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投稿者 : famillia 投稿日時: 2012-04-22 16:04:57 (1094 ヒット)
2012年礼拝説教

  2012年4月22日  日曜礼拝説教

「イエスの愛、勇気、そしてその大いなる犠牲」 

 マルコによる福音書10章32〜34節(新約聖書口語訳69p) 
 
  
はじめに
 
 今週土曜日の四月二十八日は日本国にとって特別な日です。この日は日本という国が被占領国であった立場から脱却して主権を回復した記念日だからです。
 
一九四五(昭和二〇)年八月十五日、ポツダム宣言を受諾して降伏することを天皇が国民に向かって表明し、翌月の九月二日、東京湾に浮かぶ米戦艦ミズーリ号の上で行われた降伏文書への署名により、日本の敗戦が決定しました。
 
そして六年後の一九五一(昭和二十六)年九月八日、連合国と日本国との戦争状態を終結するための平和条約(正式名称「日本国との平和条約」)が米国サンフランシスコで締結され、その半年後の、ちょうど六〇年前の一九五二(昭和二七)年四月二十八日、平和条約の発効により、日本国の主権が回復されたのでした。
言うなれば、四月二十八日は我が国の再独立記念日であるわけですから、国民が挙(こぞ)って祝う祝日にしてはどうかという意見も上がっております。
 
 ところで七年近い占領中、GHQ(連合国軍総司令部)が占領政策において狙ったことは、いわゆる「自虐史観」という歴史観を植え付けることによって、日本に生まれたことを恥ずかしいと思うような気持ちを日本人に持たせることであり、それによって日本人としての誇りを失わせて、今後二度と日本が米国に刃向かうことがないようにすることでした。
 
その結果、GHQの指令によって戦前とは較べものにはならないくらいの検閲が行われました。自由を標榜する国によって行われたこの言論封殺はGHQの汚点として後世に論(あげつら)われることとなりますが、この「自虐史観」の浸透に協力したのが、マルクス主義者が多く入りこんでいたとされる当時の大手の新聞と全国組織の教職員組合であったと言われています。
 
ところが占領末期に至り、朝鮮戦争において共産主義の脅威に直面した最高司令官ダグラス・マッカーサーは己の判断の過ちに気付きます。
そしてGHQ司令官などの公職をトルーマンによって解任された直後の一九五一年五月三日、米国上院軍事外交合同委員会の聴聞会において彼は、
「(連合国による日本に対する経済封鎖により)もしこれらの原料の供給を断ち切られたら、一千万人から一千二百万人の失業者が日本で発生するであろうことを彼ら(日本政府)は恐れた。したがって、彼らが戦争に駆り立てられた動機は、大部分が安全保障の必要に迫られてのことだった
と発言したのでした。
 
「安全保障上(セキュリティ)の必要に迫られてのこと」というのはどういう意味かと言いますと、それが自衛のための戦争であったということであって、つまり、あの大東亜戦争(太平洋戦争)は侵略を目的とした侵略戦争などではなかった、という意味になるのです。
 
マッカーサーはこの聴聞会で、共産主義の脅威について述べると共に、米国が中国について取った政策の過ちについても述べています。
過去百年間に太平洋地域で我々(米国)が犯した最大の政治的過ちとは、共産勢力を中国で増大させたことであるというのが私の個人的意見である。これは根本的な問題であり、次の百年間に(米国はその)代償を払わなければならないだろう
 
つまりマッカーサーは中国とりわけ満州における日本の活動が、共産主義勢力の浸透を防ぐためのものでもあった、しかし、にも関わらず、その日本を戦争に巻き込んだことは、米国が犯した「過ち」であったのではないかと指摘しているのです。
実は当時、長期間にわたって、米国の政治的中枢には共産主義者が入りこんでいて、政治的決定に影響を与えていたことが最近の研究でわかってきたそうです。
 
