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投稿者 : famillia 投稿日時: 2014-07-06 16:31:14 (1720 ヒット)
2014年礼拝説教

14年7月6日 七月日曜特別礼拝説教

「日本人とキリスト教 日本における先祖崇拝とキリスト教の考え」
 
  創世記5章3〜5節 旧約聖書口語訳6p 
  伝道の書12章1、2、13、14節 932p
 
 
はじめに
 
この五月、祝日法が改正されて、八月十一日が「山の日」という祝日になったそうです。但し、施行は二年後だとのこと。祝日が増えるのはいいことだと思いますが、何で八月十一日かといいますと、盆休みと重なりやすいということがその理由だとか。
 
ところでその盆休みですが、地方によっては八月ではなく七月というところもあるようです。
子供の頃、夏になると、家の庭に置かれた素焼きのお盆の上の、燃える苧殻(おがら)を跨いだり、割箸で作った足をつけた胡瓜や茄子を並べたりなどする行事が我が家にありました。
それは亡くなった御先祖が帰ってくるのを迎えるためだ、などと聞いたように記憶しています。
 
日本人にとって、亡くなった御先祖はその存在が消滅してしまっているのではなく、この世ならぬところにいて、子孫を見守っているという観念があり、それが先祖供養、盆の行事、春夏の彼岸の日の墓参り、仏壇への線香やお供えなどといったものに現われているようです。
 
では、日本における先祖供養、先祖崇拝とは何なのか、そしてこれに対し、キリスト教ではどのように考えているのか、ということについて今日、ご一緒に考えてみたいと思います。
 
 
1.日本における先祖崇拝の心理
 
 先祖崇拝の心理、動機あるいは理由は三つあるようです。一つは追善という目的、二つ目は追慕や謝恩の気持ちの表明、そして三つ目が恐怖の軽減です。
 
 「仏説盂蘭盆経(ぶっせつうらぼんきょう)」という、中国でできた偽経に、お盆の行事が出来た謂われが記されています。
お釈迦様の高弟に目連という人がいました。その目連が神通力で見たのは、餓鬼道に落ちて食事を摂ることが出来ず、骨と皮ばかりになっている実の母親でした。
それを見て心を痛めた目連はすぐにご飯を入れた鉢を持って母の許に行き、ご飯を食べさせようとするのですが、それは母親の口に入る前に炭に変わってしまい、食べることができません。
 
そこでお釈迦さまに縋ったところ、釈迦が教えたそうです、「お前の母親の生前の罪が重かったからだ、そこで、僧侶たちが夏の修行を終える七月十五日に、それらの僧侶たちにご馳走を供えて供養をすれば、その功徳によって、父母をはじめとする過去七代の祖先が、餓鬼の世界から救済されるだろう」と。
そしてこの、餓鬼道からの母親救済のために目連が行った追善供養という習慣が、盆の行事の由来であった、というわけです。
 
なお、仏教の様々の法事の多くは、意識しているしていないは別にして、この死者への追善を目的として定められたようです。
 
また、亡くなった父母や祖父母を追慕する本能的な気持ち、その恩に報いたいという謝恩の気持ちが、先祖祭を発達させたとも言えます。
でも、残念なことに、人は失ってみないと、そこにある存在の有り難さに気づかないということもあります。
「孝行をしたい時には親はなし」「墓に布団はかけられない」とも言います。「親孝行をするなら親が元気なうちに」とは、体験から生まれた古人の言葉です。
 
こんな話があります。老いた親を世話することが厄介になった父親が、老親を山に捨てにいくことにしました。
そうすると、子供が「お父さん、僕も一緒に行くよ」というので、「感心な子だ、さすが我が子だ」と満足しつつ、何気なく「どうして?」と聞いいたところ、子供が言うには、「お父さんが年を取ったときに、お父さんをどうやって捨てるのか、今から見て参考にしたいと思うから」。
そこで父親が愕然となり、自分の行為を反省した、とか。
 
もちろん、この話は実話ではないとは思いますが、我が国には古来「姥(うば)捨て山」の伝説があり、「楢山節考(ならやまぶしこう)」の話も決して単なるフィクションではなかったようです。そういう意味では似たようなことはあったのでしょう。だからこそ、余計に謝恩としての先祖崇拝が強調されたのかも知れません。
 
 そしてもう一つがよく言えば畏怖感、実際は恐怖感というものも動機の一つのようです。
 
先月の「日本の神々とキリスト教の神」でも少し触れましたが、日本には死者、それも怨みを残して亡くなった者たちの魂魄(こんぱく)が怨霊(おんりょう)となって、生きている者に禍をもたらすという信仰あるいは思い込みがありました。
 
その典型的な例が承久(じょうきゅう)の乱を起こして失敗し、鎌倉幕府によって隠岐の島(現在の島根県)に流され、配所で崩御した後鳥羽天皇(上皇)であり、驚異的な立身出世を遂げたため、周囲の妬みにより、謀反の疑いというあらぬ濡れ衣を着せられて九州の大宰府に左遷され、京都に戻れぬまま左遷先で死去した菅原道真(すがわらのみちざね)です。
 
特に道真の場合、道真の死後、彼を大宰府に追い遣った人々が次々に怪死し、しかも京都には天変地異、国内には旱魃と、大きな禍が起きたのは道真の怨みと怒りによる祟りが原因と考えられたため、大宰府に道真の霊を鎮めるための神社、大宰府天満宮が建立されることとなります。
 
死者への追悼行事が追慕と謝恩を理由としているうちはよいのですが、それが、恐怖が動機となるのは、実は人の潜在意識の中に、何ものかが自分の隠れた行為を見ているという観念があるからです。
つまり、人というものが本能的に神のさばきを意識する存在であるからなのです。
 
「神はすべてのわざ、ならびにすべての隠れた事を善悪ともにさばかれるからである」(伝道の書12章14節 旧約聖書口語訳932p)。
 
 隠れたことをも神に見られているという知識は、実は人が人であることのしるしです。追慕や謝恩の気持ちで亡き親や先祖を想う気持ちは人にだけ備わった美徳ですが、死者の祟りを恐れる心理、怨霊への恐怖心も、実は人が天地万物の創造者である唯一の神によって、人間特有の良心というものを持って創造されたしるしでもあるのです。
 
 
2.日本における先祖崇拝の是非
 
先祖は敬うべきものであって、礼拝の対象にすべきものではありません。なぜならば、亡くなったご先祖は霊力を持った神ではないからです。
残念なことですが、地上を生きる子孫の祈りは、あの世の先祖には届きませんし、死者との交流もできません。
 
なぜならば、亡くなった人は、遠いご先祖さまも含めて、すべて眠っている状態にあるからです。
 
「わたしが先祖たちと共に眠るときには、わたしをエジプトから運び出して先祖たちの墓に葬ってください」(創世記47章30節前半 69p)。
 
これは寄留先のエジプトにおいて、ヤコブ(イスラエル)がヨセフに託した遺言です。
 
聖書は人の死を「眠る」と表現しています。日本でも永眠という言い方をします。これは冷厳な死というものを婉曲に表現する修辞的表現であるとも言えますが、しかし、それだけでなく人の死は消滅ではなく意識を失っている状態、文字通り眠っているような状態にあることを意味します。
 
ですから、「ご先祖があの世から見守ってくれている」という言い方、あるいは思いは、「そうであって欲しい」という願望の表れであり、自然の感情の発露とでもいうべき、亡くなった人たちに語りかけるという行為もまた、願望の表現といえます。
 
この世を生きる者とあの世へと逝った者との間では、会話は無論のこと、往き来そのものもできません。最近、だれそれの「霊言」なるものが発刊されていますが、はっきり言います、インチキです。
地上を生きる者と死者との交流はあり得ません。
 
ある人は、旧約聖書には口寄せという霊媒師によって預言者が呼び出されたという記述があるではないかと言うでしょう。
確かに記述はあります。切羽詰まったサウル王が禁止されている「口寄せ」を通して預言者サムエルを呼び出したという記述です。
 
「サウルは姿を変えてほかの着物をまとい、ふたりの従者を伴なって行き、夜の間に、その女の所にきた。そしてサウルは言った、『わたしのために口寄せの術を行って、わたしが告げる人を呼び起こしてください』。…女は言った、『あなたのためにだれを呼び起こしましょうか』。サウルは言った、『サムエルを呼び起こしてください』。…サムエルはサウルに言った、『なぜ、わたしを呼び起こして、わたしを煩わすのか』」(サムエル記上28章8、11、15節前半 427p)。
 
 でも、この記述を実際の出来ごとの記述と考える必要はありません。精神的に追い込まれたサウルという小心な王様の脳が事実と思い込んだ妄想をそのまま、記録したもの、あるいは伝説が事実であるかのように伝えられて記録となったものと考えて差し支えないと思います。
聖書に書かれていることがすべて歴史的出来ごととは限りません。死者との交流はあり得ません。
 
子孫たる者は先祖があって、しかも先祖の労苦があってこそ、今の自分があるのだという思いを忘れずに、先祖を追慕し、感謝の気持ちを表すこと、それこそが、いわゆる先祖供養となると考えて、墓参をしたり、記念行事を行ってはどうかと思うのです。
 
もちろん、忙しさにかまけて墓参や記念行事を怠ったとしても、ご先祖が怒って禍をもたらすなどということは決してありません。ご先祖というものは子孫の幸福を願うことはあっても、子孫を呪い、祟りをもたらすなどということはしないからです。
 
それは自分自身を先祖と置き換えたらわかります。子孫が先祖の自分を蔑(ないがし)ろにしたからといって、「懲らしめのために不幸な目に遭わせてやろう」などと思うでしょうか。
況してや、眠りについている先祖には、地上の子孫に幸をもたらすことも禍を下すこともできないのです。
先祖の祟りなどを売り物にして勧誘する新興宗教の類に、耳を傾ける必要は全くありません。
 
しかし、一つの望みはあります。それは眠っている者は、決して永遠の眠りについたままなのではなく、いつか目覚める日があるということです。
 
「兄弟たちよ。眠っている人々については、無知でいてもらいたくない。…わたしたちが信じているように、イエスが死んで復活されたからには、同様に神はイエスにあって眠っている人々をも、イエスと一緒に導き出して下さるであろう」(テサロニケ人への第一の手紙4章13節前半、14節 新約聖書口語訳322p)。
 
地上の生を終えて眠りについているご先祖もまた、いつの日か、その眠りから目覚めて、キリストを裁判長とする法廷、すなわち最後の審判の場に出ます。そこでは、ある人にはさばきが下され、ある人には褒賞が与えられます。
 
判断をするのはキリストですので、誤審はあり得ません。FIFA(国際サッカー連盟)が公認したとされる「ワールドカップにおける十大誤審」のうち、四つまでが二〇〇二年の日韓大会で起きたもので、六位から九位までが韓国絡みのゲームで、しかも中には贈収賄疑惑もあるとのことです。
 
