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投稿者 : famillia 投稿日時: 2015-04-12 16:43:08 (888 ヒット)
2015年礼拝説教

15年4月12日 召天者記念合同墓前礼拝説教 

よみがえりの希望、再会という希望
 
テサロニケ人への第一の手紙4章14,16,17節(新約口語訳322p)
 
 
はじめに
 
死とは、通常、死にゆく者にとっては、恐怖以外の何ものでもありません。一方、死にゆく者を送る者にとってそれは、筆舌に尽くし難い深い悲しみとなります。すべての望みを打ち砕き、人生を灰色に染める残酷な敵、それが死です。
 
しかし、キリストはその死に勝利して死者の世界から生還し、今、神の御座の右に座しておられます。そこに私たちの希望、しかも圧倒的な希望があります。
 
 
1.事実、キリストはよみがった
 
西暦三十年四月九日の日曜日の明け方のことでした。前々日の金曜日、日没と共に始まる安息日を目前にし、時間に追われて仮埋葬するしかなかったイエスの遺体に香油を塗って、本格的な埋葬をしようと墓を訪れた女性の弟子たちが見たものは、イエスの遺体のない空の墓であり、墓の中の中の輝く衣を着たふたりの者でした。
 
「週の初めの日、夜明け前に、女たちは用意しておいた香料を携えて、墓に行った。ところが(蓋の)石が墓(の入り口)からころがしてあるので、中にはいってみると、主イエスのからだが見当たらなかった。そのため途方にくれていると、見よ、輝いた衣を着たふたりの者が、彼らに現われた」(ルカによる福音書24章1〜4節)。
 
「輝いた衣を着たふたりの者」(2節)とは、神の御使いたちでした。その御使いたちは怖じ惑う女弟子たちに向かって、「イエスは墓にはいない」と告げたのでした。
 
「そのかたは、ここにはおられない」(ルカによる福音書24章6節a)。
 
 原文では、「彼はいない、ここには」です。イエスはいなかったのです。
どこにいなかったかといいますと、「ここ」、つまり「墓には」ということです。
 
なぜ墓にいないのかといいますと、それはイエスが「よみがえられた」からだと御使いは言いました。
 
「そのかたは、ここにはおられない。よみがえられたのだ」(24章6節a、b)。
 
 よみがえりとは生前の肉体がそのまま生き返ったという意味ではありません。イエスが墓の中にいなかったのは、イエスの体が天的な体、栄光の体へと変えられたため、地上の物体は妨げにはならなくなったからでした。
 墓の入り口を塞いでいた蓋の「石がころがしてあ」(2節)ったのは何のためかといいますと、女性の弟子たちが中へと入るためでした。
 
人はみな、肉体を持つものであるため、地上では制約というものがあります。しかし、イエスのからだは栄光の体に化せられたため、密閉した墓であっても何の妨げもなく、外に出ることができたのでした。
 
よみがえりの体とはまた、不死のからだでもありました。「よみがえられた」(6節)イエス・キリストは物質だけでなく、時間の制約からも解き放たれて、不死のからだをもって永遠を生きる者となられたのです。
それが第一の希望です。
 
 
2.だから私たちもまた、よみがえる
 
イエスにおけるこの出来事は、私たちもまた将来、イエスと同じ、よみがえりの体をもって永遠を生きることができることを示唆します。
 
来週から再開する使徒信条の連続説教で詳しく解説を致しますが、昇天したイエスは再度、この地上に来られます。それを「再臨」といいます。英語では「セカンドカミング」です。
 
地上にキリストが再び来られる際、二つのことが起こります。
第一に、その時点で地上の旅路を終えて眠りについていた者が先ず最初に、イエスと同じよみがえりの体を着せられます。
使徒パウロが書いた書簡の中でも、最も早く書かれたとされるテサロニケ教会への手紙を読みましょう。
 
「わたしたちが信じているように、イエスが死んで復活されたからには、同様に神はイエスにあって眠っている人々をも、イエスと一緒に導き出して下さるであろう。…すなわち、主ご自身が天使のかしらの声と神のラッパの鳴り響くうちに、合図の声で、天から下ってこられる。その時、キリストにあって死んだ者たちが、まず最初によみがえり、」(テサロニケ人への第一の手紙4章14、16節)
 
 ここに「眠っている人々」(14節)とあります。パウロは死を婉曲に眠りと表現しました。しかし、死は永遠に目を覚まさない永眠ではなく、一時の眠りとして説明されます。
 
そして「イエスが死んで復活された」(同)と「同様に神はイエスにあって眠っている人々」(同)をその眠りから覚まして、新しい体を着せられるのです。それはキリストの再臨の際に実現します。
「その時、キリストにあって死んだ者たちが、まず最初によみがえ」(16節)るのです。それはあたかも朝、熟睡状態から目覚めるようなものなのです。
死は永眠ではありません。一時の眠りです。決して終わりではありません。
 
よみがえりのからだ、栄光のからだ、そして不死のからだは新築の家に喩えることができるでしょう。地上の体は築後何十年という古い家のようなものです。長年使用していれば時間の経過と共に、傷みも激しくなってきます。
 
しかし、いざとなったならば復活のからだという新しい家が用意されている、ならばもう少し手を入れ、修繕するなどして、古い家での生活を楽しんでみよう、地上の生をがんばってみよう、となるのです。
 
イエスのおかげで私たちもまた、いつの日にかよみがえることができるのです。そして、時が来るまではゆるされる限り、この世での使命を果たすこととなります。
これが第二の希望です。
 
 
3.そして再び会うことができる
 
キリストの地上への来臨の際には、もう一つのことが起こります。
先に亡くなっていた死者の復活に続いて、その時点で生きている者は、眠りから目覚めた人々と同様、その地上のからだは一瞬の内に栄光のからだ、不死のからだへと変えられます。
 
「それから生き残っているわたしたちが、彼らと共に雲に包まれて引き上げられ、空中で主に会い、こうして、いつも主と共にいるであろう」(4章17節)。
 
 「彼ら」(17節)とは、先に眠りについた人々で、「最初によみがえ」(16節)ることになる人々のことです。
キリストの来臨の際、もしも「生き残ってい」(同)たならば、先に亡くなり、そして「最初によみがえ」(った)者と同様、よみがえりのからだを着せられるだけでなく、懐かしい「主に会い」(同)、そして別れた者たちとも、再会をすることができるのです。
 
仏教でいう「四苦」の一つが「会者定離(えしゃじょうり)」という苦しみです。「会うは別れのはじめ」ということです。
別れには生き別れもあれば、死に別れもありますが、特に耐え難い苦しみ、悲しみをもたらす別れが、死に別れです。
 
しかし、神にある者にとって、死は永遠の別れではありません。勿論、それは切なく、悲しく、つらいものではあります。けれども聖書は再会を約束します。
そしてそれが三つ目の希望です。
 
それは単なる希望などではなく、確かな希望です。なぜならば、イエス・キリストが死の世界からよみがえられたからであり、ご自身を信じる者に、ご自身を同じよみがえりを約束してくれているからです。
 
よみがえり、それは悲しみを紛らす一時しのぎの慰めや気休めの教えなどではなく、また荒唐無稽な空望みでもありません。
キリストの復活という確かな根拠に基づく、確固たる希望なのです。


投稿者 : famillia 投稿日時: 2015-04-05 16:41:33 (1249 ヒット)
2015年礼拝説教

15年4月5日 イースター・復活祭礼拝説教 

生きとし生ける者に宛てられた、正真正銘の福音
 
テモテへの第二の手紙2章8節(新約聖書口語訳334p)
 
 
はじめに
 
ネットの普及に伴い、徐々に衰退しているのが活字の新聞の購読とテレビの視聴率でしょう。
特に若者のテレビ離れが進行しているようです。朝の番組にしましても新聞の記事を並べただけであったり、夜は夜で同じ顔ぶれのお笑い芸人が、無理して笑いを取ろうとしたりと、テレビを見なくなるのも無理はないように思えます。
 
でもそういうテレビですが、視聴の仕方によっては教養を高めるのに適した番組も、有ることはあります。
中でも、必ず教養度が上がること請け合いというお薦め番組が、テレビ東京系列(大阪では「テレビ大阪」)で火曜日の夜に放映されている「開運!なんでも鑑定団」だと思います。
 
バラエティ番組の形式をとっていますが、なかなかどうして内容は充実しており、日本の卓越した美術、技能の歴史を学ばせてくれます。但し、笑いつつも、真面目にそして丁寧に毎回の視聴を続けていればの話ですが。
 
この番組で面白いのは、これぞ本物と意気込んで出品した自慢の珍品や、家宝として受け継がれてきた「お宝」が期待に反し、偽物と鑑定されて無情にも「千円」などという値段を付けられた時に見せる出場者のリアクションです。
 
しかし中には予想を遥かに超える本物の名品、極上のお宝が出てくる場合があります。実を言いますと勧める本人がこの番組をたまにしか見ませんので、残念なことに教養の程度は一向に深まらないのですが、昨年の春、この番組をたまたま視た際には、本当に驚かされました。
 
記憶によれば、その時の鑑定依頼人は埼玉県在住の小笠原礼法の先生で、依頼品は一休が書いたという「一休宗純の書」でした。この依頼人はアニメの「一休さん」のフアンで、若い頃に骨董屋で見つけた一休が書いたとされる書を、父親から借りた百八十万円で購入したのだそうです。
 
そして鑑定の結果が驚きの、購入価格の十数倍にもなる二千五百万円という高値で、依頼者自体、吃驚仰天しておりました。
鑑定したのは大学の学長を務める、鑑定暦四十一年という専門家で、「本物で間違いありません。私もこれまで、一休の書はガラス越しに見た事はあっても、このように間近で見た事はありません」と興奮気味に断定していました。
 