話しを元に戻しますと、東京都が毎年、都立高校の新一年生に配付している日本史の教材の平成二十四年度の改訂版に、この「マッカーサー証言」が掲載されたという報道がありました。
公教育の教材にこのような事実が掲載されることはこれまでなかったことでもあり、これは、日本は悪いことばかりをしてきたのだという「自虐史観」を長きにわたって植え付けられてきた日本人にとっては、自国に誇りを持つきっかけとなる画期的な出来事であるといえます。
もちろん、過日の戦争は多くの悲劇を生みましたし、日本にも過ちや反省すべきことが多くあることは事実です。しかし、日本人は自国の歴史や文化、業績に対して、もっともっと誇りを持ってよいのです。
 
誇りと言えば、救い主イエス・キリストです。パウロはコリント教会に対して「誇る者は主を誇れ」と書きました(第一の手紙1章31節)。 
 
内村鑑三が、「自分は二つのJを愛する」と言ったということはあまりにも有名ですが、内村は一九〇一年の第二回夏期講談会においてマルコ福音書を講義し、その中で
「われにうるわしき名二つあり。二者ともにJをもって始まる。イエス(Jesus)なり、日本(Japan)」なり。われはこれを称して二つのJという。われの宗教はこの二者を離れて存在せず。イエスのためなり、日本のためなり。イエスの栄光をあらわさんため、日本の名誉を傷つけざらんためなり。わが夏期講談会もこれら二つの美しき名のために開かれしなり」
と語ったといいます。
内村の中では、イエスと日本という二つのJは愛と誇りの対象であったのです。
 
私たちは日本人として、あるいは日本という国に深く関わってきた者として、内村鑑三のように日本を誇ると共に、もっともっとイエスを誇るべきであることを、今週の礼拝で確認をしたいと思うのです。
イエスこそ、わたしたち人類への愛において、そして犠牲を厭わなかった勇気ある行動において、私たちがもっともっと自慢をしてよいお方だからです。
 
なぜイエスを誇るのか、イエスははじめの愛を人のために最後まで貫いたからであり、またその愛を基として、私たちのため、最後まで勇敢に振る舞ったから、それが、イエスを誇る理由です。
 
 
1.イエスは初めの愛を貫いた
 
 神への愛にせよ、人への愛にせよ、愛を始めることはそれ程困難なことではありません。難しいのはその愛を貫くこと、愛の気持ちと姿勢とを最後まで持続することです。
 
 イスラエルの民もエジプトでの惨めな奴隷状態から救われて、約束の地、父祖の地であるカナンの地(その後のパレスチナ)に導かれた頃の心理は、まさに「感謝、感激、雨、霰(あられ)」という状態であり、自分たち民族に対する神の選びの愛に対して、信仰による愛で応えようとしていたものでした。
 
でも時が経ち、恵みに慣れるにつれてその愛も薄れ、神への背信を深めていくようになりました。これを憂えた神は預言者を遣わして神に帰るようにと呼びかけました。
 
「背信の子どもたちよ、帰れ。わたしはあなたがたの背信をいやす」(エレミヤ書3章22節 旧約聖書口語訳1049p)。
 
しかし、神の呼びかけは無視され、その結果、麗しの都エルサレムは大国バビロニアによって侵略されて、あの壮麗を極めたソロモンの神殿もバビロニア軍の攻撃によって崩壊、炎上し、指導者たちは捕虜としてバビロニアに連行されていくという(これをバビロン捕囚と言います)悲惨な状態に陥り、紀元前五八七年、国家は滅亡してしまいました。
せっかく神の民に選ばれながら、初めの愛を持続することに失敗したのがユダヤ人の先祖のイスラエルの民だったのです。
 
 「言行一致」という言葉があります。言うこととやることが一致しているという意味です。イエスは文字通り、言行一致のお方でした。
イエスは最後の晩餐の席で、弟子たちに対して愛について説きました。
 