しかし、キリストには賄賂は通用しませんし、その判定には万に一つの不正もありません。キリストの下すジャッジは正確無比の審判です。
 
では亡くなった人の極楽往生を願っての子孫による追善供養はどうなのかということですが、これも残念なことに、効果は期待できません。なぜならば、キリストの審判は個々人の行為に対してくだされるからです。
 
「なぜなら、私たちはみな、キリストのさばきの座に現れて、善であれ悪であれ、各自その肉体にあってした行為に応じて報いを受けることになるからです」(コリント人への第二の手紙6章10節 新改訳)。
 
審判の対象は「各自その肉体にあってした行為」に限られます。つまりこの世の人が行う「追善」は、亡くなった人のその後の運命には効果がないのです。
 
でも、その時に、眠りから目覚めた者同士、再会の喜びを満喫することができると聖書は約束します。
 
大事なことは先祖の労苦を覚えつつ、今をよく生きること、しかも先祖というものを媒介してこの世へと生みだしてくれた自らの創造主なる神を意識して生きることです。
 
そこで伝道の書の十二章の冒頭の言葉を、分かり易く翻訳してある新共同訳(コヘレトの言葉)で読むことにしたいと思います。
 
「青春の日々にこそ、お前の創造主に心を留めよ。苦しみの日々は来ないうちに。『年を重ねることに喜びはない』という年齢にならないうちに。太陽が闇に変わらないうちに。月や星の光がうせないうちに。雨の後にまた雲が戻って来ないうちに。…すべて耳を傾けて得た結論。『神を畏れ、その戒めを守れ。』これこそ、人間のすべて」(コヘレトの言葉12章1、2.13節 新共同訳1048p)。
 
コヘレトの言葉が言う、「青春の日々にこそ、お前の創造者を心に留めよ」(1節)、「これこそ、人間のすべて」(13節)というこのコヘレトの言葉は、人生を終えたご先祖さまたちがそれぞれの子孫に対して言いたいことのすべてであると思います。
 
 
3.先祖崇敬の適切な在り方
 
先祖に対して持つ、追慕と謝恩の気持ちを更にもう一歩進めて大事にしたいこと、それは先祖との繋がりを意識し、繋がりを感謝することです。
そしてそれはとりもなおさず、ご先祖を与えてくれた創造者に思いを向けることでもあります。
 
 では、私たちの先祖とは誰でしょうか。人によっては家系図によって自分の先祖を遡ることができる場合もあるでしょう。
 
 私の家の場合、先祖が江戸で代々「熊野屋安兵衛」を屋号とする木材問屋を営んでいたとのことです。十八代続いたそうですが、残念ながら次男であった私の父親の兄の代で倒産、没落をしてしまったようですが。
 
 十八代続いたといっても、その前は分かりません。「熊野屋」という屋号から、先祖は三重県か和歌山県の熊野の出身かも知れませんが、先祖が江戸で木材業を始める以前が、山賊だったのか海賊だったのか、はたまた漁師であったのか百姓であったのかは、まったく不明です。
 
 でもそれはどうでもいいのです。明らかな先祖がいます。「アダム」という人です。その「アダムの系図」が創世記の五章にあります。
 
「アダムは百三十歳になって、自分にかたどり、自分のかたちのような男の子を生み、その名をセツと名づけた。アダムはセツを生んだ後、生きた年は八百年であって、ほかに男子と女子を生んだ。アダムの生きた年は合わせて九百三十歳であった。そして彼は死んだ」(創世記5章3〜5節 6p)。
 
 アダムの「生きた年」が「九百三十歳」(5節)などは、現代では俄かには信じられませんが、取り敢えず、古代の人は驚くほど長命、長寿であったということを強調している記述ということでで理解をしておきたいと思います。
 
 この記述で大切なことは人類はすべて、この「アダム」(3節)の子孫であるということです。
それが長男の「セツ」(3節)の子孫か、「ほかに」(4節)生まれた名も無き「男子」(同)あるいは「女子」(同)の子孫かはわかりませんが、「アダム」を共通の先祖としていることには変わりはありません。
 
ある人は先祖をはるかなる過去にまで遡ることのできる家系に生まれたかも知れません。しかし、ある人は三代前はどこの馬の骨なのかもわからない、場合によっては父親もわからず、生みの母親の顔も知らないということもあるかも知れません。
 
 でも、明らかなことは二つあります。
一つは、たといそうであったとしても、先祖は神によって特別に創造された「アダム」であるということ、そしてもう一つは、その「アダム」の子孫として選んで、この世に生み出してくれたのが、天地万物を創造した天地の神であるという事実です。
 
 これが日本における先祖崇拝に対する、キリスト教の考えです。
 
 十五歳までの私の心を覆っていた暗雲の一つが、虚無感というものでした。つまり、自分はこの世に人の営みにより、偶然の産物として生まれてきた、だから人生には生きる意味もなければ目的もなく、また理由もない、という虚無感でした。
 
しかし、この虚無感は虚無主義、ニヒリズムという確固たる否定的信念に育つ前に、神との出会い、聖書との出会いによって雲散霧消し、代りに、「神が自分を選んでこの世に送り出してくれたのだ、人生には生きる目的がある」という肯定的な考えに変わって行き、更に良い意味での「人は人、自分は自分だ、自分は神の造りを感謝して生きよう」というポジティブな人生観へと変えられていったのでした。
 
 先祖の祟りなどは恐れず、一方、先祖の恩には感謝をしつつ、この世へと呼び出してくれた私たちひとりひとりの「創造主に心を留め」(コヘレトの言葉12章1節)ながら、今を「青春の日々」(同)としてくださるお方と共に、未来に向かって前進する者でありたいと思います。
 
 ある人は、「自分は老いた、青春は過ぎ去った、『青春の日々』は過去のものだ」と嘆くかも知れません。しかし、「青春」は年齢や世代を超越した心の様相であると喝破したのはサミュエル・ウルマンでした。
 
青春とは人生の或る期間を言うのではなく心の様相を言うのだ。優れた想像力、逞しき意志、燃ゆる情熱、怯懦(きょうだ)を却(しりぞ)ける勇猛心、安易を振り棄てる冒険心、こういう様相を青春というのだ。年を重ねただけでは人は老いない。理想を失う時に初めて老いがくる。
 
人は信念と共に若く 疑惑と共に老ゆる。
人は自信と共に若く 失望と共に老ゆる。
希望ある限り若く  失望と共に老い朽ちる。
(サミュエル・ウルマン著 岡田義夫訳「青春の詩」)。
 
 そこでもう一度、「コヘレトの言葉」の十二章を、ご先祖からの呼び掛け、神からの言葉として、声を合わせて読むことに致しましょう。
 
「青春の日々にこそ、お前の創造主に心を留めよ」(コヘレトの言葉12章1節前半)。


投稿者 : famillia 投稿日時: 2014-06-29 16:04:22 (1675 ヒット)
2014年礼拝説教

14年6月29日 日曜礼拝説教

「ローマ人への手紙八章 いかなるものも
キリストの愛から引き離すことはできない」
 
ローマ人への手紙8章29、30、35〜3節 新約聖書口語訳244p
 
 
はじめに
 
「愛」という言葉は、今は若い人も普通に使うと思いますし、歌の歌詞にも、そしてテレビドラマや映画の台詞にも頻繁に使われているのですが、それはどうもキリスト教の影響のようです。
 
実際、五十数年前に私が行った教会では聖書や聖歌はもちろん、説教や祈りの中にも「愛」は神の無償の愛を示す用語として頻繁に使用されていたのですが、実はこの「愛」という概念は、日本の文化的土壌では別の言葉で表現されておりました。
その一例が浄瑠璃の「観音霊場記」を基にした浪曲、「壺坂霊験記(つぼさかれいげんき)」でした。
 
戦後の昭和二十年代の終わりから三十年代はじめにかけては、まだ家庭にはテレビはほとんど普及をしていませんでした。
そのテレビが我が家に導入されたのは、昭和三十年か三十一年頃だったと思います。もちろんブラウン管の、それも白黒テレビであって、記憶では値段も当時の相場は確か一インチ一万円で、家庭用の十四インチテレビが十四万円と、かなり高価でした。なにしろ、当時の大卒の初任給が一万二、三千円くらいでしたから、小さな白黒テレビでも、一般家庭には高値の花でした。
 
私もテレビが家に入ってくるまでは専ら、ラジオを聞いておりました。
そのラジオで人気だったのが「浪曲天狗道場」という、浪曲の物まね専門の番組でした。
当時、浪曲と言えば広沢虎造(ひろさわとらぞう)の「清水次郎長伝」で、特に有名なのが「食いねえ食いねえ、鮨食いねえ」「江戸っ子だってね」「神田の生まれよ」の、森の石松の「三十石船」ですが、その広沢虎造と並んで人気だったのが、浪花亭綾太郎(なにわていあやたろう)が演じる「壺坂霊験記」で、その出だしの「妻は夫を労わりつ、夫は妻に慕いつつゥゥゥ」という浪花節は絶えずラジオから流れてきておりました。
 
妻は夫を労(いた)わりつ 夫は妻に慕いつつ
頃は六月中(なか)の頃 夏とはいえど片田舎
木立の森もいと涼し(浪花亭綾太郎「壺坂霊験記」)
 
でも、小学校の高学年あるいは中学一年当時の私には、この浪花節がラジオから流れてくるたびに、二つの疑問が心に浮かんできたものでした。
 
一つは「夫は妻に慕いつつ」の助詞の使い方で、「夫は妻に」ではなく、「夫は妻を」ではないのかという文法上の疑問で、そしてもう一つが、本来、夫が妻を労わるのであって、妻が夫を労わるというのはおかしくはないか、それは逆じゃあないかという、素朴な疑問でした。
 
しかし、二つ目の疑問は物語自体を知ることによって氷解しました。壺坂霊験記」がどういう話かと申しますと、浪曲では、盲目のために按摩を生業とする沢市とその妻お里の物語であって、感動的な話が展開されます。
 
あるとき、毎日のように夜半から明け方にかけて妻のお里が出かけていくのに気づいた按摩の沢市が、女房お里の浮気を疑って問い詰めるのですが、実はお里は沢市の目が治るようにと、三年の間、毎朝、観音信仰で名高い壺坂寺に願掛けに行っていたのでした。
 
結局、お里への疑いはきれいに晴れるのですが、目が不自由な自分がお里にとっては足でまといになっているのではないかと考えた沢市は、妻を自分から解放するため、満願の日に滝壺に身を投げてしまいます。そしてそれを知ったお里がどうしたかと言いますと、彼女は夫の後を追ってやはり入水自殺を図ってしまいます。
 
ところがそこに奇跡が起こります。沢市とお里の情愛を見た観音様が二人を生き返らせてくれ、しかも沢市の目を見えるようにしてくれた、有り難や有り難や、まことにもって目出度し目出度し、という結末に至る物語です。
 
