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投稿者 : famillia 投稿日時: 2015-05-17 16:18:13 (1255 ヒット)
2015年礼拝説教

15年5月17日 日曜礼拝説 

基本信条としての使徒信条
 
キリストが「かしこよりきたりて生ける者と死にたる者とを審」くその日、歌うのはレクイエムかハレルヤコーラスか
 
コリント人への第二の手紙5章10節(新約聖書口語訳282p)
 
 
はじめに
 
 テレビドラマの視聴率の低下が目立つようになりました。何しろ、あの木村拓哉主演のドラマでも十四パーセントか十五パーセントがやっとで、しかもそれで全ドラマ中、トップというのですから、想像がつくと思います。
そういう春ドラマの中で深夜にも関わらず、健闘しているようなのがテレビ朝日系で金曜の夜中放映の、「天使と悪魔−未解決事件匿名交渉課」という警察ドラマです。
 
このドラマのキャッチコピーは、「天使のような新人警察官と悪魔のような天才弁護士が司法取引によって未解決事件の真相に迫るサスペンスストーリー」なのだそうですが、日本では未承認の「司法取引」を被疑者に持ちかけることによって、未解決の事件を根本的解決へと導くという内容のドラマです。
深夜の放映にしてはまずまずの視聴率なのだということです。
 
さて、その「司法取引」ですが、これは米国や英国では普通に採用されている制度であって、被疑者と検察の間で、被疑者への求刑を軽減したり、罪に問わないことを条件に、被疑者が持っている秘密の情報を提供させ、あるいは証言させることによって、より重大な犯罪の解決を図ろうとするものです。
 
確かに実(じつ)を得るという点では合理的な制度のようにも見えますが、難点は二つ、一つは被疑者が自分の立場を有利にするため、偽の情報を出す誘惑にかられ、結果として冤罪が増加するという事例が頻出すること、そしてもう一つが、司法取引によって見逃された罪と、正義に基ずく法の執行という検察権との兼ね合いがどうなるのかという、根源的な疑問が出てくることです。
 
特に二つ目の事柄は、生真面目な性格の日本人にとっては容認することのできない問題なのだとのことです。
しかし、この制度が米英において導入されている背後には、法の目を潜(くぐ)った犯罪者や被疑者の最終処分は神の審判に委ねるという、有神論的思想、具体的にはキリスト教の基本教理の一つである「最後の審判」への委任という考えがあるのだそうです。
 
その「最後の審判」です。今週は「使徒信条」のイエス・キリストに関する告白条項の最後ですが、キリストに関する箇条の最後の告白は「(主は)かしこよりきたりて生ける者と死にたる者とを審き給わん」です。
 
そこで今週の説教タイトルは、「キリストが天『よりきたりて生ける者と死にたる者とを審』くその日、歌うのレクイエムかハレルヤコーラスか」としました。
 
「最後の審判」は、モーツアルト(オーストリア)やベルディ(イタリア)、フォーレ(フランス)等の作曲で有名な、「死者のためのミサ曲」である「レクイエム」にあるように、その日が悔恨の涙を流す「涙の日」となるのか、それとも人生の労苦が報われる「慰めの日」となるのかが問われる決定的な神の審きを指しますが、運命を左右するもの、それは私たちの生き方にあると聖書は言います。
 
 
1.「最後の審判」は、初期ユダヤ教の教えであると共に、全キリスト教会に共通する教えである
 
三十五か三十六の若さで死んだイエスは、見方によっては宗教的、思想的天才であったと言えます。
ユダヤ社会の全体利権を一手に握る大祭司などの宗教当局が、危機感をバネに挙(こぞ)ってイエスの排除、排斥に動いたのも、それだけユダヤ社会、そして一般民衆に対するイエスの宗教的影響力が強かったからでした。
 
そしてパウロ。イエスの衣鉢を継いだのが、律法学者として前途を嘱望されていた若きパリサイ人、サウロ、後のパウロでした。
 
イエス・キリストの使徒として活動していたパウロが、地中海世界にディアスポラ(離散の民)として広がっていたユダヤ人社会の宗教指導者たちから、蛇蝎の如くに忌み嫌われ警戒されたのも、ユダヤ人に対する彼の影響力が大きかったからででした。
 
西暦五十八年頃、パウロはエルサレムにおいて、ユダヤ当局に弾劾されて、ローマ総督ペリクス(フェリクス)に騒擾(そうじょう)罪の廉で訴えられるのですが、その際のパウロ非難が、この男は「疫病のような人間で」であったということからも、パウロの影響力の大きさを見てとることができます。
 
「さて、この男は、疫病のような人間で、世界中のすべてのユダヤ人の中に騒ぎを起こしている者であり、また、ナザレの異端のかしらであります」(使徒行伝24章5節 新約聖書口語訳223p)。
 
 このように、ユダヤ教とキリスト教の関係は、まさに水と油という状態に思えるのですが、世界の終わりに「最後の審判」があるということについては、両者は共通です。例えば、預言者イザヤの託宣です。
 
「そして主が審判の霊をもって、シオンの娘らの汚れを洗い、エルサレムの血をその中から除き去られるとき、シオンに残る者、エルサレムにとどまる者、すべてエルサレムにあって、生命の書にしるされた者は聖なる者ととなえられる」(イザヤ書4章3、4節 947p)。
 
 北イスラエル王国で活動したイザヤは、紀元前八世紀の預言者ですが、学者はイザヤ書四章の記述には後世の手が入っていると考えているようです。つまり、ユダヤ教の思想が加えられているというのです。
 
 ユダヤ教は、エルサレム神殿が五一五年に再建された後に成立した宗教であって、ヘロデ大王のリフォームを経た神殿が、ローマ軍によって西暦七十年に崩壊するまでの期間に形成されたものを、ユダヤ学者は「初期ユダヤ教」と呼称しております。
 そして、ユダヤ教が生み出した文書で、正典とされたダニエル書には、「最後の審判」の思想が顕著です。
 
「またちりの中に眠っている者のうち、多くの者は目をさますでしょう。そのうち、永遠の生命にいたる者もあり、また恥と、限りなき恥辱をうける者もあるでしょう。賢い者は、大空の輝きのように輝き、また多くの人を義に導く者は、星のようになって永遠にいたるでしょう」(ダニエル書12章2、3節 1243p)。
 
ただし、イエス時代のユダヤ教は、人間の功徳を強調する宗教として、災害や疾病、障害などを人間の悪行に対する神の罰と考えるようにもなっておりました。いわゆる「因果応報論」です。
 
そしてその思考の影響下にあったのがイエスの弟子たちでした。彼らは通りがかりに見た生まれつきの盲人を見て、イエスに質問します、「彼が盲人として生まれついた原因は、本人が罪を犯したからなのでしょうか、それとも親のどちらかが原因なのでしょうか」と。
 
「イエスが道をとおっておられるとき、生まれつきの盲人を見られた。弟子たちはイエスに尋ねて言った、『先生、この人が生まれつき盲人なのは、だれが罪を犯したためですか。本人ですか、それともその両親ですか』」(ヨハネによる福音書9章1、2節 153p)。
 
 これに対してイエスは弟子たちに、「そのどちらでもない」と答えることによって、ユダヤ教的因果応報論を否定します。
 
「イエスは答えられた、『本人が罪を犯したのでもなく、また、その両親が犯したのでもない。ただ神のみわざが、彼の上に現われるためである』」(ヨハネによる福音書9章3節 153p)。
 
 この点に関しては、本来のキリスト教はイエス時代のユダヤ教とは明確に異なります。
ただ、残念なことに今日でも、原理主義的キリスト教の信奉者の中には、地震などの災害や病気、身体的障害などを、正しからざる者への神の罰と決めつける者がいることは事実です。
 
 信じ難いことですが、大地震で壊滅的な被害を受け、悲嘆と痛みの真っただ中にあるネパールで、韓国のNPO団体から派遣された医療チームの一部が現地の人々に向かい、「今回の地震はイエスではなく、ヒンズーの神を信じて起きたことだから、イエスを信じなければならない」と言って総スカンを食(くら)ったという報道が先週、世界を駆け巡りました。
 
なお、このNPO団体「グッドピープル」の総裁は趙百陝淵船隋Ε茱鵐)牧師だそうですが、こういう独善的な思考は嫌韓感情を増幅させるだけでなく、キリスト教そのものの印象を悪化させることにも繋がります。
 
なお、繰り返しますが、災害や疾病、身体的障害などを、人間の罪悪に対する神の懲罰とする考えはイエス時代のユダヤ教のものであって、イエスの考えでもなければ、正統キリスト教の教えでもありません。
 
しかし、一方、神が正しい審きを下すという「最後の審判」については、イエスがヘブライの伝統を受け継いでいたことは事実であって、それはその教えの中でも繰り返し強調されています。
 
イエスが刑場に連行されていく途次、いわゆる十字架の道行きにおいて、彼が受けた不当な判決と理不尽な処刑を嘆くエルサレムの婦人たちに対して、イエスが語った言葉がそれでした。
 
「エルサレムの娘たちよ、わたしのために泣くな。むしろ、あなたがた自身のため、また自分の子供たちのために泣くがよい。『不妊の女と子を産まなかった胎と、ふくませなかった乳房とは、さいわいだ』という日が、いまに来る。そのとき、人々は山にむかって、われわれの上に倒れかかれと言い、また山にむかって、われわれにおおいかぶされと言い出すであろう。もし、生木でさえもそうなれるなら、枯木はどうなるであろう」(ルカによる福音書23章28〜31節 131p)。
 
イエスはこの世界と個々の人間の未来とに必ず訪れる「最後の審判」に触れることによって、今のままでよいのか、今こそ、神との関係を改善すべきではないのか、真摯な悔い改めが必要ではないのかと、人々に対して警告を発したのでした。しかもそれは、自らの処刑が待つ刑場に向かいながらのことであったのでした。
 
 「最後の審判」についてのイエスの教えは、特に、マタイによる福音書の譬え話において顕著です。
 
「人の子が栄光の中にすべての御使いたちを従えて来るとき、彼はその栄光の座につくであろう。そしてすべての国民をその前に集めて、羊飼いが羊とやぎとを分けるように、彼らをより分け、羊を右に、やぎを左におくであろう」(マタイによる福音書25章31〜33節 42p)。
 
