神の言葉と心に従って、「父の望みどおりに」(31節)その人生を生きたのは、人としてのイエスだけでした。
 
このイエスの従順によって、イエスを信じる者はただ信じるだけで、神に義とされて新しい人生へと踏み出すことができるようにされるのです。
 
「すなわち、ひとりの人の不従順によって、多くの人が罪人(つみびと)とされたと同じように、ひとりの従順によって、多くの人が義人とされるのである」(ローマ人への手紙5章19節 239p)。
 
 くどいようですが、最初から最後まで、神に対して完璧に従順であり続けたのは、人として生きたイエスひとりだけです。
 
しかし、人生の出来るだけ早い時期に神の言葉と出会い、できるだけ若い時に神の存在と神の意思とを知らされて、イエスを主と信じる信仰を告白して、イエスの歩んだ信仰の道を往くことが、人としての最善の人生です。
 
 古代の中国は、人の一生というものを年代別に色で分けました。
青春(せいしゅん)、朱夏(しゅか)、白秋(はくしゅう)、玄冬(げんとう)です。
 
もしも青春という時期に、神の福音を聞いたのであれば、福音を受け入れる決心を先に延ばすのではなく、「あなたの若い日にあなたの造り主を覚えよ」(伝道の書12章1節)とあるように、「若い日に」こそキリストへの信仰を告白し、神の言葉に従うこと、それが最善の人生といえます。
 
そういう点では、先週の説教でも取り上げましたアルベルト・シュバイツァーなどは、子供のころからまっすぐに神に従ったという意味において、最善の人生を歩んだ幸いな人と言えるかも知れません。
 
できれば青春どころか思春期、学童期の子供たちが、人生の始めに生ける真の神を信じて、神の言葉に従う日々を生きる者であって欲しいと心から思います。
 
 
2.次善の人生とは、後から心を変えて神の言葉に従い直す人生のことである
 
このように人生における最善は、出来るだけ早い時期に神への従順という生涯に入ることですが、様々の事情でその機会を逃してしまった者にも、神は最善に次ぐ人生、つまり次善の人生を備えてくださいます。
それが譬えに示された「弟」(30節)の行動です。
 
「弟」は最初、父の要請をけんもほろろに「いやです」(同)と拒みました。彼には「父」の言うとおりに「ぶどう園」で汗水流して働くことなどは、ばかばかしいことのように思えたのかも知れません。
しかし、弟はその後に反省をします。そしてぶどう園へと出かけて行きます。
 
「また弟のところにきて同じように言った、彼は『いやです』と答えたが、あとから心を変えて、出かけた」(21章30節)。
 
「あとから心を変えて、出かけた」(30節)とありますが、この「心を変えて」と訳された原語は、「変化」という言葉と、「気にする」という言葉が合わさったものです。つまり、気が変わったというわけです。
弟は確かに最初、「いやです」と断りました。しかし、時間が経過するに従い、気持ちが変わってきます。
 
「父に対して何と冷淡なことを言ってしまったのだろう」という咎めの気持ち、悔いる心が湧いてきて、その気持ちが彼をぶどう園へと向かわせたのでしょう。
 
ある人は、「人生は長くはない、若いうちは人生を謳歌しなければもったいない、信仰なんかは年寄りのするものだ、神に従うなどという人生は辛気臭い」と思っているかも知れません。
 
イエスの時代、事情や理由は異なっていたとしても、結果的に、神に従わない生き方を選んだ人々がいました。
その代表的な人々がローマやヘロデ家から徴税を請け負って、それを生業(なりわい)とする取税人たちであり、身を売って金を稼ぐ売笑婦たちであって、正統的ユダヤ教徒たちから、地獄に堕ちると蔑視された人々でした。
 
しかしイエスは、彼らは「あとから、心を変えて」(30節)神のぶどう園に向かった者たちであって、彼らこそが地獄どころか神のいます「神の国にはいる」と断言したのでした。
 
「イエスは言われた、『よく聞きなさい。取税人や遊女は、あなたがたより先に神の国にはいる。というのは、ヨハネがあなたがたのところにきて、義の道を説いたのに、あなたがたは彼を信じなかった。ところが、取税人や遊女は彼を信じた』」(21章31節後半、32節前半)。
 
たとい「あとから」(30節)であっても、つまり、「青春」を過ぎて壮年という人生の盛りの「朱夏」を経、さらには「白秋」という円熟の時代を越えて、老いの「玄冬」の年代になったとしても、「心を変えて」(同)神の御言葉に従うことが大切なことなのです。
神は今も、「あとから心を変えて」(30節)神の示す所へ「出かけ」(同)る者を喜んでくださいます。
 
キリスト教国ではない日本では、多くの人がこの「弟」(30節)のように「あとから心を変えて」(30節)神に従っています。
それは最善と比べれば、次善の人生であるかも知れません。しかし、それもまた善なる人生、喜ばしい人生なのです。
もう遅い、手遅れだということは決してありません。「あとから」(30節)であったとしてもその決断は、「父」(31節)なる神が喜ぶ、神の「望みどおり」(同)の行動なのです。

 

3.最悪の人生とは、最後まで心を変えずに神の言葉を無視する人生のことである
 
 最善の人生、次善の人生を見てきましたが、残念な人生があります。最悪の人生と呼べるものです。
それが「心を変え」(30節)ることなく、最後まで自己を正当化し、神に対して不従順を貫く生き方のことであって、その代表が「祭司長たちや民の長老たち」(23節)でした。
 