まさに「正真正銘」の「お宝」で、好事家には垂涎の的となるような一休直筆の書であったというわけです。
因みに「正真」とは本物という意味で、「正銘」はそれが本物であることを裏付ける印鑑のようなものです。
 
さて、本日は四月五日、キリストの復活を祝い感謝をするイースター・復活祭の日曜日です。
 
イエス・キリストが死の世界からよみがえったという信仰は、キリスト教会による根も葉もない作り話なのか、それとも否定しようのない真実の報道に基づくものなのかということは、忽(ゆるが)せに出来ない問題であって、誰もがいつの日か死を迎える私たちにとりましても、避けて通ることのできない大問題です。
 
そこで今年のイースター礼拝では、キリストの復活こそが正真正銘の福音の中心核であるということの意味を、ご一緒に確かめたいと思います。
 
 
1.死人のうちからのよみがえりによってキリストであることが証明されたイエスの出来ごとこそ、正真正銘の福音
 
「永遠のベストセラー」と称される聖書は、日本聖書協会によりますと世界各国で毎年三千万部は頒布されているということです。ということは十年で三億部ということになるわけです。
 
では、聖書とは何なのかという理解―これを「聖書観」というのですが―は、大きく三つに分けられます。
 
一つ目は、「聖書は神の霊感によって書かれた、誤りのない神の言である」という見方です。保守的立場です。
二つ目は、「聖書は、旧約聖書は古代ヘブライ民族の、新約聖書は原始キリスト教会の宗教的文献、古典である」という立場で、三つ目が、「聖書は人間が書いた文献であるが、聖霊の働きによって神の言になる」という考え方です。
 
ざっくり言えば、一の保守派は「聖書は神の言である」とし、二のリベラル派は「聖書は人の言である」、三は「聖書は神の言になる」ということでしょう。
 
ついでに言えば三は、二の勢力の台頭を危惧して、一の立場に回帰しようとしつつ、回帰し切れなかったもの、という見方もあります。いうなればUターンを志してJターンで落ち着いたというわけです。
 
これらは、キリストの復活に関して言えば、一の立場は復活をそのままの事実として肯定し、二の立場はあり得ない事柄と否定する一方、体験を重視する三は、人によってそれぞれ異なる、ということになります。
 
しかし、正直なところ、客観的に見ても、キリストの復活を否定してはキリスト教自体、成立し得ないともいえると思います。それは既に二千年前、使徒のパウロが指摘した通りです。
 
「もしキリストがよみがえらなかったとしたら、わたしたちの宣教はむなしく、あなたがたの信仰もまたむなしい。
…もしキリストがよみがえらなかったとすれば、あなたがたの信仰は空虚なものとなり、あなたがたは、いまなお罪の中にいることになろう。そうだとすると、キリストにあって眠った者たちは、滅んでしまったのである。
もしわたしたちが、この世の生活でキリストにあって単なる望みをいだいているだけだとすれば、わたしたちは、すべての人の中で最もあわれむべき存在となる」(コリント人への第二の手紙15章14、17〜19節 新約聖書口語訳274p)。
 
 どういうことかと申しますと、キリストのよみがえりは、ナザレ出身のイエスという人物が、救世主のキリストであることを認証することにほかならないからなのです。
 パウロが書いたとされているテモテへの手紙を見てみましょう。
 
「ダビデの子孫として生まれ、死人のうちからよみがえったイエス・キリストをいつも思っていなさい。これがわたしの福音である」(テモテへの第二の手紙2章8節 334p)。
 
 口語訳では「これがわたしの福音である」(8節)とありますが、原文を直訳しますと「私の福音によれば」となります。
それは、「私が信じている福音によれば」あるいは、「私が宣べ伝えている福音によれば」ということです。
 
ここで「福音」と訳された原語は「エウアンゲリオン」で、英語では「エヴァンジェル」です。
でも「福音」は一般的には「ゴスペル」として知られていて、その「ゴスペル」は「グッド・スペル(良い知らせ 良い話し)」から来ているのだそうです。
 
「福音」の中心の主人公は「イエス・キリスト」(8節)です。「イエス・キリスト」とは「キリストであるイエス」「イエスは救世主キリスト」という告白に他なりません。
 
イエスがキリストであるということは、イエスが「ダビデの子孫として生まれ」(同)たお方だからです。
ユダヤ人の伝承によれば、彼らを救うためにこの世に到来する救世主、すなわちキリストは、血統的には「ダビデの子孫として生まれ」なければなりませんでした。
 
 でも、自身を「ダビデの子孫」として、キリストであることを主張する者は、古代社会には雨後の筍のように次々と現われておりました。
そのため、偽物と本物との区別をどう鑑定するかが問われることとなります。
 
 そこで本物のキリストであるか否かを見分ける最終の鑑定規準が必要となりました。本物のキリストであるならば、人類が負う原罪が処分されたしるしとして、その死後、神によって死の世界からよみがえる筈です。
 
そして家系図においても「ダビデの子孫から生まれ」(8節)たとされるイエスは、確かに「死人のうちからよみがえった」(同)という事実によって、本物のキリストであることが、神によって証明されたのでした。
このキリストの身に起きた、あるいはキリストが行った一連の出来事こそが、正真正銘の福音なのです。
 
 今の世の中、種々さまざまの情報が飛び交っています。有益なものもある反面、毒にも薬にもならないもの、有害なものもあります。
 そういう中で、真の意味において人に永遠の命をもたらす本物の福音、正真正銘の福音かどうかを見分ける規準、それが、信仰の対象が「死人のうちからよみがえった」(8節)かどうかということです。
 
 ナザレのイエスは事実、「死人のうちからよみがえった」ことにより、その身に起こった出来事すべてが、私たちに対する神からの「福音」、しかも正真正銘の「福音」であることが明らかとなったのでした。
 
 この「福音」は生きとし生ける者すべてに宛てられた良きおとずれです。
出来る限り早く、出来るだけ多くの人がこの「福音」に耳を傾けることができますよう、願い、そして祈りたいと思います。
 
 
2.キリストであるイエスを生涯にわたって忘れず思い続けることこそ、正真正銘の福音を生きること
 
正真正銘の「福音」は、ただ単にそれを聞くだけでなく、理解し、そして信じ受け入れることが大切ですが、最も重要なことは、「福音」を生きることです。
 
「福音」を生きるとはどのようなことかといいますと、イエスを想い続けること、キリストであるイエスを生涯にわたって忘れることなく思い続け、順境の時であろうと逆境に泣くときであろうと、常に記憶にとどめ続けることであると言えます。
 
「イエス・キリストをいつも思っていなさい」(2章8節)。
 
 この言葉は原文では冒頭に来ています。英語にしますと「リメンバー ジーザス クライスト(忘れるな、イエス・キリストを)」です。
「リメンバー」といえば、年配者が思い出すのが「リメンバー・パールハーバー(真珠湾(攻撃)を忘れるな)」という言葉でしょう。
確かにこれは日本という敵国に対する敵愾心を煽り、愛国心を鼓舞するために米国政府が考え出したプロパガンダ(宣伝文句)でした。
 
しかし、日本統治時代を経て、米国の日本観は大きく変わりました。その証拠がハワイにある「真珠湾記念館(アリゾナ記念館)」だそうです。
 
青山繁晴独立総合研究所社長によりますと、「この記念館には予想に反し、日本を非難する表現は一切なくて、米国がやられたのは当時の日本の海軍力が最先端にあって、米国よりも上だったからであり、軍艦ではなく航空機こそが重要であることを日本の攻撃から教えられた。米国はその反省に基づいて体制を立て直して今日がある、という、極めて公正な展示になっている」のだそうです(2014年6月 関西テレビ水曜アンカーより)。
 
 「リメンバー(忘れるな)」はどこかの国のように、自国に都合のよいように歴史を改竄しておいて、独り善がりの復讐の牙を研ぐのではなく、雄々しく、前に向かって、かつての敵と共に生きるための「リメンバー」であるというのが米国の姿勢です。
 
 況してや、私たちの場合、忘れてはならないもの、いつも記憶し、思い続けるもの、それは私たちのために死んで、否、生き返って、神の右に坐すキリスト、救世主となってくださった主イエスです。
 
 渡辺善太(ぜんだ)という、日本が生んだすごい聖書学者がおりました。
この人は名説教家としても知られていて、月に一度のペースで担当していた日曜礼拝説教が、そのまま説教集になって出版される程の人でしたが、この人の説教集に、江戸時代の花魁(おいらん)が客に書いたという手紙の一節が引用されていたことを思い出します。
 
それは「忘れねばこそ 思い出さずそうろう」というものでした。
「私はあなたのことを思い出したことはありません。なぜならば、私はあなたのことを片時も忘れたことがないからです」という意味です。「忘れたことがないのだから、当然、思い出すこともない」というわけです。
 
私たちのキリストとなるために恥をも厭わず十字架を忍び、罪びととして神も希望も無い死の世界、陰府にまで一度はくだられ、そしてその死者の世界から神によってよみがえらされた主イエスを想い続けること、しかも生涯にわたって思い続けることが、福音を生きるということなのです。
 
 
3.キリストであるイエスの出来ごとが福音であるからこそ、それは生きとし生ける者に正しく伝えられねばならない
 
ところで、「福音(エウアンゲリオン)」には「福音」という訳の他に「福音宣教」という訳も可能だそうです。
 
 パウロがマケドニアの教会に宛てて書いた手紙には、マケドニアの諸教会がパウロに協力して、福音の宣教に参加してくれたことを評価する言葉があります。
 
「あなたがたが、最初の日から今日まで、福音を広めることにあずかって来たことを感謝しています」(ピリピ人への手紙1章5節 新改訳)。
 
 新改訳が「福音を広めることににあずかって来た」(5節 口語訳)と訳した箇所の「エウアンゲリオン」を、口語訳は「福音」とした結果、この文節を「福音にあずかっていること」と訳しました。
 