キリストもまた、褒賞と処罰とが世界の終わりに、そして人それぞれの人生の終わりにあることを信じていたのでした。
 
但し、偽善を忌み嫌ったイエスの場合、評価の基準は行為の背後の動機、つまり愛の有無にあったことは、ユダヤ教の律法主義的善行と一線を画したものではありました。
 
 キリストを最高審問官とする「最後の審判」は、キリストが「かしこ」すなわち、全能の父なる神の右」の座から下ってきて、生者と死者との人生を評価、判断することとして実現します。
 
そして、この「最後の審判」という教理は、「使徒信条」を真摯に告白するローマ・カソリック教会と、私たちプロテスタント教会とが共に信奉する共通の教えでもあります。
 
両者には歴史的に、対立と相克があったことは事実であり、教理理解の面では、救済論や教会論において相容れない違いもあります。しかし、基本信条である「使徒信条」を奉ずるという点においては一致しております。そういう意味において、この共通点を大事にしなければなりません。
 
 
2.「最後の審判」の対象者は生者、死者のすべて、対象は生前の行いすべてである
 
「最後の審判」というこのイエスの教え、考えを受け継ぎ敷衍(ふえん)して、これを神学的に展開したのが使徒パウロでした。たとえばローマの信徒への書簡です。
 
「神はおのおのに、そのわざにしたがって報いられる。すなわち、一方では、耐え忍んで善を行って、光栄とほまれと朽ちぬものとを求める人に、永遠のいのちが与えられ、他方では、党派心をいだき、真理に従わないで不義に従う人に、怒りと憤りとが加えられる。悪を行うすべての人には、ユダヤ人をはじめギリシャ人にも、患難と苦悩とが与えられ、善を行うすべての人には、ユダヤ人をはじめギリシャ人にも、光栄とほまれと平安とが与えられる。なぜなら、神には、かたより見ることがないからである」(ローマ人への手紙2章6〜11節 235p)。
 
 何とも恐ろしい宣告ですが、ここから見えてくるものは、「最後の審判」の対象者が、人種的、民族的、宗教的差異を超えて、すべての人間が対象であること、そして審判の対象が、人がなしてきた「そのわざ」(6節)であることです。
 
 使徒信条は、主なるキリストが「かしこよりきたりて生ける者と死にたる者とを審き給わん」と告白しますが、審きの対象者はその時点で生きている者だけではありません。既に亡くなった者も、です。
 
「なぜなら、わたしたちは皆、キリストのさばきの座の前にあらわれ、善であれ悪であれ、自分の行ったことに応じて、それぞれ報いを受けねばならないからである」(コリント人への第二の手紙5章10節 282p)。
 
 そして、審判の対象はそれぞれが「自分の行ったことに応じて」(10節)なのですが、口語訳に欠けているものがあります。
 
それが「体において(ディア トゥ ソーマトス)」という言葉です。つまり、生者だけでなく亡くなった者も、その人が生前、「体(ソーマ)」をもって生きていた時の行為、振る舞い、生き方に「応じて、それぞれが報いを受け」(同)ることになるということです。
 
イエスの譬え話しの続きです。ここで注目すべきことは、「審判」の対象は「自分の行ったこと」(10節)なのですが、この中に、実は「行わなかったこと」も含まれているということです。
 
もう一度、イエスの語った譬え話に戻ります。まず、「羊」として「右」に分けられた者に対する宣言があります。
 
「そのとき、王は右にいる人々に言うであろう、『わたしの父に祝福された人たちよ、さあ、世の初めからあなたがたのために用意されている御国を受け継ぎなさい。あなたがたは、わたしが空腹のときに食べさせ、かわいていたときに飲ませ、旅人であったときに宿を貸し、裸であったときに尋ねてくれたからである』」(マタイによる福音書25章34〜36、40節)。
 
 「いえ、そんな覚えはありませんが」と不思議がる人々に対し、イエスが重ねて説明します。
 
「すると、王は答えて言うであろう、『あなたがたに言っておく。わたしの兄弟であるこれらの最も小さい者のひとりにしたのは、すなわち、わたしにしたのである』」(25章40節)。
 
 判決は続いて、「やぎ」として「左」側に分けられた者たちになされます。
 
「それから、左にいる人々にも言うであろう、『のろわれた者どもよ、わたしを離れて、悪魔とその使いたちとのために用意されている永遠の火にはいってしまえ。あなたがたは、わたしが空腹であったときに食べさせず、かわいていたときに飲ませず、旅人であったときに宿を貸さず、裸であったときに着せず、また病気のときや、獄にいたときに、わたしを尋ねてくれなかったからである』」(25章41〜44節)。
 
 当然、疑問の声があがります、「そんな記憶はありません、あなたが苦しんでいたのに知らぬ顔をしていたなんて」と。これに対してイエスの指摘が続きます。
 
「そのとき、彼は答えて言うであろう。『あなたがたによく言っておく。これらの最も小さい者のひとりにしなかったのは、すなわち、わたしにしなかったのである』」(25章45節)。
 
 彼らは「したこと」ではなく、「しなかった」(45節)ことを、ここで審かれたのでした。
 
「そして彼らは永遠の刑罰を受け、正しい者は永遠の生命に入(い)るであろう」マタイによる福音書25章45節)。
 
但し、このイエスの譬え話にある「最も小さい者」(45節)とは、単なる社会的弱者のことではなく、「わたしの兄弟であるこれらの最も小さい者」(40節)、つまり信仰の仲間、隣り人を意味すると解するのが専門家の意見です。
 
だからといって、めったやたらと神の怒り、神による審判を強調して伝道することは感心できません。
 
米国では英国からの独立前の植民地時代、神の怒り、永遠の滅びを強調する説教をして、多くの回心者を得たジョナサン・エドワーズのようなリバイバル伝道者もいましたが、それは偏った福音理解と、少々歪んだ性格のなせるわざであったのかも知れません。
この人がした、ひたすら、神の怒りと地獄の恐ろしさを語る説教として有名なものが「怒れる神の御手の中にある罪人」という説教です。
 
「最後の審判」という教えに、罪の抑止効果があることは確かな事実です。それは死刑制度というものが、凶悪犯罪の抑止となっていることでもわかります。
 
少年法が改正される前、「人を殺しても未成年だから死刑にはならないし、たとい収監されても数年で娑婆に戻って来ることが出来る」と嘯(うそぶ)いた未成年の被告がいましたが、「撒いた種は自らが刈り取ることになる」という原則が、社会の秩序を守り、同時に自他を破滅から救うということは事実です。
 
 先週、久しぶりにモーツアルトの作曲による「レクイエム」をカラヤンの指揮、ベルリンフィルハーモニーの演奏で聴きました。
便利な世の中になったもので、ネットでラテン語歌詞に訳がついた映像で視聴することができました。しかも無料です。
 
ご存じのように「レクイエム」は「安息を」という意味で、ローマ・カソリック教会の、「死者のためのミサ」の祈祷文に曲がつけられたものですが、圧巻は「怒りの日、その日は世界が灰燼に帰する日である」「奇しきラッパの響きのうちに、各地の墓からすべての死者が御座の前に集められる」「書物が開かれ、隠されていたことが明らかになる」という「怒りの日、その日」です。
 また、「罪ある者が審きを受けるために、灰の中からよみがえる」と歌われる「涙の日、その日」は、聴く者を震撼させます。
 
いつの日にか、「わたしたちは皆」(同)、最高審問官であるキリストのさばきの座の前に」(コリント第二5:10)出廷をすることになる、という教えが、私たちの人生に良い意味においての緊張感をもたらしてくれるということを、肯定的に受け止める者は幸いです。
 
 
3.「最後の審判」は、神への忠誠を最後まで貫いた者にとっては「慰めの日」「褒賞の日」となる
 
 しかもそれだけではありません。「最後の審判」という教えは、すべての人の罪のために、御子イエスが犠牲の小羊として、永遠の贖いを全うしてくださったという福音を再認識させるという効果があり、同時にそのキリストがもう一度、「生ける者と死にたる者とを審」くために、「かしこよりきたり」給うという「再臨」への信仰を燃やす効果もあります。
 
「そして、一度だけ死ぬことと、死んだ後(のち)さばきを受けることが、人間に定まっているように、キリストもまた、多くの人の罪を負うために、一度だけご自身をささげられた後、彼を待ち望んでいる人々に、罪を負うためではなしに二度目に現われて、救いを与えられるのである」(ヘブル人への手紙9章27、28節 352p)。
 
 「使徒信条」が告白するように、キリストが「かしこよりきたり」給う目的は、「生ける者と死にたる者とを審」くためですが、それはまた、「報い」(第二コリント5:10)を与えるためでもあります。
 
すなわち、怖れおののいて、その日を神の「怒りの日」、悔恨の思いで流す「涙の日」として迎える者がある一方、長年の労苦が報われる「慰めの日」、「褒賞の日」として迎えるのが私たち、「イエスは主なり」と告白して、キリストへの忠誠を貫いた者たちです。
 
「またわたしは、天からの声がこう言うのを聞いた、『書きしるせ』、『今から後、主にあって死ぬ死人はさいわいである』。御霊も言う、『しかり、彼らはその労苦を解かれて休み、そのわざは彼らについていく』」(ヨハネの黙示録14章13節 400p)。
 
 伝道とは、教会を大きくすることではありません。伝道あるいは福音宣教とは一人でも多くの人が、いつの日にか直面する「最後の審判」に際し、この日を感謝し、救いの確信をもって迎えることができるようにお助けすることなのです。
 
その日、歌うのは「レクイエム」か、それとも歓喜の「ハレルヤコーラス」か、ですが、誰もが「ハレルヤコーラス」に加わって欲しいというのが、私たちの切なる願いです。
 
先ほど、ジョナサン・エドワーズというリバイバリストの説教について触れましたが、原理主義的、保守的キリスト教会は、イエスを主と信じない者は皆、地獄に落ちて永遠に苦しむとします。
 
しかし、私たちの同胞、日本人の多くはキリスト教と無縁です。
 
一度も教会に行ったこともなければ、聖書の話しも聞く機会もないまま、しかし、朝に夕に神々を畏れ、仏を敬って、自らの勤めに精進し、家族を懸命に愛してその生を終えた者が、キリストを信じなかったということで、意識を持ったまま滅びの中、未来永劫、苦しみ続けるというならば、あまりにも理不尽ではないかという疑問が生じます。
 
そしてそういう疑問から、「万人救済説」という教理が生まれました。キリストの神は愛であるから、ついにはすべての人類を救済してくれるであろうという期待から生まれたものです。
 
死後の運命ということについては、「使徒信条」の最終回、「とこしえの命を信ず」の中で、「万人救済説」についても解説したいと思いますが、この「救済説」が人間の願望でしかなかったならばどういうことになるか、想像しただけでも恐ろしくなります。
 