これを演じた綾太郎自身、麻疹(はしか)で二歳の時に視力を失っていることもあってか、大当たりとなるのですが、「壺坂霊験記」の出だしの「妻は夫を労わりつ、夫は妻に慕いつつ」には、「愛」という言葉は使われていません。
しかし、この物語の底に流れているものは、お互いがお互いを慮るという利他の愛情、そして報いを求めない無償の愛でした。それが当時の日本人の心を打ち、共感を呼び起こしたのだと思います。
 
もちろん、無償の愛を生きた二人に施された観音様の御利益も人気を博した一つの要素ですが、昔の日本人は「愛」という用語を敢えて使わないで、たとえば「労わる」「慕う」というような言葉で互いの情愛や相手への感謝の気持ちを表現したようなのです。
 
そして、「愛」という言葉を口にすることに抵抗のある世代もまた、神の想像を絶するような無償の愛で愛されている事実に変りはありません。
 
そこで「ローマ人への手紙八章」の最後の今週は、類い希な無償の愛である「キリストの愛」について教えられたいと思います。
 
 
1.キリストの愛は、愛されるに値しない者への至れり尽くせりの特段の選びとして現わされた
 
 最初に、キリストの愛は愛されるに値しない者への、それこそ至れり尽くせりの特別の愛、特段の愛として示されていたということについて確認したいと思います。
 
 八章の三十五節前半のそのまた前半に注目したいと思います。
 
「だれが、キリストの愛から離れさせるのか」(ローマ人への手紙8章35節前半 新約聖書口語訳244p)。
 
 著者のパウロはここで「キリストの愛から」(35節)と、キリストが払った愛について言及するのですが、「キリストの愛」は特別なかたちで示されたとパウロは言います。
それが八章の二十九節と三十節です。
 
「神はあらかじめ知っておられる者たちを、更に御子のかたちに似たものとしようとして、あらかじめ定めてくださった。それは、御子を多くの兄弟の中で長子とならせるためであった。そして、あらかじめ定めた者たちを更に召し、召した者たちを更に義とし、義とした者たちには、更に栄光を与えてくださたのである」(8章29、30節)。
 
 「あらかじめ知」(29節)るとは予知ということで、「あらかじめ定め」(同)るとは、予定ということです。
 
つまり、私たちがキリストを信じる信仰に導かれたのは、偶然ではなく、神のその場での思いつきなどでもなく、神自身の予知と予定に基ずくものであった、そして神は予(あらかじ)め選んでいた者を時が来た時に救いへと「召し」(30節)つまり招き、その招いた者をキリストの十字架の身代わりによって「義」(同)なる者と認定し、更に「栄光を与えて下さった」(同)、すなわち、「御子のかたちに似たものとしようとし」(29節)てくださっている、というのです。
 
「栄光を与えて下さった」(30節)は、神学的には「栄化」と言いまして、身分として与えられている「神の子」(14節)である信者が、世の終わりに至ってキリストと同じよみがえりの体を与えられる救いの完成、すなわち、からだのあがないを意味すると解釈することもできます。
 
「それだけでなく、御霊の最初の実を持っているわたしたち自身も、心の内でうめきながら、子たる身分を授けられること、すなわち、からだのあがなわれることを待ち望んでいる」(8章23節)。
 
 しかし、ここでパウロは神学の教科書を書こうなどとは思っていなかったと思うのです。この時のパウロの脳裏に去来した思いは二つであって、一つは、かつて、律法学者、パリサイ人のサウロとしてキリスト教会への弾圧、クリスチャンの捜索、捕縛に明け暮れていたころの、言うなれば罰あたりの自分自身の姿であったと思います。
 
「ところがサウロは家々に押し入って、男や女を引きずり出し、次々に獄に渡して、教会を荒らし回った」(使徒行伝8章3節 193p)。
 
「さてサウロは、なおも主の弟子たちに対する脅迫、殺害の息をはずませながら、大祭司のところに行って、ダマスコの諸会堂あての書を求めた。それは、この道の者を見つけ次第、男女の別なく縛り上げて、エルサレムにひっぱって来るためであった」(使徒行伝)9章1,2節)。
 
「実際わたしは、神の教会を迫害したのであるから、使徒たちの中でいちばん小さいものであって、使徒と呼ばれる値うちのない者である。しかし、神の恵みによって、わたしは今日あるを得ているのである(コリント人への第一の手紙15章9、10節前半 274p)。
 
 「しかし、神の」(10節)特段の憐れみ、そして「恵みによって」(同)パウロは「今日あるを得ている」(同)、それがパウロの実感でした。
その「今日あるを得ている」とは具体的にはパウロが使徒という立場に召されているということだけでなく、むしろ、もったいないことに、この自分を神が「御子のかたちに似たものとしようとし」(ローマ8章29節)ているという恵みの立場だったのではないでしょうか。
 
パウロにとって「キリストの愛」は抽象的、観念的なものではなく日々、彼の心に迫っている体験的感覚であったと思われます。それが彼の活動の主要な動機だったのです。
 
「なぜなら、キリストの愛がわたしたちに強く迫っているからである」(コリント人への第二の手紙5章14節前半 283p)。
 
 キリストの愛は何よりも、愛されるに値しない者への至れり尽くせりの愛として、特段の選びとして現わされたことを常に意識し続けたいと思います。
 
 
2.そのキリストの愛から離れさせるものは何もない、それが艱難であろうと霊的諸力であろうと
 
パウロは、そのキリストの愛から私たちを離れさせるもの、引き離すものは何もない、と断言します。
 
「だれが、キリストの愛からわたしたちを離れさせるのか」(8章35節前半 244p)。
 
 パウロは言います、たといそれが絶え間なく続く狂瀾怒濤の艱難であろうとも、と。
 
「患難か、苦悩か、迫害か、飢えか、裸か、危難か、剣か」(8章35節後半)。
 
 ここに挙げられている八つの艱難はすべて外側から襲来して来るもので、パウロ自身がかつて経験し、今も経験をしている苦難でもありました。
なお、二つ目の「苦脳」(35節)は言葉自体は内心の苦しみを表すものですが、この場合は外から来る苦難、あるいはその苦難が生み出す苦しみそのものを意味すると思われます。
それは誰よりもパウロ自身が嘗めてきた苦しみでした。
 
「彼らはキリストの僕なのか。わたしは気が狂ったようになって言う、わたしは彼ら以上にそうである。苦労したことはもっと多く、むち打たれたことは、はるかにおびただしく、死に面したこともしばしばあった。ユダヤ人から四十に一つ足りないむちを受けたことが五度、ローマ人にむちで打たれたことが三度、そして一昼夜、海の上を漂ったこともある。幾たびも旅をし、川の難、盗賊の難、同国民の難、異邦人の難、都会の難、荒野の難、海上の難、にせ兄弟の難、労し苦しみ、たびたび眠られぬ夜を過ごし、飢えかわき、しばしば食物がなく、寒さに凍え、裸でいたこともあった」(コリント人への第二の手紙11章23〜27節 290p)。
 
でも、それらの苦難はわたしをキリストの愛から離れさせるものではなかった、あなたがたもそうだ、なぜならば、キリスト自身があなた方を掴んで離さないからだとパウロは励ますのでした。
 
もう一つ、信者を「キリストの愛」から引き離す危険性を秘めた力としてパウロが挙げたものが、霊的諸力でした。
 
「わたしは確信する。死も生も、天使も支配者も、現在のものも将来のものも、力あるものも、高いものも深いものも、その他どんな被造物も、わたしたちの主キリスト・イエスにおける神の愛から、わたしたちを引き離すことはできないのである」(8章38、39節)。
 
ここに挙げられているものは、霊的諸力とでも呼ぶべき霊的、神秘的な諸力あるいは魔力を意味します。実はパウロの時代、神が完全支配をしている天と、人が命を紡ぐ地上の他に、ある種の天界とでもいうべき世界があって、そこには種々の天使がいて、そこから人は常に種々の影響を受けていると信じられていたようです。
 
古代においては天と言いましても、天には下層から上層まで七層もあって、最上層こそ「諸天の天」と言われて、そこに神が住み、その他の天を各種の天使が治めているとある者は信じ、またある者は天は三層であって、「第三の天」が神の住む最高天と考えていたようです。
 
「わたしはキリストにあるひとりの人を知っている。この人は十四年前(ぜん)に第三の天にまで引き上げられた」(コリント人への第二の手紙12章2節前半)。
 
ユダヤ人をはじめ、地中海世界に住む古代の人々は、人はすべて数多の天使や、魔力を持った星などの支配、影響を受けていると考え、怯えて暮らしていたのです。
 
科学文明の進んだ現代でも、テレビのワイドショーの終わりに、今日の運勢などといって、星座がどうとかやっています。星座と人間の運命とは何の関係もないにも関わらず、です。
 
また、心霊現象なるものを信じる人が多いのですから、古代の人々を笑うことはできません。はっきり言います、霊の祟りなどはありません。
心霊スポットやパワースポットなどは思い込みの結果ですし、いわゆる金縛りなどの現象も、霊の働きとは何の関係もありません。私も何度か経験していますが、体の方が疲労困憊していて、気持ちが高揚しているというコンディションのときに限って経験をしたものでした。つまり、体と気持ちがアンバランスな状態になると金縛りになることがありました。繰り返します。霊とは何の関係もありません。
 
心霊写真なるものも撮影に伴う機械の作用によるものか、あるいはフィルムについた傷か何かでしょう。
ある時、近所の子供が公園のフェンスから落ちて頭を打って入院しました。主治医として治療に当たったのは、大学病院から出向している医師でした。その医師の手当ての結果、完治ということになり、退院の許可がおりました。ところが退院手続きという段になって院長さんがレントゲンを撮り直したところ、「傷が写っている、退院なんてとんでもない」ということで入院継続となりました。
一週間後、主治医が病室に来てびっくりしました。とっくに退院している筈の患者がまだいたからです。
主治医「退院していなかったのですか」「いえ、これこれこういうことで、院長先生が…」と家族。
そこで主治医が件(くだん)のフィルムを見て、呆れて言ったのが、「これはフィルムの傷ですよ」。
即座に退院となりました。
 
心霊写真なんて、みんなそんなもんです。しかし、人間世界に影響を与えると信じられていた天使や星の存在は、ユダヤ教徒のみならず、地中海世界に住む当時の人々の共通観念であったようです。
ですからパウロは断言をしたのでしょう。たといそのような天使がいるとしても、また星が作用するとしても「被造物」(39節)に過ぎないそれらが、「わたしたちの主キリスト・イエスにおける神の愛から、わたしたちを引き離すことはできないのである」(同)、と。
 