「わたしのいましめはこれである。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。人がその友のために命を捨てること、これよりも大きな愛はない」(ヨハネの福音書15章12、13節 167p)。
 
 そしてわたしたち神に背いてきた人類を愛のゆえに「友」と考え、そして「その友のために」その教えの通り、自分の大事な命を捨てられたのがイエスでした。イエスこそ人として、初めの愛を最後まで変えることなく貫き通したお方だったのです。
そしてその現われが、過ぎ越しの祭りが近づいていた紀元三十年の初春の行動でした。マルコは、イエスがエルサレムに向かって弟子たちの前を先頭に立って進み行かれる姿を簡潔に描写します。
 
「さて、一同はエルサレムへ上る途上にあったが、イエスが先頭に立って行かれたので、彼らは驚き怪しみ、従う者たちは恐れた」(マルコによる福音書10章32節前半 新約聖書口語訳69p)。
 
 イエスは愛を貫くため、また愛のゆえに、辱めと悲惨な死とが待つエルサレムに向かって、ただ真一文字に進み行かれたのです。
 
 
2.イエスの勇気は愛が生み出した
 
 エルサレムはユダヤ人にとっては憧れの都ですが、イエスにとっては侮辱と背教者としての宣告と、そして非業の死とが待つ場所でした。
 
「するとイエスはまた十二弟子を呼び寄せて、自分の身に起ころうとすることについて語りはじめられた、『見よ、わたしたちはエルサレムへ上って行くが、人の子は祭司長、律法学者たちの手に引きわたされる。そして彼らは死刑を宣告した上、彼を異邦人に引きわたすであろう。また彼をあざけり、つばきをかけ、むち打ち、ついに殺してしまう。そして彼は三日目によみがえるであろう』」(10章32節後半〜34節)。
 
惨(むご)い結果が待つエルサレムにイエスを向かわせたものは、何とかして人類を救済したいと願う父なる神の心情への共感と、滅びゆく人間への愛でしたが、その愛こそが死を遂げることさえも恐れさせない勇気となりました。
 
もともとイエスは神の御子ですが、この時は私たちと同じ人間です。死にたくはなかったでしょうし、できれば人として普通の人生を生きたかった筈です。でも、イエスが普通の人生を生きることになったならば、神の律法を守り切った人として自分は永遠の滅びを免れたとしても、私たち罪人(つみびと)は永遠の命に与ることができず、滅びの道を辿るしかありません。
そこでイエスは愛が生み出した勇気を振って、汚辱の十字架が待つエルサレムに向かって進んで行かれたのでした。
 
勇気には二種類あります。
一つは蛮勇と言われるものです。侮辱されたと思った時、後先を考えず、感情に任せて自分の力を見せようとするものです。
 
そしてもう一つが真の勇気であって、後先や全体を考えておのれを殺し、大局的な観点から行動させるものです。
その代表がマリヤの夫のヨセフでした。彼は救い主の母となるマリヤと、救い主となる幼子の保護者として選ばれたことを自らの使命として自覚し、人々の蔭口や嘲笑をものともせずに、神への忠誠とマリヤへの愛情から、マリヤの夫という立場、イエスの養父であるという役割を貫き通したのでした。
 
このヨセフについては、山口百恵と三浦友和の結婚式を司式したことで一躍有名になった霊南坂教会の飯(いい)清牧師が、その著書「飼葉おけと十字架」の中の「勇者ヨセフ」と題した小説教において言及しています。
 
神はその独り子を世に遣わすにあたって、母となるべき女性を選ぶよりも、いわば養父として保護者の役目を果たす男性を探すことのほうにはるかに骨を折られたのではないかと思うのです。もしこのヨセフのような思慮深い協力者与えられなかったら、マリアはとうてい『救い主の母』という大任に耐えられなかったのではないでしょうか
 
まさにヨセフこそ真の勇者、男の中の男でした。そしてイエスもまた、この養父ヨセフの生き方を尊び、人類への愛のゆえに神から課せられた使命を、勇気をもって実行しようとしたのでした。
 