つまり、伝道の動機と理由はそこにあるのです。「万人救済説」は魅力的ですが、聖書的、教理的には不確かな説であって、確実であるとだれも保証することができないものなのです。
 
しかし、神なき人生を悔い改めて「イエスは主である」と信じ告白している者は、確実に救済されます。その例が十字架上で悔い改めた究極の犯罪人、テロリストでした。
 
「もうひとりは、それをたしなめて言った、『おまえは同じ刑をうけていながら、神を恐れないのか。お互いは自分のやったことの報いを受けているのだから、こうなったのは当然だ。しかし、このかたは何も悪いことをしたのではない』。そして言った、『イエスよ、あなたが御国の権威をもっておいでになる時には、わたしを思い出してください』。
イエスは言われた、『よく言っておくが、あなたはきょう、わたしと一緒にパラダイス(註 神の国のこと)にいるであろう』」((ルカによる福音書23章40〜43節 132p)。
 
私たちの愛してやまない者たちがこの地上の生を生きている間に、キリストから「あなたはきょう…パラダイスにいる」(43節)という宣告を受けていれば、その人は安心して彼の世に旅立つことができますし、あるいは平安をもって彼の世へと送り出すことも可能です。
 
そういう意味で、直接的、間接的に命の福音を伝えること、福音宣教に関わることこそ、家族、親族、友人、知人をはじめとする同胞、隣り人に対する究極の愛の「わざ」であると言えるのです。
 
最後に歌うのは神の憐れみを乞う「レクイエム」か、はたまた歓喜の叫びの「ハレルヤ・コーラス」か。「最後の審判」は私たち生きとし生ける者に、それを問い掛けます。


投稿者 : famillia 投稿日時: 2015-05-03 16:28:30 (984 ヒット)
2015年礼拝説教

15年5月3日 日曜礼拝説教
 
基本信条としての使徒信条
 
「全能の父なる神の右に座」すキリストは、その民を迎えるため、やがて再び「かしこよりきたり」給う(後)―「再臨」をどのように受け止めるべきか
 

テサロニケ人への第一の手紙4章12〜18節 5章1〜11節(新約聖書口語訳322p)

 
はじめに
 
 今日、五月三日はGHQから押し付けられたとされる「日本国憲法」が、新しい憲法として施行された日です。あれから六十八年が経ちました。
それから二十年後の一九六七年には、玩具メーカーの「タカラ」から「リカちゃん人形」が発売されました。時間が経つのはほんとうに早いものです。
 
ところで「リカちゃん」の誕生日がいつかご存じでしょうか。「リカちゃん」の誕生日は憲法の施行の日と同じ、今日、五月三日です。
ついでに言いますと「リカちゃん」のフルネームは、「香山(かやま)リカ」というのだそうです。知りませんでした。
 
時間ということですが、先週四月二十六日の日曜礼拝説教では、時間(大きく言えば歴史)というものをどう捉えるかという時間理解には、時間を円、つまり「円環的」に理解するものと、線、つまり「直線的」に理解するものとがあること、そして時間の「円環的理解」には希望というものがなく、「直線的理解」にこそ確かな希望があるということをお話しました。
 
 そしてその三日後、米国の上下両院合同会議において、日本の安倍晋三総理大臣が日本の首相としては初めてという演説を致しました。
内容もさることながら、四〇分間丸々英語で演説すると聞いていましたので、コーヒーカップを片手に万全の態勢を整えて、テレビの前に座りました。
 
現地のワシントン時間では四月二十九日の水曜日、午前十一時過ぎ、日本時間では三十日の木曜日午前〇時を少し過ぎて始まった演説は予定よりも五分ほど長い四十五分間にも及びましたが、議会の儀礼とはいえ、議員たちのスタンディングオベイションは十度を超えて、まずまずの反応であったようでした。

 翌日、外務省のホームページを覗くと、英語の原文とその和訳がアップされていましたが、朝日新聞と読売新聞の朝刊が、左と右に対訳のかたちで英文と和訳を載せていると聞きましたので、朝日の方をコンビニで一五〇円を支払って購入しました。この新聞は他に読むところがほとんどないので、勿体ない気もしましたが。

  演説の全文を入手して知ったのは、演説の英語のタイトルが単なる「希望の同盟」ではなく、「希望の同盟へ(Toward an Alliance of Hope トゥワード アン アライアンス オブ ホープ」であったことでした。
 
 タイトルに「〜に向かって(Toward)」があることはとても重要なことであると思いました。それは、現在の日米間の「同盟」が更に堅固なもの、真の意味での「同盟」を意味する「希望の同盟」というかたちに向かって前進することを意味しているからです。
 
議会演説をリアルタイムで聞いていて感じた個人的感想を言うならば、言い回しや内容が米国に阿(おもね)っている、諂(へつら)っている、とまでは言いませんが、少々媚びたものとなっていたように思えました。
 
また、歴史認識に関しては、「お詫び」とか「謝罪」といった用語を使わなかったことは適切でしたが(演説が米国民を代表する上下両院の議員へのものであって、韓国や中国は無関係ですから、当然です)、「深い悔悟(ディープ リペンタンンス)とか、「痛切な反省(ディープ リモース)」など、あたかも先の大戦の責任が日本にのみあるかのような用語、表現に、何でも彼でも日本が悪かったのだという、戦後の自虐史観の基となった、いわゆる「東京裁判史観」を核とした「戦後レジームからの脱却」を政治信条としているといわれる首相の演説にしては、意外な感じもしました。
しかし、大きな目的の達成、つまり、迫りくる中国の脅威に対抗する意味での日本国の安全保障のためには、やむを得ないもの、考えに考えた末の深謀遠慮の文言であったのかも知れません。

 一切の同盟関係を否定して永世中立を掲げるスイスの場合、徴兵制度が布かれていて、女性は任意ですが、男性の場合は十九歳か二十歳になりますと、十五週間の兵役訓練を受け、その後も予備役として、二十年以上、毎年、訓練を受けることが定まっていて、各家には国から貸与された自動小銃が備えられているとのことです。

 また、同国では二年前に、徴兵制度の是非を問う国民投票が実施されましたが、民意は制度の継続でした。 

スイスのような国を目指すならば、徴兵制はともかくとして、国防予算を現在の何倍にもしないとやっていけませんし、第一、地政学的に見ても「一国平和主義」政策を取ることが不可能である以上、独立国家として延命する道は、基本的価値観を共有する、信頼の出来る大国との同盟関係を強化する以外にはないことになります。
そういう意味では、日本が米国との関係強化を謳った「希望の同盟」という方針は、現時点において日本が取り得る唯一の外交政策なのだろうと思われます。
 
それはそれとして、改めて気がつかされたのは、本当の意味での堅牢な安全保障としての「希望の同盟(アライアンス オブ ホープ)」というものを、「全能の父なる神の右に座」しておられる最高の主権者なるイエス・キリストとの間に、ただ恵みと憐れみによって結んでいるという特権に与かっているのが、イエスを主と告白している私たちなのだという事実でした。
「感謝、感激、雨、霰(あられ)」とはまさにこの事です。
 
今週は先週の続きで、キリストの第二降臨である「再臨」の時期や様態について、そしてその備えに関して、聖書がどのように教えているかということについて、見ていきたいと思います。
   
 ところで、説教には三つの要素があります。
一つ目は正しい説教であること、二つ目はわかり易いものであること、そして三つ目が楽しいこと、です。
当教会で語られている説教が楽しいかと言いますと、そうとは言えませんし、分かり易いかと言うならば、分かり易さは心掛けてはいるのですが、理屈っぽくて分かりづらいかも知れません。

 しかし、正しさ、特に聖書解釈の正確さや教理理解の正当性に関しては、特に注意を払っております。

 三つの要素で最も大事なものは正しいかどうか、ということだと思います。そういうわけでこれからも、何よりも正しさを追求しつつ、その上で分かり易く、できるだけ楽しい説教に「向かって」努めていきたいと思いますので、お祈りとご協力とをお願い致します。
 
 
1.再臨の時期 その日その時は誰も知らない
 
 さて、「再臨」という教えを信じる者の関心は当然、それはいつになるのかという時期に向かいます。では、聖書は何と言っているかといいますと、時期は「誰も知らない」です。
 
「その日、その時は、だれも知らない。天にいる御使いたちも、また子も知らない。ただ父だけが知っておられる」(マルコによる福音書13章32節 新約聖書口語訳75p)。
 
 知っているのは「父だけ」(32節)であって、「子も知らない」(同)とイエスは言いました。しかし、今は「子も知」っています。なぜならば、「子」は全知全能の神の立場に復帰しているからです。
 
 また、「再臨」は予告なしに突然、起こるとも言われています。
 
「兄弟たちよ。その時期と場合については、書き送る必要はない。あなたがた自身がよく知っているとおり、主の日は盗人が夜くるように来る。人々が平和だ無事だと言っているその矢先に、ちょうど妊婦に産みの苦しみが臨むように、突如として滅びが彼らをおそって来る。そして、それからのがれることは決してできない」(テサロニケ人への第一の手紙5章1〜3節322p)。
 
  「盗人」(1節)は普通、犯行を予告しはしません。前以て犯行を予告するのはアルセーヌ・ルパンくらいのものです。
そのように、「再臨」に代表される「主の日は盗人が夜くるように」(2節)、「突如として」(3節)「来る」(2節)と、テサロニケの人々に対してパウロは書き送りました。
 
「エホバの証人」とか「ものみの塔」とかいうカルトグループがあります。
特に二十世紀には、キリストの「再臨」の時期を予告して教勢を拡大してきました。しかし、予告は悉く外れてきました。
彼らは「ダニエル書」や「ヨハネの黙示録」など、いわゆる「黙示文学」の記述を一方的に都合よく解釈して再臨の時期を尤もらしく算出して発表したりします。
 
しかし、「時期や場合」(1節)、つまり、時間の流れとしての「時期(クロノス)」や、特定の機会としての「場合(カイロス)」は、天地の支配者である全能の父なる神と子なるキリストが決めることですから、私たちは知らなくてもよい、お任せしておけばよいのです。
 
時々、自称預言者が現われて、再臨の時期を予告する場合がありますが、それらは例外なく偽預言者の類いです。無視して差し支えありません。
それは今年中に「来る」かも知れませんし、来年かも知れません、あるいは百年後、二百年後かも知れません。
 