「というのは、ヨハネがあなたがたのところにきて、義の道を説いたのに、あなたがたは彼を信じなかった。ところが、取税人や遊女は彼を信じた。あなたがたはそれを見たのに、あとになっても、心をいれ変えて彼を信じようとしなかった」(21章32節)。
 
 彼らは譬え話しの中の「兄と弟とどちらが父の望み通りに行動したか」というイエスの問いに対して、正しい解答をしております。
 
「彼らは言った、『あとのものです』」(21章31節後半)
 
 しかし、彼らはその判断を自分たちに適用しようとは思わなかったのでした。つまり「心をいれ変え」(32節)なかったのです。というよりも、自分たちこそ、神に従っていると自負していたのでした。
 
譬えの中の「心を変えて」(30節)という原語が、「変化」と「気にする」という言葉から出来ている、と申しましたが、イエスの解説の方の「心をいれ変えて」(32節)も同じ原語で、これは反省する、後悔する、という意味の言葉です。
 
そしてこれによく似ているものが「悔い改め(メタノイア)」と訳されている言葉でした。
これは「変化」と「理解する」という言葉から出来ていて、問題点を「気にする」、反省することから更に進んで、理解し納得した結果、方向を転換して、正しい道に進んでいくことを意味します。
 
「悔い改め」は、実は自己反省の結果ですから、自己反省が出来なくなると、悔い改めもできなくなります。
そういう意味では、洗礼を受けているのだから一人前、欠かさず集会を守っているのだから大丈夫、奉仕を続けているのだから心配ない、とは言えないのです。
 
私たちの一生は常に自己点検の連続であるべきであって、傲(おご)ったり油断したりしてはなりません。
だからこそルターは、宗教改革の火蓋を切ることになったいわゆる「九十五カ条の提題」の冒頭で、信者の全生涯が悔い改めの連続であるべきことを強調したのでしょう。
 
一、わたしたちの主である師であるイエス・キリストが、「悔い改めよ……」〔マタイ四・一七〕と言われたとき、彼は信ずる者の全生涯が悔い改めであることを欲したもうのである(マルティン・ルター著 緒方純雄訳「贖宥の効力を明らかにするための討論」73pルター著作集第一集 聖文舎)。
 
「心をいれ変え」(32節)ることができたこともまた、憐れみ深い神の恩寵であったことを寸毫も忘れることなく、人生の灯が消える最後の日まで、柔らかな心、感謝の心を保ち続けて、神の言葉、神の意思に従順でありたいと思います。


投稿者 : famillia 投稿日時: 2015-10-11 16:58:24 (1333 ヒット)
2015年礼拝説教

2015年10月11日 日曜礼拝説教


マタイによる福音書の譬え話


からし種とパン種と毒麦の譬え―始めは小さくても、見た目は少なくても、今は理解できなくても後になれば


マタイによる福音書13章24〜43節(新約21p)


《礼拝説教アウトライン》

1.たとい、始めは小さくても

2.たとい、見た目は少なくても

3.たとい、今は理解できなくても

 

はじめに
 
先週の火曜日の夜のことでした。葬儀に出席した帰り、阪急電車を降りて、環状線に乗ろうと大阪駅前まで来た時、号外が配られておりました。受け取ってみると、二日続きの日本人のノーベル賞受賞を知らせる号外でした。
 
先週はノーベル賞が部門別に毎晩発表される、いわゆるノーベル賞週間でしたが、我が国の場合、今年はどの分野でどんな人が受賞するのかが近年の関心事となっています。
しかし、日本に追いつき追い越せを国是とするお隣りの国では、この時期は憂鬱な季節でもあるのだそうです。なぜか。同国にとっては垂涎の的であるノーベル賞が、手が届かない高根の花であることを思い知らされる季節だからです。
 
その結果、同国には「ノーベル賞なんかには、何の価値もない、無視したらよい」という意見も出たりするのですが、それはイソップ物語の「すっぱい葡萄」に登場するキツネです。
 
葡萄棚にたわわに生(な)っている美味そうな葡萄を取ろうと、キツネが手を(前足を)伸ばすのですが届きません。そこでキツネは言います、「あれは美味そうに見えるだけで、ほんとうは酸っぱい葡萄なんだ」と。
負け惜しみの典型例です。「手が届かなくて残念だ、まだまだ力不足なのだ」と言うならば、まだ可愛げがあるのですが。
 
同国の場合、そこは素直に、西欧の先進国に伍して日本人がノーベル賞を受賞する様を、同じアジアの一員としての立場から、痛快事として喜んだらよいのではないかと思うのですが、どうもそうはいかないようなのです。
 
なぜなのか、ということですが、物ごとすべてを上下の関係でしか見ず、しかも自分は常に上位でなければならないという強迫観念に囚われているため、自国よりも下にいる筈の(下にいなければならない筈の)下位の日本が、国際的栄誉の象徴であるノーベル賞、それも人類の叡知を代表する科学(サイエンス)部門の賞を受賞し続けることが、どうしても許せないからなのです。
 