しかしパウロが感謝したことは、マケドニアの信徒たちが福音を聞いた「最初の日から今日まで」(同)、単に福音の恩恵に与かっているということだけでなく、何よりも「福音を広めることにあずかって来たこと」(同 新改訳)、つまり福音の宣教に、祈りと献金によって参加、協力してきてくれたことだったのです。
口語訳も間違いではありませんが、パウロの意を汲んだという意味において、新改訳の方がよりよい訳になっていると思います。
 
 でも、「福音を広める」(同 新改訳)ために、誰もが出家をして伝道師、牧師になることが求められているわけではありません。
 もう一度、聖書のテキストをお読みします。
 
「ダビデの子孫として生まれ、死人のうちからよみがえったイエス・キリストを、いつも思っていなさい」(2章8節)。
 
 「キリストを、いつも思」(8節)うということが福音宣教の原動力なのです。それは亡くなった人を追憶するというようなレベルのことではありません。
亡くなった方々を追慕、追悼するということはとても大切なことです。ですから私たちの教会でも毎年、教会の納骨堂の前で召天者合同記念礼拝を行っています。
 
しかし、イエス・キリストを思うということは、イエスを追憶することではありません。イエスを「死人のうちからよみがえった」お方として、今も生きている救い主として思い続けるということなのです。
 
この「死人のうちからよみがえった」(同)とは、過去のある時期に「よみがえっ」て、その後、現在に至るまでずっとその「よみがえっ」た状態を維持していることを示します。
その「イエス・キリストをいつも思って」(同)いることが福音宣教の動機、モチベーションとなるのです。
 
遠藤周作というローマン・カソリックの、実に魅力的な作家がおりました。「沈黙」や「死海のほとり」「イエスの生涯」など、キリスト教信仰や聖書などを題材にして、生きること、信じることの意味を問う文学作品を多く世に送り出しました。
長生きしていれば、ノーベル文学賞候補として毎年名前があがる、何とかという通俗小説の作家よりも、よっぽど早く受賞できたことでしょう。
 
ただ残念なことに、この人が学んだ聖書論が、聖書批評学を基盤としたリベラルな、「聖書は人の言である」だったのです。そのため、キリストの復活そのものを信じることができず、弟子たちの復活体験を心情的な観点から、合理的に?解釈して説明したりしました。
 
驚くべきことには、イエスは(自分を見捨てた)弟子たちに、怒りの言葉一つさえ口にしませんでした。彼らの上に神の怒りの下ることを求めもしなかった。罰を求めるどころか、弟子たちの救いを神に願いました。
…少なくとも、弟子たちは自分の今日までの人生の中で、そのような人を見たことはありませんでした。
…そして彼らは、イエスが(死んだ後も)まだ、自分たちのそばにいるがごとき感じがした。子どもにとって、失った母が、その死後も、いつも横にいる気持ちと同じような心理になったわけです。それが、イエスの復活のはじまりだったのです(遠藤周作著「私のイエス 日本人のための聖書入門」155、158p 祥伝社 1976年)。
 
 しかし、私たちが「いつも思って」(8節)いるようにと奨めを受けた「イエス・キリスト」は過去の偉人などではありません。また、追憶の対象でもありません。私たちと共に今を確かに生きている復活のキリストなのです。
 
 遠藤周作は今から十九年前に亡くなりましたが(享年七十四)、生前、雑誌か新聞のインタヴューでキリストの復活に触れ、「今は事実として信じることができないが、いつの日にかキリストの復活を事実として信じる日が来るかもしれない」と語っていたような記憶があります。それを確かめる術(すべ)がないのは、まことに残念ですが。
 
イエス・キリストを、とりわけ、イエス・キリストが死の世界からよみがえって今も生きており、しかも共にいて下さることを常に思い続けることが、「福音を広める」働きの力の源泉です。
それが源泉だからこそ、著者は勧めるのです、どんな状況下であっても、この命の福音を宣べ伝えなさい、と。
 
「御言葉を宣べ伝えなさい。折が良くても悪くても励みなさい」(4章2節前半 新共同訳)。
 
 この福音こそが、生きとし生ける者に宛てられた、正真正銘の神からの福音だからです。


投稿者 : famillia 投稿日時: 2015-03-29 16:10:36 (873 ヒット)
2015年礼拝説教

15年3月29日 棕櫚の日・受難週礼拝説教 

キリストが払った完全無欠の犠牲によって、人類のすべての負債は完済された
 
ヘブル人への手紙10章18節(新約聖書口語訳p)
 
 
はじめに
 
先週の火曜日(三月二十四日)、スペインのバルセロナからドイツのデュッセルドルフに向けて飛び立った、ドイツの航空会社、ルフトハンザドイツ航空の子会社で、LCC(格安航空会社)のジャーマンウイングス機が運航するエアバスが、フランス南東部のアルプス山中に墜落したという衝撃的な事故が起きました。
 
事故後の報道によりますと、事故の原因は副操縦士が機長をコックピットから締め出した上で、一四九名の乗客、乗員を道連れに、意図的に急降下し、墜落をしたということなのだそうです。
 
もしも報道の通りであるとするならば、これは事故というよりも「事件」ということになるのですが、航空機事故といえば思い出すのが三十年前の夏に起きた日航機123便の墜落事故です。
伊丹空港に向けて羽田を飛び立った日航機123便が、群馬県の御巣鷹山山中に墜落をした結果、死者五二〇名、生存者僅か四名という大惨事となりました。
 
私の場合、当時、月に一回くらいの割合で東京に出かけていたのですが、その際の乗り物は専ら、日航機か全日空機でした。
 
でもこの日航機の事故以来、少々時間がかかったとしても安全が第一と考え、空はやめて地上の新幹線を利用するようになりました。
新幹線は今でこそまことに快適となりましたが、当時は揺れがひどくて、車内で書き物をするのに難儀しました。しかし、命あっての物だねです。
諸般の事情でどうしても空を利用しなければならないという場合は、日航機を避けて全日空機を使ったものでした。
 
今回のドイツ機事故、というよりも事件の場合、最初、専門家も墜落原因が皆目見当がつかないということで、急降下したのは上空で機体に穴が空いたとしか考えられない、という推測がなされたりもしました。
 
昔に比べると航空機の機体自体も整備の面も、とにかく、格段の進歩を遂げており、操縦者の訓練、管理も万全で、特に二〇〇一年の米国における9・11テ同時多発テロ以後、セキュリティーに関しては航空会社も国も神経を使うようになり、その結果、コックピットは中から解錠しない限り、外からは絶対に入ることができないように改善されていたそうです。
 
しかし、どうやら今回の事件ではこのセキュリティ対策が、結果として裏目に出てしまったということのようでした。
完璧と思われるような対策を立てても、人間の営みには完全無欠なものはないのだということを、改めて思い知らされる事故(事件)でした。
亡くなった方々とその遺族とを、神が顧みてくださいますように。
 
完全無欠といえば、救世主、イエス・キリストによる贖いのわざこそ、完全無欠の人類救済措置でした。
今日は教会暦では「棕櫚の日曜日」です。この日イエスは、ろばの子に乗ってエルサレムに入城致しました。
 
エルサレム城内にいた群衆、特に過越の祭に参加するために外地から上って来た巡礼たちは、棕櫚の枝を打ち振り、歓呼の声を張り上げてイエスを救世主キリストとして迎えるのですが、その五日後、彼らの「ホサナ(主よ、救い給え)」は罵声へと変わったのでした。
移ろいやすいもの、それが人の心でした。
 
しかしイエスは、人のさもしい思惑や打算、すべての穢れや一切の悪を飲みこんで、自ら有罪となって十字架について下さったのでした。
 
イエスこそ、私個人の、そして私たち日本人を含む全人類の罪の贖いのための完全無欠の生け贄、犠牲であったのです。
イエスが払った完全無欠の犠牲によって、私たちのすべての負債は完全に払われたのでした。本日はそのことを再確認した上で、キリストの犠牲を想う聖餐式に与りたいと思います。
 
 
1.完全無欠のキリストの犠牲こそが、贖罪のわざの本体である
 
以前、「ローマ人への手紙」の中心が第八章であり、その八章の中でも、著者のパウロが最も強調したかったことは、第一節の言葉であるということを申し上げました。
 
「こういうわけで、今やキリスト・イエスにある者は罪に定められることがない」(ローマ人への手紙8章1節 新約聖書口語訳242p)。
 
 この箇所はギリシャ語原文では「ない」という動詞で始まります。何が「ない」のかといいますと、「罪に定められることがない」(1節)つまり、「有罪判決を受けることがない」ということです。
 
それはどのような者に当てはまるのかといいますと、「キリスト・イエスにある者」(同)つまり、キリストを自らの救い主として個人的に信じ受け入れた者ならば誰でも、ということでした。
 
一方、ユダヤ教からキリスト教へと改宗したユダヤ人(ユダヤ教徒)を主な対象に書かれた「ヘブル人への手紙」の場合、著者が最も言いたかったこと、それが十章十八節の記述でした。
 
「これらのことに対するゆるしがある以上、罪のためのささげ物は、もはやあり得ない」(ヘブル人への手紙10章18節 353p)。
 
著者は断言します、「罪を贖うために捧げる『ささげ物』(18節)つまり、供え物や犠牲は必要が無くなったのだ。なぜならば、有り余るほどの『ゆるし』(同)が出現したからである」と。
 
この「ゆるし」は誰によって、そしてどのようにしてもたらされたかといいますと、それはイエス・キリストによって、キリストの身代わりの死によってもたらされたのだと著者は言います。
 