 
3.イエスの勇気は犠牲を厭わないものであった
 
  純粋な愛から生み出された勇気は、犠牲を払うことを厭(いと)いません。
このあとエルサレムに向かったイエスはご自分の言葉通りに、エルサレムの最高法院(サンヒドリン)においては神を(けが)したという罪状で有罪判決を受け、ローマの法廷では国家反逆罪の廉により死刑の判決を受け、十字架に架けられて処刑されてしまいます
 
しかしその犠牲こそが、四月一日の棕櫚の日礼拝と八日の復活祭礼拝においてお語りしたように、人類の罪と罰の身代わりとしての犠牲として神に受け容れられて、これを我がためとして信じる者を永遠の滅びから救うこととなったのでした。
 
 このイエスの犠牲について使徒のペテロは、イエスの十字架の死から三十数年が経った紀元六十四年頃に、迫害を逃れて各地に離散しながらなおも信仰にとどまっていた信徒たちに書き送った手紙の中で、言及をしております
 
「キリストも、あなたがたのために苦しみを受け、御足の跡を踏み従うようにと、模範を残されたのである。キリストは罪を犯さず、その口には偽りがなかった。ののしられても、ののしりかえさず、苦しめられても、おびやかすことをせず、正しいさばきをするかたに、いっさいをゆだねておられた。さらにわたしたちが罪に死に、義に生きるために、十字架にかかって、わたしたちの罪をご自分の身に負われた。その傷によって、あなたがたはいやされたのである」(ペテロの第一の手紙2章21節〜24節 368p)。
 
 愛は真の勇気を生み出します。そしてまことの愛が生み出した勇気は愛する者のために犠牲を払うことを厭(いと)いません。それでいて犠牲を払った本人は払った犠牲を犠牲とは決して思わないものなのです。イエスは十字架に架かることを父なる神から強要されたわけではなく、自らの意志で自発的に架かったのでした。
 
ある人は怒って言います、「オレはキリストに、十字架にかかってくれなどと頼みもしていない。キリストは勝手に死んだのだろうが。オレには何の関係ない」と。
しかし、「頼みもしていない」のに、この私のために自分から死んでくれたからこそ、イエスの犠牲はより尊いのです。
 
私たちが誇るべきお方はこのイエスをおいて他にはありません。
 十字架に向かって先頭切って進んで行かれるイエスの跡に従うも、それを眺めて見送るもそれぞれの自由です。しかし、その自由の権利をイエスの胸中、心情を想像しながら、賢く行使する者こそ、最も幸いな者なのです。


投稿者 : famillia 投稿日時: 2012-03-11 16:48:01 (1103 ヒット)
2012年礼拝説教

2012年3月11日 日曜礼拝説教

 「永遠の生命に至るためのもう一つの道」

 マルコによる福音書10章17〜22節(新約聖書口語訳6p)

 
はじめに
 
明石家さんまというお笑いタレントがおります。この人は性格が楽観主義なのでしょうか、「さんまの名言集」なるものがあって、その筆頭に挙げられている言葉が「生きてるだけで丸儲け」なのだそうですが、これがまた実に含蓄に富んだ言葉であって、聖書が示す人間の立場を言い得て妙であると思います。
さんま氏の長女の名前は「いまる」さんというそうですが、それは「いきてるだけで」の「い」と、「まるもうけ」の「まる」から取ったという説があるそうです。信憑性ははっきりしませんが。
 
 ところでわたしたちは、ついつい感謝することよりも文句を言ったり、不満を感じたりしながら暮らしがちです。しかし、少し見方をずらして自分を見たら、親や家族、先生や先輩、知人や友人などの他者や、自分を超えた大いなるものによって生かされて今の自分がある、ということに気づかされます。
つまり、生きていること自体が実は丸儲けであり大儲けなのだということに気づくのです。
 
