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投稿者 : famillia 投稿日時: 2012-02-12 16:32:20 (1584 ヒット)
2012年礼拝説教

2012年2月12日 日曜礼拝説教

「敬虔の修練が永遠を左右する―自身に塩を持つ」
   
マルコによる福音書9章49、50節(新約聖書口語訳66p)
 
 
はじめに
 
 平和の反対は不和ですが、では、不和の原因が何かと言いますと、それは「敵意」というものです。もっとも敵意を活力としている人や国もあります。たとえば隣国の場合、何かと言うと、敵意を剥き出しにして日本を目の敵にし、「謝罪せよ、賠償せよ」と言い募りますが、どうも百年ほど前に日本に併合されたことを恨んでのことのようで、あれも収奪された、これも踏みにじられたと訴えます。
 
しかし、同じ状況であったもう一つの島国の方は、老若男女(ろうにゃくなんにょ)を問わず誰もが日本が大好きで、友好的です。それは日本の統治によって国の再生を経験することができたからだと言われています。
 
お隣の国は「日本に奪われた、奪われた」と言いますが、確かに面子(めんつ)や自尊心は失ったと思いますが、反面、実に多くのものを得てきたのだということは、歴史の記録が証明します。
 
それは日本による併合一年後の一九一一年と、その二十五年後の一九三六年の半島の統計を見ると一目瞭然です。
この二十五年の間に半島の状況は大きく変わりました。
 
/邑は1,383万人から2,137万人に、
戸数は281万戸から401万戸に、
G盛銘鰐明僂錬横沓核町歩から450万町歩に、
な討寮源採未錬坑沓庫石から1,941万石に、
デの生産量は502万石から1,040万石に、
βの喊⊆数は119万本から1,860万本に、
普通学校(現在の小学校)数は306校から2,417校に、
普通学校生徒数は32,384人から765,706人に
増加しているのです(育鵬社刊平成二十四年度中学歴史教科書「新しい日本の歴史」177p)。
 
人口が僅かの二十五年で五十四%も増えたということは、併合によって食糧や衛生・医療等の状態が劇的に改善されからであって、その結果が、出生率の向上、死亡率の低下、人口増となったわけですが、さらに驚くのは、この間に小学校が約八倍に、そして生徒の数が何と約二十四倍にまで増えたことです。
つまり、日本に併合されるまで、半島に住むほとんどの児童は学校教育を受けることができていなかったのです。
 
彼の国の人がなぜ日本から収奪されたと訴えるのかというと、それは国の歴史教科書に問題があるからだと主張する学者が現われました。ソウル大学校の李榮薫(イ・ヨンフン)教授です。
三年前、李教授の著書が翻訳されました。タイトルは「大韓民国の物語」でサブタイトルが「韓国の『国史』教科書を書き換えよ」(永島広紀訳 文芸春秋発行)です。
 
同書でイ教授は、韓国の高校の国史教科書にある、「農地の四割が収奪された」という説を上げ、それは何の根拠もない神話であるとします。
 
また同じ教科書にある、
「半島で生産された米の半分が日本に収奪された」という説に関しても、「確かに米の半分が日本に渡ったのは事実です。しかしながら、米が搬出される経路は奪われていったのではなく、輸出という市場経済のルートを通じてでした。…米が輸出されたのは総督府が強制したからではなく、日本内地の米価が(半島よりも)三十%程高かったからです。ということは、輸出を行えば、(半島の)農民と地主はより多くの所得を得ることになります。その結果、朝鮮の総所得が増え、全体的な経済も成長しました。…輸出所得によって綿製品のような工業製品を日本から輸入したり、最初から機械や原料を輸入して紡績工場を作ることも出来ました。…輸出をすれば、収奪とはこれまた逆に全体の経済が成長するのです」
と指摘し、最後に
「それなのに、どうして韓国の教科書はこうした平凡な経済学の常識を逆さまに書いているのでしょうか」
と疑問を投げかけているのです(78、79ページ)。
 
もっとも、当時の国際情勢から、もしも日本が併合しなければ半島が、帝政ロシヤに飲み込まれることは火を見るより明らかな情勢下であったこと、また大韓帝国政府からの正式要請があり、さらには併合は国際法に則ったもので、かつ国際社会が承認したことであったこととはいえ、民族の誇りという観点から、半島を併合などではなく、あくまでも国の独立を支援するという方向で取り扱う選択肢はなかったのかとも思いますが、「覆水盆に返らず」で、当時としてはやむを得ない判断であったのかも知れません。
 
ただ私たちとしてはかの国の人々が、一方的な歴史教育によって生み出され、かつ増幅された敵意から解放されて、平安を得ることができるよう祈る必要があると思います。
 
さて今週の説教は先週の続きで、先週の「小さき者への配慮が永遠を決める」が前編、そして今週が後篇です。
今週は人が敵意を超えて真の和合に至る秘訣、とりわけ、強い者の中に小さき者への心遣いを自然に生み出す秘訣をイエスの御言葉から教えられたいと思います。
 
 
1.和合という喜び
 
被害者とされる人の増幅された被害者意識から生じる敵意も困りものですが、明らかに加害者側の過剰防衛ともいえる敵意も理不尽なものです。
ただし世の中には、敵意を持ってもやむを得ないというケースもあります。それは何の落ち度もないのに大切にしてきたものを奪われるという場合です。そのような場合、被害者に敵意が生まれるのは当然なのですが、おかしなことに時には加害者の方にも敵意が生まれることもあるのです。
 
そして敵意と敵意とがぶつかり合って泥沼状態になってしまうのですが、それこそが本当の不和であって、この不和は躓かされた者と躓かせた者との間にも生じます。
ですからイエスは「小さい者」を躓かせた強い者たちに対してまず、和解をしなさい、と言われたのでした。
 
「そして、互いに和(やわ)らぎなさい」(マルコによる福音書9章50節後半 新約聖書口語訳67p)。
 
この「和らぎなさい」という言葉の語源は、平和(エイレーネー)であって、単に争わないということではなくて、積極的な和合状態を指します。
リビングバイブルの「互いに仲睦まじく暮らしなさい」という訳は適訳であると思います。そして、和合こそ、キリストによる神との和解に導かれた私たち罪びとが、その次にキリストからの贈り物として経験する祝福であったのです。
 
米国における公民権運動の指導者であったマーティン・ルーサー・キング牧師は一九六三年八月二十八日、米国の首都ワシントンDCにあるリンカーン記念公園で行われた「ワシントン大行進」のスピーチにおいて、「私には夢がある」という感動的な演説をいたしました。「I have a dream」という題の演説です。
 
「私には夢がある。ジョージアの赤色の丘の上で、かつての奴隷の子孫とかつての奴隷所有者の子孫が同胞として同じテーブルにつく日が来るという夢が」
 
 つまり、白人と黒人の「和合」こそが、自分が持つ夢である、ということでした。マーティン・ルーサー・キング牧師が生まれ育ったジョージア州は米国の中でも特に黒人差別が激しかった地域であったからです。
 
それはまた、紀元前六世紀の、バビロン捕囚からパレスチナに帰還したユダヤ人と国に残った者たちの共通の実感でもありました。
 
「見よ、兄弟が和合して共におるのはいかに麗(うるわ)しく楽しいことであろう」(詩篇133篇1節 旧約口語867p)。
 
 ところで「和合」をするためには順序が大事です。「互いに和らぎなさい」とあるのだから、まずお互いに謝りましょう、というのは筋が違います。まず加害者側がへりくだって非を認め、謝ることが必要です。
 
特に家族などの近しい関係の場合、近ければ近い程、「ごめんなさい」が言えない場合もありますが、「和合」は謝ることから始まります。そして謝罪されたそのとき、被害者の側は、主の祈りの一節を祈るということがどのようなことかがよりわかるのです。
 