「しかるに、キリストは多くの罪のために永遠のいけにえをささげた後、神の右に坐し、それから、敵をその足台とするときまで、待っておられる」(10章12、13節)。
 
 「多くの罪のため」(12節)とは現在もなお、神に敵対している者も含めての全人類を意味します。
 
また「永遠のいけにえ」(同)という記述は、神に奉献された「いけにえ」の効力が質において完全無欠であると共に、時間が来れば効力が無くなるような一時的なものではなく、無限に続くものであることを示します。
 
「彼は一つのささげ物によって、きよめられた者たちを永遠に全(まっと)うされたのである」(10章14節)。
 
 完全無欠のキリストの犠牲の奉献こそが、罪の贖い、罪の償いという神の救いのわざの完成体なのです。
 
この尊いいけにえが捧げられ、そしてそれを神が嘉納した以上、「罪のためのささげ物は、もはやあり得」(18節 口語訳)ませんし、「もはや必要ではありません」(同 新共同訳)、「もはや無用」(同 新改訳)というわけなのです。
 
 言葉を換えれば、一生かけても払い切れないような負債を、縁もゆかりもない人が、しかも、頼んでもいないのに全額を払ってくれていたようなものなのです。
 有り難いことに人類の原罪という借財は、キリストの犠牲によって全額、完済されているのです。
 大切なことはその事実を認めることです。すべてはそこから始まります。
 
 
2.神殿儀式が果たしてきた役割は、本体のコピーとしてのものであった
 
では、出エジプト以来、重要視されてきた「幕屋」、そして「神殿」とは何か、そこにおける儀式は何であったのかということですが、それは天にある本物の神殿、そして神殿儀式のコピー、影、模型であったというのが、ヘブル人への手紙の著者の主張でした。
 
「彼らは、天にある聖所のひな型と影とに仕えている者にすぎない。それについては、モーセが幕屋を建てようとしたとき、御告げを受け、『山で示された型どおりに、注意してそのいっさいを作りなさい』と言われたのである」(8章5節)。
 
 「彼ら」(5節)とは前節に出てくる「供え物をささげる祭司たち」(4節)のことです。「モーセが建てようとした幕屋」(同)は、彼がシナイの「山で示された型」(5節)のとおりに造られました。この「山で示された型」が幕屋や神殿の原型でした。地上の幕屋や神殿は、原型である「天にある聖所のひな型」(5節)あるいは「影」(同)として設けられたのでした。
「ひな型」を新改訳は「写し」と訳しましたが、要するに「コピー」です。
 
モーセの「幕屋」の機能をそっくり引き継いだものが、紀元前十世紀半ばに、ソロモン王によって建立された神殿でした。
いうなればエルサレム神殿は天にある本物の神殿のコピー、影、模型であり、その神殿における儀式は、後の時代に天にある本体の神殿で捧げられる本物の贖罪の予行演習のようなものであったのです。
 
「このように、天にあるもののひな型は、これらのものできよめられる必要があるが、天にあるものは、これらよりも更にすぐれたいけにえできよめられねばならない。ところが、キリストは、ほんとうのものの模型にすぎない、手で造った聖所にはいらないで、上なる天にはいり、今やわたしたちのために神のみまえに出て下さったのである」(9章23、24節)。
 
 どんなに壮麗な神殿であろうと、またどんなに荘厳な儀式であろうとも、それ自体は不完全なものですので、地上における神殿儀式はたびたび行わなければなりませんでしたし、また、繰り返し行ったからといって、礼拝者の罪が清められるわけでもなく、良心の咎めがなくなるわけでもありませんでした。
そこにコピー、影、模型としての神殿の限界がありました。
 
だからこそ「キリストは、ほんとうのものの模型にすぎない、手で造った聖所(であるエルサレム神殿)にはいらないで、上なる天(の神殿)にはい」(24節)って、自らの血による永遠のあがないをなし遂げてくださったのでした。
 
しかも、キリストによる「いけにえ」(10章12節)は「一つのささげ物」(14節)であって、繰り返し捧げられるものではありません。それはただ「一つ」(同)であり、一度限りのものでした。
 
「キリストもまた、多くの人の罪を負うために、一度だけご自身をささげられた後、…」(9章28節)。
 
 この「一度」(28節)かぎりのキリストの完全無欠の犠牲によって、人類の罪、正確に言えば、もろもろの罪の根である原罪は完全に「きよめられ」ているのです。
 
「この御旨に基づきただ一度イエス・キリストのからだがささげられたことによって、わたしたちはきよめられたのである」(10章10節)。
 
但し、聖書によれば、それはあくまでもキリストを信じる者にのみ、適用されます。それは偏狭ではないかという不平もあるかも知れません。
でも、万人に与えられている罪の「ゆるし」(18節)、「きよめ」(10節)も、それを信じなければ適用されることはありません。
 
私はそそっかしいところがあって、過去、少なくとも三度、新幹線の切符を車内で紛失してしまい、車掌による検札の段階でそれに気がつき、あわてたことがありました。
そういう場合、切符が出て来ない限りは通常、再購入をしなければならないそうですが、終点の駅で駅員さんにわけを話したところ、三度とも料金を払わずに済みました。なぜか分かりません。多分、嘘を吐いてはいないと思われたからでしょう。
 
地上のシステムではこのように、係り員の裁量によって大目に見られるというケースがあります。しかし、神の国ではそういうわけにはいきません。
たしかにキリストの贖いは万人のためのものです。でも、悔い改めてこの贖いを個人的に信じ受け入れない限り、贖いの適用外となります。そこに例外はありません。大目にみてもらえることもないのです。
 
本物のコピーである「ひな型」(8章5節)、「影」(同)としての地上の神殿、そして神殿儀式はその使命を果たし、その役割を終えました。
キリストの到来により、その一連の尊い犠牲によって「永遠のあがない」が完成したからです。
 
 
3.無限の恩恵に与かった者は、謝恩と悔い改めの日々を生きる
 
 払い切れないほどの莫大な借財を、キリストによる完全無欠の犠牲によって清算してもらったとするならば、その人の次に出る行動、態度はどのようなものかといいますと、恩人に対する感謝の気持ちをもって謝恩の日々を送ることであり、恩人の気持ちの現われである戒めを、喜びをもって守ることに尽きると思われます。
 
「この地上には、永遠の都はない。きたらんとする都こそ、わたしたちの求めているものである。だから、わたしたちはイエスによって、さんびのいけにえ、すなわち、彼の御名をたたえるくちびるの実を、たえず神にささげようではないか」(13章14、15節)。
 
 キリストは私のように神を冒涜して生きてきた恩知らずの者の「罪のために一つの永遠のいけにえをささげ」(10章12節)てくださいました。
ですから罪赦された「わたしたちはイエスによって、さんびのいけにえ」(15節)を神にささげるのです。
 
「さんびのいけにえ」(同)と言いましても歌を歌い、音楽を奏でていればよい、という意味ではありません。音楽としての讃美は、それが神への感謝を動機として歌われ奏でられるならば、それもまた一つの「さんびのいけにえ」です。
しかし、著者が言う「さんびのいけにえ」とは、「彼の御名をたたえるくちびるの実」(同)つまり、イエスこそ私の主である、という信仰の告白、礼拝そのものを意味するのです。
 
それは教会では勿論のこと、家庭においても告白をし、導かれればノンクリスチャンの間においても主イエスが自分にしてくれたことを証しする、それが礼拝としての「さんびのいけにえ」であり、告白としてのイエスの「御名をたたえるくちびるの実」なのです。
 
宇田川さんがソロで歌ってくれるゴスペルに「崇める心(The heart of worship)」という讃美がありますが、「音楽や目に見えるものを超え 本当の礼拝をささげます 神は私のささげる歌声より その中にある私の心を見られる 神を崇める心 この手に誇るもの 何もなく 人生のすべては神のもの」という日本語歌詞は、「さんびのいけにえ」(15節)とは何かということを端的に表現しています。
 
そして求められているもう一つの「いけにえ」が、神の戒めを守ることです。
 
「そして、善を行うことと施しをすることを忘れてはいけない。神は、このようないけにえを喜ばれる」(13章16節)。
 
 口語訳で「施しをすること」(16節)と訳された言葉は、自分が持っている「持ち物を人に分けること」(新改訳)という意味です。
 
世の中には「オレのものはオレのもの、人のものもオレのもの」という生き方を常として、世界中から顰蹙を買っている無神論国家がありますが、私たちの「持ち物」は本来、命や体、才能や時間も含めて、すべては生ける神から授かったもの、あるいは預かっているものです。 
そのような認識のもとに、必要があればそれらを「人に分ける」という「いけにえ」(16節)を捧げることが、信じる者には勧められているのです。
 
もちろん、それは強制ではありません。そうしないではいられない気持ちになればしたらよいのです。
口語訳は十三章十六節を「善を行うことと施しをすること」と訳しましたが、これは「善を行うこと、すなわち施しをすること(持ち物を分けること)」として、後者の言葉が前者を説明するものとして訳すこともできます。
 
もしもそうであるならば、神への奉仕、神への奉げ物をも含めて、自分自身を、そして自分自身のものを喜んで与えること、捧げることもまた、神に「喜ばれる」(同)一つの「いけにえ」であるということになります。
 
ただ、その際に留意しなければならなのは、律法主義的善行主義の罠に陥らないようにする、ということです。
 
以前ご紹介しましたが、宗教改革者のマルティン・ルターは、宗教改革のきっかけとなったローマ教会への質問状、いわゆる「九十五カ条の提題」の冒頭で、キリスト者の生涯は悔い改めの連続である、と言い切りました。
 