私たちをキリストの愛から離れさせるものは何一つないのです。それが空前絶後の患難であろうと、運命を掌っているかに見える霊的諸力であろうとも、恐れることはない、それがパウロの主張でした。
 
 
3.なぜならば、愛に溢れたキリストの守りにより圧倒的な勝ちを約束されているのだから
 
ではなぜ、恐れる必要がないのでしょうか。それはキリストイエスに信仰によって繋がっている者は、愛に溢れたキリストの堅固な守りによって圧倒的な勝利を約束されているからである、とパウロは言います。
 
「しかし、わたしたちを愛して下さったかたによって、わたしたちは、これらすべての事において勝ち得て余りがある」(8章37節)。
 
 口語訳が「勝ち得て余りがある」(37節)と訳した言葉について松木治三郎は、「『ヒュペルニコーメン』は新約聖書ではここだけに見られる特殊な表現である。それはあらゆる試みのただ中で、びくともしない、選ばれた信者の輝かしい勝利を言い表している」と解説しています(松木治三郎著「ローマ人への手紙 翻訳と解釈」337p 日本基督教団出版局)。
 
「ヒュペルニコーメン」は確かに「以上」と「勝利する」という二つの語句を合わせたものですので、「輝かしい勝利を収めています」(新共同訳)、「圧倒的な勝利者となるのです」(新改訳)という邦語の訳はどれもそれなりに適切だと思います。
 
しかし、勝利以上、余裕で勝利という原語の「勝ち得て余りがある」つまり、支払いをしても手許にはなお十分に残っているという意味から考えますと、「勝ち得て余りがある」という口語訳はとても魅力的です。
 
でもそれは私たち自身の能力ではありません。「わたしたちを愛してくださったかた」(37節)、すなわち常に共にいましたもう主なるキリストによって、なのです。
 
確かに困難と闘っているとき、見方によっては屠リ場に引かれていく羊のように見えることもあるかも知れません。
 
「わたしたちはあなたのために終日、死に定められており、ほふられる羊のように見られている」(8章36節)。
 
 パウロが引用した句は詩篇四十四篇二十二節のギリシャ語訳(セプチュアギンタ)から引用したものだそうです(松木治三郎)。
 
しかし、見かけはそうであったとしても、あるいは毎月毎月、支払いに追われてカッツカツの暮らしを送っていたとしても、信仰生活においては余裕の日々、勝ち得て余りある勝利の日々を、キリスト・イエスにあって約束されている、それが「キリストの愛」(35節)を生きる者たちです。
 
もう一度、三十七節を心を込めて読んでみましょう。勇気と意欲が内かわ湧いてくる筈です。 

「しかし、わたしたちを愛して下さったかたによって、わたしたちは、これらすべての事において、勝ち得て余りがある」(8章37節)。


投稿者 : famillia 投稿日時: 2014-06-22 16:22:12 (1961 ヒット)
2014年礼拝説教

14年6月22日 日曜礼拝説教

「ローマ人への手紙八章 恐れることはない、なぜなら神が我らの味方であるのだから」
 
ローマ人への手紙8章31〜34節 新約聖書口語訳244p
 
 
はじめに
 
善意からしたことがたとい婉曲な表現であっても、それが拒まれたりしますと、気持ちが怯(ひる)んでしまうものです。況してや、良かれと思ってしたことが、いかにも尤もらしい理由によって批判されたりしますと、人はどうしても気持ちが萎縮をしてしまい、せっかくの行為を続けることに躊躇ってしまいがちになるものです。
 
日本のメディアは今、サッカーの二〇一四年ワールドカップブラジル大会の特集一色です。日本は初戦のコートジボワール戦に惜敗してしまいましたが、試合後の観客席でゴミを拾う日本人サポーターたちの姿が報道され、それが世界中で称賛されました。
 
特にブラジルの地元紙は、「日本はコートジボワールに負けたが、サポーターは勝利してスタジアムを後にした」と報じ、あの中国や韓国からも「日本人は礼儀正しい」「日本を尊敬する」など、その行為を称える声があがりました。
 
ところが何と、英国在住の元国連職員で、英国人と結婚している日本人女性が通信業界のニュースサイトで、海外における自分自身の経験を基に、
「彼らが場内のゴミを拾ってしまったら、ゴミ清掃に従事する人たちの仕事がなくなってしまう、それはマナー違反行為である」という趣旨の批判を展開したのです(Wireless Wire News ロンドン電波事情 谷本真由美 2014/6/16)
 
その伝でいけば、東京駅に着いた新幹線の場合、「新幹線のお掃除の天使たち」として知られる女性清掃人たちが、列車の到着から発車までの間の僅かの七分間で、車内の清掃をテキパキと行うことで有名ですが、この女性の言い分を当てはめれば、東京駅で降車する乗客が、まわりのゴミなどをゴミ箱に捨てたりすると彼女たちの「仕事を奪う」ことになるわけで、ゴミなどは放置したまま降りることがマナーであるという、奇妙奇天烈なことになってしまいます。
 
それに加えて、日本人サポーターがゴミ拾いをした範囲は、自分たちが応援をしていた、数万人が入る観客席の僅かなスペースであって、スタジアム全体のゴミ拾いを彼らが行ったというわけでもありません。
それを「仕事を奪う」と批判するのは、よっぽど歪んだ性格の持ち主か、はたまた背後に何らかの意図を秘めたイチャモンの類いであるかのように思えてしまいます。
 
この人は自分の見方が世界標準であり、海外の常識であるかのような書き方をしているのですが、今のところ、世界からの反響には称賛はあっても、この人がするような批判は全く見当たりません。
しかもその後、韓国やドイツのサポーターが試合後、同じように観客席のゴミ拾いを実践したことについては、口を噤んだままです。
 
一見、ゴミの清掃を業務としている人々の味方をしているように見えるコメントには最初、単なる目立ちたがり屋の天邪鬼の発言かと思ったのですが、どうもそれだけではないようです。
 
と言いますのは、この女性が最近になって発刊した著作物のタイトルを見たからです。たとえば、以下のようなものです。
 
「日本が世界一『貧しい国』である件について」(祥伝社2013年)
日本に殺されずに幸せに生きる方法」(あさひ出版 2013年)
 
どう見ても、日本という国に対して、悪感情や敵意、否定的な思いを持っているとしか思えない書名です。
つまり、この女性の心理の根底にある、日本という国、日本人という民族が称賛を受けることが気に入らないというねじくれた気持ちが、今回の非論理的な批判となって表れたのではないかと思えるようになりました。
 
日本代表の試合は今週の水曜日早朝(日本時間)のコロンビア戦が最後になるかも知れませんが、心の底に敵意を秘めて、一応表向きは尤もらしい理屈を振り回すこのような人の批判など一切気にすることなく、日本人サポーターたちが日本でいつもしていることを現地でも続け、最後まで日本人らしさを発揮して、人間として「勝利」をしてもらいたいものだと思います。
 
さて、ローマ人への手紙八章の三回目のメッセージは「悪意や敵意を恐れなくてもよいのだ」ということです。
 
 
1.告訴を恐れる必要はない、なぜなら聖徒は神によって義と認定されているのだから
 
パウロはローマ人への手紙八章三十一節で唐突に、「神もし我らの味方ならば、誰か我らに敵せんや」(文語)と言い放ちます。
 
「それでは、これらの事について、なんと言おうか。もし、神がわたしたちの味方であるなら、誰がわたしたちに敵し得ようか」(ローマ人への手紙8章31節 新約聖書口語訳244p)。
 
 「これらの事」とは何の事なのかと言いますと、神の子供とされた聖徒たちに与えられている数々の特権を指すのだろうと思われます。
 
 そしてパウロは感極まって、「神が我らの味方である」(31節)という事実を高らかに宣言するのですが、その背後にあるものは、「恐れるな」「恐れる必要などは何もない」という励ましです。
 
しかも、あらゆる敵意、巧妙な悪意に対して「たじろぐな、慌てふためくな、確信に立て」と読者を鼓舞します。
 
そこで、三十一節の「神もし我らの味方ならば」は後回しにして、最初に三十三節を取り上げることにします。
 
パウロが言いたい事、それは「告訴など、恐れる必要は全くない、なぜならば聖徒は義なる神によって正しい者、義なる者と認定されているのだから」ということでした。
 
「だれが、神の選ばれた者たちを訴えるのか。神は彼らを義とされるのである」(8章33節)。
 
「神の選ばれた者を訴える」(33節)その「だれ」(同)かとは、パウロに敵対してきたユダヤ教の活動家であり、教会内に巣食うユダヤ主義的、律法主義的異端者を指したのかも知れません。
 
前者はパウロを裏切り者として彼の暗殺を企てたことがありましたし(使徒行伝9章23節 22章20,21節)、律法違反者としてステパノのようにユダヤ最高法院サンヒドリンに訴え出たりもしました。
 
そして、それはまた、ローマにいる信者、とりわけユダヤ教出身者にとっては他人事ではありませんでした。ローマにもユダヤ人会堂(シナゴーグ)があって、ユダヤ教出身者への監視の目を光らせていたからでした。
 
また、ユダヤ教的律法主義から脱し切れないユダヤ人キリスト者の中には、モーセの律法の遵守が救済の条件であると唱える者たちがおり、律法によらず、信仰によってのみ義とされると主張するパウロを目の敵にして、常に教会内に論争を巻き起こしておりました。
そういう人々はパウロの教えに立つ信者を対象に、旧約聖書を根拠にして執拗な攻撃を仕掛けていたようです。
 
「訴え」(33節)はまた、聖徒たちが住む異教社会からも齎されていたかも知れません。ローマ帝国で宗教寛容令が発布されたのは西暦三一三年、そしてキリスト教が帝国内における唯一の国教となったのは三九一年ですが、それまでの長い期間、キリスト教に対する異教徒からの迫害、とりわけ、ローマ帝国からの弾圧は、地中海世界の至る所で頻発していました。
 
また、「訴える」(同)ものが外側に居るとは限りません。人によっては、自らの過去の言動や行動が記憶にのぼり、その結果、罪責感に苦しんで自分で自分を責め、自分自身を「訴える」(同)という場合があったかも知れません。そしてそれは、良心が敏感な人、真面目な人にほど、その傾向が強かったと考えられます。
 
そこでパウロは言います、あなたがたは「神の選ばれた者たち」(33節)ではないか。神はその「神に選ばれた者たち」(同)を「義とされるのである」、神が「義とされ」(同)た者を「だれが」(同)「訴える」(同)というのか、そのような権利、資格を持つ者は神以外にはいない、それはあなたがた自身であっても同様である。あなたがたにも、あなたがた自身を「訴える」(同)資格はないのだ、と。
 
「神の選ばれた者たち」(33節)であるあなたがたを、神はかつてキリストの十字架の死によって「義とされ」(同)たのであり、将来の最後の審判においても「義とされる」(同)、すなわち、完全無罪を宣告されるのだ、とパウロは言い切ります。
 