「我らに罪をおかす者の罪を、我らがゆるすごとく、我らの罪をもゆるしたまえ」
 
 
2.神への愛、隣り人への愛という火で塩づけられる
 
 しかし、物事は謝ればそれで済む、というわけではありません。最善は人を躓かせないことです。つまり、はじめから傷つけなければいいわけです。
ではどうしたらよいか、という秘訣、小さき者、弱き者への心遣いを実践するための秘訣をイエスは語ります。
イエスは言います、あなたがたはみな、「火で塩づけられねばならない」と。
 
人はすべて火で塩づけられねばならない」(9章49節)。
 
 意味がよくわかりません。「火で塩づけられ」るとはどういうことかと、私たちは首を捻ってしまうのですが、ユダヤ人として子供のころからモーセ五書を習ってきた弟子たちは、ああ、あのことか、と思い出すものがあったのです。
それは神殿における供え物に塩を添えるという規定でした。
 
「あなたの素祭の供え物は、すべて塩をもって味をつけなければならない。あなたの素祭(そさい)に、あなたの神の契約の塩を欠いてはならない。すべて、あなたの供え物は、塩を添えてささげなければならない」(レビ記2章13節)。
 
 「素祭」とは穀物の供え物のことです。神殿で穀物を捧げる場合、その供え物には塩をかけなければなりませんでした。
塩は古代、部族同士が同盟関係を結んだ場合、決して相手を裏切ることはしないという友情のしるしとして、塩を入れた食事を共にし、そのことによって相互の不変の関係を確かめたと言われています。
つまり「契約の塩」とは神と神の民との変わることのない契約を象徴するしるしであったのです。
そして神とイスラエルとの契約の中心、つまり契約の真髄は神が民を愛し、そして民もまた、神の愛に応えて全力で神を愛するということでした。
 
では「火で塩づけられる」とはどういうことを意味するのかということですが、イエスがこのあとエルサレムに行き、神殿を中心にして教えを語っていたとき、ひとりの律法学者がイエスに、数多(あまた)ある戒めの中で何が第一のものかと問い、それにイエスが応えて、第一は全身全霊で神を愛すること、第二は自分のように隣人を愛することである、と言われたことがヒントです。
 
イエスは律法学者に答えました。
 
「第一のいましめはこれである、『イスラエルよ、聞け。主なるわたしたちの神は、ただひとりの主である。心をつくし、精神をつくし、思いをつくし、力をつくして、主なるあなたの神を愛せよ』。第二はこれである、『自分を愛するようにあまたの隣り人を愛せよ』これより大事ないましめは、ほかにない」(マルコによる福音書12章29〜31節)。
 
 愛は燃える愛という表現のように、しばしば燃える火に喩えられます。つまり、「火で塩づけられねばならない」とは、人は不変の契約を基として、火のような不変の愛で神を愛し、人を愛する者であれ、ということなのです。
 
 
3.敬虔の修練 ― 内に塩を持つ
 
 しかし問題は、人というものが変わり易いということ、意志や決心が長続きしない傾向がある、ということです。そしてそのことをよくご存知であるイエスは、だからこそ、自らの内に塩を蓄えなさい、と勧めたのでした。
 
「塩はよいものである。しかし、もしその塩の味がぬけたら、何によってその味が取りもどされようか。あなたがた自身の内に塩を持ちなさい」(9章50節)。
 
 この「自身の内に塩を持ちなさい」とは、塩を保存せよ、とか蓄えよとも訳せます。塩、つまり神への愛と隣人への愛を保ち続けることを、聖書は別の言葉で「敬虔(けいけん)」と言っています。
 
「俗悪で愚にもつかぬ空想話を避けなさい。むしろ、敬虔のために自分を鍛錬しなさい」(テモテへの第一の手紙4章7節 新改訳)。
 
 「敬虔」とは口語訳では「信心」とか「信心深い」などと訳されますが、原語が「よく」と「敬う、崇拝する」を足した言葉であるように、神を怖(おそ)れ畏(かしこ)むこと、神を恭(うやうや)しく敬うことです。
そしてこの敬虔は、すべての人間に求められていることでした。あのニヒルに見える伝道の書もその結論部においては「敬虔」であることが人間の本分であることを強調します。
 
「事の帰する所はすべて言われた。すなわち、神を怖れ、その命令を守れ。これはすべての人の本分である」(伝道の書12章13節 旧約口語932p)。
 
そして体の健康が体の訓練によって高まるように、「敬虔」もまた鍛錬によって深められると共に、修練された「敬虔」は現世には幸せを、そして来世には永遠の命を保証すると、パウロは断言しました。
 
「肉体の鍛錬もいくらかは有益ですが、今のいのちと未来のいのちが約束されている敬虔は、すべてに有益です」(テモテへの第一の手紙4章8節 新改訳)。
 
 イエスが言う、「あなたがた自身の内に塩を持」つように、という言葉の意味はまさに、自らの内面を「塩」つまり、神への畏敬の思いから生まれる神への愛で、いっぱいに満たしなさい、そうすれば、その神への愛は外へと溢れて行って、あなたの「手」(43節)は小さき人を助ける手として用いられ、あなたの「足」(45節)は弱い者のためにすばやく動く足となり、あなたの「目」は気落ちしている人を励ます目として用いられるようになる、ということだったのです。
 
 まさに敬虔の修練が私たちの永遠を左右するとも言えます。そして、敬虔は日々の個人礼拝と、毎週の礼拝の積み重ねで鍛錬されていきます。


投稿者 : famillia 投稿日時: 2012-02-05 16:56:52 (1105 ヒット)
2012年礼拝説教

2012年2月5日 日曜礼拝説教

「小さき者への配慮が永遠を決める」

マルコによる福音書9章42〜48節(新約聖書口語訳66p)
 
 
はじめに
 
 先週は元外務大臣が言ったという言葉、「人間には三種類ある」を紹介しました。このお方は、「人間には敵か、家族か、使用人しかいない。だから使用人である官僚は大臣である私に従いなさい」と言ったということでした。
 
この元大臣は人間を三種類に整理しましたが、ヘクトパスカルなど、気圧の単位にもその名が使われているフランスの思想家で物理学者のブレーズ・パスカルは、「パンセ(告白録)」の中で、「二種類の人間だけしかない。ひとつは、自分を罪びとだと思っている義人、ひとつは自分を義人だと思っている罪びと」(田辺 保訳)と言っています。
 
確かに自分が義人だと思っていれば、聖書を読もうとは思わず、教会に行く必要も感じないかも知れません。しかし、自分は義人であると思っていても、未来にどんでん返しが待っているかも知れません。なぜならば今が永遠を決めると、イエスが警告をしているからです。
 
今週取りあげる聖書テキストは、実は「取扱注意」の危険な箇所ですが、注意深く味わえば、大いなる祝福を受けるメッセージでもあります。
 
 
1.小さき者への真実の配慮の有無が、人の永遠を決める
 
 私たちの人生は有限です。終わりがあります。しかし、人生の終わりのその先に永遠の生があると聖書は言います。つまり、「永遠の生命」か、さもなければ「永遠の滅び」です。そして、人の永遠を決めるものが、弱い者への配慮の有無であるとイ
エスは言うのです。
 
「また、わたしを信じるこれらのいと小さき者のひとりをつまずかせる者は、大きなひきうすを首にかけられて海に投げ込まれた方が、はるかによい」(マルコによる福音書9章42節 新約聖書口語訳67p)。
 
 イエスの言葉や振る舞いを通して気付くのは、世間一般の規格では価値が低いと見られているような人々に注がれる、イエス特有の豊かな配慮と優しい眼差しです。
しかもイエスが生きた一世紀前半と言う時代は、人権や福祉が声高に強調される二十一世紀の現代と違って、社会的弱者は切り捨てられても当然と見られていた時代なのですから、知れば知るほど、イエスの言動には驚かされます。
 
ここでイエスが言う「わたしを信じるこれらの小さい者のひとり」(42節)とは、社会や教会という共同体の中で、社会的発言力に乏しく、信仰の面でも弱さを持った、どちらかと言えばいてもいなくても大勢(たいせい)に影響がないような存在の人を指しました。
 