一、私たちの主であり師であるイエス・キリストが、「悔い改めよ……」(マタイ四・一七)と言われたとき、彼は信ずる者の全生涯が悔い改めであることを欲したもうたのである(マルティン・ルター著 緒方純雄訳「贖宥の効力を明らかにするための討論 一五一七年」ルター著作集第一集 73p 聖文舎)
 
 回心後のルターが一貫して主張してきたことは、人が神に義とされる、つまり無罪と認められるのは、行いによるのではなく信仰による、というものでした。そしてその際に重要なことは、「悔い改め」るということでした。
 
「だから、自分の罪をぬぐい去っていただくために、悔い改めて本心に立ちかえりなさい」(使徒行伝3章19節)。
 
 「悔い改め」とは単なる反省ではなく、人生の方向を転換するということです。たとえば、ある人が東京に行こうとして、新大阪駅から「上り」ののぞみ号に乗った(と思った)、ところがそれは「下り」の博多行きだったということに気がついた、どうするか。その人は気が付き次第、次の駅で直ちに降りて、「上り」に乗り換える筈です。
 
そのように、「悔い改め」とは人生の方向転換のことなのです。
 そしてキリスト者とは人生のある時期において、この一大方向転換を経験した者をいいます。このような意味での人生の方向転換は通常、一回限りのことです。
 
 では、ルターが言う、「信ずる者の全生涯が悔い改めである」とはどういうことなのでしょうか。
繰り返しますが、人生の方向転換は過去に起こった特別な経験です。その結果、現在はよみがえられた主イエスと苦楽を共にする人生を生きているのです。
 
ルターによれば、イエスご自分が「信ずる者」に対して欲していることとは、「全生涯が悔い改めであること」だということですが、それはどんなに善事善行を行っていたとしても、決してそのことを誇ることなくまたカウントすることなく、むしろ、その行為を忘れて、ただただ、自らが罪赦された元罪びとであるという自覚、認識を持ち、悔いし砕けた心をもって十字架の主を仰ぐということではないかと思うのです。
 
「ヘブル人への手紙」はユダヤ教出身のユダヤ人キリスト者に宛てられた書簡ですが、彼らの一部に、長年にわたって親しんできた神殿儀式への回帰という思いが起こってきたことも、本書執筆の一つの理由であったようです。
 
「また、約束して下さったのは忠実なかたであるから、わたしたちの告白する望みを、動くことなくしっかりと持ち続け、愛と善行とを励むように互いに努め、ある人たちがいつもしているように、集会をやめることをしないで互いに励まし、かの日が近づいているのを見て、ますます、そうしようではないか」(10章23〜25節)。
 
 「集会をやめることをしないで互いに励まし」(25節)とは、「最近、忙しさに紛れてついつい集会を休みがちだけれど、お互いがんばって集会出席に励みましょう」などというようなことではありません。
この場合の「集会」(同)とはキリストの教会のことです。ですから「集会をやめる」(同)ということはキリスト教会を脱会して、つまりイエス・キリストへの信仰を否定して、出て来たユダヤ教の会堂に戻ることを意味しました。
 
だからこそ著者は強調したのです。「原罪という罪、そして個々の罪の赦しは、キリストの犠牲だけで十分なのだ、キリストといういけにえこそ、完全無欠のいけにえなのだ、これ以上のいけにえはもはや必要がないのだ」と。
 
謝恩と悔い改めの日々の連続こそが、価無くして罪赦され、原罪という莫大な負債をキリストに清算してもらった者たちに相応しい生き方であるといえます。
 


投稿者 : famillia 投稿日時: 2015-03-22 16:21:51 (871 ヒット)
2015年礼拝説教

15年3月22日 日曜礼拝説教 

基本信条としての使徒信条
 
陰府からよみがえったキリストが「天にのぼ」ったのは、愛する者たちと共におるためであった
 
使徒行伝1章6〜11節(新約聖書口語訳180p)
 
 
はじめに
 
先日、久し振りに東海道新幹線に乗りました。その日はちょうど、最高時速が二十三年ぶりに、それまでの270劼ら15匸紊って285劼砲覆辰親だとかで、そう言えばどこだったかを走っている時、「ただ今、時速285劼覗行中」とかいった車内放送が流れていましたが。
これで、東京駅と新大阪駅間の所要時間が三分間ほど、短縮されることになったそうです。
 
ところで五月には、二重行政の解消を謳った「大阪都構想」なるものの是非を問う住民投票が大阪市民を対象にして行われることになりました。
現在の二十いくつかある市の行政区を五つの特別区に改編して、行政と財政の効率化を図るのだそうです。
それはそれで結構なことですが、なぜわざわざ「都」をつけて「大阪都」という呼称にしようとするかが、さっぱりわかりません。
 
そもそも「都(みやこ)」とは「宮処」を意味しました。「宮処」とは「みやどころ」であって、それが「みやこ」になったのですが、「宮処」とはもともと、天子様のおわすところ、つまり天皇の宮殿を指し、やがて国の中心地、首都を意味するようになりました。ですから「東京都」というわけです。
 
大阪は首都でもなければ天皇が居住する宮城(きゅうじょう)があるわけでもないのに、何で「大阪都」としなければならないのか、大阪市を改編するにしても、それはそれで大阪府のままではなぜいけないのかが今ひとつ不明です。
 
日本の中心は何と言いましても東京です。それは鉄道の「上り下り」の表示が東京を起点としていることでもわかります。
開通したばかりの北陸新幹線も金沢行きは「下り」で、東京行きが「上り」です。それは東海道新幹線も東北新幹線も同じです。
 
かつて、都と言えば京都でした。関東は東胡(あずまえびす)と言って卑しめられました。ですから誇り高い京都人は、東京に行くことを「東(あずま)に下る」と言い、京都に行くことを「京(みやこ)へ上る」あるいは「上洛する」と言ったとか。
因みに「洛」は京の都のことですが、中国の大都市であった洛陽への憧れから呼ばれたもののようです。
 
ところで「使徒信条」は、死者の世界である陰府と、そして密閉されていた筈の墓から死後、「三日目によみがえ」った主イエスについて、「(主は)天にのぼり、全能の父なる神の右に坐したまえり」と告白します。
 
そこで今週は、陰府にまで降下したキリストが死者の世界からよみがえった後、地上にとどまらないで「天にのぼ」った理由とその意義とをご一緒に考えることにより、神が私たち人間に払っておられる深い配慮に思いを馳せたいと思います。
 
タイトルは「復活のキリストが『天に昇』ったのは、愛する者と共におるためであった」です。
 
 
1.キリストは「天に昇」ったことによって、偏在の神へと戻られた
 
 イエス・キリストの復活から昇天までの出来事を詳細に記しているのがルカ文書です。
 マタイには昇天の模様の記録はありませんし、マルコの場合は、昇天を含めた復活後について書かれている部分(16章9〜20節)が、信頼できる聖書写本にないことから、ほんとうにマルコが書いたかどかについては疑問があるとされています。
 
 ルカ文書の前篇であるルカ福音書の方も、イエスの昇天に関する部分は亀甲括弧(きっこうかっこ)で括られています。
 
「それから、イエスは彼らをベタニヤの近くまで連れて行き、手をあげて彼らを祝福された。
祝福しておられるうちに、彼らを離れて、〔天にあげられた。〕」(ルカによる福音書24章50、51節 新約聖書口語訳134p)。
 
 ところが何年か後に、同じルカの手によって書かれた後篇の使徒行伝の方では、昇天の場所もオリブ山と明記され、昇天の描写の方も詳細になってきています。
 
「こう言い終わると、イエスは彼らの見ている前で天に上げられ、雲に迎えられて、その姿が見えなくなった。
…それから彼らは、オリブという山を下ってエルサレムに帰った」(使徒行伝1章9、12節 180p)。
 
 同じ著者なのに、と思うのですが、使徒行伝を執筆する段階で、新しい資料、伝承が見つかったかしたのかも知れません。
 
 ルカは使徒行伝一章においては、復活したキリストが昇天までの四十日の間、しばしば、弟子たちの前に姿を現わしては、教え続けたと書いています。
 
「イエスは苦難を受けたのち、自分の生きていることを数々の確かな証拠によって示し、四十日にわたってたびたび彼らに現われて、神の国のことを語られた」(1章3節)。
 
 ここに「四十日にわたって」(3節)とあることから、四世紀の教会はこれを文字通りにとって、復活の日から四十日後となる六週間目の木曜日をキリストの「昇天日」と定めたのでした。
 
 ただし、聖書における「四十日」は、
 
ノアの洪水(創世記7章12、14節)、
モーセのシナイ山における十戒授与(出エジプト記24章18節)、
預言者エリヤの逃避行(列王記上19章8節)、
イエスの荒野における断食(マルコによる福音書1章13節)
 
などに出てきますが、これらは「四十日」間というきっちりした期間を指すというよりも、相当な長期間を表す際に用いられた象徴的な意味での日数と考えられます。
 
でも、古代の教会はこれを文字通りにとった結果、教会暦においては、今年のキリスト昇天日は、五月二十四日の木曜日ということになっています。
 
ところで、復活したイエス・キリストが昇天をしたという事実が物語ることそれは、人であったイエスが、それまで封印していた神の尊い独り子という立場に戻ったことを意味します。
 
ということは、イエスがもう一度、神の属性としての能力を帯びることとなったということなのですが、とりわけ、地上を生きる私たちとの関連でいえば、イエスが「偏在(へんざい)」という神の属性を再び帯びることになったということが重要です。
 
「偏在」とは書いて字の如しで、「遍(あまね)く在(あ)る」ということですから、昇天後のキリストは、地上を生きる者、時には地を這いまわるような日々を生きる者の傍らにも常におられる、ということになるのです。
勿論、肉眼で見ることはできませんし、肉声を聞くこともできません。「天」と「地」では次元が異なるからです。
 