でも、神との交わりという霊的な「昼」を生きている者にとっては、それはいつであってもよいのです。

「しかし、兄弟たちよ。あなたがたは暗やみの中にいないのだから、その日が、盗人のようにあなたがたを不意に襲うことはないであろう」(5章4節)

 
2.再臨の様態 「再臨」は文字通り「再臨」として生起する
 
では、「再臨」は具体的にどのようなかたちで起こるのかと言いますと、キリストの天からの来臨として起こるとされています。

「すなわち、主ご自身が天使のかしらの声と神のラッパの鳴り響くうちに、合図の声で、天から下ってこられる。その時、キリストにあって死んだ人々が、まず最初によみがえり、それから生き残っているわたしたちが、彼らと共に雲に包まれて引き上げられ、空中で主に会い、こうして、いつも主と共にいるであろう」(4章16、17節)。

 キリストの「再臨」の際には二つのことが起こるとされていますが、それには順序があるようです。

まず、キリストが「天使のかしらの声と神のラッパの鳴り響くうちに、合図の声で、天から下ってこられる」(16節)と、「キリストにあって死んだ人々が、まず最初によみがえり」(同)ます。つまり、膨大な数の死者が眠っている状態から目覚めて、不死のからだ、復活のからだを与えられます。
 
そして次に起こることが、その時点で生存している信者が、「最初によみがえ」(同)った者たちと「共に雲に包まれて引き上げられ、空中で主に会」(17節)うのですが、その際、生存者のからだは不死のからだ、復活のからだに化せられるようです。
 
パウロはどうも、主の「再臨」は自分自身が生きている間に起こると思い込んでいたようです。ですから、「生き残っているわたしたち」(17節)と書いたのでしょう。
 
問題はこの後です。キリスト教の保守派(コンサバティブ)あるいは原理主義(ファンダメンタリズム)に立つ教派は、キリストは「空中」(17節)までは来るが、すぐには地上に降りてくるわけではなく、しばらく、空中にとどまって、その後、地上に下ってくる、と考えます。
つまり「再臨」には「空中再臨」と「地上再臨」とがあると言います。
 
キリストの「再臨」に伴ない、その時点で地上で生存をしていた信者が「引き上げられ」(同)ることを「携挙(けいきょ)」と言うのですが、その際、すべての信者が「携挙」されるとする見解と、そうではなく、信者は分別されて、忠実な信者のみが「携挙」され、ちゃらんぽらんな信仰生活を送っていた信者は地上に取り残される、そして、「携挙」された忠実な信者は「小羊の婚宴」という目出度い祝宴に出席することがゆるされる一方、地上に残された信者は患難時代という苦しい期間をくぐる中で、清められて救われるという見解とがあるようです。
 
最終的に救われるのならば結構なようにも思えますが、「携挙」に伴なって、もしも航空機の機長や新幹線の運転士、偶々乗ったタクシーの運転手さん、あるいは手術中の外科医が忠実な信者で「携挙」の対象者であったならば、どうなってしまうのでしょうか。
 
実は米国で数千万部も売れて、ニコラス・ケイジ主演で映画化もされた「レフト・ビハインド」という小説があるそうです。
高度一万メートルの上空を飛んでいるジャンボ機の機長が、コックピットを出て客室に行くと、客室は異常に状態になっていて、何人もの乗客が衣服や持ち物を座席に置いたまま、忽然といなくなっている、という事象を見ることとなり、それが発端となって物語が展開するのだそうです。 
 
そういえば、この「レフト・ビハインド」という映画が六月に日本でも上映されるという案内が、教会にも届いていたような記憶があります。
因みに「レフト・ビハインド」とは「置いていかれる」とか「とり残される」という意味です。
 
私が学んでいた全寮制の神学校では、日曜派遣と言いまして、日曜日には学生は朝からみな、都内か都下、あるいは近隣の神奈川、千葉、埼玉の各教会に、訓練という名目の奉仕に派遣されて、夜、学生寮へと帰ってきます。
ある時、同級生の一人が派遣先の教会から帰寮したところ、寮は真っ暗で学生は一人もいなかった。彼は驚き慌てふためきました、「『携挙』が起こって、自分はとり残されたのだ」と。
しかし、やがて三々五々、学生たちが寮に帰ってきて、彼はホッと胸を撫で下ろしたと告白しておりましたが。
 
キリスト教ファンダメンタルズによると、聖徒たちが「携挙」された後の地上には「反キリスト」が出現し、すべての権力を掌握して、ユダヤ人を迫害するのだそうです。これを「患難時代」と言い、その期間は七年間あるいは三年半なのだそうです。
 
「レフト・ビハインド」を信じる者たちは、「携挙」から洩れて「とり残された」信者たちも、この「患難時代」を通るが、悔い改めて信仰を新たにし、結束をすることによって、「反キリスト」に抵抗するのだと考えるようですが、この間、「携挙」された聖徒たちはキリストと共に空中で「小羊の婚宴」を祝い、その後、キリストと共に地上に降りてきます。
その結果、「反キリスト」の勢力は最終的に鎮圧され、地上に「千年王国」が始まるのだとのことです。
 
問題は、それらの見解が主に「ヨハネの黙示録」や「ゼカリヤ書」などの黙示文学を根拠にしていることです。どのようにでも解釈することが可能な譬え話や黙示文学などから、教理を引き出すことは避けねばならないというのが、原則なのですが。
 
では、「携挙」というものをどう考えたらよいのかと言いますと、パウロが書いているように、キリストは確かに最初、空中に来られる、そしてその時点で死者の復活と、地上で「生き残っている」(17節)信者たちのからだの栄化があり、間を置かずによみがえった聖徒たちと共にキリストが地上に下ってくると考える見解もあります。
 
この見解を取る者は、前者の見解が「再臨(セカンドカミング)」ではなく、「三臨(サードカミング)」あるいは「2.5臨」になってしまいかねないと考えているようです。
どちらにせよ、キリストの「再臨」は、いつの日にか見字通り「再臨」として生起する、それが聖書の主張です。
 
 
3.再臨への備え 目を覚まし、落ち着いて暮らす
 
最後に、「再臨」に対する心構え、備えというものについて教えられたいと思います。イエスは「再臨」を、用事で出かけていた家の主人が帰ってくるようなものであるとしました。
 
「気をつけて、目をさましていなさい。その時がいつであるか、あなたがたにはわからないからである。それはちょうど、旅に立つ人が家を出るに当たり、その僕(しもべ)たちに、それぞれ仕事を割り当てて責任を持たせ、門番には目をさましておれと、命じるようなものである。だから、目をさましていなさい。いつ、家の主人が帰ってくるのか、夕方か、夜中か、にわとりの鳴くころか、明け方か、わからないからである。あるいは急に帰ってきて、あなたがたの眠っているところを見つけるかも知れない。目をさましていなさい。わたしがあなたがたに言うこの言葉は、すべての人々に言うのである」(マルコによる福音書13章34〜37節)。
 
  大事なことは信仰的に「目をさましてい」(35節)るということです。
信仰的に目覚めていれば、主がいつ戻ってきても、すぐに迎えに出ることができるからです。 
 
この箇所ではイエスは三回も「目をさましていなさい」と言っています(33、35、37節)。
大事なことは信仰的に目覚めているということです。そして、信仰的に目覚めているということは、来たり給う主を常に意識し、主と共に日々を暮らすということです。
  
「キリストがわたしたちのために死なれたのは、さめていても眠っていても、わたしたちが主と共に生きるためである」(テサロニケ人への第一の手紙5章10節)。
 
  そして、「主と共に生きる」(10節)ということは、決して特別な生活をすることではなく、日常生活をきちんと生きるということです。
 
「そして、あなたがたに命じておいたように、つとめて落ち着いた生活をし、自分の仕事に身をいれ、手ずから働きなさい。そうすれば、外部の人に対しても品位を保ち、まただれの世話にもならずに、生活できるであろう」(4章11、12節)。
 
 一世紀半ばのテサロニケの信者さんたちの場合、「再臨」信仰が高まると共に、浮足立って仕事が手につかないという人が出てきたようです。だからこそ、パウロは注意をしたのでしょう。「つとめて落ち着いた生活をし、自分の仕事に身をいれ、手ずから働」(11節)くようにと。
 
 それは決して禁欲的に生きるということではありません。むしろ、私生活を充実させて、日々の生活を楽しむことも「落ち着いた生活を」(11節)送ることでもあります。
 そういう「落ち着い」(同)て、日々の職務に励み、家庭を形成する中で、ある種の緊張感を持って、やがて来る「世の終わりの終わり」を意識することが大切なのです。
 
 「エスカトロジー」、つまり「キリスト教終末論」には大別すると、「現在的終末論」と「未来的終末論」とがあります。
 
 そして「現在的終末論」の一つに「実現された終末論」と呼ばれるものがあります。
 「実現された終末論」は、キリストが完全支配する「神の国」は、既に実現しているという見方です。その根拠の一つがパリサイ人の問いに対するイエスの答えです。
 
「神の国はいつ来るのかと、パリサイ人が尋ねたので、イエスは答えて言われた、『神の国は、見られるかたちで来るものではない。また、見よ、ここにある、あそこにある』などとも言えない。神の国はあなたがたのただ中にあるのだ」(ルカによる福音書17章20、21節 119p)。
 
 しかし、これは先週、四月二十六日の礼拝説教で触れましたように、イエスによって「世の終わり」が始まったのだとすれば問題ありません。事実、神の国、神の支配は信じる者の心と人生に既に始まっているからです。
 
 一方、「未来的終末論」にも「未来的終末論」と「将来的終末論」とがあります。
 どこがどう違うかと言いますと、「未来」とは「未だ(いま)来たらず」で、遠くにあって見えていないものなのです。これに対し、「将来」は「将(まさ)に来たらんとす」で、もう、すぐそこまで来ている、という意味での「将来的終末論」です。
 
 たしかに神の国、つまり神の支配は始まってはいますが、未完成であって、完成の途上にあり、完成に向かって進んでいる状態です。

でも、それは決して遠い未来ではなく、「将(まさ)に来たらんとす」る将来なのであって、そこに希望があるわけです。

キリスト信者とは、イエスを主と告白することによって神の子という立場、身分を与えられ、全能の父なる神、子なるキリストとの「同盟(アライアンス)」の関係に入れられた者のことなのです。

 地上の政治的、軍事的同盟関係は、自国の国益が優先ですから、いつ何時、破棄されるかわかりません。

大東亜(太平洋)戦争末期のソ連の侵攻、具体的には日本がソ連との間に結んでいた「日ソ不可侵条約(日ソ中立条約)」の破棄がそのいい例といえます。

昭和二十年八月、ソ連は条約の一方的破棄を通告して、日本が支配している満州、朝鮮北部、南樺太、千島に侵攻してきて、多くの日本人住民を虐殺しました。そして、それがまさに国際政治なのです。今日の友がいつ敵になるかも知れません。 