また「つまずかせる」(同)は漢字では「躓かせる」と書きます。この言葉(ギリシャ語)の名詞形は「罠(わな)」であって、人の歩く道に障害物を置いてけつまずかせること、つまり、弱い人がその人なりに生きてきた人生を挫折させたり、大事にしてきた信仰を失くさせるようなことです。
そして弱い人を「つまずかせる者」はたいがい、「小さい者」の逆の、強い人であったり、有力者であったりします。
 
「大きいひきうす」(同)とあります。
挽き臼は穀物などを挽いて粉にする道具ですが、この時代、挽き臼には、女性が扱う小さな挽き臼と、ロバが挽くような大きな挽き臼とがあり、やっとの思いでイエスによりすがっている「小さい者のひとりをつまずかせる(強い)者」はこのロバが挽くような「大きなひきうすを首にかけられて海に投げ込まれ」るという刑罰を受ける「方が、(本人にとって)はるかによい(ましである)」(同)と、イエスは言い切ったのでした。
 
注意したいのはイエスが、「小さい者を躓かせる者は大きな挽き臼を首にかけられて海に投げ込まれる刑罰を受ける」と言っているのではないということです。
イエスが言っているのは「その方が本人にとっては、まだましである」ということです。つまり、挽き臼を首にかけられて海の深みに沈められることの方がずっとよかったと思うくらいに厳しい刑罰が、小さい者を躓かせる者には待っている、ということなのです。
 
イエスはイエスとその仲間への「水一杯」(41節)というささやかな配慮や協力に対しても神からの「報い」(同)、褒賞があると言われましたが、その逆に、弱者への非情な振る舞い、とりわけ、意図するにせよしないにせよ、弱者の人生を躓かせるという強者には、大いなる審(さば)きがある、弱さを持っている人への真実の配慮の有無が、人の永遠を決める、だから、強者は人に対して、とりわけ、弱さを持っている者に対しては格段の配慮をするようにと教えられたのが、この箇所の真の意味なのです。
 
そして人の内に潜在する非情を排して、深い憐憫を生きたお方がイエスでした。
 
 
2.小さき者への配慮は、如何なる犠牲にも優る価値がある
 
 四十三節から四十八節のイエスの言葉を文字通りに受け取って、不必要な恐れを抱いたり、極端な行動に出た人がいたことは事実ですが、だからこそ今朝は、イエスの教えの真意を理解したいと思います。
 
「もし、あなたの片手が罪を犯させるなら、それを切り捨てなさい。両手がそろったままで地獄の消えない火の中に落ち込むよりは、片手になって命に入(い)る方がよい」(9章43節)。
 
 「手」の次には「足」、続いて「目」が取りあげられます。なお、四十四節と四十六節は原典にはなく、おそらくは写字生があとで付加したものとされています。
 
「もしあなたの片足が罪を犯させるなら、それを切り捨てなさい。両足がそろったままで地獄に投げ入れられるよりは、片足で命に入(い)る方がよい。もし、あなたの片目が罪を犯させるなら、それを抜き出しなさい。両眼がそろったままで地獄に投げ入れられるよりは、片目になって神の国に入(い)る方がよい」(9章45、47節)。
 
 イエスはここで、五体満足で火の消えない地獄で永遠に苦しむよりは、たとい五体不満足であったとしても、「命」(43、45節)すなわち「神の国」(47節)に入れてもらって、永遠に神と共に暮らす方がはるかに幸せではないか、と言っているのです。
 
「手」や「足」や「目」などの体の器官は、本来、神の栄光を現すため、具体的には強い人が弱い人を支えるために神によって備えられたものでした。
 
「あなたがたは、代価を払って買い取られたのだ。それだから、自分のからだをもって、神の栄光をあらわしなさい」(コリント人への第一の手紙6章20節 262p)。
 
 しかし現実は、弱者を助け、神の栄光を現すために備えられた人の体の各器官は、アダムの堕罪以来、罪の道具として使用されるようになってしまったのです。
罪と言いますと私たち日本人は法律に触れる犯罪を思い起こしますが、犯罪は人の内なる思いがかたちになって外に出てきたものです。
 
私が聖書でいう罪がわかったのは、ある本に書かれていた文章を読んだ時でした。そこにはこのように書かれていました。
「もしも目で人を殺すことができるならば、街路は死人で満ちるであろう」
 読んで慄然としました。敵意や嫌悪の気持で人を見たことがなかったか。いや、数え切れないほどある、そう考えるならば、これまでにこの目で何人の人を殺してきたであろうか、と。
 
 口語訳が「罪を犯させる」(43、45、47節)と訳した言葉は、原語は四十一節の小さい者を「つまずかせる」と同じ言葉です。ということは、これらの手や足や目などの諸器官は、「小さい者をつまずかせる」道具を意味することになります。
 
つまり、もしもあなたの手、足、目が弱い者を躓かせるのであるならば、一層のこと、それらを切り捨て、抜き出してでも、悔い改めを表明して、あなたの霊魂が地獄に堕ちることを免れなさい、そのような犠牲を払ってもするだけの価値がある、とイエスは言おうとされたのです。
 
 
3.小さき者への大いなる憐れみが地獄への審判に打ち勝つ
 
 「地獄」(43、45、47節)という言葉が出て来ました。
ここで地獄と訳された「ゲヘナ」は「ヒンノムの谷」で、もともとはエルサレムの南にある谷のことでした。
紀元前八世紀末、南ユダの王アハズは異教の神々のため、ここに祭壇を築いて、子供たちを人身御供として捧げたと記録にあります。
 
「アハズは…ベンヒンノムの谷で香をたき、その子らを火に焼いて供え物とするなど、主がイスラエルの人々の前から追い払われた異邦人の憎むべき行いにならい」(歴代志下28章3節 旧約聖書口語訳636p)。
 
この悪しき習慣は百年にわたって断続的に続けられましたが、紀元前七世紀、ヨシヤ王の宗教改革によってヒンノムの谷は埋められ、ごみ捨て場となりました。そしてこの谷では塵芥(じんかい)を焼く火が常に燃えていることから、いつしかヒンノムの谷、つまりゲヘナは地獄を象徴するところとなって、イエスの時代、ゲヘナすなわち「地獄」は悪人が死後に行くところとして恐れられるようになっていたのでした。
 
では現実に地獄ははたして存在するのか、またあるとするならばどこにあるのかと言いますと、実は地獄は空間や場所ではなく、状態のことなのです。昔、まだ地球が平面であるとされていた時代は、天国は空の彼方にあり、地獄は大地の深みにあると信じられていました。何と今でもそう考えている人がいます。
 
リバイバル集会を全国的に展開している著名な牧師さんが、ある集会で、「どこかの国で地中深くボーリングをしたその穴に集音マイクを入れたところ、マイクが呻き声のような不気味な音声を拾った。ひょっとすると彼らは地獄を掘り当てたのかもしれない」と真顔で言っていたのを思い出します。しかし、地球の構造は地殻、マントル、核から成っていて、表面の地殻でも厚さは百キロメートルもあります。
 
地下に地獄があると考えたのはこのような科学知識が乏しかった古代の人々の三層世界観から来るものでした。地獄は場所ではありません。では地獄とは何か、それは神のいない状態、自分の過去を思い出して、あの時、こうすればよかった、あの時、しなければよかったと、悔いを千載に残す状態が続くこと、しかも、もはやその悔いの心を見てくれる救い主、悔いの言葉を聞いてくれる神はいないという状態、それが「地獄」なのです。
 
芥川龍之介は「侏儒(しゅじゅ)の言葉」の中で、「人生は地獄よりも地獄的である」として、「(地獄の)針の山や血の池などは二、三年其処(そこ)に住み慣れさえすれば、格別跋渉(ばっしょう)の苦しみを感じないようになるようである」と言っていますが、地獄はそんな甘いところではありません。
 