対人関係を上下関係で見るという国民性については、韓国の反日思想への皮肉を綴ったブログで夙(つと)に有名な、韓国在住のシンシアリーというペンネームの歯医者さんの最新の著作、「韓国人による震韓論」(扶桑社発行)に、明確に分析されています。
そこに今年も、先週の月曜日に医学・生理学賞を、そして火曜日には物理学賞を日本人が受賞するとの発表があったわけです。
 
それぞれの功績につきましては報道でご存じと思いますので、ここでは触れませんが、興味深かったのは医学・生理学賞の授賞対象となった大村智北里大学特別栄誉教授の研究が、極めて実際的、実用的で、土中の微生物から製造された医薬品によって、毎年三億人もの人々が失明の危険から救済されているという目覚ましい成果であるのに対し、物理学賞の梶田隆章東京大学宇宙線研究所長のは、宇宙の始まりの謎を解明する手掛かりになるかも知れない素粒子の研究が対象で、それが人類に対してどのように貢献しているのかがよく理解できないという研究であったことでした。
 
このように一見、極端に対照的な研究のように見えますが、共通しているものがあります。一つは、研究や実験の素材のバクテリヤにしても、そして素粒子のニュートリノにしても、私たちから見れば、それらが神の創造の産物であるということで、そしてもう一つの共通点として興味を惹かれたのは、世界の誰もが目を瞠(みは)るようなその創造的、画期的成果が、共に長い時間をかけての地味な研究、弛まぬ努力の賜物、産物であったということでした。
 
そこで今週の「マタイによる福音書の譬え話」の四回目は、「からし種とパン種と毒麦の譬え」から、今は小さく目立たなくても、内に秘められた命は、後になれば豊かに実を結ぶに至るのだ、という教えを聞きたいと思います。
 
 
1.たとい、はじめは小さくても
 
マタイによる福音書のイエスの譬えはいずれも、「天国は○○のようなものである」で始まります。
 
「天国は、一粒のからし種のようなものである」(マタイによる福音書13章31節前半 新約聖書口語訳21p)。
 
この「○○のようなものである」という語法は比喩の一つで「明喩(めいゆ)」と言います。ついでに言いますと、イエスの「私はぶどうの木、あなたがたはその枝である」(ヨハネによる福音書15章5節)などは、「隠喩(いんゆ)」と呼ばれます。
 
「天国」は「天の国」「神の国」「御国」など、言い方や訳は少しずつ違いますが、いずれも神の圧倒的な支配を意味します。
そして今週取り上げる譬えには、神の支配に込められた豊かな生命力、変革力、影響力に目を向けよ、というメッセージが込められています。
 
まず「一粒のからし種」の譬えです。
 
「また、ほかの譬えを彼らに示して言われた、天国は、一粒のからし種のようなものである。ある人がそれをとって畑にまくと、それはどんな種よりも小さいが、成長すると、野菜の中でいちばん大きくなり、空の鳥がきて、その枝に宿るほどの木になる」(13章31、32節)。
 
イエスはこの譬えにおいて、譬えるとするならば、天の支配というものは丁度、「一粒のからし種のようなものである」(31節)と説かれたのでした。
 
「からし」の「種」からは良質の油がとれるそうで、そのためパレスチナでは「からし種」(31節)は珍重されていたようです。なお茎や葉は家畜の餌になったとのことです。
この植物の種は極めて小さいものなのですが、これが成長しますと四メートル程の高さにまで育ち、空を飛ぶ「鳥が」(32節)宿るほどの大きさになるということです。
 
確かにこの地上における神の支配も、はじめは小さな勢力でしかありませんでした。特にイエスが異端の者としてユダヤの最高法院サンヒドリンから有罪宣告を受け、ローマ総督ポンティウス・ピラトスにより、ローマ法の違反者として十字架刑に処せられた時には、弟子たちの小さな群れは消滅してしまうのではないかと思われました。
しかし、キリストの教会は生きておりました。
 
教会は、先週の説教でも取り上げましたサウロ、その後の使徒パウロの精力的な宣教活動もあって、復活のイエスを主とする信仰は世界中に広がっていき、それが現在に至っています。
 
独特の伝統文化、伝統宗教の影響が大きい日本では、数的な意味での成長は微々たるものです。しかし、「天国」(31節)という神の支配が持つその圧倒的な生命力が働く時、いつの日にか「空の鳥がきて、その枝に宿るほどの木になる」(32節)筈です。「天国」という神の支配が持つ成長力を信じましょう。
 
この成長力は涸渇したり減退したりしはしません。ですから、まずは毎週の日曜礼拝毎に、神の支配の大いなる現われがあることを期待したいと思います。
 
 
2.たとい、見た目は少なくても
 
「天国」についての二つ目の譬えは「パン種」の譬えです。
 
「またほかの譬えを彼らに語られた、『天国は、パン種のようなものである。女がそれを取って三斗の粉の中に混ぜ合わせると、全体がふくらんでくる』」(13章33節)。
 
この譬えでは、「天国」という神の支配が持っている影響力が、「パン種」(33節)に似たものとして強調されています。
イエス時代のユダヤの一般家庭では通常、一度に三斗の粉を捏(こ)ねてパンを焼いたのだそうです。
口語訳で「三斗」と訳された言葉は原語では「三サトン」で、一サトンが7、3リットルですから、三サトンは約二十二リットルということになります。
 
パンは普通、「パン種」つまりイースト菌を入れずに焼くと膨らまないのですが、「パン種」を入れますと、全体がふっくらと柔らかく、大きく膨らみます。
つまり、神の支配、「天国」には「パン種」のように、物の性質を変える力すなわち、変革力があるという意味です。
 