敵意から来る告訴などをあなたは恐れる必要はない、なぜなら神によって聖徒とされた者は神によって過去、現在、将来にわたって「義とされ」(同)ているのだからと、ここでパウロは励ますのでした。
 
批判を受けた場合、自らを省みることは大切なことです。しかし、検証した結果、受けた批判が的外れのものであるならば、気に止めることなく、自らの信じる道を行けばいいのです。
 
 
2.有罪宣告を恐れる必要はない、なぜなら聖徒のために救い主が神の右で執り成しているのだから
 
 パウロは更に続けて、誰が有罪を宣告するのであろうか、と問い掛けます。
 
「だれが、わたしたちを罪に定めるのか」(8章34節前半)。
 
 「だれが…罪に定めるのか」(34節)とありますが、「罪に定める」という言葉は法律用語で有罪を宣告するという意味になります。
 
一般的には、「訴える」(33節)人は相手を非ありとし、自らを正義とする立場に立つ訴訟人やその代理人、それを受けての検察組織です。
これに対し有罪か否かを判断する者が裁判官あるいは裁判人です。つまり、誰があなたに有罪宣告を下すのか、とパウロは問うのです。
もちろん、その真意は、「そんな人はいない」です。そしてその理由が三十四節の後半です。
 
「キリスト・イエスは、死んで、否、よみがえって、神の右に坐し、またわたしたちのためにとりなして下さるのである」(8章34節後半)。
 
 第一に、神の救い主である「キリスト・イエス」が私たち聖徒のために、かつて確かに「死んで、否、よみがえって」くださったという事実があるからであす。そのことをパウロは思い起こさせます。
 
私たちのためになされたキリストの代理としての「死」(34節)、それに続く、その死を有効なものとする死者の世界からのキリストの「よみがえ」(同)りは、繰り返される必要のない、一度限りなされた贖いのわざであって、永遠の効力を持つものでした。
 
この死とよみがえりという二つの出来ごとによって、「イエス」を「キリスト」として告白する者は「罪に定め」(34節)られることは決してなく、無罪を宣告されているのです。
そのことを強調したのが、八章の冒頭の宣言でした。
 
「こういうわけで、今やキリスト・イエスにある者は罪に定めららることはない」(8章1節)。
 
 先々週の礼拝説教において、聖書の中で最も重要な文書はどれかと問われれたならば、それはローマ人への手紙であると躊躇することなく答える、ではその中で最も重要な章はどれかと問われれば八章を挙げる、と申しましたが、では八章の中で最も重要な句はどれかと聞かれたならば、間(かん)髪(はつ)を入れず、それは一節、と答えます。
 
ローマ人への手紙八章一節にはキリストによる有り難い福音が凝縮しています。それは原文を順序通りにそのまま読めば、よくわかります。
 
「無い」「こういうわけで」「有罪宣告が」「キリスト・イエスにある者には」(8章1節 直訳)。
 
 ギリシャ語の構文では著者が一番強調したいことを文頭に持ってくるそうですが、一節の最初の言葉が「無い」です。
パウロは冒頭、「無い」と宣言します。何が「無い」のかと言いますと、「有罪宣告が」です。「キリスト・イエスにある者」つまり、イエスをキリスト、救い主と信じ告白をした者には、有罪宣告が下されることは決して「無い」のです。これが、パウロが強調したかった最大の教えでした。
 
 そしてこの「有罪宣告が無い」という状態には期限がありません。
それが最後の審判においても有効であるということは既に確認した通りですが、地上を生きる聖徒たちにとって、その恵みはどのように適用されるのかと言いますと、罪を赦された聖徒のためにはキリスト・イエスによる不断の執り成しが為されているのだと、パウロは言うのです。
 
「キリストは死んで、否、よみがえって、神の右に坐し、また、わたしたちのためにとりなして下さるのである」(8章34節後半)。
 
 キリストは一度「死んで、否、よみがえって」今は「神の右に坐し」ていますが、そこで何をなさっているのかと言いますと、地上を歩む聖徒たち、地上で信仰を持って苦闘している聖徒たち一人一人のために日夜、神に向かって「とりなし」をしておられるというのです。
 
 キリストの仕事には「神の右に」挙げられても、休暇はありません。その目は地上の私たちに絶えず注がれており、その耳は聖徒たちの叫びを聞くために常に傾けられているのです。
 
 古代の人々の世界観は三層世界観と言いまして、神が住む天が大空の彼方にあり、その天の下に人が住む地があり、そして地の下、つまり下界が死者が住む世界、黄泉であるとされていました。
しかし、天は青空の彼方にあるのではなく、私たちの傍らにあるのです。
 
「主はすぐ近くにおられます」(フィリピの信徒への手紙4章5節後半 新共同訳)。
 
 これは、口語訳は「主は近い」と訳し、その結果、世の終わり、キリストの二度目の来臨が近いというように、時間的に理解する場合もありました。
 しかし、それはどうも読み込み過ぎのようで、天に挙げられた主は、実は私たちのすぐ近くにおられるという意味のようです。
まことに有り難いことです。
 
 
3.敵対する者を恐れることは全くない、なぜなら神こそが聖徒の味方であるのだから
 
 そこで、八章三十一節の宣言に戻ります。
 
「もし、神がわたしたちの味方であるなら、だれがわたしたちに敵し得ようか」(8章31節)。
 
これを読むと、詩篇の一節を思い起こします。
 
「主がわたしに味方されるので、恐れることはない。人はわたしに何をなし得ようか」(詩篇118篇6節 旧約聖書口語訳852p)。
 
神は「わたしたちの味方」(31節)なのです。それは勝手にそう思い込んでいるのではありません。
 
そのしるし、証拠が三十三節、三十四節の、キリスト・イエスがなし遂げてくれた贖いという出来ごとであり、将来において確実になしてくださるという約束であり、そして今現在、行ってくださっている執り成しなのです。
これらの事実こそ、「神がわたしたちの味方である」(同)しるしであり、その結果、どんなものであっても誰であっても「わたしたちに敵し得」(同)ないという証拠なのです。
 
パウロは「神がわたしたちの味方である」ということをローマの集会に確信させるため、神が吝嗇(けち)なお方ではなく、太っ腹で気前の良いお方であることを強調し、それによって、一人一人が持つ不安を取り除こうとします。
 
「ご自身の御子をさえ惜しまないで、わたしたちすべての者のために死に渡されたかたが、どうして、御子のみならず万物をも賜らないことがあろうか」(8章32節)。
 
 人がした約束や決心は、思いはあっても果たせないということがままあります。
 
ブラジル大会に出場した日本代表は、初戦のコートジボワール戦では一対二で敗れ、第二戦のギリシャ戦では、ギリシャが一人を欠く絶対的有利な状況下であるにも関わらず、零対零での引き分けに終わり、約束の一次リーグ突破が困難な状況になりました。
 
しかし、勝負は時の運です。サッカーのことはよくわかりませんが、試合を見ながら、サッカーとは実力があるだけでは勝てない、勝ち抜くためには運が必要だということを痛感させられています。
確率は非常に低いもののひょっとすると奇跡が起こって、日本が一次リーグを突破することが可能となるかも知れません。それもこれも水曜日のコロンビア戦の結果次第であり、しかも同じ時間に行われるコートジボワール、ギリシャ戦の結果如何にかかっています。
 
 けれども、神は違います。私たちの神は有言実行のお方です。過去には約束の通りに「ご自身の御子をさえ惜しまないで、わたしたちすべての者のために死に渡された」(32節)お方でした。
 
そのお方が地上で今を苦闘する聖徒たちの必要に応えて、「どうして、御子のみならず万物をも賜らないことあろうか」(同)とパウロは問うのです。
 
この世の中、善意や好意ばかりではありません。尤もらしい言葉の陰に悪意があり、敵意が潜んでいるという場合もあります。
しかし、「もし、神が味方であるなら、だれがわたしたちに敵し得ようか」(31節)です。
 
「神が味方」(同)なのです。ですから、恐れることなく、怯(ひる)むことなく、備えられた道を勇気をもって進んで行きたいと思います。
 


投稿者 : famillia 投稿日時: 2014-06-15 16:39:20 (2257 ヒット)
2014年礼拝説教

14年6月15日 (父の日)日曜礼拝説教

「ローマ人への手紙八章 身に起こることは
 すべて、益となる」
 
ローマ人への手紙8章28節 新約聖書口語訳243p
 
 
はじめに
 
今日、六月の第三日曜日は「父の日」です。
ただ、「母の日」が米国の正規の祝日になって今年で百年なのに対し、父の日が米国の記念日に制定されたのは、「母の日」に遅れること五十四年後の、一九七二年のことでした。
 
「父の日」制定のそもそもの謂れは、「母の日」同様、南北戦争が絡んでいます。ウイリアム・ジャクソン・スマートという名前のお父さんが、妻に六人の子供を託して南北戦争に従軍します。
その後、このお父さんは兵役を終えて復員をするのですが、夫が戦場に行っている間、家庭を守って懸命に六人の子供を育ててきた妻は、彼の復員後間もなく、過労で亡くなってしまいます。
 
妻亡きあと、このお父さんは頑張って男手一つで六人の子どもたちを育て上げるのですが、子供たち全員がみな成人をしたことを見届けたあと、この世を去ってしまいます。
 
そんな父親の労苦を見て育った子供たちの一人であったミセス・ソノラ・スマート・ドットは、アンナ・ジャービスが亡き母アン・ジャービスを偲んで、記念会の参会者たちにカーネーションを配ってから三年後の一九一〇年、知人たちを招いて亡き父親に感謝を表すパーティを開きました。そして会が終わった後、父親の墓前に一輪の白い薔薇を捧げます。
 
そしてこのことがきっかけとなって、「母の日」同様、父親に感謝を示す「父の日」の行事が全米に広まっていったのだそうです。
 
「父の日」は「母の日」ほどにはポピュラーではありませんが、また、母親と違って父親は、ともすれば影が薄く、また照れ臭がり屋でもあることから、子供の方も気持ちを表すのにぎこちなくなってしまいがちですが、「母の日」と同じように、子としての感謝の気持ちをこの「父の日」に表すことは、とても良いことであると思います。
 
でも、人によっては、父親に関してはよい思い出など何もないという場合もあるかも知れません。
 
ある人がニューヨークのハーレムで、子供たちを集めて日曜学校を開きました。そこで、神さまについて話をする際、「天の神さまはね、ちょうど、君たちのお父さんのような方なんだよ」と言ったところ、子供たちの多くが「チェ!そんな父親なんていらねえや」と失望を示したといいます。
そこにいた子どもたちにとって父親とは昼間から酔っぱらって、理由もなく子どもたちを殴るというイメージしかなかったからです。
 
何とも悲しい話ですが、これもまた現実の話です。でも、天にいます神、キリストの神は違います。キリストの神は私たち神の子どもたちを慈しんで、良き物を備えてくださる神さまなのです。
 