「地獄では、うじがつきず、火も消えることはない」(9章48節)。
 
この四十八節の言及は、地獄の存在とその永遠性を描写した言葉であって、特に「消えることのない」「火」は、永遠に続く良心の呵責を意味すると思われます。
 イエスがここで教えたかったことは、弱い者への愛と配慮は、如何なる犠牲にも優る価値があるということでした。なぜならば、「あわれみはさばきに打ち勝つ」(ヤコブの手紙2章13節)からです。
 
 では具体的にどのような人が「小さい人」かと言いますと、実は強いと思われている人が、配慮が必要な「小さい人」という場合があります。
 
家庭では乱暴で我儘な子供の前で親が「小さい人」である場合があります。家庭において親が、子供の無神経な言葉や振る舞い、例えば話しかけてもぶっきらぼうな返答しか帰ってこないという状況によって傷つき、その結果、親としての自信を喪失させるというようであるならば、そのような場合、その子供はひょっとすると地獄の入口に近い、といえなくもないのです。
学校では生徒に対して強い立場の筈の教師を、生徒や保護者が無意識のうちに傷つけている場合もあります。職場では立場上強い筈の上司が、実は「小さい人」であることもあるのです。
 
何はともあれ、本当に弱い立場にある者を守ろうとする姿勢が「命」「神の国」に近いとイエスは言われます。深く味わいたいと思います。


投稿者 : famillia 投稿日時: 2012-01-29 16:40:29 (1398 ヒット)
2012年礼拝説教

12年1月29日 日曜礼拝説教

「狭量を超えて寛容を生きる
   −イエスとの関係が判定の基準
 
マルコによる福音書9章38〜41節(新約聖書口語訳66p)
 
 
はじめに
 
防衛大臣が交代しました。二代続けて素人だと、評判はよろしくありませんが、いや、そうではない、前大臣はただの素人だったが、新しい大臣は正真正銘のド素人だという声もあります。日本国の防衛は大丈夫なのでしょうか。
 
ところでこの新大臣の奥さんがかつて某省の大臣であった時、省の幹部を集めて、「人間には敵か、家族か、使用人しかいない。使用人(である官僚)は(主人である私に)従いなさい」と言ったと伝えられています。
信憑性は定かではありませんが、大臣は主人であり、官僚は召使いであるという身分設定、だから召使いである官僚は主人である大臣に服従しなければならないという関係設定の適切性の問題以上に問題なのは、人は「家族」と「使用人」以外はすべて「敵」であるという考え方にあります。
 
 今週はマルコによる福音書の、狭量を超えて寛容を生きたイエス・キリストの御言葉に焦点を当てたいと思います。
 
 
1.狭量を超えて寛容を生きたイエスは、全人類の模範である
 
今はほとんど使われなくなった言葉に「料簡(りょうけん)」があります。特に男性にとって、「お前は料簡が狭い」などと言われることは、昔は恥ずかしいことでもあったわけです。
料簡の「料」は米(こめ)に斗(ます)で、米をますで量ること、「簡」は選ぶとか調べるという意味ですので、人が心の中で考えをあれこれと量り、選ぶことから「考え」とか「思案」という意味になり、「料簡が狭い」ということは、度量がない、器が小さい、人間が狭量であるなどを意味するようになりました。
 
料簡と言えば、「料簡法意(りゃけんほうい、りゃんけんほうい)」つまり、仏の教えをもとによく考えてみること、という言葉が物事を決める時の掛け声となり、それが「じゃんけんほい」「ジャンケンポン」になったという説もあります。
ついでに関西ではじゃんけんを「いんじゃんでほす」というのですが、これは九州長崎において、中国渡来の「いー(1)、りゃん(2)すー」が訛って「いんじゃん」となったとか。
 
ところで、イエスの弟子たちもまた狭量であったようで、中でもヨハネは激情家で排他的なところもある、とても狭い心の持ち主であったようです。
そのヨハネがイエスのところに、少々得意げに報告をしに来ました。「わたしたちの仲間にはなろうとしないのに、先生のお名前を使って悪霊を追い出しているけしからん奴を見つけました。そこでそれはダメだと言ってやめさせました」と。
 
「ヨハネがイエスに言った、『先生、わたしたちについてこない者が、あなたの名を使って悪霊を追い出しているのを見ましたが、その人はわたしたちについてこなかったので、やめさせました』」(マルコによる福音書9章34節 新約聖書口語訳67p)。
 
 「わたしたちについてこない者」とは積極的に仲間に加わらない者という意味ですが、ヨハネはそのような部外者は、わたしたち正規の弟子のように、救い主キリストの働きをする資格はない、だからやめさせました、と言ったようです。ヨハネはこの時、イエスから「お前は適切な判断をした」と言われることを期待しました。
しかし、イエスの答えはヨハネにとっては想定外のもので、「やめさせたことは適切ではない」だったのでした。
 
「イエスは言われた、『やめさせないがよい』」(9章39節前半)。
 
現代医学、特に精神医学の知識などがなかった一世紀前半のユダヤ社会では、今日では精神疾患に分類される症状はすべて、悪霊の働きとされていました。そこで対策としては、効力のある名前による祈祷で悪霊を追い出すという方法がとられていました。
そして各地で目覚ましい活動を続けているイエスの名前は最も効き目のある名前であるとされていたのでした。
ヨハネにとってはイエスの名前はまさに専売特許であって、勝手に使われては特許権侵害、著作権違反になると思ったのでしょう。ですからイエスの「やめさせないがよい」(39節)という反応は彼には意外だったのです。
 
イエスの関心は、長期的には人類全体の解放です。しかし短期的には今まさにその時代のただ中で精神に異常を来(きた)し、それによって本人も、そして家族も苦しんでいるという状況からの解放にあります。
ですから、ご自分の名を使ってであっても、それで苦しみから解放される人が出てくるのであれば、やめさせる必要はない、と判断されたのでした。
狭量な料簡のヨハネに対し、イエスは料簡の広い、度量の大きい、まさに寛容そのものを生きたお方だったのです。
 
ただし残念ながらこのイエス・キリストの寛容の精神は、中世のキリスト教国には宿りませんでした。
千年前にアラブに対して行われた十字軍による行為は、それは身の毛もよだつような残虐行為であって、その記録と記憶が今日まで、イスラムのキリスト教への敵意、そしてキリスト教世界である西欧への敵意となって残っていると言われています。
 
五百年前にはキリスト教国のスペイン、ポルトガルによって行われた中南米に住む先住民への暴虐もまた、表現の仕様のない程の殺戮行為となりました。中南米諸国の言語が、ブラジルはポルトガル語、ブラジル以外がすべてスペイン語であるという事実は、両国による侵略が如何に苛烈なものであったかを物語っています。
十七世紀初期の日本の統治者がキリスト教禁止令を定め、鎖国政策を取らなければ、我が国は中南米諸国と同じ運命を辿っていたかも知れません。
 
四百年前にはピルグリム・ファーザーズと呼ばれた清教徒たちによって、北米大陸の東部に住む住民への、まさに恩を仇で返すような非情な打ちがありました。信仰の自由を求めてきたという清教徒たちは、あろうことか、彼らの恩人の酋長の死後、先住民たちの土地を収奪した上、部族の多くを虐殺し、恩人の息子の妻と子供をバミューダ諸島に奴隷として売り払ってしまったのです。
 
百年前にはキリスト教国である西欧列強によってアジア、中東、アフリカなどへの苛烈な植民地支配などが起こりましたが、それこそイエスの精神とは真逆の、キリスト教国の名が泣く無残さでした。
 
そして同じ一神教のイスラム教が二十一世紀になっても排他性、独善性を際立たせていることから、日本では一時、多神教こそ平和の宗教であるとして、一神教批判が巻き起こることもありました。
 