しかし、イエス・キリストはいつまでも信じる者たちの友であり、永遠の救い主です。だからこそ、この主なるキリストを裏切ったり、悲しませたりしてはならないのです。

「再臨」への備え、それは主なるキリストとの同盟を「希望の同盟」として有り難く受け止め、この「同盟」を強化することであるともいえます。

すなわち、信仰的に目覚めて主を想い、教会生活を大事にすると共に、それぞれの日々の務め、それが仕事ならば仕事、学業ならば学業、家庭の形成ならば家庭の形成に、心を傾け身を入れて陰日向なく励むこと、それが将来に起きる「再臨」への健全な対応であり、備えだと思います。

「どうか、平和の神ご自身が、あなたがたを全くきよめて下さるように。また、あなたがたの霊と心とからだとを完全に守って、わたしたちの主イエス・キリストの来臨のときに、責められるところのない者にして下さるように。あなたがたを召されたかたは真実であられるから、このことをしてくださるであろう」(5章23、24節)。 


投稿者 : famillia 投稿日時: 2015-04-26 16:19:55 (907 ヒット)
2015年礼拝説教

15年4月26日 日曜礼拝説教 

基本信条としての使徒信条
 
「全能の父なる神の右に座」すキリストは、その民を迎えるため、やがて再び「かしこよりきたり」給う(前)― 世の終わりの終わりを告げる「再臨」
 
使徒行伝1章10、11節(新約聖書口語訳180p)
 
 
はじめに
 
ネパールでマグニチュード7・8という大地震が起きたもようです。建物や家屋が倒壊し、大勢の死者が出ているようです。災害救援に関する卓越したノウハウと装備、技術と能力を持っている日本の国際緊急救助隊の出番です。
一刻も早く現地に駆け付けて、特に倒壊した建物などの下敷きになったり、瓦礫の下に埋もれてしまっている人々を一人でも多く、助け出してほしいものです。
 
地震と言えば日本でも、先週の月曜日(4月20日)午前、沖縄県・与那国島の近海で、マグニチュード6・8の地震が起こりました。
この地震によって震源地に近い台湾全土でも揺れが観測され、北部の町ではアパートで火災が起き、八十歳代の男性が死亡したとのことでした。
 
この地震報道を受けて、元NHKアナウンサーが「与那国での地震、そして…台湾でM6を超える地震」とツイートしたところ、「知床旅情」という歌で有名な女性歌手がそれを受けて「基地建設の始まった与那国、神の怒りのようね」とつぶやいたというのです。
 
自衛隊の基地建設については、三月一日の説教の「はじめに」でも触れましたように、賛成が多数となった住民投票の結果を踏まえて進められているようですが、この歌手によれば、二十日に起きた地震は、基地建設を進める与那国島に対して示された神の怒りであるということになります。
 
基地建設の是非を決める住民投票は、基地建設反対派が主導したものであって、その際、投票結果を住民の意思として尊重するということが確認されておりました。
にも関わらず、このたびの地震を「与那国」に対する「神の怒りのよう」というのは、筋が通らないだけでなく、与那国島の住民、議会を貶めるものでもあるともいえます。
 
特定のイデオロギーに影響されると、人はこうなってしまうという一つの例かも知れません。「原罪」の特徴は、自身が絶対正義という思い込みから、反対者あるいは反対意見は悪、とするところにあるからです。
彼女は多くの批判を受けてこのツイートを削除したそうですが、それにしても、自然災害を神の怒り、天罰と考える的外れの思考にはほんとうに失望させられます。
 
自然災害が天罰や神罰ではないことは、四年前に発生した巨大地震をめぐる小論「3・11東日本巨大地震について」(教会ホームページにも掲載)でも説明をしましたが、この「神の怒り説」「天罰説」と共に、聖書を神の言と信じる保守的立場のまじめなキリスト信者が陥り易いものが、大災害は「世の終わりの前兆」であるとする考えです。
 
でも、自然災害を世の終わりのしるし、前兆とする見方は、聖書の偏った読み方、一方的な解釈から生まれてくるものです。
この、偏った見方や考え方に陥らないためにも、聖書の正しい学びが重要なのです。
 
使徒信条は三つの条文から成っています。第一条は「天地の造り主、全能の父なる神」についての告白です。そして第二条が神の「独り子、我らの主、イエス・キリスト」に関する告白、第三条は第三位格である「聖霊」なる神についての告白です。
 
その第二条のキリストについての信仰箇条の場合、キリストの立場や人格に関する告白の後に、その過去の業績、現在の状態そして、未来におけるキリストの働きについての三つの告白が続きます。
 
キリストは今、神の御座の右という光栄ある地位に着いていますが、これからの未来においてキリストが何をするのか、という未来のキリストの働きについて、今週から、三回にわたって解説を致します。
 
 そこで使徒信条第十三回目の今週の説教タイトルは、「『全能の父なる神の右に座』すキリストは、その民を迎えるため、やがて再び『かしこよりきたり』給う」です。
 
 
1.円環としての時間理解と、直線としての時間理解
 
 「エンドレス」という言葉があります。「エンド」は終わり、「レス」は無いですから、「終わりがない」、「果てしない」という意味です。
 
「終わりがない」といえば、半島からのいつ終わるとも知れない日本への謝罪要求ですが、この問題についてノーベル文学賞の万年候補が最近、インタビューで語ったという、「相手が『わかりました、もういいでしょう』と言うまで謝るしかないんじゃないかな。謝ることは恥ずかしいことではありません」という自虐思考の考え方が、早速、ネットで叩かれていました。
 
このインタビューは共同通信という通信社が行ったもので、同通信社から配信を受けた地方新聞が、それを先週はじめに一斉に掲載をしたのですが、私のところにその切り抜きを、広島在住の若い知人がわざわざ送ってきてくれました。
 
― 日中韓のバランスの基盤が新しくできるまではいろいろある?
  
村上 落ち着くまでにはかなりの波乱があるでしょうね。…ただ歴史認識の問題はすごく大事なことで、ちゃんと謝ることが大切だと僕は思う。相手国が『すっきりしたわけじゃないけど、それだけ謝ってくれたから、わかりました。もういいでしょう』と言うまで謝るしかないんじゃないかな。謝ることは恥ずかしいことではありません」(2015年4月21日(火)中国新聞 村上春樹さん、時代と歴史と物語を語る)。
 
確かにこの作家が言うように、「謝ることは恥ずかしいことではありません」。しかし、悪いことをした覚えがなければ謝る必要はありませんし、仮に百歩譲って謝ったとしても、その民族的、文化的特性、政治的事情から、「もういいでしょう」などは決して言わないまま、際限なく未来永劫、エンドレスで謝罪と賠償を要求されることは目に見えています。
 
このお方の信条は弱い立場の者に寄り添うことなのだそうです。それはそれで結構なことですが、被害を訴える者がみな、正しいわけではありません。
多分、このお方は善人で「ナイーブ」な感性の持ち主なのでしょうが、このインタビュー記事を読んで、何ともノー天気でお気楽なコメントのように思えました。
 
厄介なのはこのお方が何かの間違いでノーベル文学賞などを受賞した場合、大江何とかという御仁と同様、ノーベル文学賞受賞者という肩書を引っ提げて独りよがりの言論活動を行って、国内外の反日活動家やマスコミに利用され、その結果、大事な国益を損ねることです。
 
因みに英語の「ナイーブ」は極度に神経質な状態などを意味する言葉であって、良い意味での繊細さを表現する場合には「センシティブ」が適切であるということを、昔、神学校の英語の時間に、講師の米国人宣教師から習った覚えがあります。
 
話しが脱線しましたが、終わりのない「エンドレス」は、不毛の苦痛と倦怠を生み出します。
そして、時間とは終わりがないもの、つまりエンドレスであるとした、つまり、時間というものをいつ果てるともなく繰り返される円、つまり円環的なものとしたのが古代ギリシャ人でした。
 
これに対し、ヘブライ人の時間についての概念は直線的なものであって、時間には始まりがあり、そして終わりがある、というものです。
小預言書のひとつ、ハバクク書を引用します。
 
「この幻はなお定められたときを待ち、終わりをさして急いでいる。それは偽(いつわ)りではない。もしおそければ待っておれ。それは必ず臨(のぞ)む。滞(とどこお)りはしない」(ハバクク書2章3節 旧約聖書口語訳1298p)。
 
キリスト教はこのヘブライの時間概念を受け継いでいます。時間というものは、創造者である唯一の神による宇宙創造の際に始まったものであって、初めがある以上、終わりもあります。
そして、この直線的な時間の支配者が、キリストの父なる神であるがゆえに、時間は人類の救いという「終わり」(3節)、つまり目的に向かって進んでいることがわかります。
 
なお、ギリシャ的、円環的時間概念には希望というものがありません。なぜならば、すべてはいつ終わるともなく繰り返されるからです。
そのため、ギリシャ人はこの円環的時間から解放されるために、救済というものを、時間の支配下にある肉体という牢獄から魂が抜け出て、天界へと解放されることであると考えたのでした。
 
なお、このギリシャ思想とよく似ているものがインドの輪廻(りんね)思想で、生命は前世、現世、来世と、生まれ変わり死に変わりして、エンドレスの状態を続けるとします。
 
このような円環的時間観念はギリシャ人に、希望というものを厄災の一つであるとする考えを抱かせました。
それが「パンドーラの箱」というギリシャ神話です。希望もまた人類にとっての厄災と考えられていたゆえに、その他の災いと共に箱の中にしっかりと閉じ込められていたのでした。
 
なぜ希望が厄災かといいますと、実現しない希望、つまり、から望みは失望という苦しみをもたらすからです。
いつ終わるとも知れず、ただ繰り返されるだけの時間の中では、明日は今日の繰り返しでしかありません。その結果、希望を持つことは却って苦痛となるのです。
 
これに対してキリスト教は、希望は実現する、と断言します。なぜならば、流れゆく時というものを支配しコントロールする神が、愛の神として存在しているからです。
 
「そして、希望は失望に終わることはない。なぜなら、わたしたちに賜っている聖霊によって、神の愛がわたしたちの心に注がれているからである」(ローマ人への手紙5章5節 新約聖書口語訳238p)。
 