ところで先週の聖霊降臨日礼拝説教において、機会があればローマ人への手紙の八章全体を解き明かしたいと申しましたが、「善は急げ」と言います。
この六月の残りの三週の礼拝で、八章の続きの箇所をお分かちすることにより、強靭な神の力と、繊細な迄に優しい神の愛について確認することにいたしました。
 
そこで今週は「身に起こることはすべて、益となる」というタイトルで、八章でも特に有名な二十八節を読むことに致します。
 
 
1.神の計画に従って呼び集められた者にとり、身に起こるすべてのことは相働いて益となる
 
 有名な故事ことわざに「人間万事塞翁が馬(じんかんばんじ、さいおうがうま)」があります。「人間」は「にんげん」ではなく、「じんかん」と読みます。「人間(じんかん)」とは人が住む世界、世間という意味です。
その詳細は紀元前二世紀の中国の古書である「淮南子(えなんじ)」の中の「人間訓(じんかんくん)」にあります。
 
辺境の塞(とりで)の近くに住む人に、占いの術にたくみな人がいた。
その人の馬が、原因もないのに逃げ出して胡(えびす)の地へ行ってしまった。人はみな慰めに見舞った。父親がいうのに、「なに、この災難がきっと幸福になろうよ」と。
そのまま数カ月たって、その逃げた馬が、胡地に産する駿馬(しゅんめ)を引きつれて帰ってきた。だれもみんな祝った。その父親は、「いや、これがきっと災難のたねになろうよ」といった。
家はかくて良馬にめぐまれた。
 
子どもは馬を乗り回すのが好きだったが、ある時落馬して股(もも)の骨を折ってしまった。人はみなこれを見舞った。ところが父親は、「なに、この災難が幸福になろうとも」と言った。
こうして一年がたつうちに、胡(えびす)の軍が大ぜい辺塞(へんさい)に攻め込んできた。若者たちは弦(弓づる)を控(は)って防戦したが、塞(とりで)のほとりの人は、十人ちゅう九人まで戦死した。
ところが、この股を骨折した若者だけは、跛だという理由で〔戦いにも加えられず〕父子ともども生命を全うできたのだ。
 
さても幸福が災禍となり、災難が幸運となるような、その変化のさまや道理の深遠なことは、予測もつかずきわめがたいものである(劉安編 戸川芳郎訳「淮南子(えなんじ) 人間訓(じんかんくん)」中国古典文学大系6 267、8p 平凡社)。
 
塞翁(さいおう)」とは「塞」つまり砦付近に住んでいた「翁」、つまり老人という意味です。
 
ある時、この老人の持ち馬が逃げ出していなくなってしまいました。でも、彼は気を落としません。同情する近所の人には、「そのうち、いいことがありますよ」と言っていたところ、いなくなった馬が駿馬を連れて戻ってきました。そこで近所の人がお祝いを言うと、この翁は、「これが禍にならないとも限らない」と言い、それから間もなく、彼の息子がその馬から落ちて足を骨折してしまいます。見舞客が心配して訪れると、泰然として「これが幸運を招くかもしれない」と嘆く様子を見せません。
 
やがて外敵が襲来したため、地域の青年たちは徴兵されて苛酷な戦場へと向かうことになります。結果、敵は退散しますが、激烈な戦闘の結果、大半の若者が戦死をしてしまうことになりました。
しかし、この股を骨折した若者だけは、足に障害がある、ということで兵役を免れ、死なずに済んだ、すなわち、「人間(じんかん)万事塞翁が馬」のようなものだというわけです。
 
パウロはローマの集会に対して、神の御霊が聖徒に代って心の呻きを神に執り成してくださることを強調したあと、神の大いなる御手の中にある聖徒にとって、身に起きることのすべては、相働いて益となると励まします。
 
「神は、神を愛する者たち、すなわち、ご計画に従って召された者たちと共に働いて、万事を益となるようにしてくださることを、わたしたちは知っている」(ローマ人への手紙8章28節 新約聖書口語訳243p)。
 
 有名な言葉です。この聖句で多くの人が助けられたという経験をしていますが、「聖徒」はここでは「神を愛する者、すなわち、ご計画に従って召された者たち」として、より具体的に説明されているのですが、この箇所の問題は主語が誰なのか、あるいは何なのかということです。
 
口語訳と新改訳そして文語訳などは、神は、…(聖徒たちと)共に働いて万事を益としてくださる」と、神さまを主語として訳します。
しかし、新共同訳などはどちらかと言いますと、起こった事柄である「万事」そのものが「益となるように共に働く」という理解で訳されています。
 
「神を愛する者たち、つまり、御計画に従って召された者たちには、万事が益となるように共に働くということを、わたしたちは知っています」(8章28節 新共同訳)。
 
 聖書解釈上、どちらが正しい解釈なのかということですが、どちらも正しい、つまり、ギリシャ語の達人であったパウロは、両方の意味をこの箇所に込めて書いたのだと解すればよいと思います。
 
 そこで最初に、私たちの「身に起きたことはすべてが相働いて益となる」ことについて考えたいと思います。
 
ただし、「人間万事塞翁が馬」の場合、背後には「成るようにしかならない」という、よく言えば達観したような物の見方、考え方があるように見えます。
また、「禍福は糾(あざな)える縄の如し」(史記 南越列伝)のように、不幸の後には幸運が、幸運の次には不幸が来る、というように、一種の運命論があるようにも見えます。なお、「糾(あざな)う」とは、数本の糸や紐などを撚(よ)り合わせることです。
 
しかし、キリスト教信仰は運命論ではありません。しかしまた、キリス教の信仰を持ったらすべてがうまく回転する、というわけではありません。
 
世俗的な成功やご利益を強調して人を集め、献金をあたかも投資のように思わせるキリスト教、特にカルト教会には用心をしなければなりませんが、人によっては真面目に暮らしているにも関わらず、ヨブのように次から次へとつらい目に遭うという場合も長い人生、あるかも知れません。
 
でも、どんな場合も、「身に起こることはすべて、益となる」と肯定的に捉えることを、パウロは教えたかったと思います。
今回の説教のタイトルにした自らの「身に起こることはすべて、益となる」は、リビングバイブルがヒントです。
 
「そして私たちは、神様を愛し、神様のご計画どおりに歩んでいるなら、自分の身に起こることはすべて、益となるのです」(8章28節 リビングバイブル)。
 
 前半の訳は少々読み込み過ぎですが、後半の「自分の身に起こることは、すべて益となる」はパウロの意図を汲んだ名訳であると思います。
 人生、思わぬ出来ごとに遭遇する場合があります。できれば避けたいような出来事が身に降りかかってくる場合もあります。
 しかし、「神のご計画に従って召された者たち」の「身に起こることは、すべて益となるのです」(リビングバイブル後半)。それはすべてが神のゆるしの中にあるからです。
 
 
2.神を愛する者にとり、身に起こることのすべては神の働きによって益となる
 
 「神が」と神を主語にした理解についても見てみたいと思います。
 
「神は神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています」(8章28節 新改訳)。
 
 学者によりますと、「神がすべてのことを」の「神が」という言葉は、ギリシャ語原文にはなくて、後から補足として入れたようだということです。
 
でも、それは著者の意図を汲み取っての判断かも知れません。
 以前にも触れましたが、ギリシャの神さまも創造神です。しかし、この神さまは世界創造の後、完全リタイアをして、人類の営みには一切関与していないという神さまなのですが、キリスト教の神さまはお節介と思われる程に、創造後の人類の歩みに関与し、しかも人間ひとりひとりの人生にも、更にはその、一人では弱い立場である個々の住民の生活の基盤として存在する、国家や民族の命運にも大きな関心を持ってくださっている神なのです。
 
それは先々週の「日本の神々とキリスト教の神」の説教でも触れたとおりです。
 
「また、ひとりの人から、あらゆる民族を造り出して、地の全面に住まわせ、それぞれに時代を区分し、国土の境界を定めてくださったのである」(使徒行伝17章26節 211p)。
 
 来年は日韓基本条約締結の五十周年の年ですが、四年前は韓国併合百周年の年でした。そして、前政権は百年前の併合を植民地支配という理解のもと、土下座せんばかりの謝罪を日本国と日本人を代表して繰り返したのですが、しかし、韓国併合は第一に、大韓帝国という国家からの申し入れによってなされたものです。日本が侵略をしたのではありません。併合は「日韓併合条約」という条約の締結によってなされたものでした。
 
第二には、日本による韓国の併合は当時、国際法上、合法であると共に、国際社会の承認を得たものでした。
 
そして第三に、それは欧米がアフリカ、中東、アジアに行ったような、搾取を目的としたいわゆる植民地支配とは様相を全く異にした性格のものあったことに注目しなければなりません。
日本は半島を人が人として暮らすことが出来るような地域に変われるよう、厖大な国費と優れた人材を送り込んで、悲惨な状況下にある半島を立ち直らせたのです。
 
第四に、当時の半島の占領、支配を狙っていたのが帝政ロシアであったという地政学的な事実があることです。
帝政ロシアに占領されたならば、それこそ苛酷な植民地支配になった筈です。しかも、そのロシアでは間もなく革命が起きて全土が共産化します。日韓併合七年後の一九一七年のことでした。
つまり、半島が日本に併合されずにロシアに支配されていたならば、半島そのものが間違いなく北朝鮮のような「強制収容所」になっていた筈でした。
そして、それは当時も今も、歴史を学んだ知識人ならば誰もが知っていたことでした。
 
九年前、日本の保守的月刊誌である「正論」に、韓国有数の知識人であった韓昇助(ハン・スンジョ)という政治学者が論文を寄稿したのですが、それが韓国内で大問題となりました。
 
論文のタイトルは「共産主義・左派思想に根差す親日派断罪の愚 韓日合併を再評価せよ」であって、その趣旨は「韓日併合は韓国人にとって不幸だというが、不幸であったか否かは、当時の情勢を見ると、韓国がロシアに占拠・併呑されなかったのは、むしろ幸いだった。1930年代、農民虐殺に走ったロシアに合併されていたら、スターリンの民族分散政策で韓民族はばらばらに散らばったはずだ…」(「正論」2005年4月号)という分析をはじめとして、日韓併合を肯定的に記述したものでしたが、結局、この人は韓国内で袋叩き状態になって公職から追われ、隠棲せざるを得ない立場に追い込まれてしまいました。
 
ところがつい最近のことです。旅客船事故の責任をとるかたちで現職の首相が退任することとなりましたが、後任人事で首相候補に指名された文昌克(ムン・チャングク)元中央日報主筆が、自分が所属している教会で三年前に語ったという講演内容が物議を醸すこととなりました。
朝鮮日報と中央日報が六月十二日に記事にしました。
 