しかしキリスト教を標榜する国だからイエスの精神が根付いているというわけではありませんし、キリスト教徒だからキリストの心を受け継いでいるわけでもありません。重要なことは個人的にイエスにつながり、個人的にイエスとの関係を持続することです。その時、その人の中には、狭量を超えて、寛容を生きたイエスの精神が芽生える筈です。
 
 
2.イエスに積極的に反対しない人は、教会の仲間である
 
 ヨハネの想像に反して、イエスの名の無断使用による治療行為を「やめさせないがよい」(39節)と言われたイエスは、言葉を継いで、良きわざ自体の影響力の大きさについて触れると共に、積極的に反対しない者はわたしたちの仲間なのだと言われたのでした。
 
「だれでも、わたしの名で力あるわざを行いながら、すぐそのあとで、わたしをそしることはできない。わたしに反対しない者は、わたしの味方である」(9章39節後半、40節)。
 
 聖書は、神の人類創造の際、神は人を神のかたちに造ったと述べています。
 
「神は自分のかたちに人を創造された」(創世記1章27節旧約口語訳2p)。
 
 この「神のかたち」は外側の形状のことではなく、ラテン語では「イマゴ」、英語では「イメージ」、日本語では「像」のことです。人は神の内面に似せて造られたのです。
この「神のかたち」は人類の祖であったアダムの堕罪において破壊されたと言われていますが、鏡が割れてもその断片が鏡としての働きをするように、アダムの子孫の中には割れて不完全になったとしても、神のかたちを残している人は大勢いるようです。
とりわけ、島国であることと農耕文化であることが幸いしたのか、日本人には神のかたちが残存しているように思えます。
 
起業家として成功しているアメリカ人があるテレビ番組で、日本再生の切り札は何かという問いに対して「日本人」と言い切っていました。
理由を問われて彼があげたものは、一つは日本人の他人や周囲に対する思いやりの心、そしてもう一つは取り組んだ仕事に対しては自分の利害を度外視してもとことん取り組む責任感でした。
彼は「これまでに五十数カ国の人を使ってきたけれど、日本人ほどすばらしい国民はいない」と達者な日本語で言い切りました。
 
誰かの役に立ちたいという思いがイエスの名を使っての治療の動機であるならば、その人が良きわざの直後にイエスの反対者になることはない、そういう意味で、イエスと同じことを行おうとする者はイエスを否定することはない、そのようにイエスに対して積極的に反対をしない者は、潜在的な意味においてイエスとイエスの教会にとっては仲間なのだとイエスは言われたのでした。
 そういう観点から言うと、日本人の多くは大きな目で見れば、今は信仰を告白してはいなくても、イエスと教会の仲間なのです。
 
隣国を含めて外国から入ってきた宣教団体は、日本人はキリストを信じていないから罰あたりだと決めつけます。
昨年三月の大震災の直後、隣国の著名な牧師が教会の集会で、「日本には災難が多いがその理由は罪のためで、罪が多い理由は天皇のため」であり、「それで神様が『これを見ろ』という気持ちで日本を打って揺さぶったということだ」と発言し、その上で「日本が普通の国と違い世界で一番傲慢で、偶像と鬼神が多い国で」あって、傲慢の理由が「偶像の数が八百万を越え、一億を越える国民すべてが各種の偶像にお辞儀するからだ」と語ったそうです。
 
この牧師さんの考えは、たといイエスに「反対しない者」であっても、それだけでは神の敵なのだということなのでしょう。イエスの教えとは天と地ほどにかけ離れた考えで、痛ましいまでの狭量な思考であり姿勢です
 
 私たちの国にはミッションスクールに通ったり、個人的に聖書を読んだりなどして、キリスト教に好意を抱き、キリストについて興味を持っている人、あるいはキリストを偉大な聖人、また教師として尊敬している人が大勢います。
それらの人の多くは様々の事情で教会には来ないけれど、また教会の仲間には今は加わらないけれど、彼らについてもイエスは「わたしたちに(積極的)に反対しない者は、わたしたちの味方である」(40節)と見ておられるのです。
 
そういうクリスチャン予備軍がこの日本には大勢いることを覚えて、希望をもって礼拝を続けたいと思います。
 
 
3.イエスへのささやかな協力と貢献は、神の報いの対象となる
 
 「わたしたちに反対しない者は、わたしたちの味方」(40節)なのだと言われたあと、イエスはイエスや教会、クリスチャンへのささやかな協力と貢献は、それが未信者であっても、他宗教の人であっても、神の報いの対象となる、と言われました。
 
「だれでも、キリストについている者だというので、あなたがたに水一杯でも飲ませてくれるものは、よく言っておくが、決してその報いからもれることがないであろう」(9章41節)。
 
 「水一杯」とは小さな協力、ささやかな援助を指す言葉です。「あなたがたに水一杯でも飲ませてくれるもの」(41節前半)とは、今はキリスト教の信仰を持っていなくてもキリストの教会に協力的である人、あるいは以前は熱心であったが何らかの事情で今は教会活動には加わることができなくなっても、それでも教会の活動のために祈ると共に、教会の活動の展開のために重荷を持って、ささやかであっても時間的、物的、経済的サポートなどをする人のことを意味します。
 
 このような人には、天にいます神がその志と行為を見ておられ、また喜んでくださって報酬を与えてくださるのだ、「決して(神の)報いからもれることがない」(41節後半)のだと、イエスは言いました。
 紀元四十年頃、ユダヤの法廷サンヒドリンにおいて、イエスはキリストであると叫んで処刑されたあの「七人」のひとり、ステパノの遺体をユダヤ当局から受けて葬ったのは、エルサレム在住の「信仰深い」ユダヤ教徒たちでした。
 
「信仰深い人たちはステパノを葬り、彼のために胸を打って、非常に悲しんだ」(使徒行伝8章2節 192p)。
 
 どうしてかといいますと、当時クリスチャンたちはエルサレムから追放されてしまっており、十二使徒も当局の監視下にあったため、ステパノを葬ることなど、教会としてはできなかったからなのです。「信仰深い人たち」(2節)とは、その時はまだイエスを主とは認めていなかったユダヤ教徒たちのことです。
 
 そして彼ら「信仰深い」ユダヤ教徒たちもまた、確かに神の報いの対象者となったのでした。イエスへの、そしてイエスの教会へのささやかな協力と貢献は、神の報いの対象なのです。イエスとの関係が判定の基準だからです。
 
 料簡の狭いキリスト教徒によって、イエスの教えが誤解されています。しかし、イエスは今も変わらず驚くほど寛容で大らかなお方なのです。狭量を超えて寛容を生きたお方、それが私たちの主なるキリストでした。このイエスを模範として生きる者は幸いです。


投稿者 : famillia 投稿日時: 2012-01-22 16:31:48 (1729 ヒット)
2012年礼拝説教

12年1月22日 日曜礼拝説教

「みんなに仕える者が一番偉い」

マルコによる福音書9章30〜37節(新約聖書口語訳66p)

 
 
はじめに
 
 先週は地中海でイタリアの豪華客船が起こした海難事故のニュースがテレビの報道番組で取り上げられました。
中でも船の事故の場合には、最後まで船に残って乗客の救出にあたる筈の船長が、船からさっさと逃げ出していたことが判明し、船長に非難が殺到しました。
 
ある日の夕方の報道番組の中で、いち早く逃げだした船長についてキャスターが、「驚きましたねえ」と慨嘆したのに対して、世界各地での豊富な取材経験を持つコメンテーターが、「わたしは特に驚きません。外国ではこれがけっこう普通のことであって、きちんと義務を果たすのは日本人だけなんです」とコメントしていたことが印象的でした。
 
ところで後楽園の名称の元ともなった「先憂後楽(せんゆうこうらく)」は、今から三千年くらい前の中国の、范仲淹(はんちゅうえん)という政治家で詩人でもあった人が書いた漢詩の「岳陽楼記(がくようろうき)」の最後にある言葉で、これは「民の憂(うれ)いに先んじて憂い、民の楽しみに遅れて楽しむ」と読むのですが、政治を司る者や指導的立場に立つ者の心得として有名です。
 