 口語訳が「希望は失望に終わることはない」(5節)と訳した言葉を、アルトハウスというドイツの学者は、「この希望は人を恥にまみれさせることはない」と訳しました(パウル・アルトハウス著「ローマ人への手紙 翻訳と註解」115p NTD)。
 
 キリストにある希望がなぜ、神を信じる者に恥を来たらせることがないかと言いますと、神を信じた時に与えられた神からの賜物である聖霊によって、神の愛が信じる者の心に注がれるという経験、すなわち、愛されているという体験へと導かれているからです。
 
 人生のある場面、苦痛や試練がいつ果てるともなく続くかのように思える時があるかも知れません。しかし、私たちを救うという神のビジョンである「幻は…終わりをさして急いでいる」(ハバクク書2章5節)のです。
 
 
2.世の終わりの始まりを告げたキリストの来臨
 
 キリストにある「希望は失望に終わることは」ありませんが、時間には終わりがあります。でもそれは、終わりというよりもゴールであり、終着点という意味でもあるのです。
 
 時間の概念を直線とすることについては、ヘブライの伝統を継ぐユダヤ教とキリスト教は一緒です。また、時の中心がキリストの来臨にある、という点でも、両者は共通しています。
 
 しかし、ユダヤ教とキリスト教の決定的な違いは、「時の中心」をどこに置くかという点である、キリスト教は「時の中心」を、二千年前のイエス・キリストの誕生の出来ごとに置くがこれに対してユダヤ教は、「時の中心」を、将来におけるキリストの来臨に置く、と考えたのがフランス出身のオスカー・クルマンという新約聖書学者でした。
 
ユダヤ教と原始キリスト教との間にあるこの相違を、我々は、しっかりと見つめていなければならぬ。なぜなら、それはキリスト教の時の區分を理解する上に、決定的なものだからである。時の中心は、もはや未来のメシヤの來臨でなくて、過去において完成した、イエス・キリストの歷史的な生涯及び活動である。
かくて我々は、キリスト教の時間觀がユダヤ教のそれに對して持つ新しきものは、時の區分の仕方に求めらるべきであることを知る(オスカー・クルマン著 前田護郎訳「キリストと時」67p 岩波現代叢書 1954年)。
 
このように、ユダヤ教ではメシヤ・キリストはまだ地上には来臨してはいないのです。ですからユダヤ教では「世の終わり」はまだ来てはいません。
 
しかし、キリスト教では「世の終わり」はすでに来ており、始まっているとしております。それは神の独り子であるイエス・キリストが、人としてこの世に来られた時(これを第一降臨といいます)に始まったと考えています。
 
ユダヤ教出身のキリスト教徒を対象にして書かれたヘブル人、つまりユダヤ人への手紙の冒頭部分をお読みします。
 
「神は、むかしは、預言者たちにより、いろいろな時に、いろいろな方法で、先祖たちに語られたが、この終わりの時には、御子によって、わたしたちに語られたのである」(ヘブル人への手紙1章1、2節前半 343p)。
 
 「この終わりの時には」(1節)とあります。この「終わり」(同)の原語の「エスカトス」から「エスカトロジー(終末論)」という用語が生まれましたが、このヘブル書の記述から、世の「終わり」がイエス・キリストの来臨、つまり生誕とその生涯の事績、とりわけ十字架、復活の出来ごとによって、既に始まっていることがわかります。
 
 四年前の三月十一日に起きた東日本巨大地震の際、保守的な立場のキリスト教会に、この巨大地震は世の終わりの前触れだといったような見解が飛び交いました。しかし、その見方は、イエスがエルサレムに入城した週に、弟子たちの質問に対して語った言葉に関する誤解が元となっています。
 
 エルサレム神殿の壮麗さに感嘆する弟子たちに対して、イエスは神殿が崩壊する日が来ることを予告します。
 
「イエスは言われた、『あなたは、これらの大きな建物をながめているのか。その石一つでもくずされないままで、他の石の上に残ることもなくなるであろう』」(マルコによる福音書13章2節 74p)。
 
そこで弟子たちが質問します。それはいつ起こるのか、その際の前兆はどんなものなのか、と。
 
「わたしたちにお話しください。いつ、そんなことが起こるのでしょうか。またそんなことがことごとく成就するような場合にはどんな前兆がありますか」(マルコによる福音書13章4節 74p)。
 
 これに対してイエスは、にせキリストの出現、戦争と戦争の噂、民族間の紛争、国家間の対立、そして地震、飢饉などの災害をその前兆としてあげるのですが(13章6〜8節)、イエスによる予告はあくまでも、その四十年後の西暦七十年の、ローマ軍によって惹き起こされたエルサレム壊滅の出来ごとの「前兆」を言っているのです。
 
影響力の違いはあれ、偽キリストは昔から出現していましたし、この二千年の間、戦争の噂どころか、国家間の戦争自体、絶えませんでした。
 
ジャンヌ・ダルクの火刑でも有名になった、英仏間の戦争は百年も続いたので「百年戦争」と呼ばれましたし、十七世紀の前半に西ヨーロッパを主戦場にして行われた「三十年戦争」では四百万人の人が亡くなり、この結果、ドイツの人口は半減したといわれています。
近年では、二十世紀の二つの大戦で、合わせて五千万人を超える人々が犠牲となったとされています。
 
二十一世紀の悩みの一つは民族紛争ですが、それは今に始まったことではありません。民族紛争、部族間の軋轢は古代から世界各地で常に起こっておりました。
 
自然災害もまた、現代に限ったことではありません。巨大地震により、また地震に伴う大津波によって、古来、栄華を誇ったいくつもの文明が滅びもしてきました。
つまり、「世の終わり」のしるしとされている出来事は過去にも繰り返し繰り返し、起こってきていたのです。
 
現代が「世の終わり」なのではありません。ヘブル人への手紙の冒頭にありますように、「世の終わり」はイエス・キリストの到来によって始まりました。
それは人類の救済という終着点を目指して始まり、今まさに「終わり」向かって進んでいるのです。
 
 
3.世の終わりの終わりを告げるキリストの再臨
 
少々ややこしいのですが、「世の終わりの始まり」を告げるものがイエス・キリストの最初の降臨であったのに対し、「世の終わりの終わり」を告げるものが、キリストの二回目の降臨、つまり再臨です。
 
「そのとき、大いなる力と栄光をもって、人の子が雲に乗って来るのを、人々は見るであろう」(マルコによる福音書13章26、27節 75p)。
 
 これはキリスト自身による、再臨に関する言及であるとされています。ただ、人であった時のイエスは、ご自身の再臨がエルサレム神殿の破壊を含むエルサレムの滅亡のそう遠くない時期に起こると思っていたようではあるのですが。
 
 その五十数日後、同じオリブ山から昇天したイエスを呆然と見送る弟子たちに対して、御使いが最初に告げたこともイエスの再臨のことでした。
 
「イエスの上って行かれるとき、彼らが天を見つめていると、見よ、白い衣を着たふたりの人が、彼らのそばに立っていて、言った、『ガリラヤの人たちよ、なぜ天を仰いで立っているのか。あなたがたを離れて天に上げられたこのイエスは、天に上って行かれるのをあなたがたが見たのと同じ有様で、またおいでになるであろう』。」(使徒行伝1章10、11節 180p)。
 
いま、「全能の父なる神の右に座」しているキリストが、再び「かしこよりきたりた」もう目的は、「その選民を呼び集める」(27節)ため、つまり、愛するご自分の民を御許に迎えるためなのです。
 
「そのとき、彼は御使いをつかわして、地のはてから天のはてまで、四方からその選民を呼び集めるであろう」(マルコによる福音書13章27節)。
 
 永遠の神の御子が人として誕生したということ、完全に死んだのに死者の世界からよみがえったということ、しかも不死の状態で今も生きているということなど、それだけでも信じ難いことであるのに、そのキリストが天から再度、地上に下ってくるという教えは、もう私たち日本人の知的理解を超えたものではあります。
 
 しかし、これを愛の貫徹、愛の成就という観点から見れば納得することが可能です。
 確かに聖霊という「もうひとりの助け主」によって、地上を生きる私たちは自分が神に愛されているということを実感もし、経験もしています。
 しかし、それは靴の上から痒いところを掻くような隔靴掻痒という、何とも歯がゆい感じであることも事実です。
 
しかし、キリストが命がけで救ったその民を放置しておくわけがありません。必ずや、迎えに来る筈です。そしてその時、もしも存命であるならば、人は顔と顔とを合わせてイエスと相見(まみ)えるにことができるのです。
 
「わたしたちは、今は、鏡に映して見るようにおぼろげに見ている。しかしその時には、顔と顔とを合わせて、見るであろう。わたしの知るところは、今は一部分にすぎない。しかしその時には、わたしが完全に知られているように、完全に知るであろう」(コリント人への第一の手紙13章12節 271p)。
 
顔を「鏡に映して見」(12節)ることが何で「おぼろげ」(同)なのかと言いますと、古代の鏡は金属を磨いたものであったからです。ガラスの鏡のようにはいかないわけです。しかし、「その時には、顔と顔を合わせて、見る」(同)ことになります。
 
愛という視点で見れば、再臨は知的にも、情的にも極めて納得することのできる教えであると言えます。
 
再臨の信仰、それはキリスト教会の、そして人類の希望そのものです。私たちは今、「時の中心」であるキリストの最初の降臨と、「世の終わりの終わり」である二回目の降臨との間を生きています。
そして、「世の終わり」が終わる時、真の意味での神の国、神の支配が始まるのです。そこに最終の希望があります。
 
 
次回は再臨の様態をめぐる種々の主張を検討した上で、最も聖書的と思われる見解をご紹介し、更に、再臨への正しい態度について教えられたいと思います。


投稿者 : famillia 投稿日時: 2015-04-19 16:16:21 (892 ヒット)
2015年礼拝説教

15年4月19日 日曜礼拝説教 

基本信条としての使徒信条
 
昇天したキリストは今、最高の主権者として「全能の父なる神の右に座し」ている
 
エペソ人への手紙1章20、2節(新約聖書口語訳302p)
 
 
はじめに
 
 四月の半ばを過ぎて、今年も中国大陸から飛来する黄砂とpm2.5に不安を感じ、悩まされる時期になりました。
この時期は外出時のマスクの着用は欠かせません。とりわけ大陸に近いため、大気汚染の被害をもろに受ける九州地方では、気象予報の際には当日の天候と共に、黄砂とpm2.5の飛来状況を放送するのが常のことなのだそうです。
 