しかも人はこの世において生かされているだけでなく、何とも有り難いことにあの世においても命を受けて、幸いな日々を永遠に続けることがゆるされています。まさに「生きていることが丸儲け」なのです。
 
 そこで今週はイエスの御言葉から、「生きてるだけで丸儲け」の究極である、「永遠の生命」を受ける方法を教えられたいと思います。
 
 
1.永遠の生命とは、この世と来世において、命の神と共に安らいで暮らことである
 
 幼な子に手を按(お)いて祝福を祈られたイエスのところに、ひとりの人が走り寄って来て、「永遠の生命」を受けるためには何をしたらよいのかという質問を致しました。
 
「イエスが道に出て行かれると、ひとりの人が走り寄り、みまえにひざまずいて尋ねた。『よき師よ、永遠の生命を受けるために、何をしたらよいでしょうか』」(マルコによる福音書10章17節 新約聖書口語訳68p)。
 
 ユダヤ人にとって「永遠の生命」(17節)の獲得は最優先されるべき大きなテーマでした。彼らは「永遠の生命」を受けることを人生の最大の目標、信仰生活の究極の目的としており、そのために努力もし、生活のすべてを賭けていたのでした。そしてイエスのもとに跪いたこの「ひとりの人」(17節)も同様でした。
 
 この人についての共観福音書の並行記事のうち、年代については、マタイは「青年」とし、社会的立場については、ルカは「役人」としております。
 
「この青年はイエスに言った、…」(マタイによる福音書19章20節)。
 
「また、ある役人がイエスに尋ねた、…」(ルカによる福音書18章18節)。
 
「役人」は役員と訳すべき言葉であって、役員は現代の日本で言えば立法府である国会と、司法の最高機関である最高裁判所を兼ねたような役所であったサンヒドリン(大議会)の議員を指しておりました。つまり彼は大議会(最高法院)の議員だったのです。しかも彼は「青年」つまり、三十歳を超えてそんなに経っていない年齢であるにも関わらずこの地位にあったのです。
ということはどういうことかと言いますと、ユダヤにおいて彼は、社会的にも宗教的にもエリート中のエリートであることを意味していたのでした。
 
 「永遠の生命」(17節)と体のよみがえりとは、ユダヤ人にとってはコインの裏表のように切り離せないものでした。ユダヤ人が渇望してやまない「永遠の生命」とは、復活した肉体をもったままで、神と共に永遠を生きることだったからです。
 
 「永遠の生命」といいますと、不死という要素が思い浮かびますが、不死という量的、時間的なものは「永遠の生命」の結果であって、むしろ中身こそが重要です。
 
高齢の夫婦にとって、五十年間がんばって金婚式を迎えたという時間的な「長さ」よりも、深い信頼によって結ばれた一瞬一瞬の日常生活の方がより重要であるように、「永遠の生命」は、人が日々に神の顔を仰いで感謝しつつ暮らすという、質の面こそが重要なのです。
 
 そしてイエスこそ、この質と量という両面を併せ持った「永遠の生命」を人に与えるために、この世に来られた救い主であったのでした。そういう意味では、この青年役員がイエスの許に来たと言うのは決して的外れなことではありませんでした。 
 
 
2.永遠の生命に入る条件とは、善行を積むことよりも、神に無条件で降伏することである  
 
しかしこの後、青年役人は失望しながらイエスの許(もと)を去っていきます。それはイエスの言葉の本当の意味を悟ることができなかったからでした。
 
ところで、この青年役人の「永遠の生命を受けるために、何をしたらよいのでしょうか」(17節)という質問を一読した限りにおいては、彼が「永遠の生命」の獲得の仕方、方法というものをイエスに教えてもらおうとしているようには見えるのですが、実はそうではありません。
 