この「先憂後楽」は本家の中国ではとっくの昔に死語になってしまいましたし、北朝鮮には初めからありませんでしたが、自戒をこめてこれからの日本が現在の中国の後を追わないようにと願うものです。
 
今週のマルコによる福音書からは、「先憂後楽」に通ずるイエスの教えを学びたいと思います。
 
 
1.心を低くしてみんなに仕える者が一番偉い
 
 北パレスチナへの長い旅を終えてイエスと弟子たちがガリラヤ湖畔にあるカペナウムの町に帰ってきました。
 
「それから彼らはカペナウムにきた」(マルコによる福音書9章33節前半 新約聖書口語訳66p)。
 
 その帰り道、弟子たちは何やら論じ合っていたようです。昔は、師匠が前を歩き、弟子たちは三々五々、その後ろに付いていくということが一般的でした。
弟子たちの話は段々と声高になって、イエスに聞こえたようでした。そこで、家に
入って落ち付いた時にイエスは、「あなたがたが道々、何をあんなに熱心に論じ合っていたのか」と尋ねられました。
 
でも弟子たちはバツの悪そうな雰囲気で、互いに顔を見合わせるばかりでした。それは彼らが、キリストであるイエスによってこの地上に神の国が建国された時、最も高い位に就くのは誰だろうかと、口角泡を飛ばして論じ合っていたからでした。
 
「そして家に入られるとき、イエスは弟子たちに尋ねられた、『あなたがたは何を途中で論じていたのか』。彼らは黙っていた。それは途中で、だれが一ばん偉いかと、互いに論じ合っていたからである」(9章33節後半、34節)。
 
 「黙っていた」(34節)のは、イエスには知られたくはない議論を自分たちがしているという自覚が彼らにあったからでした。
 
作者は不詳ですが、良く知られている言葉があります。キリストは黙って聞いておられるのです。
 
「キリストはこの家の主(あるじ)にして、食卓ごとの見えざる客、あらゆる会話の黙せる聴き手なり」
 
 イエスは十二弟子たち全員を呼び寄せて、上に立つ者、あるいは上に立つことを志す者の持つべき心得というものを、この機会に諄々と説き聞かせました。
それは心を低くしてみんなに仕える者が、一番偉いのだ、ということでした。
 
「そこで、イエスはすわって十二弟子を呼び、そして言われた、『だれでも一ばん先になろうと思うならば、一ばんあとになり、みんなに仕える者とならねばならない』」(9章35節)。
 
 明治時代の中頃から後半にかけて板垣退助らと共に自由民権運動に関わった政治家、片岡健吉についてのエピソードが残っています。
 
ある人が高知県に出張し、日曜日に高知のある教会に出席したところ、玄関で一人の年配の男性が沢山の草履(ぞうり)を点検し、切れた鼻緒(はなお)を取り替えるなどして、それらを出席者のために次々と並べる奉仕をしていたそうです。昔はスリッパではなく、草履でした。
「この人、どこかで見たような」と思いつつ、帰京して新聞を見てびっくりした、というのは、そこに載っていた帝国議会衆議院議長の顔写真が何と、高知の教会でニコニコと来会者を迎えていたおじさんだったからでした。
片岡健吉は洗礼を四十一歳で受けたのち、五十九歳で亡くなるまで、国会が閉会すると故郷に戻り、教会で受付の奉仕をすることを喜びとしていたとのことです。
 
 人物が大きい人ほど頭が低く、また人の好まない雑用なども喜んで引き受けもしますが、中身のないつまらない人ほど、頭を下げるのを嫌い、そんな雑用を何でしなければいけないのかと仕事や用事を選り好みし、世間的な肩書きにこだわります。
それはなぜかと言いますと、本当に偉い人は、人の評価を気にしないため、バカにされても平気ですが、中身のない人は中身がないため自信が持てず、人の目や世間の評価がやたらと気になるからです。
 
 ある教会で、「役員会」という呼称を「奉仕者会」に変更したそうです。教会役員になると何か自分が偉い者になったように錯覚して、態度が大きくなるという人が出てきたからだそうです。
 
イエスは言われたのは、心を低くして、しもべのようにみんなに仕える人が、実は一番偉いのだということでした。
 
 
2.手のかかる者の世話をする者が誰よりも偉い
 
 いま、日本では韓国がブームだそうですが、その韓国で栄えているのはサムスンだけで、「サムスン栄えて、国滅ぶ」とも言われているようです。
以前読んだ小室直樹(この人こそ博覧強記、あらゆる学問分野に秀でた一種の天才でしたが)の著作に、日本と韓国の文化を比較して、日本にプロテスタント的な資本主義が定着、発達したのは、日本が古来、上から下まで勤労を尊んだからである、これに対して隣国では支配階級の両班(やんぱん)が、労働は卑しい者がするとした、そしてこの国の人たちの夢は、稼いで富んだ暁には、自分は働かないで人を働かせることだった、という分析があったことを思い起こしますが、イエスの弟子たちの場合にも、人に仕えることは卑しいことであるという価値観があったようです。
 
 そこでイエスは弟子たちに、仕えるということはどういうことかを教えるために、幼な子を用い、実物レッスンという手法で彼らの理解を助けようとされました。
 
「そして、ひとりの幼な子をとりあげて、彼らのまん中に立たせ、それを抱いて言われた、『だれでも、このような幼な子のひとりを、わたしの名のゆえに受け入れる者は、わたしを受け入れるのである』」(9章36、37節)。
 
 この場合の「幼な子(36節)」とは、手のかかる者、という意味です。「幼な子」は人の助けを必要とします。でも「幼な子」は人を助けることはできず、ただ世話をしてもらうばかりです。
妻の話によりますと、娘の二歳半になる子供、つまり孫は毎晩、娘の肩に湿布薬を貼るのだそうです。湿布薬は私も時々ば妻の腰や肩に貼るのですが、これがなかなか難しい、それを上手にしているというのは感心しますが、しかし、「幼な子」に手がかかることは事実です。
 
「幼な子」は親に対しても、誰に対しても通常、何も還元することはできません。一方的に助けを求め、世話を焼かせます。手がかかります。時間をとらせます。
そのような、つまり「幼な子」のような手のかかる者を拒まずに、キリストの「名のゆえに」(37節)、つまり、あたかもキリストご自身であるかのように受け入れることが、「みんなに仕える」(35節)ことであるとイエスは言われたのでした。
 
 「ナルニヤ国物語」で知られる英国の作家、C・S・ルイスの書いた「悪魔の手紙」は、地獄の副長官スクルーティプが見習い修業中の悪魔の甥ワームウッドに送った書簡集のかたちをとったキリスト教文学ですが、叔父の悪魔が甥に対し、人間を苛立たせることによって神との間に溝をつくらせる方法を伝授するさまが風刺的に書かれています。
 
ベテランの叔父は教えます、「甥よ、いいか、よく聞け、人間にとって時間というものは本来、神から与えられたものだが、お前はお前のターゲットに、二十四時間全部が自分のものだと錯覚させよ、そうすればそのターゲットはお前のものになる、なぜならば、本来は神のものであるにも関わらず、自分のものだと思い込んでいる時間というものが、仮に少しでも他人に使われることになったならば、ターゲットはたちどころに平静さを失い、苛々して人をうらみ、神をのろうに違いないからである」と。
 
 特に手のかかる幼な子の世話は、エネルギーや神経だけでなく、貴重な時間を費やします。だからこそ、手のかかる者の世話をする者が、誰よりも偉いのです。
 
 
3.手のかかる者たちのために命を捧げたイエスが最も偉い
 
 弟子たちが高い地位に上ることを求めた動機は、やはり人の上に君臨したいという、アダム以来の原罪の影響を受けていたからであると思われますが、もしも高い地位に上ることが、その地位について良い仕事をして、それによって社会に貢献したい、弱者を助けたいという純粋な動機によるものであるならば、イエスはその人を評価すると思います。
 