一世紀のユダヤ社会では、「パン種」は通常、腐敗を意味するものとして、悪しき影響力を表すような場合に使用される言葉でした。
しかしイエスはこれを、良い影響力、健全な感化力を指す言葉として使われたのでした。
そして事実、この神の支配という福音が伝えられた所には、変化、変革という現象や事態が起こるようになってきたのでした。
 
ギリシャ文化の影響が強かった古代の地中海世界では、強いということが最大、最高の価値でした。
そのため、虚弱な子供や、障害を持って生まれた者は生きる価値のない邪魔者として山や谷に遺棄されることもあったようです。
 
ユダヤの場合、他国に比べれば随分とましでしたが、それでも女性の地位は低く、妻は夫に従属するものとして、家系を存続させるための、子供を生むことだけに価値があるとされていました。
しかし、福音が浸透するところには、人の命を尊ぶ風潮、女性の価値が見直され価値観へと、社会が大きく変わっていきました。
 
中世には、十字軍の出来事や異端審問、魔女狩り等、西欧のキリスト教国は多くの過ちを犯しましたし、黒人の売買や奴隷制度も、英国や米国というキリスト教国が主導したものでした。
その米国において、奴隷制度に固執したのは、バイブルベルトと言いまして、キリスト教信仰が盛んな南部の州でした。
 
創世記のノアの伝承に、「ノアの子供のハムはヤペテとセムに仕える、とある。黒人はハムの子孫、白人はヤペテの子孫、だから黒人は白人のしもべになるのが、聖書の教えだ」というわけです。
勿論、無知から生まれた聖書解釈の結果ですが、何しろ聖書が根拠ですから、北部が進める奴隷制度の廃止には強い抵抗を示し続けました。
 
でも、米国や西ヨーロッパ各国における社会事業や福祉事業、学校教育などは、キリスト教の精神によって進められました。文明の光はキリスト教国を通して世界に照らされたことは、確かな事実です。
 
アフリカの聖者と言われ、ノーベル賞の平和賞を一九五二年に授与されたアルベルト・シュバイツァーは、何の悩みもない幸せな日々を送っていた二十一歳のある日、自分に与えられているこの幸福は不幸な人に分けるために、自分が持っている才能は困っている人の必要を満たすためにあるのだ、という強い思いを持ちました。
 
そして三十歳で大学の神学部の講師の職を辞して、医学部に入り直し、六年かけて医学を習得し、医師の資格を得てからアフリカに赴きます。赤道直下の地、現在のガボン共和国です。
 
シュバイツァーはバッハ研究の第一人者で、同時にオルガンの名演奏家でもありましたので、医薬品が底を着くと、ヨーロッパ各地で演奏旅行をし、資金が集まるとそれで必要な医薬品を購入してアフリカにおける医療伝道を続けました。
シュバイツァーを動かしたもの、それは神の支配が持つ力、現状を変革する力でした。
 
影響力を持った、「天国」、神の支配という「パン種」がひとりの人の心に「混ぜ」(33節)られる時、神の支配が人の知性、心の深みに働きかけて、人を根底から変化させるのです。「パン種」は少量でよいのです。
 
「天国」という「パン種」は、影響力、感化力を持っていますので、人を内側から変革します。
たとい、今は目に見えるものが少なくても、心配は無用です。自分の内側に宿った神の支配という「天国」の影響力、変革の力を信頼して、日々の務めを果たし、自分が善と思えることを行っていきたいと思います。
 
 
3.たとい、今は理解できなくても
 
世の中には「なぜ?」と思えることが沢山あります。神様はご存じなのだろうかと、訝しく思うような出来事が次から次へと起こってきたりもします。
でも、今は理解できなくても、後になれば「ああ、そうだったのか」と合点がいく日が来ると、イエスは教えます。それが「毒麦の譬え」です。
 
「また、ほかの譬えを彼らに示して言われた、『天国は、良い種を自分の畑にまいておいた人のようなものである。人々が眠っている間に敵がきて、麦の中に毒麦をまいて立ち去った。芽がはえ出て実を結ぶと、同時に毒麦もあらわれてきた』」(13章24〜26節)。
 
 「毒麦」(25節)はほそ麦と呼ばれる一種の雑草で、穂が出るまでは普通の麦と見分けがつかない程、よく似ているのだそうです。
しかも、成長の過程で良い麦と絡み合ってしまうために、毒麦を抜こうとすると、良い麦までも抜いてしまいかねません。
そこでイエスは言われます、「そのままにしておきなさい」と。
 
「収穫まで、両方とも育ったままにしておけ。収穫の時になったら、刈る者に、まず毒麦を集めて束にして焼き、麦の方は集めて倉に入れてくれ、と言いつけよう」(13章29、30節)。
 
 つまりこの毒麦の譬えは、「良い種」(24節)として畑に蒔かれた私たち神の子たちに対して、「神の善と全能の力とを信頼せよ、時期が来れば自ずから結果が出る、だから、しばしの間、耐え忍んで神の時の満ちるのを待つように」ということを教える譬えであって、その解説はイエス自らがしております。
 