彼は「永遠の生命」の獲得の仕方は知っているのです。それはユダヤ人にとっては自明のことでした。ですからイエスは答えます。それは神の「いましめ」を守ることであり、そしてその「いましめ」をあなたは知っているのだから、それを守ればいいではないか、と応えます。
 
「いましめはあなたの知っているとおりである。『殺すな、姦淫するな、偽証を立てるな。欺き取るな。父と母とを敬え』」(10章19節)。
 
 これに対して青年議員は言います、それら「(永遠の生命を得るための)いましめ」(19節)は、わたしは幼い時から全部守っております、と。
 
「すると彼は言った、『先生、それらの事はみな、小さい時から守っております』」(10章20節)。
 
 青年議員が知りたかったのは、「いましめ」を守ることによって「永遠の生命」を獲得することができる、という先祖からの教えが正しいとするならば、自分は「いましめ」を守って生きてきたのだから、「永遠の生命」を受けることが出来る筈、ということになる、しかし、自分にはその確信がない、どうしたら確信を得ることができるのでしょうか、ということだったのです。
 
 しかし、イエスは彼に向かって、あなたは「いましめ」を守っていると言ったが、ほんとうに「いましめ」を守っていると言えるだろうか、「いましめ」の真髄は神を愛することであり、神を愛するということは神が愛してやまないあなたの同胞、とりわけ貧しい人をあなたが愛することである。もしもあなたが「いましめ」を守っているというのであれば、その証拠として、あなたの財産を売り払ってそれを飢えで苦しむ貧民に施すこともできる筈である、と言われたのでした。
 
「イエスは彼に目をとめ、いつくしんで言われた、『あなたに足りないことが一つある。帰って、持っているものをみな売り払って、貧しい人に施しなさい』」(10章21節前半)。
 
 「永遠の生命」を獲得するために「いましめ」を守るという方法は、原理的には聖書に適った有効な方法でした。そして古今東西を通じて、神の「いましめ」を完全に守り切って「永遠の生命」を得る資格を取られたのは孔子でもなく、釈迦でもなく、また日蓮でもなければ親鸞でもなく、イエスただ一人だけであったのです。
 
そのイエスこそ、「いましめ」を守る力がない、だから「永遠の生命」を受ける資格もないという人類のために、唯一の有資格者として永遠の生命を得るもう一つの道を開いたお方だったのです。
 
イエスは誰もが守れない「いましめ」をすべて守り切った唯一の人でした。そして誰でも、罪のない自身の身を人類の身代わりとして十字架にかけて死に、その死からよみがえって下さった唯一のお方であるイエスに対して無条件降伏をし、このイエスを個人的に救い主として信じ受け入れるだけで、永遠の生命を得ることができるという道をイエスは開いてくださったのです。
 
 「自分は『いましめ』を表面的には守っているかも知れません。でもその真髄を守ることの出来ない罪深い人間です」と認めてイエスに無条件降伏をするというもう一つの道があることを、イエスはこの青年議員に教えようとされたのでした。
 
 
3.永遠の生命に入ると、善行は手段でなく結果として、義務ではなく喜びとして行えるようになる
 
    では善行は不必要なのでしょうか。善行を積むことが「永遠の生命」を受ける条件
でないのであれば、善行なんて関係ない、ということになるのかと言いますと、決し
てそうではありません。
 
西暦一五一七年にドイツで始まったマルティン・ルターによるプロテスタント宗教
改革に対してローマ教皇側は悪意から、ルターは善行を軽視していると非難しました。そこでこれを受けてルターは「善きわざについて」という論文を書いて、ローマ教皇側の非難を一蹴しました。
 
 この文書「善きわざについて」は西暦一五二〇年に書かれたルターによる「宗教改革三大文書」の一つです。
 
ルターはこの論文の中で、「あらゆる尊い善きわざの中で第一の最高のわざは、キリストを信じる信仰である」(「ルター著作集」福山四郎訳)と、キリストへの個人的信仰を強調した上で、次にモーセの十戒を取り上げ、十戒を守ることの意義について丁寧に解説をしております。
 