今野 敏という作家が吉川英治文学章を受賞した「隠蔽捜査」という警察小説には、日本の警察小説としては異例の主人公が登場します。警察小説の主人公は通常、刑事なのですがこの小説の主人公はキャリア官僚です。「相棒」の杉下右京もキャリアですが、「隠蔽捜査」の主人公は東大法学部を出て、国家公務員上級甲種(今は擬錙忙邯海帽膤覆靴瞳抻…に入り、順調に出世の階段を上るのですが、より高い地位に就きたいというその動機について彼は、自分の一命を投げ打って国家の治安を守るためであると公言し、実際にその通りに打算抜きで行動するのです。
もしもこのような人が高級官僚の中に実際にいるのであれば、出世という手段がいつの間にか目的に変質してしまわないようにと神の祝福を祈りたいと思います。
 
弟子たちの問題は、イエスがこの世に来られた目的を正しく理解していなかったことでした。イエスはガリラヤに戻る途中、またもご自分の死と、死からの復活を予告されます。
 
「それから彼らはそこを立ち去り、ガリラヤをとおって行ったが、イエスは人に気づかれるのを好まれなかった。それは、イエスが弟子たちに教えて、『人の子は人人の手にわたされ、彼らに殺され、殺されてから三日目によみがえるであろう』と言っておられたからである」(9章30、31節)。
 
でも、弟子たちはイエスの言葉の意味を確かめることを意識的に避けていました。
 
「しかし、彼らはイエスの言われたことを悟らず、また尋ねるのを恐れた」(9章32節)。
 
 イエスの予告の真意を確かめることを弟子たちが「恐れた」(32節)のは、もしもイエスが殺されたならば、彼らが願い、描いていた、イエスがキリストとして、ローマ軍を駆逐してユダヤをローマ帝国の桎梏から解放し、この地上に神の国をつくって、弟子たちを高い地位に任じるという夢が崩れてしまうからであり、そうなれば彼らの野望も水泡に帰してしまうからでした。
 
 しかし、有り難いことに、そんな自己中心的な「幼な子」同然の無力な弟子たちや私たちのために、イエスはご自分を犠牲にしてくださったのでした。
「幼な子」はいつまでも「幼な子」のままではありません。弟子たちもこの時点ではまだ、それこそ手のかかる「幼な子」のようなものでしたが、このあと、イエスの御言葉の真の意味を悟り、聖霊の満たしを受けて、この世の霊的、信仰的な「幼な子」たちに仕え続けて行くことになります。
 
そして私たち一人一人は、彼ら弟子たちの後継者なのです。


投稿者 : famillia 投稿日時: 2012-01-15 16:16:24 (1128 ヒット)
2012年礼拝説教

12年1月15日 日曜礼拝説教

「愛の祈りが不可能を可能にする」

マルコによる福音書9章14〜29節(新約聖書口語訳65p)

  
はじめに
 
 今、全国で増設が求められているものが保育所と老人ホームです。しかし、高齢者の割合が今ほど高くはなかった三十数年前、老人ホームの必要性がまだどこか他人事であった頃、当市在住の高齢の御夫婦が、自分たちが住んでいる宅地の一部を提供して、身寄りのない、あるいは介護が必要なお年寄りのために特別養護老人ホームを建てたいという願いを持ちました。
 
でもこの老人ホームの建設の話が持ち上がった時、近隣の住民は猛反対をしたそうです。反対理由は、年寄りが大勢住むようになると地域の空気が臭くなる、土地の値段が下がるから、などというもので、反対住民は推進母体であったキリスト教会にまで反対デモをかけ、その様子がテレビでも放映されたため、何という意識の低さかと、土地の値段ではなく、当市の評判そのものが下落してしまいかねない騒ぎにもなりました。
 
その後どうなったかと言いますと、特別養護老人ホームは無事に建設されました。それは地域の民生委員をしていたNさんという人が、反対者の家を一軒一軒回って、「人は皆だれもが老いていくのだから、ホームの建設に協力をして、入所してくるお年寄りと仲良くしていってはどうか」と説得をしたため、地域の人たちもそれはそうだと納得をし、その結果、その地域に無事、特別養護老人ホームが建設されるに至り、ホームには地域からの協力がなされるようになりました。
 
余談ですがこの民生委員さんはその後、夫の死去に伴い、遠方の長男と暮らすことになって、民生委員を退任することになりました。しかし、後任がなかなか決まりません。「Nさんのあとはしんどい、比べられたらかなわない」という声があがったためです。それほど親身になって、人の面倒をよく見た人だったのです。
 
でも、老人ホーム建設の反対をした住民を、意識が低いと、冷やかに批判することの出来る人は多くはないと思います。愛の不足ということに関しては誰もが五十歩百歩だからです。
 
今週のマルコによる福音書による説教の主題は、「愛」です。
 
 
1.イエスは愛の不足を我慢することができない
 
 人には我慢できるものと我慢できないものとがあります。イエスが我慢できなかったこと、それは自己中心から来る愛の不足と自己弁護でした。
 
イエスがペテロ、ヤコブ、ヨハネの三人の弟子と共に「山」を下ってくると、「山」の下は大きな騒ぎになっていました。麓(ふもと)に残してきた弟子たちと律法学者たちとの間で激しい論争が起こっていたからでした。
 
「さて、彼らがほかの弟子たちの所にきて見ると、大ぜいの群衆が弟子たちを取り囲み、そして律法学者たちが彼らと論じ合っていた」(マルコによる福音書9章14節 新約聖書口語訳66p)。
 
 何があったのかと言いますと、一人の父親が、霊が取りついだため、その霊に引き倒されたり、泡を吹いたりする自分の息子から、その霊を追い出してもらおうと思って、その息子を弟子たちのところに連れてきたけれど、弟子たちは霊を追い出すことができなかった、そうしたら、そこにいた聖書学者たちが、霊を追い出せない弟子たちを非難した、それで弟子たちが、自分たちが霊を追い出せなかった言い訳をし始めて、それが論争に発展した、ということだったようです。
 
「群衆はみな、すぐにイエスを見つけて、非常に驚き、駆け寄ってきて、あいさつをした。イエスが彼らに、『あなたがたは彼らと何を論じているのか』と尋ねられると、群衆のひとりが答えた、『先生、口をきけなくする霊につかれているわたしのむすこを、こちらに連れてまいりました。霊がこのむすこにとりつきますと、どこででも彼を引き倒し、それから彼はあわを吹き、歯をくいしばり、からだをこわばらせてしまいます。それでお弟子たちに、この霊を追い出してくださるように願いましたが、できませんでした』」(9章15〜18節)。
 
 このむすこの「あわを吹き、歯をくしばり、からだをこわばらせてしま(18節)うという症状は、癲癇(てんかん)という脳の病気の典型的な発作の症状です。
医学的な知識がなかった時代ではその症状から、「霊」(同)が取り付いだことが原因だとだれもが思い込んでいたのでした。
 
この病気は発作が起きると意識をなくすことがあり、昨年の四月にも栃木県で自走式のクレーン車を運転していた二十六歳の男性に発作が起きて、クレーン車が集団登校中の児童の列に突っ込み、六名の児童が全身強打で死亡するという、何とも痛ましい事故が起きています。
 
騒ぎの経緯(いきさつ)を聞いたイエスは嘆きます。
 
「イエスは答えて言われた、『ああ、なんという不信仰な時代であろう。いつまで、わたしはあなたがたと一緒におられようか。いつまで、あなたがたに我慢ができようか。その子をわたしのところに連れてきなさい』」(9章19節)。
 
 イエスはここで「我慢ができ」(19節)ないと言いました。イエスが「我慢できな」いこととは何かということですが、その前の「何という不信仰な時代であろう」(同)という嘆きから、それは表面的には「不信仰な時代」を指すように思えます。 
しかし、イエスが嘆かれたのは弟子たちが癲癇(てんかん)を治せなかったことではありませんでした。
 