「イエスは答えて言われた、『良い種をまく者は人の子である。畑は世界である。良い種と言うのは御国の子たちで、毒麦は悪い者の子たちである。それをまいた敵は悪魔である。収穫とは世の終わりのことで、刈る者は御使いたちである。だから、毒麦が集められて火で焼かれるように、世の終わりにもそのとおりになるであろう』」(13章37〜40節)。
 
「正義の神がいるのならばなぜ、悪人がのさばっているのか、不正が横行するのか、なぜ社会的矛盾が一向に改善されないのか」と、フラストレーションが溜まりっ放し、という人がいます。
 
しかし、神の審判は必ずあります。神が「毒麦」を放置しているように見えるのは、神の最終の審判が必ずあるからであり、更には、それ以前に良い麦が万が一にも、「毒麦」と一緒に抜かれてしまわないようにとの、神の配慮があるからです。
それが「今から行って、毒麦を引っこ抜いてきます」と息まく僕たちへの主人の言葉です。二十九節をお読みしましょう。
 
「主人は言った、『それは敵のしわざだ』。すると僕たちが言った、『では行って、それを抜き集めましょうか』。彼は言った、『いや、毒麦を集めようとして、麦も一緒に抜くかも知れない』」(13章29節)。


 私たちは神の配慮に感謝しつつ、自らが「毒麦」などでは決してないこと、良い麦として成長するようにとの神の願いのもと、「人の子」(37節)であるイエス自身によって、神の「畑」(38節)であるこの「世界」(同)に蒔かれた「良い種」であるとの自覚を持ちたいと思うのです。

自分が知らなかったことを知ろうとすることは大事です。もっと知りたいという探究心こそが、私たちを聖書の研究へと向かわせます。
しかし、分からないことを分かろうと努力しつつ、また探求しつつも、分からないことは分からないままにして神に委ねるということもまた、大切なことです。
 
今年のノーベル賞受賞の二人の日本人に共通するのは、共に極めて謙虚であるということでしょう。
医学・生理学賞の受賞者は、土の中の「バクテリアのおかげ」と言いました。本当に謙虚です。テレビ画面で見るこの方は、袈裟を着せたら将にお坊さんという感じでした。妻の従弟は京都の永観堂の管主ですが、雰囲気がよく似ているように思えました。
 
物理学賞の受賞者は、受賞は二人の恩師とチームの協力のおかげと言っておりました。いかにも柔和な風貌のこちらの方は、牧師のガウンを着せたらよく似合うのでは思わせられました。
 
 不思議なのですが、科学の先端を行く人ほど謙虚で宗教的なのです。反対に、井の中の蛙のような人ほど、何でも知っているかのように尊大で、神の存在を否定したりします。
 
 科学といえば何と言いましても、万有引力を発見したニュートンですが、ある人が彼に向かって、「我々人類は、実に多くの知識を手に入れたものです」と言った時、「子供が海岸で海水を手の中に掬って、『ボクは海を手の中に持っている』と言ったらどう思いますか。我々が持っている知識はそんなものなのですよ」と答えたと伝えられています。
 
 「毒麦」の譬えは、今は目の前に展開している状況が、理解したり説明したりすることができなかったとしても、「天国」という神の支配の向こうには、正しい結末が、輝く勝利が、しかも誰もが納得のできるように備えられていることを教えるために語られたのだと思われます。


 神が不在であるかのようにも思えるこの世界において、また宣教が進展していないように見えるこの日本において、そして、孤立しているかのように感じられる日々の暮らし、困難な戦いの中にも、神の圧倒的な支配は既に始まっているのです。

 「からし種」(31節)のように、たとい、始めは小さくても、「パン種」(33節)のように、たとい、見た目は少なくても、そして放置された「毒麦」(24節)のように、たとい、今は理解することができなくても、それでも神の支配が及んでいることを信じ、頭をもたげて日々、神の御言葉に立ってご一緒に前進したいと思います。


投稿者 : famillia 投稿日時: 2015-10-04 16:34:42 (1311 ヒット)
2015年礼拝説教

15年10月4日 第五回日曜特別礼拝説教

祝福された人間関係 その五

人間関係を結ぶ、愛という名の帯
 
コロサイ人への手紙3章14節(新約口語訳317p)
 
《今週の説教アウトライン》
 
1.不変の愛は、信頼し合う者を更に一層強固に繋ぐ帯である
2.無償の愛は、寄る辺無き者の盾として命へと繋ぐ帯である
3.無私の愛は、仇敵をも包み込む力として救いへと繋ぐ帯である
 
 
はじめに
 
先週の日曜日の夜のことでした。
夕食を終え、もうひと仕事をするため教会に戻ろうとして家を出て、何気なく夜空を見上げますと、東の空の雲間から眩いばかりの月が見えます。
そのあまりの美しさに家に戻って妻を呼び出し、家の前でしばらく月を観賞するひとときを持ちましました。
 
うっかりしていましたが、先週の日曜日の九月二十七日は十五夜で、まさに中秋の名月というものを心ゆくまで堪能することができたというわけです。
 
ご存じのように十五夜とは旧暦の八月十五日前後に見られる満月のことで、中秋の名月というのは、八月が旧暦の秋である七月、八月、九月の中、つまり中秋の八月に見ることができる名月という意味です。因みに竹取物語のかぐや姫が見て泣いた月も十五夜の月でした。
 