でも、人によっては、復活のキリストが天に昇ったりしないで、よみがえりの体を持ったままでこの地上にいてくれれば、どれほどに心強いことかと思うかも知れません。
しかし、イエスが「天」に昇ったからこそ、神の住まうところの「天」は、地上を生きる私たちの傍らに広がることとなったのです。
 
古代の人々は、「天」は人が住む大地の上方、青空の彼方にあると信じておりました。しかし、神の住まう「天」と人が住む「地」とは、次元が異なるだけであって、近接をしているともいえます。
 
イエスが昇天したということは人間にとって、とりわけ信者にとって「天」が身近なものとなり、同時にイエスが傍近くにいてくれることを信じさせるものとなったのです。
 
「主は近い」(ピリピ人への手紙4章5節後半 312p)。
 
 これを新共同訳は分かり易く、「主は近くにおられます」と訳しました。そうです。死の世界からよみがえったキリストは、偏在の神として、信じる者のすぐ近くに常にいてくださるのです。
 キリストが天に昇ったのは、御自身が愛してやまない私たちと共におるためであったとも言えます。
 
 私の妻の従弟は僧侶で、五年前から京都東山にある、紅葉で知られる永観堂という寺の管長を勤めています。
 
 その永観堂は紅葉の他にも「みかえり阿弥陀」という伝承があることで知られています。
永観堂の正式名称は禅林寺だそうですが、その伝承は永観堂という通称のもととなった永観(ようかん/えいかん)という僧にまつわるものです。
永観堂のホームページから引用します。
 
永保2年(1082)、永観50歳のころである。2月15日払曉(ふつぎょう)、永観は底冷えのするお堂で、ある時は正坐し、ある時は阿弥陀像のまわりを念仏して行道(ぎょうどう)していた。
すると突然、須弥壇(しゅみだん)に安置してある阿弥陀像が壇を下りて永観を先導し行道をはじめられた。永観は驚き、呆然と立ちつくしたという。
 
この時、阿弥陀は左肩越しに振り返り、「永観、おそし」と声をかけられた。永観はその尊く、慈悲深いお姿を世に伝えたいと阿弥陀に願われ、阿弥陀像は今にその尊容を伝えると言われている(永観堂ホームページ「みかえり阿弥陀さま 『永観、おそし』」より)。
 
 「永観、おそし」は決して叱責などではなく、「立ち止まることなく、共に行こう」という阿弥陀如来の呼びかけでしょう。
 私たちもこの人生、ときには戸惑い、時には行き詰まり、道に行き暮れる時があるかも知れません。
 
また、その歩みがともすれば遅れがちになるかも知れません。「これではだめだ」と自らを叱咤鼓舞しても、歩みは遅くなるばかり、他の人にとって足手まといになるのではないかと恐れる場合もあります。
 
 しかし、我らの主なるキリストは、時には先導し、時には傍らを歩み、時には後ろから支えてくださるため、弱さを託(かこ)つ私たちのために、一たび、天へと昇られ、そして偏在の神に戻ってくださったのでした。
 
 私たちの前を先導しつつ、後ろを進む私たちを案じてふりかえり、慈愛を込めて「○○、遅し」と声をかけてくださるお方、それが今も生きていて、偏在の神として共にあるイエス・キリストです。
まことに心強いことです。天に昇られた主はどんな時も、あなたの「すぐ近くにおられ」るのです。
 
 
2.キリストが「天にのぼ」られたのは、もう一人の助け主を地上に送るためであった
 
キリストの昇天によって、神の住まいである「天」は、空間的な意味での高き雲の上にではなく、人間が呼べばすぐに反応し、手を伸ばせばたちどころに届くようなところにあるものとなりました。
 
復活のキリストがオリブ山から昇天する際の描写として、ルカは、イエスは「雲に迎えられて、その姿が見えなくなった」と書いています(使徒行伝1章9節)。
 
「雲」を地学では、大気中の水の滴や氷の結晶を表すものを意味しますが、弟子たちが見た「雲」は自然現象としての雲とは違い、神の栄光、神の臨在を示す現象のことでした。
ソロモンによって建立された神殿の奥にある本殿に契約の箱が搬入された際にも「雲」が神殿に満ちたという記録があります。
 
「そして祭司たちが聖所から出たとき、雲が主の宮に満ちたので、祭司たちは雲のために立って仕えることができなかった。主の栄光が主の宮に満ちたからである」(列王紀上8章10、11節 488p)。
 
使徒行伝は、イエスが「天」に帰った際に起きた事象を、その場にいた弟子たちの体験として伝えています。使徒たちの感覚ではイエスがあたかも「雲に迎えられて」(9節)「天にあげられ」(同)たように見えたのでしょう。
 
この「オリブ山」(12節)から「天に上げられ」(9節)たイエスは生前、ご自分が取り去られること、そして天に帰ることによって、ご自分に代るもう一人の助け主が到来することを告げておりました。神の御霊、聖霊です。
 
「わたしは父にお願いしよう。そうすれば、父は別に助け主を送って、いつまでもあなたがたと共におらせてくださるであろう。それは真理の御霊である」(ヨハネによる福音書14章16、17節前半 165p)。
 
「しかし、助け主、すなわち、父がわたしの名によってつかわされる聖霊は、あなたがたにすべてのことを教え、またわたしが話しておいたことを、ことごとく思い起こさせるであろう。」(ヨハネによる福音書14章26節)。
 
聖霊につきましては、使徒信条の第三条を取り上げる際に改めて詳しく解説したいと思いますが、聖霊はイエスに代る「もうひとりの助け主」(16節 新改訳)として、在天の父なる神と、昇天したイエスとによって天から送られた神、第三位格の神でした。
 
「助け主」(16節)とは傍で慰め、励まし、弁護する者という意味であって、一つは「真理の御霊」(17節)という紹介のように、イエス・キリストという「真理」を、そして聖書という「真理」の言葉を分かり易く教え諭してくれるお方です。
 
また聖霊は、昇天の直前にイエスが約束したように、キリストの証人としての力を弟子たちに与える神の霊でもありました。
 
「ただ、聖霊があなたがたにくだる時、あなたがたは力を受けて、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、さらに地のはてまで、わたしの証人となるであろう」(使徒行伝1章8節)。
 
そして復活から五十日目、昇天から十日目の「五旬節」という祭の日、ギリシャ語で「ペンテコステ」の日に、約束の通り、聖霊が地上の教会に傾注されたのでした。
 
「五旬節の日がきて、みんなの者が一緒に集まっていると、突然、激しい風が吹いてきたような音が天から起こってきて、一同が座っていた家いっぱいに響きわたった」(2章1、2節)。
 
専門的な用語を使えば、昇天したキリストとキリストが地上に遣わした聖霊、そして「イエスは主なり」と告白した時に、信じる者の内に住みたもうた聖霊とは、相互に内在しています。つまりキリストは聖霊において、信者の内に住んでいてくださるのです。
 
 
3.キリストが「天にのぼ」られたのは、信者の住まいを天に備えるためであった
 
 そしてもう一つ、キリストが「天にのぼ」(使徒信条第二条)られたのは、ご自身を信じる者たちのために、天に永遠の住まいを準備するためでした。
 
 ヨハネによる福音書には、いわゆる最後の晩餐、実際には過越の食事の席上、イエスの言動に不安を感じる弟子たちに対してイエスが語った希望の言葉が遺されています。
 
「あなたがたは、心を騒がせないがよい。神を信じ、またわたしを信じなさい。
わたしの父の家には、すまいがたくさんある。もしなかったならば、わたしはそう言っておいたであろう。あなたがたのために、場所を用意しに行くのだから。
そして、行って、場所の用意ができたならば、またきて、あなたがたをわたしのところに迎えよう。わたしのおる所にあなたがたもおらせるためである」(ヨハネによる福音書14章1〜3節)。
 
 イエスが昇天したのは、ご自身を信じる忠実な人々のために、その住まいを神のいます天に備えるためでもありました。
 天にある永遠の住まいという望みがあるからこそ、理不尽なことが罷り通る地上にあっても、日々のせちがらい暮らしを耐えることができ、耐え難い試練の数々を乗り越えることができるのです。
 
この望みがキリストを信じる者たちの力の源泉の一つでもあって、それを自らの生き方で例証した人物のひとりが、一昨年の一月から七月にかけて取り上げた信仰の祖、アブラハムでした。
 
「彼は、ゆるがぬ土台の上に建てられた都を、待ち望んでいたのである。その都をもくろみ、また建てたのは、神である。
…これらの人はみな、信仰をいだいて死んだ。まだ約束のものは受けていなかったが、はるかにそれを望み見て喜び、そして、地上では旅人であり寄留者であることを、自ら言いあらわした。
…事実、神は彼らのために、都を用意されていたのである」(ヘブル人への手紙11章10、13、16節 355p)。
 
 地上の「都」は遷都をしたり、時には消滅の憂き目に遭うこともあります。
しかし、神によって「ゆるがぬ土台の上に建てられた」(10節)天の「都」は永遠であり、そこには人間でしかない天子様ならぬ、尊い神の御子が主として、そして圧倒的な守護者として君臨しておられるのです。
 
この「都」の存在をより明らかにし、現実のものとしたのがキリスト昇天の事実でした。そこに私たちの揺るがぬ希望、支えがあるのです。


投稿者 : famillia 投稿日時: 2015-03-15 16:16:05 (915 ヒット)
2015年礼拝説教

2015年3月15日 日曜礼拝説教 

基本信条としての使徒信条
 
神による人類救済計画は、イエスの死人のうちからの
よみがえりによって完成をみた
 
マタイによる福音書27章62節〜28章15節(新約聖書口語訳49p)
 