文氏は2011年、長老を務めている教会で「神様がなぜ、(韓国が)日本に侵略され、植民地になったことを許したのか。心の中で抗議をしたいだろう。しかしそこに神様の意向があったのだ。私たちに『お前たちは朝鮮王朝500年の無為な歳月を送った民族だ。お前たちには試練が必要だ』というメッセージを伝えたのだ」と述べた。
 
また別の講演では「神様が南北分断に導いた。それも今となっては、神様の意向だったと私は思う。あの当時のわれわれの体質から考えて、韓国を完全な独立国家にしていたら、共産化は避けられなかった」と主張した(2014/06/12朝鮮日報)。
 
 
韓昇助元教授の文章に比べますと、稚拙で独り善がりの内容ですが、それでも「神様の意向」という言葉を使って、我が「身に起こったこと」の背後に「神の意向」があったということを強調しているのが注目されます。
そこには、何が何でも日本が悪くて、韓国は被害者だという思い込みから脱して、それなりに歴史的事実を客観的に評価しようとする姿勢が見られます。
 
 尤も、彼の国の状況から予想されることは、首相就任どころか早晩、社会的に指弾され、場合によっては社会的に抹殺されることになるのではと、危惧するのですが。
 
 私たちは何でも彼でも「神が、神が」と言うべきではありません。実は単純で素朴な信仰者ほど、責任を神やサタンに転嫁する傾向があります。
 随分、昔のことですが、米国の信仰誌に掲載されたジョークは秀逸でした。
 ある時、サタンがしょんぼりしているのを見た神様が、「元気ないじゃないか、どうした?」と声をかけたところ、サタンが答えます、「ペンテコステの連中は、自分が失敗したにも関わらず、すぐに『サタンにやられた』と私のせいにします。やってられませんよ」と愚痴ったというのです。
 
自分がしでかした失敗をサタンのせいにするのは問題ですが、しかし、自分たちの身に起きたこと、それは良いことも悪いことも、その背後には人を幸いへと導こうとする神の善意に基ずく「神の意向」があるのではないか、という視点を持つことは大事なことです。
 
 隣国の場合、人口の四割がキリスト教なのだそうですから、国家の歴史を神の意向という、神の視点で客観的に見ることができるようになれば、もう少し落ち着いた国家運営、健全な外交ができるようになると思われますし、中国という蟻地獄に陥る国家的リスクからも逃れることができる筈です。
 
それはまた、私たち個々人の場合も同様です。「神を愛する」聖徒たちひとりひとりのために「神がすべてのことを働かせて益としてくださることを」(28節 新改訳)体験として知るならば、目先の出来ごとに一喜一憂することなく、長い目で物事を見ることができるようになるかも知れません。
 
 
3.身に起こることのすべてが益となるという知識は、信仰の先輩たちも共有していた
 
ところで、身に起きることのすべてが益となる、という考えはパウロ独自のものではなく、すでに紀元前三世紀の古代ユダヤ人のものでもあったようです。それは知恵文学の一つである伝道の書(新改訳は「伝道者の書」、新共同訳は「コヘレトの言葉」)の一節に見られます。
 
「神のなされることは皆その時にかなって美しい」(伝道の書3章11節前半 旧約聖書口語訳923p)。
 
 勿論、この記述を、物事を自分に都合のよいように解釈するという意味に使用してはなりません。
しかし、誠実に生きていても、人の力や努力ではどうにもならない事態に陥ることがままあるのが世の中です。そんな時には神の善を信じて、先人たちの辿った道を行きたいと思うのです。
私見ですが、パウロの信仰理解にもこの伝道の書の一節が何らかの影響を与えているのではないかと想像します。
 
二十八節ですが、口語訳では最後に来る「わたしたちは知っている」(28節)は、原文では最初に来ています。そして、「神のご計画に従って召された者たち」は文章の末尾に置かれています。
  
ところで、ギリシャ語の構文では、著者が最も強調したい事は、文章の最初に来て、二番目に言いたい事が文章の最後にくるのだそうですから、そのことを考慮しますと、「私たちは知っている」が、著者のパウロが一番強調したいことであって、その「私たち」とはとりもなおさず「神のご計画に従って召された者たち」であるということになります。
 
それらのことを理解した上で、最後に今週のテキストを意訳で読んでみることにしましょう。
 
「わたしたちは体験的に知っています、神を愛する者たち、すなわち、神の特別な計画に従ってキリストの尊い救いへと呼び出された者たちには、神が、そして神のゆるしの中にある万事が共に働いて、その人の身に起こることのすべてを益とし、善として下さるのだということを」(8章28節)。
 
かつて身に起きたこと、今、身に起こりつつあること、そして将来、身に起こるかも知れないことなど、考えれば考えるほど、私たちの心は騒ぎます。しかし、「万事が」大いなる神の手の中にあることを知っていることは、大きな安心です。


投稿者 : famillia 投稿日時: 2014-06-08 16:37:40 (1806 ヒット)
2014年礼拝説教

14年6月8日 聖霊降臨日礼拝説教

「ローマ人への手紙八章 言葉に表し得ない 
 心の呻きを、神の御霊は祈りに変える」
 
ローマ人への手紙8章26、27節 新約聖書口語訳243p
 
 
はじめに
 
今日の日曜日は教会暦で「聖霊降臨日」と申します。イエス・キリストが墓からよみがえった日曜日から数えてちょうど五十日目の日曜日、ユダヤ暦の「五旬節」の日に、イエスの約束の実現を待ち望んでいた弟子たちに天から聖霊なる神が降臨してくださったのでした。西暦三十年のことです。
 
「五旬節」とは五十番目という意味で、ギリシャ語で「ペンテコステ」となります。
元々はエジプトで奴隷となっていたイスラエルの民が、解放者モーセに率いられてエジプトを脱出し(これをエクソダスと言います)、シナイ半島にあるシナイ山で十戒を付与されたことを記念して設けられた祭、それがこの「五旬節」でした。
 
それもあってこの日は「律法授与の日」とされる重要な日であり、その後、イスラエル民族がパレスチナに定住するようになってからは小麦の収穫を祝う「小麦刈りの初穂の祭」(出エジプト記34章22節)として、盛大に祝われておりました。
 
ところで絶望を「死に至る病」と言ったのは、デンマークの思想家、セーレン・キェルケゴールでした。十九世紀半ばのことです。
 
失望の段階では人にはまだそれなりに期待というものが有り、そのために「祈ろう、祈らねば」という思いが残っているのですが、しかし、望みを失うという失望を通り越して、望みが絶えるという絶望になりますと、祈ろうという気持ちにすらならなくなってしまいます。
 
そういう意味では、「死に至る病」に罹る前、絶望に至る前の失望という段階で、つまり、「祈ろう、祈らなければ」という気持ちがまだ残っている段階で神を呼ぶ、神に呼ばわる、ということが大切です。
 
困るのは「祈ろう、祈らなければ」と思っても、いざ、祈ろうとすと、祈りの言葉が出てこないという場合です。どうしたらよいのか。
でも、まことに有り難いことに、その答えが聖書にあるのです。
 
そこで今年の霊霊降臨日の礼拝では、言葉に表し得ない心の呻きを祈りに変えて神に届けてくれる、神の御霊の働きについて教えられたいと思います。
 
 
1.聖徒の弱さ、祈り得ない弱さを、内なる御霊は共に代って担い助ける
 
聖書の中で最も重要な文書はどれかというならば、迷うことなくローマ人への手紙であると答えます。では、ローマ人への手紙の中で最も重要な章はどこかと聞かれたら間違いなく、八章を挙げるでしょう。それほど、八章は重要な箇所です。
 
機会がありましたら、八章全体の講解説教を実施したいと願っていますが、今年の「聖霊降臨日」では、二十六節と二十七節を取り上げたいと思います。
八章の後半部分で著者のパウロは、神の御霊の働きとして、神に懸命に従っている聖徒が抱える弱さを補い、そして助け支えるという、助け手としての機能を挙げます。
 
実際、私たちは日々の暮らし、歩みの中で、色々な種類の弱さ、とりわけ信仰の弱さというものを感じているのですが、それは世界の中心都市であったローマにある集会の信徒も、変わることがなかったようです。
 
「御霊もまた同じように、弱いわたしたちを助けて下さる。なぜなら、私たちはどう祈ったらよいかわからないが」(ローマ人への手紙8章26節前半 新約聖書口語訳243p)。
 
「弱いわたしたち」(26節)とありますが、これを直訳しますと「私たちの弱さ」となり、しかもこの場合の「弱さ」には複数形が使われていますから、色々な「弱さ」ということになります。
 
その色々な「弱さ」の中でも、何と言いましても信仰の弱さ、信じ抜く上での弱さなどの「弱さ」が、私たちを悩まし、前進を妨げることがあります。
 
この、信仰の弱さはとりわけ、祈りの面で現われるようです。すなわち、「どう祈ったらよいかわからない」(26節)という、祈り得ない弱さです。
この「どう祈ったらよいかわからない」(同)ということは、祈り方の決まりや手続き、テクニックなどのことではありません。
これは「祈らなければならない」と頭ではわかっていても、いざ、祈るとなると、何をどう祈ったらよいのかわからない、また祈る上でのエネルギーが出てこないという困惑状況を意味します。
 
そして、このような、いざ祈ろうとする時に行き詰まっている者を「助けて下さる」(26節)のが神の「御霊」(同)なのだとパウロはいいます。
 
ここで、「助けて下さる」と訳された原語について、「ローマ人への手紙」の権威である松木治三郎(故人)は、これは三つの言葉の複合語であると説明しています。
 
このスュンアンティラムバネタイは、スュン(共に)とアンティ(代って)とラムバノマイ(重荷をになう、軽くする)の三つのことばからなっている。…自分でどうすることもできない私たちの絶望的な弱さ無力さの下に、み霊が(入)いりこみ、私たちに代って、私たちをになう(松木治三郎著「ローマ人への手紙 翻訳と解釈 317p」日本基督教団出版局)。
 
しかも神の御霊の「助け」はレディメードではなく、一人一人の弱さに合わせての「オーダーメード」であって、それがとりわけ、神への祈りの場面において現われるのだと、パウロは励ますのです。
 
 
2.言葉に表せない切なる呻きをもって、内なる御霊は神に執り成す
 
 では御霊の助けはどのようになされるのかと言いますと、「イエスは主なり」と告白をした時に、イエスを信じ受け入れた者たちの内に来られたキリストの霊、御霊なる神によってなされます。
 
すなわち、内住の御霊は、私たちがどうしても言葉に言い表すことできないような内なる苦悩(それはしばしば、たとい人に話をしても理解してもらえないというような呻きですが)というものを、正しく悟り、理解した上で、その人に代って神に向かって呻き、執り成しをしてくださると、パウロは言うのです。
 