月と言ったら誰もが思い出すのが古今集の、在原業平(ありわらのなりひら)の甥とされる大江千里(おおえのちさと)の歌でしょう。
 
月みれば ちぢにものこそ かなしけれ
我が身一つの 秋にはあらねど
 
 「かなしけれ」が「悲しい」のか、「愛(かな)しい」のかが不明ですが、それが「悲しけれ」だとすれば、夜空の月に象徴される秋は、誰もが一種の物悲しさ、淋しさ、寂寥感といったものを感じさせる季節ともいえます。
 
人が悲しさや寂しさを感じる時とは第一に、愛する者のとの死別ですが、それに次いでのものが、身近な人間関係にきしみや溝を感じたりした時でしょうか。
喜びをもたらすのも人間関係なら、痛みや侘しさを感じさせるのも人間関係だからです。
 
そこで今月の「祝福された人間関係」では、「人間関係を紡(つぐ)む、愛という名の帯」というタイトルのもと、聖書に登場する三つの人間関係を題材にして、「愛という名の帯」の力について考えたいと思います。
 
 
1.不変の愛は、信頼し合う者を更に一層強固に繋ぐ帯である
 
信頼関係は既に十分に出来ている、という関係もあります。それが続けばそれに越したことはありません。
しかし、人の心は変わり易く移ろい易いものです。今が信頼し合っているからといって、それが変わらないという保証はありません。
置かれている環境が変わったり、状況が変化することによって、その影響を受けて心変わりをするというケースもあります。
悲しいことですが、それが脆く儚い人間というものが持つ宿命なのかも知れません。
 
しかし、聖書の中には、環境の激変、利害の渦を越えて、純粋な友情を最後まで貫き通したという麗しい関係があります。
それが、統一イスラエル初代の王ダビデと、統一前のイスラエルの王サウルの息子ヨナタンの関係でした。
 
ダビデが子供の頃、イスラエルに王政が布かれました。紀元前十一世紀の半ば頃のことです。
パレスチナの地中海沿岸に勢力を広げていたペリシテ人との戦いにイスラエルが勝つには、部族を統合した組織的な対応が無ければならず、そのためには王政を布く必要であると考えられたからでした。
 
最初の王に任職されたのが背丈の高い美丈夫のサウルでした。
 
「サウルは三十歳で王の位につき、二年イスラエルを治めた」(サムエル記上13章1節 旧約聖書口語訳398p)。
 
「二年イスラエルを治めた」(1節)とありますが、「二年」は統治期間としては余りにも短か過ぎますので、学者は「二十年」が写本の段階で「二年」となってしまったのだろうと推測します。
 
ダビデですが、ダビデの父親の名はエッサイで、ダビデは八人兄弟の末っ子でした。イスラエルとペリシテとの戦いは常に熾烈を極めるものでしたが、ある時父は、ダビデに対し、ペリシテとの戦いに参戦している三人の兄たちのところへ弁当を届けに行くよう命じました。
 
弁当を持ったダビデが戦場に行きますと、ペリシテの巨人、ゴリアテが、イスラエルに対し一対一の勝負を求めて出てきておりました。
しかし、イスラエルの陣営から誰ひとり名乗り出る者はありません。巨人を恐れていたからでした。そしてこの巨人に、羊飼いの武器である石投げをもって立ち向かったのが少年ダビデで、彼は見事、ゴリアテを打倒するという勲功を上げます。ラグビーのワールドカップで日本が南アメリカに勝った以上の大番狂わせが起こったのでした。
 
イスラエルの危機を救ったダビデをサウル王が謁見するのですが、その様子を垣間見たのが王の息子のヨナタンでした。
ヨナタンはダビデに魅かれ、以後、二人は熱い友情を持ち続けるに至ります。
 
「ダビデがサウルに語り終えた時、ヨナタンの心はダビデの心に結び付き、ヨナタンは自分の命のようにダビデを愛した」(サムエル記上18章1節)。
 
 これがダビデとヨナタンとの運命的な出会いでした。その後、ダビデはサウルの親衛隊長に抜擢され、輝かしい武勲を立てるようになり、国民的人気を博するようになります。
しかし、ダビデの高い人気に不安を感じたのが王のサウルでした。ダビデによる王位簒奪を恐れたサウルは、やがてダビデの抹殺を謀るようになります。
しかしヨナタンのダビデへの気持ちは揺るぎません。彼は疑心暗鬼に陥った父親を諫めると共に、ダビデを父の手から救うべく、陰に陽に支援の手を差し伸べ続けます。
 
考えるまでもなく、ヨナタンは正当な王位継承者ですから、ダビデはライバルということにる筈です。しかし、ヨナタンは神が自分ではなくダビデを選んでいることを知っており、神の選びが実現することを心から願っていたのでした。
ですから、競争相手の事前の抹殺の必要を説く父サウルに対し、猛然と抗議をします。
 
「エッサイの子がこの世に生きながらえている間は、あなたの王国も堅く立っていくことはできない。…彼は必ず死ななければならい。ヨナタンは父サウルに言った、『どうして彼は殺されなければならないのですか。彼は何をしたのですか』」(20章31、32節)。
 
やがてヨナタンとサウルはペリシテとの熾烈な戦いの末に、戦場において命を落としてしまいます(31章1〜6節)。
このサウルとヨナタンの訃報を聞いたダビデが、哀悼の気持ちを示すために詠んだ歌が、「弓の歌」として知られる歌です。
 