 
はじめに
 
テレビやネット、週刊誌などのメディアで、「スキャンダル」という言葉を聞いたり目にしたりすることがあることと思います。
 
この言葉は日本語では一般的に「醜聞(しゅうぶん)」として知られていますが、語源はギリシャ語の「スカンダロン」で、新約聖書では「躓(つまず)き」と訳されています。
 
イエスの時代や使徒の時代にもこの言葉は、「人を悪へと誘(いざな)う」「罪を犯させる」などの、否定的な意味でも使用されていましたが、一方、それが人の理解を超えるがゆえに、結果として信じない、信じられないという不信仰が生み出される際などにも使われておりました。
 
そして、後者の意味において「躓き」となり、人々を最も多く躓かせたのが、実は人であった時のイエスでした。
 
まず、故郷ナザレの人々が、会堂で律法を解き明かすイエスに躓きました。
 
「そして郷里に行き、会堂で人々を教えたところ、彼らは驚いて言った、『この人は、この知恵とこれらの力あるわざとを、どこで習ってきたのか。この人は大工の子ではないか。…こんな数々のことを、いったい、どこで習ってきたのか』。こうして人々はイエスにつまずいた」(マタイによる福音書13章54、55節前半、56後半、57節前半 新約聖書口語訳22p)。
 
 常識と言いますのは、人のみが持っている理性と、人あるいは社会がそれまでに味わってきた経験という、二つの要素の組み合わせで形成されたものを言います。
そしてこの一般的な常識の範囲を超えた場合、「常識がない」とか「非常識」だとか「変わっている」などと非難されることになります。
 
イエスの場合、ついこの間まで自分たちが住む町で大工として働いていた者が、いつの間にか律法の教師(ラビ)となって郷里であるナザレの「会堂」(54節)で説教をし、しかもその説教が聴衆をうならせるような見事なものであったことが、彼らの常識のキャパシティ、つまり許容量を遥かに超えてしまうという結果となり、そこでナザレの住民はイエスを受け入れることができず、結果、「人々はイエスにつまずいた」(57節)のでした。
 
 二十一世紀を生きている日本人の多くは、迷信に囚われなくなりつつあるようです。もちろん、そうは言いましても、毎朝のテレビのワイドショーの終わり頃に放送されている「今日の運勢」が一向に消えないのは、一定の需要があるからなのだろうと思います。
 
私自身は運勢なるものは一切信じませんから、自分の星座が何であるのかも知りませんし、興味もありませんからどうでもよいのですが、でも、放送局が公共の電波を使って「運勢云々」とやるのは、放送法に触れないのだろうかという疑問は持っています。
 
 それはさておき、キリスト教の教義にも、二十一世紀を生きる日本人にはいわゆる常識を超えたものとして「躓き」となるであろうものが、少なくとも三つあると思われます。
 
 一つは神が人となった、つまり神の子が人として生まれたという教義です。菅原道真を神として祀る菅原神社のように、人間が神となって崇められるという教えは日本人にはお馴染みですが、その逆の、神が人となったという教えは日本では神話の世界にあるだけですから、無理もないことです。
 
そして二つ目はそれとの関連なのですが、「おとめが身ごもった」という、いわゆる「処女降誕」の教理です。
 
この二つだけでも十分に「躓き」となっているところに、信仰を妨げる三つ目の「躓き」として、死んで確かに墓に葬られた筈のイエス・キリストが、復活をして弟子たちの前に現われ、今も生きている、という教義が説かれていることがあげられます。
 
「神が人となった」ということについてはこのシリーズの四回目(二月一日)で、そして「処女降誕」については五回目(二月八日)で取り上げました。
 
そこで今週は「使徒信条」の十回目として、いわゆる「躓き」の三つ目として挙げたキリストの復活を取り上げます。
タイトルは「神による人類救済計画は、イエスの死人のうちからのよみがえりによって完成を見た」です。
 
 
1.埋葬され陰府に降下したイエスは、父なる神によって「三日目に死人のうちよりよみがえ」らされた(判決)
 
 先週、イエスの死と、それに続く墓への埋葬、死者の世界である陰府への降下、そして陰府からのよみがえりを、陸上競技の三段跳びになぞらえましたが、三段目のジャンプにあたるものがキリストの復活です。
 
「使徒信条」は、主は「死んで(墓に)葬られ、よみ(陰府)にくだり、三日目に死人のうちよりよみがえり」と告白しますが、福音書によれば、イエスの遺体に香油を塗って、本格的な埋葬をすべく、週の初め、つまり日曜日に墓を訪れた女性の弟子たちに対して、御使いが、イエスが「よみがえられた」と告知したとされています。
 
「この御使(みつか)いは女たちにむかって言った、『恐れることはない。あなたがたが十字架におかかりになったイエスを捜していることは、わたしにわかっているが、もうここにはおられない。かねて言われたとおりに、よみがえられたのである。さあ、イエスが納められていた場所をごらんなさい』」(28章5、6節)。
 
 聖書は、十字架で死んだイエスが墓からよみがえったと告げ、また代々の教会もそう告白してきました。
キリストの復活は福音の柱の一つであって、昔話や伝説、フィクションなどではなく、代々の教会はこれを歴史的事実として信じ、伝えてきたのでした。
 
キリストがよみがえったということは、単に死体が生き返った、という単純なことではありません。
 
死亡宣告をされた死体が蘇生するということは、法医学が未発達であった時代、あるいはそのような国々、地域では今もときおり、見られるようです。
ご存じのように、日本の法律では埋葬や火葬は、死後二十四時間を経なければしてはならないとありますが、それは、蘇生の可能性や、死因の究明のための時間と考えられています。
 
             墓地、埋葬等に関する法律(昭和二十三年制定)
第3条 埋葬又は火葬は、…死亡または死産後24時間を経過した後でなければ、これを行ってはならない。
 
 イエスのよみがえりはその死後、三日目のことでした。
 
「さて、安息日が終わって、週の初めの日の明け方に、マグダラのマリヤとほかのマリヤとが、墓を見にきた」(28章1節)。
 
 埋葬は金曜日の日没直前に慌ただしく行われました(一日目)。
そして日没と共に安息日の土曜日が始まり(二日目)、その二十四時間後の午後六時ごろに日曜日つまり「週の初めの日」(1節)が来て、その夜が明けかけた「明け方」(同)に墓を訪れたマリヤたちが見たものが、イエスの遺体のない空の墓であったというわけです(三日目)。
 
イエスの復活は死後、少なくとも三十七時間ないし三十八時間が経過した二晩あとの午前四時か五時ごろまでに起こったものと思われます。
それはイエスが、仮死状態から生き返ったのではなく、完全に死んでからよみがえったのだということを証しします。
 
 そしてもう一つ、聖書が告げる重要な事実は、イエスがよみがえったのは自力でではなく、父なる神がよみがえらせたということでした。
それは使徒の証言で明らかです。
 
「神はこのイエスを死の苦しみから解き放って、よみがえらせたのである」(使徒行伝2章24節前半 182p)。
 
「…しかし、神はこのイエスを死人の中から、よみがえらせた。わたしたちは、その事の証人である」(3章15節後半)。
 
 同じことではないか、と思う人もいるかも知れません。でも、同じではないのです。
 
イエスの体は亜麻布という布に包まれて、墓の奥の棚に安置されておりましたし、イエスの意識は死者が住む、神なき、望みなき死者の世界である陰府にありました。しかもイエスは陰府においては、全くの受け身であったのです。
 
そのイエスを陰府から引き上げ、そしてその体を墓の中からよみがえらせたのが父なる神でした。キリストの復活の主体はあくまでも神ご自身でした。
ですから使徒はその説教において二度も、「神はこのイエスを…よみがえらせた」と、証言しているのです。
 
 聖書はこの二つの事実、すなわち、イエスが体をもってよみがえったこと、そして、そのよみがえりは父なる神によってなされたのであるということを、明確にしております。
 
この事実が何を意味するのかということですが、それはイエスによる一連の出来事、とりわけイエスが罪なき生涯を送ったということが、神によって正式に、そして公的に証明されたことを意味するのです。
 
聖書においては、死は「原罪」の報いとしてすべての人に臨むとされています。
 
「主なる神はその人に命じて言われた、『あなたは園の度の木からでも心のままに取って食べてよろしい。しかし善悪を知る木からは取って食べてはならない。それを取って食べると、きっと死ぬであろう』。」(創世記2章16、17節 旧約聖書口語訳2p)。
 
 しかし、イエスは死の瞬間まで神の戒めを守り抜きました。神の戒めを守るということは罪を犯すまいとしてじっと身を潜めることなどではなく、神を愛し、隣人を心から愛し抜くことを言います。
 
「そして彼らの中のひとりの律法学者が、イエスをためそうとして質問した、『先生、律法の中で、どのいましめがいちばん大切なのですか』。イエスは言われた『心をつくし、精神をつくし、思いをつくして、主なるあなたの神を愛せよ』。これがいちばん大切な、第一のいましめである。第二もこれと同様である、『自分を愛するようにあなたの隣り人を愛せよ』。これらの二つのいましめに、律法全体と預言者とが、かかっている」(マタイによる福音書22章35〜40節)。
 
 「律法(全体)と預言者」(40節)とは聖書のことを意味しました。聖書の基準では、罪を犯すことの反対が、神の思いを第一にすることであり、隣り人をあたかも自分であるかのように受け入れ愛することなのでした。
 
 驚くべきことにこの二つの戒めをイエスは生涯かけて実行することによって、罪を犯さないどころか、罪と対極の愛に満ちた生涯を生きたのでした。
 
 そして厳密な審査の結果、イエスは満点で合格をし、人類史において唯一、罪なき者と認定されたのでした。
 
イエスの陰府滞在時間が三十七時間ないし三十八時間であったということは、ひょっとするとその間に、イエスの生涯が逐一調べられ、その上で、十字架の死については、人類の身代わりとして瑕疵がないかどうかが慎重に審査されたのかも知れません。
勿論、日本が誇るスーパーコンピュータ、「京(けい)」の演算能力を遥かに超える全知全能の神ならば、時間をかけるまでもなく、判断は一瞬のうちに下すことが可能ですが。
 