  善行は「永遠の生命」に入るための手段ではなく、恵みにより無条件で「永遠の生
命」に入れてもらった者の人生に、神との交わりという「永遠の生命」が生み出す結
果として現われるのです。
つまり善行はしなければならない義務ではなく、したくてたまらなくなる喜びとなって現われるということをルターは言いたかったのでした。
 
  善行は赦されがたい罪や失敗を無条件で赦してくださった神に対しては、感謝に溢れての信仰告白、礼拝、讃美、祈り、奉仕、捧げもののかたちをとり、人に対しては神と人から自分に与えられたものを分かち合うという、親切な行為、思いやり、優しい言葉、ゆるし、執り成しの祈りとなって実を結びます。
 
  しかし青年議員は「永遠の生命」と自らの資産とを秤(はかり)にかけて、顔を曇らせながらイエスの許を去っていきました。
 
                 「すると、彼はこの言葉を聞いて、顔を曇らせ、悲しみながら立ち去った。たくさんの            の資産を持っていたからである」(10章22節)。
 
イエスはこの青年議員に彼の財産を売り払うことを求めたのでありませんでした。またわたしたちに対して、すべての財産を捧げるようにと要求しているのでもありません。イエスが伝えたかったことは「いましめ」を守るという方法で「永遠の生命」を得る道を行くのであれば、それを徹底するしかない、ということだったのです。
 
イエスが今日、ご自身を信じる者に求めているのは、各自の身の丈に合った献身です。
「イエスは彼に目をとめ、いつくしんで言われた」(21節)とありますように、イエスはこの真面目な青年議員に好感を持ったようでした。しかし、「永遠の生命」を得るためには、真面目な生き方だけでは足りなかったのです。必要なものはイエスが開いた道、神への無条件降伏の道を行くことだったのです。
 
ただ、この青年役員の場合、その真面目さにイエスが本当に伝えたかった正しい信仰理解が加わって、いつの日か、彼がイエスの弟子となったのでは、と想像することは決して的外れなことではないと思います。なぜならばイエスは真面目な人には特に目をかけるお方だからです。
 
真面目すぎる、固すぎると言われている人は、持って生まれた自分の性格を、神と親からの贈り物として、ぜひ大事にしてください
その性格は神からの贈り物としての「永遠の生命」を受けた後の人生において実を結び、花を咲かせる筈だからです。


投稿者 : famillia 投稿日時: 2012-03-04 16:18:19 (1734 ヒット)
2012年礼拝説教

2012年3月4日日曜礼拝説教

「絶対依存の感情こそ、信仰の本質」

マルコによる福音書10章13〜16節(新約聖書口語訳69p)
 
はじめに
 
子供が「子供らしい」と言われるのは褒め言葉ですが、いい大人が「子供っぽい」とか「子供じみている」あるいは「大人げない」と言われるのは、不名誉なことです。
 
ところが二週間ほど前、政権党の政策調査会長が記者会見から特定の新聞社を締め出してしまいました。理由は「悪口、ペンの暴力のたぐいが受忍限度を超えた」からなのだそうですが、実現しもしないことを次々と発言することから当該の新聞社がこの政調会長さんを「言うだけ番長」と名付けたことに腹を立てたというのが真相のようです。
 
因みに「言うだけ番長」は、「夕やけ番長」という、四十年ほど前に冒険王という漫画雑誌に連載されていた梶原一騎原作の劇画のタイトルをもじったもので、プロレスラーの前田日明(あきら)が長州力を揶揄するために使ったのが始まりであったと言われています。まあ、どうでもいいことですが。
 
しかし政治評論家やネットなどで「政党助成金を受けている議員、しかも政権党の要職にある者がすべきことではない」「あまりにも子供じみている」という批判が続いたためか、数日後に撤回をしたようです。
 