「ダビデはこの悲しみの歌をもって、サウルとその子ヨナタンのために哀悼した。
『イスラエルよ、あなたの栄光は、あなたの高き所で殺された。ああ、勇士たちはついに倒れた。
…わが兄弟ヨナタンよ、あなたのためにわたしは悲しむ。あなたはわたしにとって、いとも楽しいものであった。あなたがわたしを愛するのは世の常のようでなく、女の愛にもまさっていた。
ああ、勇士は倒れた。戦いの器はうせた』」(サムエル記下1章17、19、26、27節)。
 
ダビデはヨナタンが彼に注ぎ続けた愛について、それは「女の愛にもまさっていた」(26節)と歌いましたが、ヨナタンのダビデへの友情はあくまでも細やかであって、ただ尽くすだけの一途の愛であり、たとい状況や環境が変化したとしても変わることのない愛、不変の愛であったという意味でしょう。
 
ダビデはその後、ヨナタンへの友情の証、ヨナタンの温情への感謝のしるしとして、ヨナタンの遺児の面倒を生涯にわたって見続けるのですが、この二人が強固に結ばれ続けたのは、二人の間に神がおられたからでした。
 
サウルの手を逃れてダビデが身を隠す際に、ヨナタンが送った祝福の言葉です。
 
「無事に行きなさい。われわれふたりは、『主が常にわたしとあなたの間におられ、また、わたしの子孫とあなたの子孫との間におられる』と言って、主の名をさして誓ったのです」(サムエル記上20章42節 415p)。
 
神をその間に入れた関係は、信頼し合っているという今の状態を、更に密なるものへと変えてくれることになります。その実例がヨナタンとダビデの関係でした。

 

2.無償の愛は、寄る辺なき者の盾として命へと繋ぐ帯である
 
世の中には、義理も義務もないという関係にも関わらず、見捨てるわけにはいかない、という愚直とも思える気持ちから、関わりを続けるという愛があります。
これを無償の愛というのですが、その愛を体現した人物がナザレの大工のヨセフでした。
 
ヨセフが婚約者のマリヤの妊娠という事実を知った時、彼はマリヤを訴えることもできました。しかし彼はマリヤの将来を考えて、穏便なかたちでの解決を模索しました。
 
「イエス・キリストの誕生の次第はこうであった。母マリヤはヨセフと婚約していたが、まだ一緒にならない前に、聖霊によって身重(みおも)になった。夫ヨセフは正しい人であったので、彼女のことが公けになることを好まず、ひそかに離縁しようと決心した」(マタイによる福音書1章18、19節)。
 
「婚約」(18節)でありながら「夫ヨセフ」(19節)、「離縁」(同)とあるのが不思議かも知れませんが、当時のユダヤの結婚は、三段階の順序を経るのが通例でした。
第一は親同士が決める許嫁(いいなずけ)です。これは当事者が年頃になった時に解消することもできました。
第二の段階は法的な意味での夫婦になるということです。しかし、この段階では同居には至らず、約一年後に同居をするという習慣がありました。
 
つまりマリヤはこの第二の段階において妊娠をしたわけです。
身に覚えのないヨセフは煩悶しつつ、マリヤのため、事を密かに収めようと思慮しますが、夜の夢の中に御使いが現われて、「離縁をするのではなく、マリヤを妻として迎えるように」という啓示をもたらします。「胎児は不義の子などではなく、神の聖霊によるものであって、生まれ出る子は世を救うメシヤ・キリストなのだ」と(1章20〜22節)。
 
眠りから覚めたヨセフは納得をし、決然としてマリヤを妻に迎えます。
 
「ヨセフは眠りからさめた後に、主の使いが命じたとおりに、マリヤを妻に迎えた」(1章24節)。
 
 ヨセフの印象は一見、草食系男子のようです。しかしこの時ヨセフは、この先に待つ、自らが浴びる嘲笑、陰口を覚悟しつつ、誤解に基ずく世間からの非難、悪罵、中傷から母と子を守る防波堤となるべく、選択をし、行動をしたのでした。
 
このヨセフについての、かつて山口百恵と三浦友和の結婚式を司式した飯清牧師(故人)の論評は的を射ているだけでなく、実に感動的です。
 
神はその独り子を世に遣わすにあたって、母となるべき女性を選ぶよりも、いわば養父として保護者の役目を果たす男性を探すことのほうに、はるかに骨を折られたのではないかと思うのです。
もしこのヨセフのような思慮深い協力者が与えられなかったら、マリヤはとうてい「救い主の母」という大任に耐えられなかったのではないでしょうか(飯清著「飼葉おけと十字架 アドベントとレントのための小説教集」58p 日本基督教団出版局)。
 
 著者はこの小説教のタイトルを「信仰の勇者ヨセフ」としていますが、まさにヨセフは「信仰の勇者」であり、「愛の勇者」でもありました。もしも私がタイトルをつけるとするならば「男の中の男ヨセフ」とするところです。
 
彼は世間的には寄る辺の無い者となるであろう母子に対し、これ以後、見返りを求めない無償の愛を注ぎ、その盾、防壁、保護者として世間の非難、攻撃から守り続け、それによって私たち人類を神の命へと繋ぐ役割を果たしたのでした。
 
 
3.無私の愛は、仇敵をも包み込む力として救いへと繋ぐ帯である
 
 愛は仇敵同士とも言える間を繋ぐ帯ともなります。
使徒パウロのヘブル語名は、ヨナタンの父親と同じですが、西暦三十年代の後半、回心前の若き律法学者のサウルは、原始キリスト教会に対する迫害と弾圧の中心人物として知られておりました。
 