「なぜなら、わたしたちはどう祈ったらよいかわからないが、御霊みずから、言葉にあらわせないような切なるうめきをもって、わたしたちのためにとりなして下さるからである」(8章26節後半)。
 
 先月末の五月二十九日、内閣総理大臣より、スウエーデンのストックホルムで行われていた日朝協議において、長年の懸案であった北朝鮮による拉致問題が、解決に向けて動き出した旨の発表がありました。
 
確かに同日、政府が発表した日朝の合意文書、特に北朝鮮側による合意文書には、かつてない程の前進が見られるような文言がありました。
 
第1に、…拉致被害者および行方不明者を含む全ての日本人に関する調査を包括的かつ全面的に実施することとした。
第3に、全ての対象に対する調査を具体的かつ真摯に進めるために、特別の権限(全ての機関を対象とした調査を行うことのできる特別な権限)が付与された特別調査委員会を立ち上げることとした。
第5に、拉致問題については、拉致被害者および行方不明者に対する調査の状況を日本側に随時通報し、調査の過程において日本人の生存者が発見される場合には、その状況を日本側に伝え、帰国させる方向で去就の問題に関して協議し、必要な措置を講じることとした(北朝鮮側合意文書)。
 
 日朝双方の合意文書を丁寧に読み、そして内閣官房長官の説明を聞く限り、北朝鮮も今回は腹を固めたように見え、この結果、何人かの日本人が帰ってくることが期待されます。
 
勿論、卑劣な誘拐犯が、自分たちが誘拐した人間の消息を、誘拐実行犯だけで調査するということを約束したという合意ですから、考えて見ればこれほど理屈の通らない理不尽なこともありませんが、それでも、かつてない程の変化であることは間違いありません。
それほど、現時点での彼の国は、政治的、経済的、外交的に切羽詰まった状況にあるというわけです。
 
ただし、調査報告の結果の中に、政府認定の被害者が含まれるかどうかは定かではありません。
実は交渉の水面下では、誰を帰すかということは日朝の間ではほぼ調整済みで、その中には横田めぐみさんや有本恵子さんは入ってはいないという情報も漏れてきているようですが、それでも、打開に向けて一筋の曙光が見えたこともまた、確かなようです。
 
 三十七年前に拉致された横田めぐみさんのお母さんの横田早紀江さんは、十三歳の娘が行方不明となった後、深い悲しみの中にいましたが、ある時、クリスチャンの知人から紹介された旧約聖書のヨブ記を通して、「人知の及ばないことも神の手の中にある」という希望に導かれ、そしてクリスチャンとなりました。
 
その横田早紀江さんが心のよりどころとしている聖句が詩篇の一節なのだそうです。
 
「わたしのたましいは黙って、ただ神を待つ。私の救いは神から来る。民よ、どんなときにも、神に信頼せよ。あなたがたの心を神の御前に注ぎ出せ」(詩篇62篇1、8節 新改訳)。
 
 「民よ、どんなときにも、神に信頼せよ。あなたがたの心を神の御前に注ぎ出せ」という詩篇の呼びかけに励まされてきた横田早紀江さんは、このたびの日朝協議の合意を聞いて、希望を新たにしたことと思います。
 
 旧約聖書には、失望と深い悲しみのただ中で、「心を神の御前に注ぎ出」した女性(ひと)が出てきます。ハンナです。
 
時は紀元前十一世紀の前半のこと、北パレスチナの山地で暮らすハンナの悩みは子供が出来ないことでした。
 
「エルカナには、ふたりの妻があって、ひとりの名はハンナといい、ひとりの名はペニンナといった。ペニンナには子どもがあったが、ハンナには子どもがなかった」(サムエル記上1章2節 旧約聖書口語訳382p)。
 
先祖から受け継いできた家名と嗣業を子孫に残すことを至上命題としていた古代のイスラエル人として、夫エルカナは後継ぎの男の子を得るべく、止むなくハンナとは別に、ペニンナという妻を家に迎えたのでしょう。
 
しかし、夫の気持ちがハンナにあることに苛立ったペニンナは事あるごとに執拗にハンナを苦しめ、神を恨ませようとします。
 
「また彼女を憎んでいる他の妻は、ひどく彼女を悩まして、主がその胎を閉ざされたことを恨ませようとした。こうして年は明けたが、ハンナが主の宮に上るごとに、ペニンナは彼女を悩ましたので、ハンナは泣いて食べることもしなかった」(1章6、7節)。
 
あるとき、家族で神殿に詣でた際、ハンナは家族から離れてひとり、神の前に出て祈りをします。
 
「ハンナは心に深く悲しみ、主に祈って、はげしく泣いた」(1章10節)。
 
でも、彼女の唇は動いてはいても声が聞こえなかったため、神殿にいた祭司のエリは、ハンナが酒で酔っぱらっていると思い込んで、「酔いを醒ますように」と、見当外れの忠告をハンナにしました。そこでハンナは事情を説明します。
 
「しかしハンナは答えた、『いいえ、わが主よ、わたしは不幸な女です。ぶどう酒も濃い酒も飲んだんではありません。ただ主の前に心を注ぎ出していたのです。はしためを、悪い女と思わないでください。積もる憂いと悩みのゆえに、わたしは今まで物を言っていたのです』」(1章15、16節)。
 
 時代は西暦三十年の聖霊降臨の出来ごとよりはるか千年以上も前のことです。しかし、神の霊は当時も「弱い」者を「助け」(ローマ8章26節)るべく、活動をしていたのでした。
 
 ハンナの説明で誤解をといた祭司はハンナを祝福し、ハンナも自分の心の思いが神に届いたという確信を得て、家へ戻って行きます。
 
「こうして、その女は去って食事をし、その顔は、もはや悲しげではなくなった」(1章18節後半)。
 
「不幸な女」(15節)であることを自覚するハンナという女性の心の痛みと苦しみを、彼女自身と「共に」し、彼女に「代って」その「重荷を担い」、その心の呻きを祈りに変えて神に届けたのは、この時代にも休むことなく働いていた神の御霊であった筈です。
神の御霊の「助け」があったからこそ、ハンナは「主の前に心を注ぎ出」(サムエル上1章15節)す祈りができたのだと思われます。
 
 
そして、昔も今も変わることのない神の御霊は、キリストの復活後の五十日目、約束を待ち望む弟子たちに、公的かつ劇的に降臨をしたのでした。
 
 祈りたいと思う、しかし、心が重荷を押しつぶされて、どうしても言葉が出てこない、という場合、祈り得ないという弱さの中にある者の内側で、神の「御霊みずから、言葉にあらわせない切なるうめきをもって、」(ローマ8章26節後半)天にいます神に対して、「わたしたちのためにとりなして下さる」(同)のです。
 
 
3.御霊の思いを神は知り、神の思いを御霊は知って聖徒のために執り成しをする
 
 しかも、御霊による「とりなし」(26節)は、的外れの祈りになるようなことはありません。
それは神を信じる聖徒にとって時宜に適う執り成し、神の心、思いに適う執り成しの祈りなのです。なお「聖徒」とは徳を積んだいわゆる聖人、セイントのことではなく、神の選びによって異なる者、つまり聖別された者のことです。イエスは主であると告白をした者はすべて、「聖徒」です。
 
なぜなら、御霊は、聖徒のために、神の御旨にかなうとりなしをして下さるからである」(8章27節後半)。
 
 ではなぜ、「御霊」(27節)の「とりなし」(同)が「神の御旨にかなう」(同)のかと申しますと、神の「御霊」自身、神の思考、意思、感情、感覚、嗜好というものを良く知っているからです。一方、神もまた、御霊の思いを熟知しています。
 
「そして、人の心を探り知るかたは、御霊の思うところが何であるかを知っておられる」(8章27節前半)。
 
 神は創造者であり、全知全能の神ですから、ご自分が創造し、あるいは厳選してこの世へと召し出した人間ひとりひとりのことを、実の親や本人以上に熟知しています。
そればかりではありません。神は御霊の考え、その想いや情といったものをも、御霊同様にご存じです。
 
なぜ、御霊が「神の御旨にかなうとりなしを」(27節後半)することができ、神が「御霊の思うところが何であるかを知っておられる」(27節前半)のかということですが、キリスト教神学では、神と御霊とが相互に内在しているからであると説明します。
 
キリスト教教理の中で、理屈ではどうにも分からない、また説明がつかないものが「三位一体」の教理でしょう。
三位一体とは「三位格 一実体」という神学用語を縮めたものです。つまり、「三位格」から「格」を省略した「三位」と、「一実体」から「実」を除いた「一体」を、合成したものが「三位一体」です。
 
「位格」をラテン語で「ペルソナ」と言います。そして「ペルソナ」から人格を意味する「パースン」という英語が生まれてきたのですが、「ペルソナ=パースン」ではありません。
「パースン」は今でこそ完全に独立をした人格を意味しますが、「ペルソナ」にはそこまでの独立性はありません。しかし、三つの「位格(ペルソナ)」は相互に密接不離の関係にあるのです。
 
「三位一体」の神の何よりの特徴は、この「相互内在」にあります。
すなわち、父なる神は子なる神と御霊なる神に内在し、子なる神は父なる神と御霊なる神に内在し、そして御霊なる神は父なる神と子なる神に内在しているのです。
だからこそ、神は「御霊の思うところが何であるかを知っておられ」(27節前半)、御霊もまた、「神の御旨にかなうとりなしを」(27節後半)することができるのです。
 
この「相互内在」という考え方については、大塚節治という、同志社大学の総長を長く務めていた神学者の著書で教えられました。
 
父なる神のなかに、子なる神、霊なる神がいまし、子なる神のなかに、父なる神がいまし、霊なる神がいまし、霊なる神のなかに、父なる神がいまし、子なる神がいます。相互内在の信仰が正統的教理になったことはわれわれの宗教経験に合致こそすれ、反するものではない(大塚節治著「キリスト教要義」184p 日本基督教団出版局)。
 
このように、神の御霊の思いを天にいます神は正確に理解をしており、一方、神の思い、神の御旨は御霊なる神が的確に知っているからこそ、その執り成しは的を射たものとなるのです。
 
祈らねばならないことはわかっている、しかし、失望の波が心に押し寄せてきて、どうにも祈ることが出来ない、祈りの言葉が口から出て来ない、というような時があるかも知れません。
 
しかし、「イエスは主である」と告白をした時以来、キリストの霊、神の御霊は自分の内に確かにおられるという事実を改めて確信し直しすこと、そしてわが内にいます神の御霊は、神の憐れみと選びによって「聖徒」とされたこの私のために、私に代って呻いて時に適った執り成しの祈りをしてくださるということを信じて感謝をすること、それが人生のスタートであり過程であり、そしてゴールでもあることを覚えて、「心を注ぎ出し」たいと思います。
 
そこには変わらぬ御霊の助けが豊かにある筈です。それは三千年前も二千年前も、そして二十一世紀の今も変わることはありません。


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