彼の国は今、「アジアインフラ投資銀行(AIIB)」の設立に向けて余念がありませんが、アジアのインフラ云々の前に、資金とエネルギーを投入して優先的に取り組むことは、他国にまで甚大な被害をもたらしている同国の大気汚染の原因解明と、その抜本的解決ではないかと思います。
 
そういう意味では、国家主席として彼の国の最高権力の座に着いているお方には、今こそ、国民の健康と暮らしを守るために、強力な指導力を発揮してもらいたいものです。
その座にはそれだけの権限と、そして責任とが付与されているからです。
 
さて、先月末から先週まで、教会では、棕櫚の日曜日礼拝、復活祭礼拝、墓前礼拝・教会開設記念野外礼拝などが続きましたが、今週から「使徒信条」の連続説教を再開したいと思います。
 
三月二十二日の第十一回で、キリストの昇天の意味について教えられましたが、これからの三回は、昇天後のキリストの現在と、そして未来における働きについてご紹介したいと思います。
 
そこで今週は「死にて葬られ、陰府(よみに)くだり、三日目によみがえ」って、元の住まいである「天にのぼ」られたキリストが、その天においていかなる立場となり、またどのような務めを果たしておられるのかということについて、ご一緒に教えられたいと思います。
 
今週の説教タイトルは、「昇天したキリストは今、最高の主権者として『全能の父なる神の右に座し』ている」です。
 
 
1.昇天したキリストはついに、「全能の父なる神の右に座」するに至った
 
以前、ルー・ウォリスという米国の作家が書いた、「ベン・ハー」という、キリスト時代のパレスチナを舞台とした小説について触れたことがあります。
 
「ベン・ハー」とは、小説の中では「ハ一」というユダヤ人家族の息子という意味で、主人公の父親の名前はイタマール、主人公の名はユダです。
ユダヤの裕福な家に育った「ベン・ハー」つまりユダは、ユダヤ総督殺害を企図したという罪状で捕縛され、裁判を受けることもないまま、ローマ軍の軍艦であるガリー船の漕ぎ手として酷使される身分に落とされます。
 
ところがその三年後、ローマ軍とギリシャ人によって構成された海賊との戦いの際、海に投げ出されたアリウスという名のローマ司令官の命を、同じく海に投げ出されたベン・ハーが救出をしたという功績により、司令官の養子とされて、凱旋の行列に加えられることになります。
こうしてユダ・ベン・ハーは、囚人、奴隷という最低の立場から、ローマ帝国の有力者の息子という輝かしい身分へと、昇ることになったわけです。
 
ベン・ハーは自らの意図に反して理不尽な目に遭いますが、神の独り子なるイエス・キリストの場合、自らの意思で人となり、そして罪びとの仲間となってくださいました。
とりわけ、公生涯と言われる人生の最後の約三年間は、無理解と中傷の連続で、波乱万丈とでもいうべき出来ごとが続きました。
 
そしてその最後は囚人、しかも死刑囚として十字架に架けられ、死者の世界である「陰府(よみ)」にまで下られるのですが、それもまた、自らの意思による覚悟の選択であったのでした。
 
「キリストは、神のかたちであられたが、神と等しくあることを固守(こしゅ)すべき事とは思わず、かえっておのれをむなしうして僕(しもべ)のかたちをとり、人間の姿になられた。その有様は人と異ならず、おのれを低くして、死に至るまで、しかも十字架の死に至るまで従順であられた」(ピリピ人への手紙2章6〜8節 新約聖書口語訳309p)。
 
イエスがその道を選んだ動機は二つです。一つは父なる神の御心への絶対的な従順であり、そしてもう一つは、滅びに向かう私たちへの想像を超えた愛でした。
 
しかし、刑死したイエスの身に、大どんでん返しが起こります。死後三日目、神はイエスを死者の世界からよみがえらせ、更に天にまで昇らせて、栄光の座に就かせることとなったのでした。
 
「神はその力をキリストのうちに働かせて、彼を死人の中からよみがえらせ、天上においてご自分の右に座せしめ、」(エペソ人への手紙1章20節 302p)。
 
 「彼を…天上においてご自分の右に座せしめ」(20節)とあります。神の「右に」とありますが、古代においては「右」は、最高の栄誉、尊敬を意味しました。
ですから昇天したイエスが神の「右に坐せしめ」られたということは、イエスが神により、最高の栄誉を受ける立場、身分に挙げられたことを意味します。
これを専門用語では「高挙(こうきょ)」と言います。難しい言葉を使えば、イエスは人が及びもつかない「高御座(たかみくら)に挙げられた」ということになります。
 
それはまさに、誰もが驚くような大どんでん返しでした。我らの主、イエス・キリストは「死人の中からよみがえら(20節)」されて「天にのぼ」ったのみか、今、「天上において」(同)「全能の父なる神の右に座し」ておられるのです。
 
 
2.「神の右に座」すキリストには、世界の主権者としての立場が与えられた
 
 そこで問題です。「全能の父なる神の右に座」しているということは、具体的にはどういうことを意味するのかということですが、パウロは記します、キリストは神により、あらゆる権力の上に立つ、世界最高の主権者としての立場を与えられたのだと。
 
「彼を、すべての支配、権威、権力、権勢の上におき、また、この世ばかりでなくきたるべき世においても唱えられる、あらゆる名の上におかれたのである」(1章21節)。
 
 キリストは「すべての支配、権威、権力、権勢の上に」(21節前半)君臨する者とされたのでした。
 
 ここにある「支配、権威、権力、権勢」とは、当時一般に信じられていた天上界における天使たちの階級を意味したものだったそうです。
つまりこの言い回しは、キリストが父なる神を除いては、天上世界においてあらゆる霊的諸力の上に立つ、最高の立場に就いたということを意味することとなります。
 
 そしてもう一つ、キリストの御名は、「この世ばかりではなく、きたるべき世においても唱えられる、あらゆる名の上におかれた」(21節後半)のでした。
 
キリストはまず、見える世界である「この世」(同)においても、最高の主権者です。
 そして「きたるべき世においても」(同)同様です。この「きたるべき世」とは、この世界の終わりの後に到来する新しい世界、神が支配する国を意味します。
 
 つまりキリストは今や、見える世界、見えない世界、そしてこの世だけでなく来たるべき世においても、最高の主権者という立場に就かれているのです。
 
「それゆえに、神は彼を高く引き上げ、すべての名にまさる名を彼に賜った。
それは、イエスの御名によって、天上のもの、地上のもの、地下のものなど、あらゆるものがひざをかがめ、
また、あらゆる舌が、『イエス・キリストは主である』と告白して、栄光を父なる神に帰するためである」(ピリピ人への手紙2章9〜11節 309p)。
 
 キリストが昇天したとき、天においては戴冠式とでもいうべきセレモニーが行われたのでしょう。しかし、キリストに向かって「あらゆるものがひざをかがめ、また、あらゆる舌が、『イエス・キリストは主である』と告白」(11節)するという事態には、現実がまだ至っていないことは事実です。
 
 しかし、かつては私たちもまた、「キリストの十字架に敵対して歩いて」いました。その私たちがある日ある時、神の憐れみによって罪の赦しの福音を聞く機会、信じる機会を与えられて、神の前に額ずいて、「『イエス・キリストは主である』と告白」(同)する者とされたのです。
 そこに望みがあります。
 
 自らの家族がまず、「イエス・キリストは主である」(同)という告白に導かれるように願い、祈りましょう。
もしもかつて、「イエス・キリストは主である」という告白に導かれたことがあるのならば、その告白の中を生きることができるよう、祈りたいと思います。
 
 また、どこの教会にも言えることですが、教会を訪れてキリストを主として信じ受け入れながら、その後、さまざまの事情によって信仰が生育しないままキリストから離れてしまったという人は多数いるのです。
私たちはこのような方々が初めの愛に戻り、一層の信仰の火を燃やす者としてもう一度、主に仕えることができますよう、切に祈りたいと思うのです。
 
この地上では栄枯盛衰、高い地位を占め、強大な権勢を謳歌していた者も、時代の変遷に伴なって没落していくことがあります。
七百年前に書かれた、平家の栄枯盛衰の様を叙述した軍記である「平家物語」が伝える通りです。
 
祇園精舎の鐘の聲、諸行無常の響きあり。娑羅樹(しゃらそうじゅ)の花の色、盛者必衰(じょうしゃひっすい)の理(ことわり)を表す。驕れる人も久しからず、只春の夜の夢の如し。たけき者もついには滅びぬ、偏に風の前の塵に同じ(「平家物語」巻 第一)。
 
 しかし、「天にのぼり、全能の父なる神の右に座し」給う神の御子のキリストの栄光の地位と立場は永久に不変です。
 
しかも、この世において信仰を貫いた者にはまことに有り難いことに、きたるべき世においては、キリストと共に、栄光の座につくことができるとさえ、いうのです。
 
「勝利を得る者には、わたしと共にわたしの座につかせよう。それはちょうど、わたしが勝利を得てわたしの父と共にその御座についたのと同様である」(ヨハネの黙示録3章21節 390p)。
 
 「勝利を得る者」(21節)とあります。皆さまの中には、自分は自分の信仰を細々と持つのが精一杯で、しかもその歩みはよろめきがち、とても勝利者とは呼びがたいと思う方が、あるいはいるかも知れません。
しかし、「勝利を得る者」がどのような者を指すのかと言いますと、前の節の、戸の外に立つイエスを主として信じ、心の戸を開いて、自らの心と人生に受け入れた者のことなのです。
 
「見よ、わたしは戸の外に立って、たたいている。だれでもわたしの声を聞いて戸をあけるなら、わたしはその中にはいって彼と食を共にし、彼もまた、わたしと食を共にするであろう」(3章20節)。
 
心を低くして、イエス・キリストを自らの人生の主権者として受け入れた者こそ、真の勝利者、「勝利を得る者」(21節)と呼ばれます。
 
 
3.「神の右に座」しているキリストは日夜、罪びとたちのために祈り執り成している
 
では、身をもって人類救済という大事業を成功させたキリストは、褒賞として長期の休暇を与えられて、温泉にでも浸かって天でのんびりとしているのか、というと、そうではありません。キリストには休んでいる暇などはないのです。
 
では、キリストは「全能の父なる神の右に座し」て何をしているのでしょうか。
キリストは実は、この地上にあって艱難辛苦の中を懸命に信仰に励む者たちのために日夜を問わず、常に祈り執り成しをしてくれているのです。
 
「だれが、わたしたちを罪に定めるのか。キリスト・イエスは死んで、否(いな)、よみがえって、神の右に坐し、わたしたちのためにとりなしてくださるのである」(ローマ人への手紙8章34節 244p)。
 