「さてサウロは、なおも主の弟子たちに対する脅迫、迫害の息をはずませながら、大祭司のところに行って、ダマスコの諸会堂あての添書(てんしょ)を求めた。それは、この道の者を見つけ次第、男女の別なく縛りあげて、エルサレムにひっぱって来るためであった」(使徒行伝9章1、2節)。
 
 ところが目的地のローマ帝国の属州シリヤ州の「ダマスコ(ダマスカス)」郊外において、この「サウロ」に強烈な光が天から照射します。光を浴びて地に倒れた彼に対し、呼びかける声が天から聞こえました。
それは何と、「サウロ」が異端者として指弾してきた死んだ筈のナザレのイエスの声でした。
 
「彼は地に倒れたがその時『サウロ、サウロ、なぜわたしを迫害するのか』と呼びかける声を聞いた」(9章4節)。
 
 天からの声は、動顛をし、しかも光のために視力を失ってしまった彼に対し、「町に入るように」と命じます。
 
「彼は地に倒れたが、その時『サウロ、サウロ、なぜわたしを迫害するのか』と呼びかける声を聞いた。そこで彼は『主よ、あなたは、どなたかですか』と尋ねた。すると答えがあった、『わたしは、あなたが迫害しているイエスである。さあ立って、町にはいって行きなさい。そうすれば、そこであなたのなすべき事が告げられるであろう』」(9章5、6節)。
 
一方、ダマスコ在住の弟子であるアナニヤは、サウロの許を訪れて祈るようにという啓示を、祈りの最中、幻として受けます。
 
「さて、ダマスコにアナニヤというひとりの弟子がいた。この人に主が幻の中に現われて、『アナニヤよ』とお呼びになった。彼は『主よ、わたしでございます』と答えた。
そこで主は言われた、『立って、真すぐという名の路地に行き、ユダの家でサウロというタルソ人を尋ねなさい。彼はいま祈っている。
彼はアナニヤという人がはいってきて、手を自分の上において再び見えるようにしてくれるのを、幻で見たのである』」(9章10〜12節)。
 
主ご自身の言葉とはいえ、アナニヤには信じ難い指示でした。当然です。サウロはキリストの教会にとっては厄災をもたらす、将に親の仇のような人物なのですから。
しかし、主は重ねて言われます、「私は彼を異邦人に福音を伝える器として選んだのだ」と(15、16節)。
 
 これを聞いたアナニヤはサウロの許に行こうと心を決めます。傍にいた教会の仲間たちは止めたかも知れません。
でもアナニヤは立ち上がり、仇ともいうべきサウロを尋ねて、彼に手を按(お)き、心を込めて祈ったのでした。
 
「そこでアナニヤは、出かけて行ってその家にはいり、手をサウロの上において言った、『兄弟サウロよ、あなたが来る途中で現われた主イエスは、あなたが再び見えるようになるため、そして聖霊に満たされるために、わたしをここにおつかわしになったのです』」(9章17節)。
 
 この結果、パウロの身に劇的な変化か起こります。鱗のようなものがサウロの目から落ちて、彼の視力は元に戻り、「イエスこそ主キリストである」との信仰を告白してバプテスマを受け、こうして後の使徒パウロが誕生することとなるのです(9章18、19節)。
 
 この時、教会側にとっては報復をする絶好の機会でもありました。視力を失っているサウロには、抵抗するすべもありません。
 しかし、アナニヤは報復をするどころか、手を按いて祈ってくれたのでした。
 
とりわけサウロの心を揺り動かしたものは、アナニヤの口から発せられた「兄弟サウロよ(サウール アデルフェー)」(17節)という呼びかけではなかったかと思うです。
憎んでも余りある筈の仇敵です。にも関わらず、そのサウロに対してアナニヤは、「アデルフェー(兄弟)」と呼びかけてくれたのでした。
イエスの言葉に次いで、律法学者サウロの心に影響をもたらしたもの、それがこのアナニヤの、サウロにとっては想像すらできない、愛に満ちた呼びかけであったのでないでしょうか。
 
コロサイ書の著者がパウロかどうなのかという議論がありますが、たとい著者がパウロでなかったとしても、そこには使徒パウロの心情と経験が豊かに反映されていると思われます。三章十四節です。
 
「これらいっさいのものの上に、愛を加えなさい。愛は、すべてを完全に結ぶ帯である」(コロサイ人への手紙3章14節 317p)。
 
 「アナニヤ」という人物の名はこれ以後、聖書にも歴史にも出てきませんが、しかし、自分を捨てた彼の愛、無私ともいうべき愛こそが、あたかも獲物を追いかける猟師のように、キリスト者を求めて「脅迫、殺害の息をはずま」(9章1節)せていたサウロの心を溶かしたのでしょう。こうして教会の迫害者であったサウロのために、愛は彼と教会とをつなぐ帯となって用いられたのでした。
 
愛こそが、「すべてを完全に結び帯で」(14節)す。そしてこの愛の本源、はイエス・キリストです。月は夜、太陽の光を反射して輝きます。私もあなたも、神の御子キリストの不変の愛、無償の愛、無私の愛で愛されて、愛する者へと変えられるのです。


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