審査の結果、もしもイエスの人生に罪も染みもないのであれば、陰府がイエスを死者の世界に閉じ込めておく理由がありません。
公正に行われた天の法廷において、父なる神はイエスに対して無罪の判決を下しました。ですからイエスは、正義の神によって「三日目に死人のうちよりよみがえ」らされたのです。
 
 
2.イエスが「死人のうちよりよみがえ」ることができたのは、人類を支配していた法則が変更されたから(完成)
 
イエスに罪がないことが証明されたことには大きな意味があります。
結果、イエス自身、陰府の世界からよみがえることができました。
しかし、それだけであるならば何も、わざわざ人となって地上に降る必要はありませんでした。
イエスが人となったのには大きな目的がありました。贖罪です。
 
イエスの「死人のうちから」の「よみがえ」りは、イエスの死が誤審による単なる死、あるいは個人的な死などではなく、原罪の下にあった人類の身代わりのための死であり、その死が人類の原罪を処分する上で有効な死であったことが、主なる神によって正式に承認されたことを意味するものでした。
 
神がイエスを陰府からよみがえらせることが出来たのは、第一に、イエスに罪がないことが明らかになったからでした。既に申し上げた通りです。
 
しかしもう一つ、神がイエスをよみがえらせることができたのは、イエスの身代わりの死によって、長年にわたって人類を支配してきた法則が廃止され、同時にそれに代って新しい法則が導入されたからでもあったからでした。
 
「なぜなら、キリスト・イエスにあるいのちの御霊の法則は、罪と死との法則からあなたを解放したからである」(ローマ人への手紙8章2節 242p)。
 
 「法則」とは、人がその下に服さざるを得ない規範、あるいは原理のことです。そして、原罪の下にある人類は皆、「罪と死の法則」(2節)すなわち、「罪の法則」の下にあるために、その「罪の法則」が生み出す「死の法則」にも支配される存在でした。
 
しかし、イエスが罪なき人生を、言い換えれば神と人への愛を貫く人生を生きたことによって、少なくともイエス自身はこの「罪と死の法則」からは自由な存在となりました。だからこそ、父なる神はイエスをよみがえらせることができたのでした。
 
問題はイエス以外の人類です。イエス以外は依然として「罪と死との法則」の下におります。だからこそイエスは原罪を背負って「罪と死の法則」の下で、罪びととして十字架につかれたのでした。
そのイエスは十字架上で、人類の代表として処分をされました。その結果、人類が負ってきた「原罪」の処分が完了したのです。
 
金銭貸借を例にとれば、たとい己が身を売り飛ばしたとしても全く返済できないような多額の借金を、もしも誰かが代って支払ってくれたとすれば、「借りたものは償わなければならない」という法則は、その債務者には適用されなくなります。
支払いが完了していますので、その時点で、債務者を縛っていた借用書は無効になっているからです。
 
つまり、イエスの身代わりによって「罪と死の法則」は廃棄されて、新たに「いのちの御霊の法則」(同)が導入されることとなったのです。
 
「いのちの御霊の法則」とは「死の法則」に対する「いのちの法則」のことで、死をもたらす「罪の法則」に対して、神の霊である「御霊の法則」が信じる者を支配するようになります。
そしてこの「いのち」をもたらす「いのちの法則」「御霊の法則」は、陰府にくだっていたイエスに対して、最初に適用されたのでした。
 
つまり、イエスは二重の意味で、すなわち、自身には原罪が生み出す罪の実が一点もなかったことに加えて、「いのちをもたらす御霊の法則」(2節 新共同訳)の適用第一号として、死と陰府の世界から神がよみがえらせたのです。
 
イエスが神によって「三日目に死人のうちよりよみがえ」ったという復活の出来事は、人類を支配していた法則が変更されたこと、言葉を換えれば原罪の贖い、処分が手続きとして完成したことを意味するのです。
 
三段跳びでいえば、キリストの復活が最後のジャンプということになります。キリストは三段目の跳躍であるジャンプを見事に跳び切って、私たちのために永遠の贖いを完成してくださったのでした。
 
 
3.人類を支配してした法則の変更によって、イエスをキリストを信じる者にはよみがえりの体が与えられる(希望)
 
「罪と死の法則」(2節)から「いのちをもたらす御霊の法則(同 新共同訳)への変更が実現したことにより、基本的には誰もがその死後、イエス・キリストと同じように死と陰府の世界から「よみがえ」ることが可能となりました。
 
「基本的には誰もが」と申しましたが、それは無条件ではありません。一つだけ、条件があります。
 
その条件とは、自分自身が生まれながらにして「原罪」を負う罪びとであることを認め、神を無視して生きてきたことを悔い改め、そしてイエスを神の御子、救い主として心と人生に信じ受け入れることです。
そうすれば誰であっても「罪と死の法則」から「いのちをもたらす御霊の法則」の下に生きることができるようになります。
 
「しかし、彼を受けいれた者、すなわち、その名を信じた人々には、彼は神の子となる力を与えたのである」(ヨハネによる福音書1章12節 135p)。
 
 「神の子となる力」(12節)の「力」とは権利、特権、資格、身分、立場のことです。
 そして、まことに有り難いことに、信じた者は「神の子」という身分を与えられただけでなく、キリストと同じように、いつの日にか、不死の体をもってよみがえることができるようになります。
 
「しかし事実、キリストは眠っている者の初穂として、死人の中からよみがえったのである」(コリント人への第一の手紙15章20節 274p)。
 
この「初穂」が何なのかということにつきましては、昨年のイースター礼拝説教の後篇でも触れましたので、ここにその一部を引用したいと思います。
 
「初穂」といいますのは、最初の収穫を意味します。そして、律法では「初穂」は過越祭の安息日の翌日に、幕屋において神に奉献すべきものとされました。
 
「イスラエルの人々に言いなさい。『わたしが与える
地にはいって穀物を刈り入れるとき、あなたがたは穀物の束を、祭司のところに携えてこなければならない。彼はあなたがたの受け入れられるように、その束を主の前に揺り動かすであろう』」(レビ記23章10、11節前半 旧約聖書口語訳169p)。
 
復活したキリストは「初穂」(20節)として神に受け入れられたのです。初穂は後に続く収穫のしるしです。
つまり、キリストの復活は後に続く信者の復活のしるしであった、ということなのです。
信者は永遠を体のない霊魂として生きるのではなく、体をもって、但し新しい体を与えられて生きるのです(2014年4月27日「最重要事項として伝えられたもう一つのこと、それはキリストが予告通り、三日目によみがえったこと(後)― 霊魂の不滅か、死者の復活か)。
 
 何でキリスト教でなければならないのかということですが、いかがわしいカルト宗教は別として、日本ではお寺さんやお宮さんが日本人の生活や心の支えとして機能してきたことは確かです。
 
私自身、昨年の六月から十一月までの日曜特別礼拝における「日本人とキリスト教」シリーズを通して、改めて日本の伝統宗教について学び直すことにより、伝統宗教に対して敬服の念を新たにすることができました。
 
 その上で、やはりキリスト教を日本人にお勧めする理由(わけ)は三つあります。
 
 一つは、宇宙の起源です。宇宙がもしも知性を持った偉大な存在の手によるものであるならば、被造物はみな、その偉大な存在を認め、相応の敬意を払わなければなりません。
そして宇宙が神々の合作ならばいざ知らず、唯一の神の創造の産物であるならば、その唯一の神をこそ、創造者として礼拝することが、知性を持った人間の務めであることになります。
そして聖書は、聖書に啓示されているキリストの父なる神こそ、天地万物の創造者であると宣言しているのです。
 
生まれて初めてキリスト教会に行った時、牧師が、「神は実在しています。その神こそが人間を含めて世界を造った神さまです」と言った時、「もしもそういう神がいるならば、日本人であっても、人間ならばその神を信じるのは当然のことではないか」と、素朴に思ったことが、そもそもの出発、原点でもありました。
 
 二つ目は、原罪の処分の方法です。今回の「使徒信条」の説教では、どこまで整理して説明をすることができたかはともかく、人類が負っている「原罪」という罪の根の処分が可能な人、つまり救い主は、罪なきキリスト、人であったキリストだけであるからです。
 
 私たちは一部のいかがわしい新興宗教やカルト宗教を除く諸宗教の、開祖、教祖、預言者と呼ばれる先達たちを評価、尊敬することにおいて吝かではありません。
しかし、イエス・キリストは別格なのです。どこにキリスト以外、罪なき生涯を生き、その身を犠牲にして死に、そして神からよみがえらされたお方がいるでしょうか。
 
そして三つ目、どの宗教も死後の、極楽や天国での安息を約束します。
しかし、霊魂ではなく具体的な体というものを伴なう永遠の生命を保障してくれるのは、キリスト教だけなのです。そしてその保障がキリストの復活です。
 
決して、「あっちの水は苦いぞ、こっちの水は甘いぞ」と言って、キリスト教に誘い込もうとしているわけではありません。
ある方は、「手前味噌」と思われるかも知れません。しかし、日本で生まれ、日本で育ち、日本古来の宗教に馴染んできた日本人であるにも関わらず、日本人に対し、日本人としてキリスト教を勧めるのは、以上の理由によるのです。
 
「その時、ペテロが聖霊に満たされて言った、『…この人(イエス・キリスト)による以外に救いはない。わたしたち(人類)を救いうる名は、これを別にしては、天下のだれにも与えられていないからである』」(使徒行伝4章8、12節 185p)。


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