また、イエスが「あなたがたに我慢でき」(同)ないと言った「あなたがた」とは誰のことを指したのでしょうか。「あなたがた」とはおそらくはそこにいた人々全員、すなわち、聖書の専門家を自任しながら苦しみ悩む親子の苦悩をそっちのけにして、傍観者のようにイエスの弟子たちをただ非難するばかりの律法学者たちであり、自分たちの信仰の不足を棚にあげて、結果を出せない言い訳を必死にしている弟子たちであり、そして彼らの周りを囲む野次馬のような群衆のことだったと思われるのです。
 
 イエスが嘆かれたのは彼らの不信仰というよりは、人の苦しみを見ながら心を痛めるわけでもなく、自らの関心ごとの論争に夢中になっている人々の、人の痛みに対する感性の鈍さであり、愛の不足であったのでした。
 
昨年三月の東日本大震災の際にも、大地震、大津波は世の終わりのしるしだとか、神の審判だとか的外れの論評が隣国のキリスト教会にありましたが、災害を他人事のように論評するその愛のなさこそ、神の審判の対象となることに気づかなければなりません。
 
 
2.愛の祈りが不可能を可能にする信仰を生み出す
 
 山の麓に醸し出されていたこの雰囲気は、子供の父親にも影響を与えてしまっていたようです。癲癇の症状を目(ま)の当たりにしたイエスの、いつごろからか、という問いに対して、「幼い時からです」と答えつつ、父親は、「できればこの子を「霊」の影響力から解放して、私たち親子を助けて欲しい」とイエスに嘆願します。
 
「そこでイエスが父親に『いつごろから、こんなになったのか』と尋ねられると、父親は答えた、『幼い時からです…。』しかしできますれば、わたしどもをあわれんでお助けください」(9章21、22節)。
 
 「できますれば」(22節)という父親の言葉は、私たち日本人の感覚では控えめで適切な言葉遣いのように思えるのですが、イエスは父親が使ったその「できますれば」という言葉を問題にしました。
 
「イエスは彼に言われた、『もしできれば、と言うのか。信じる者には、どんな事でもできる』」(9章23節)。
 
 もしできれば、という願いの言葉には神でもできないかも知れない、という疑いや不信が見受けられるのです。彼は父親としての愛情から、もっと必死になって、何としてもこの子を救ってやってください、と嘆願すべきだったのです。
 
冷えた心や無関心というものは影響力を持っていて、すぐにまわりに感染するものです。そしてこの中でイエスだけが、熱い心で人の痛みに寄り添っていたのでした。
イエスの叱責で目が覚めた父親は、自分の不信仰を悔い改め、必死になって「信じます」と告白します。
 
「その子の父親はすぐ叫んで言った、『信じます。不信仰なわたしをお助けください』」(9章24節)。
 
 必死になった父親に向かってイエスは、「信じる者には、どんな事でもできる」(23節)と言われましたが、「信じる者」とは誰のことかと言いますと、それは第一義的には、イエス自身を指していました。
 
このあと、イエスは息子を癒してあげるのですが、それはイエスが全能の神の御子であったからできたのではありません。
誤解している人が多いのですが、人であった時のイエスは全能でも全知でもありませんでした。イエスは神の御子ではありましたが、人であった時には、私たちと同じように、能力的には限界を持つ人間でした。
 
ですからイエスが行う奇跡のすべてはイエスの神に対する信仰の結果であり、神の霊である聖霊によったわけです。
 
この後、家の中で弟子たちが、なぜ自分たちが息子の癲癇を治すことができなかったのかと、その理由を尋ねた時、イエスは非常に大事なことを言われたのでした、この種のものは祈りによらなければ解決できない、と。
 
「家にはいられたとき、弟子たちはひそかにお尋ねした、『わたしたちは、どうして霊を追い出せなかったのですか』。するとイエスは言われた、『このたぐいは、祈りによらなければ、どうしても追い出すことはできない』」(9章28節)。
 
 このイエスの言葉は、人々を苦悩から救うには通り一遍の祈りではなく、必死の祈りによる、という意味なのですが、祈りはどこから生まれるかと言いますと、祈りは愛から生まれるのです。
 
隣りに苦しんでいる人がいれば、たといその人が赤の他人であったとしても、人であればじっとしていられなくなって、何かをしようとし、解決と救いを求めて一所懸命になって祈ります。
 
そしてその必死の祈りが全能の神への期待、希望となって信仰というものを生み出すのです。
 
人であった時のイエスの信仰は、この絶えることのない祈りから生まれ、祈りによって強められたのでした。
愛を動機とした祈りこそが、不可能と見えることを可能にする信仰を生み出すのです。
 
もちろん、祈ったことが何もかもその通りに叶えられるわけではありません。
しかし、愛を動機として生み出された信仰は、祈りの結果がどのようなものであれ、それを神の最善の答えとして受け止めることができるようになりますし、神は答えてくださったと、感謝を捧げることができるようにもしてくれるのです。
 
山の下の弟子たちに足りなかったものは、苦悩する者に対する深い愛だったのでした。彼らがこの麓の一件でイエスから教えられたこと、それは愛の祈りが不可能を可能にする、ということでした。
 
 
3.大いなる事に向かう者は小さな歩みを大事にする
 
 今の今まで、「高い山」(9章2節)において偉大な解放者モーセ、そして大預言者のエリヤと、人類の救済という大いなるビジョンについて「語り合っていた」(4節)イエスが、もしも俗物であるならば昂揚感で一杯になって、癲癇の息子とその父親の苦悩などは、「大事の前の小事」で、目になど入らなかったかも知れません。
 
しかし、イエスは違いました。この気の毒な親子の救済のために貴重な力と時間を使うことを惜しまなかったのです。
 
「イエスは群衆が駆け寄ってくるのをごらんになって、けがれた霊をしかって言われた、言うことも聞くこともさせない霊よ、わたしがおまえに命じる。この子から出て行け。二度と、はいって来るな」。すると霊は叫び声をあげ、激しくひきつけさせて出て行った。その子は死人のようになった。多くの人は死んだのかと思った。しかし、イエスが手を取って起こされると、その子は立ち上がった」(9章25〜27節)。
 
 大きな事業を達成した人は、人を生かすために必要な目先の小さな務め、ささやかな仕事にも全力を尽くした人たちでした。
将来に大きなビジョンを持つことは素晴らしいことです。しかし日常の生活をいい加減にしてはなりません。大きいことは小さいことの積み重ねの結果です。
 
日本が世界で尊敬されている理由は、日本人は小さな約束を守る、仕事にしても期日には決して遅れないなどという評価が定着しているからでもあります。
 
 外国から来た人々が一様に驚くのは、新幹線や在来線の時間の正確さです。それは日本人特有の几帳面さと、客に迷惑をかけたくないという配慮、心遣いが生み出した文化でもあるのですが、他国はその点、大雑把、あるいは大らかです。
 
世界ジョーク集にあった話ですが、インドは列車の発着が遅れるのは当たりまで、それを知っている利用者たちはホームで飲食をしたり、外に出かけたりして時間をつぶす、あるとき、正午発の列車が何と正午きっかりに出発をした、遅れると思い込んでホームから離れていた客たちが血相変えて駅長に詰めよった、何でこの日に限って時間通りに出発してしまったのか。しかし駅長は悠然として言った、「お客さんたち、心配しないでください、今出た列車はきのうの正午発の列車です」。
 
イエスにとって人類を救うということは、まさに目前で苦しんでいる一人を救うことだったのでした。私たちもまた、人類の幸福、世界の平和を祈る前に、隣りの人の幸せを日夜祈ること、たとえば、身近な家族に対して丁寧に対応することなどが大事なのです。
 
大いなる事に向かう者は、目の前のいと小さき者の痛みへの配慮をおろそかにはしないということを、イエスの振る舞いから教えられます。


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