 罪の根ともいうべき原罪は、十字架の贖いによって確かに処分されました。そういう意味ではキリストを信じる者は厳密に言えば「元罪びと」です。
 
しかし、原罪という罪の根は処分されたとはいえ、原罪が生み出した罪の性質までもが消えたわけではなく、また罪への誘惑が無くなったわけでもありません。
キリスト信者と雖も、肉のからだをもって地上を生きる限り、言葉、行動、振る舞い、さらには心中において罪を犯す可能性は常にあります。
 
おまけに、信仰を持ち、またイエス・キリストという完全無欠のお方を知ったがゆえに、信仰を持つ以前に比べると、罪意識というものが敏感になっており、その結果、自分を責める度合いが強くなってくるというケースもあります。
 
 「衣食足りて礼節を知る」という有名な故事は、先週の野外礼拝説教でも触れた「諸子百家(しょしひゃっか)」の一つ、「管子」の中の言葉です。
 
廩(そうりん)実(み)ちて即ち礼節を知り、衣食足りて即ち栄辱を知る(「管子」牧民)。
 
「倉廩(そうりん)」の「廩(りん)」は穀物などを蓄える倉庫のことです。つまり、暮らしが安定すれば余裕が生まれて礼節、つまりマナーやエチケット、礼儀というものを弁えるようになる、という意味です。
 
しかし、「管子」から二千数百年後のご子孫の中には、金回りがよくなって世界中を旅行できる経済力を持ちながら、衣食が足りても礼節を知らず、マナーに違反しても何ら恥じることのない振る舞いによって、行く先々で顰蹙を買っている人々がいます。
歴史の中で培われてきた民族性に加えて、受けた教育の結果、神を恐れるという感覚が育てられていないからでしょう。ある意味では本当に気の毒であるともいえます。
 
一方、かつては「神はその腹」「栄光はその恥じ」「思いは地上のこと」(ピリピ人への手紙3章19節)であった者が、神の存在を知り、そして神を恐れる生き方をするようになりますと、良心が敏感となり、その結果、罪意識、認罪感が増してくるようになるのですが、それは実は聖なる者へと化せられる段階にあるしるしなのです。
 
パウロは問います、「だれが、わたしたちを罪に定めるのか」(34節)。誰でもありません、私自身です。誰よりも自らのことを知っている自分自身が、自分を「罪に定める」、有罪宣告を下してしまうという傾向があるようです。
 
だからこそ、おのれを責め易い、良心の敏感な者たちのために、「死んで、否、よみがえって、神の右に座」(同)す「キリスト・イエス」が、「私は彼の罪をも既に償っております」と、父なる神に対して「わたしたちのためにとりなして下さ」(同)っているのです。
 
天にあってもキリストは、眠ることもなく、まどろむこともなく、その目を愛する者たちの心と暮らしに向けてくださっています。
心が折れそうになる時があります。しかし、そのような時にこそ、「全能の父なる神の右に坐し」て、日夜「わたしたちのためにとりなして下さる」(同)主イエスを、信仰をもって仰ぎ望みたいと思います。
 
先ほど、讃美担当者のリードによって久しぶりに歌った、「開いてください心の目を」という讃美に、感動を致しました。
「栄光の主を更によく知るため、心の目を開いて下さい」と、ご一緒に心を合わせて祈ることと致しましょう。


投稿者 : famillia 投稿日時: 2015-04-12 16:55:13 (974 ヒット)
2015年礼拝説教

15年4月12日 教会開設記念野外礼拝説教 

たとい駿馬(しゅんめ)ではなく
駑馬(どば)であっても
 
ローマ人への手紙12章11、12節(新約口語訳249p)
 
 
はじめに
 
私たちの教会の今年の標語は、「主を待ち望む者は、新たなる力を得る」ですが、メインの聖句の前の節の言葉、「年若い者も弱り、かつ疲れ」(イザヤ書40章30節前半)の「弱り」は「倦(う)む」で、「疲れ」は「弛(たゆ)む」だということを、新年礼拝の説教で教えられました。
 
辞典を見ますと、「倦(う)む」は「同じ状態が続いていやになる。あきる」とあり、「弛(たゆ)む」の方は「心の緊張がゆるむ。なまける。だらける」となっています。
 
私たちはみな、「倦まず弛まず」に励まねばと思いつつ、多くの場合、日常生活は同じ事の繰り返しで、信仰生活も同様、そうそう変化があるわけではなく、いつの間にか倦み疲れでしまいがちです。
だからこそ、パウロは勧めるのです、倦むことなく主に仕えよ、弛まずに祈ることを続けよ、と。
 
新年度が始まりました。この新しい年度はこれまでにもまさって、生き生きとした歩みでありたいと思います。
 
 
1.倦むことなく、聖霊に燃えて主に仕える
 
 人は誰かに仕えています。私たちの教会がある大阪府の場合、今日、四月十二日は府議会議員選挙の投票日ですが、地方議員や地方公務員は府民に仕え、国会議員や国家公務員は主権者である国民に仕えます。
 
では、私たちは誰に仕えるかと言えば、それは「主に」です。この主は私たち罪びとに仕えて、その尊い命を捨ててくださいました。
 
その「主に」対し、倦むことなく、新鮮な思いで「仕え」るために努めるべき二つのポイントを、パウロは書き記しました。
 
「熱心で、うむことなく、霊に燃え、主に仕え(なさい)」(ローマ人への手紙12章11節 新約聖書口語訳249p)。
 
 一つは「熱心で、うむことなく」(11節)です。「うむことなく」とは「怠けずに」ですから、主に仕えるにあたっては、熱意、誠意をもってせっせと励むようにとの奨めです。
 
そしても一つが「霊に燃え」(同)るということです。この「霊」は神の霊のことです。人は神の御霊に燃やされてこそ、真の意味において熱き心で主に仕えることを可能とし、またそれを継続することができるのです。
新年度も、倦むことなく、命の主に仕えていきたいと思います。
 
「主に仕え」るとは、具体的にはこの世においてはそれぞれが真面目に、自らの職務、学業に努めることであり、教会においては神への礼拝と、各自に与えられている賜物を用いての奉仕に励むということです。
 
 
2.望みを抱き、めげることなく祈り続ける
 
もう一つの奨めは「弛むことなく、祈りを続けよ」ということです。
 
祈りは主との会話であり、コミュニケーションの手段でもあります。祈りがおろそかになりますと、信仰が空洞化し、力を失います。
そして、この祈りの充実のための秘訣をパウロは教えます。
 
「望みを抱いて喜び、患難に耐え、常に祈りなさい」(12章12節)。
 
 「喜び」(12節)をもって「祈りなさい」(同)とパウロは勧めます。「喜び」は「望み」(同)つまり希望から湧いてきます。
そして神が無から有を呼び起こすお方であるならば、望みのない状態にも希望を生じさせてくれる筈であって、神が与える希望が生み出す喜びの感情が、主への祈りを豊かにします。
 
「彼(アブラハム)はこの神、すなわち、死人を生かし、無から有を呼び出される神を信じたのである。彼は望み得ないのに、なお望みつつ信じた。そのために、『あなたの子孫はこうなるであろう』と言われているとおり、多くの国民の父となったのである」(4章17、18節)。
 
 でも、祈ることの重要性を理性ではよく知っていながら、その祈りを怠らせてしまうものがあります。その一つが人生の患難、とりわけ理不尽ともいえる苦難です。
私たちはそのような苦しみの中で神を呼びます、しかし、神を呼んでも答えがない、そこで失望して祈らなくなってしまうというわけです。
この「患難に耐え」(12節)させるもの、つまりめげずに祈りに向かわせるものが、希望に裏付けられた「喜び」なのです。
 
 
3.駿馬(しゅんめ)ではなく駑馬(どば)であっても
 
 倦むことなく、聖霊に燃やされて主に仕えること、望みを抱いてめげずに祈り続けるためには、特別な才能は必要ありません。
 現代世界において、世界の厄災となっているとも言われている国家が共産中国ですが、古代の中国は多くの知者を輩出し、その思想と学問は我が国に多大な恩恵をもたらしました。
 
特にこれら、春秋戦国時代の知者や思想を総称して「諸子百家」と言いますが、「諸子」の一人に「荀子(じゅんし)」という人がいました。紀元前三世紀の人です。 
 
荀子は一般に「性悪説(せいあくせつ)」を唱えた人として名が知られていますが、後天的努力の効果というものを強調した人でもありました。
良く知られているのが「出藍(しゅつらん)の誉れ」の出所である「青は藍(あい)より取りて、藍より青し」(勧学篇)です。
塵も積もれば山となる」という故事も荀子の「勧学篇」にあるもので、努力の効果を強調する故事として、今も引用されています。
 
そいう荀子の中でも、「駑馬十駕(どばじゅうが)」は私たちに豊かな示唆を与えてくれる教訓です。
 
夫(か)の驥(き)は一日にして千里なるも、駑馬(どば)も十駕(じゅうが)すれば、即ち亦(また)之に及ぶ(荀子 修身篇 第二 八)
 
 「駑馬(どば)」とは優れた馬である駿馬(しゅんめ)に対して平凡な並の馬、駄場ともいうべき馬のことです。「十駕(じゅうが)」とは普通の馬が十日かけて走る道のりのことです。
 
 荀子は言います、かつて一日に千里を走ると言われた「驥(き)」という名馬がいた。しかし、何の取り柄も無い平凡な馬であったとしても、一生懸命に十日も走れば、駿馬(しゅんめ)の「驥(き)」と同じだけの距離を走り抜くことができるのである、と。
 
あの驥(き)という名馬は一日に千里の遠方までも行くというが、たとえやくざな馬でも十日もかかって努力すれば、これに追いつくことができるのである(荀子 修身篇 常盤井賢十訳「荀子 修身篇」諸子百家107p 世界古典文学全集19 筑摩書房)。
 
 この常盤井という人の「やくざな馬」は、ちょっと厳しい訳ですが、この場合の「やくざ」はあまり役に立たないような、目立たぬ馬という意味でしょう。
 
 「駑馬十駕」はイソップ寓話が出典とされる「ウサギとカメ」の物語とも通じる故事ですが、駿馬ではなく、たとい駑馬であったとしても、誠実に心を込めて「主に仕え」、「常に祈」り続ける者には、主の目は変わらずに注がれるのです。
 
 新年度も互いに励まし合いながら、倦まず弛まず、ぞれぞれの馳せ場を走り抜いてまいりましょう。


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