大人は幼稚性を克服して大人らしくなければなりませんが、イエスは大の大人に対して、幼な子のようであることを求められました。
 
今週はイエスの「幼な子のようであれ」というお言葉の真の意味について考えさせられたいと思います。
 
 
1.祝福を求めて御許を訪れる幼な子のような者を、神は優先的に歓迎する
 
 古代ユダヤでは、子供が最初の誕生日を迎えるころになると、子供を高名な律法教師のもとに連れて行って、手を按(お)いて祝福のお祈りをしてもらうという習慣があったそうです。
たまたまエルサレムに向かって旅を続けているイエスとその一行を見つけた沿道の人々は、イエスのところに子供を連れてきて祝福を祈ってもらおうとしました。ところがその親たちを弟子たちが嗜(たしな)めた、つまり注意をしたというのです。
 
「イエスにさわっていただくために、人々が幼な子らをみもとに連れてきた。ところが、弟子たちは彼らをたしなめた」(マルコによる福音書10章13節 新約聖書口語訳68p)
 
 普段でしたら弟子たちも人々をそのままにしておいたかも知れません。でもこの時イエスは一歩また一歩と、何が待ち受けているかわからないエルサレムに向かう途中でした。弟子たち自身、神経がピリピリと張り詰めた緊張状態の中にあったでしょうし、彼らは彼らなりにイエスを煩わしいことから守ろうという気遣いから、親たちを嗜めたのだと思います。
 
 しかしその弟子たちに対しイエスは、彼らの気遣いを評価するのではなく、憤りを露わにして、幼な子たちが私のもとに来ることを止めてはならないと、むしろ、弟子たちの方を嗜められたのでした。
 
「それを見てイエスは憤り、彼らに言われた、『幼子らをわたしのところに来るままにしておきなさい。止めてはならない」(10章14節前半)。
 
 なぜ、イエスは弟子たちを嗜めたかと言いますと、まさにそこにこそ、イエスの特質が示されていると言い得るのかもしれません。
イエスというお方はご自分のことよりも常に他者を優先されたお方でした。そしてこの場合、イエスが優先的に歓迎した「幼な子」とは文字通りの幼児でしたが、この「幼な子」とは「幼な子のような」心を持つ人の比喩でもありました。
 
イエスが歓迎もし、愛しもしたのは頑是ない幼な子だけではなく、幼な子のような心と姿勢でご自分を求めてくる人々であったのです。それは昔も今も変わることはありません。
 
 
2.絶対依存の感情という信仰の本質を体現するもの、それが幼な子である
 
 弟子たちを嗜めたイエスは言葉を継いで、神の国は幼な子のような人が住むところであると言われました。
 
「神の国はこのような者の国である」(10章14節後半)。
 
 かつて外務省の国際情報局で主任分析官として活躍していた佐藤 優によって、最近、シュライエルマッハーという、二百年前の神学者が脚光を浴びるようになりました。
 
佐藤 優によりますと、中世までの世界の構造は「お椀が何重にも伏せてあって、一番下のおわんが月、その上のおわんが金星、その上に火星がのっかっている。(それは)おわんがいくつも重なっているという宇宙観で、その天辺(てっぺん)に神様がいる、という考え方」(NHK出版新書「はじめての宗教観 左巻」27ページ)であった、しかし、「上にあるとされた神の居場所が、天動説から地動説に変わったことで物理的に証明できなくなったときに、(シュライエルマッハーが出てきて)感情と直観という形で神の居場所を人間の心の中に定義し直した」(29ページ)のだというのです。
 
 シュライエルマッハーは「宗教の本質を、思惟でも行為でもなく、直観と感情である」と定義しましたが、それは幼な子が理屈抜きで親を求めるように、人も受け身の態度で、直観と感情によって神を知る、という意味のようです。そして佐藤によればシュライエルマッハーによるこの宗教の定義は晩年になると、「『絶対依存の感情』」へと変化します」(44ページ)。
 
 「依存」には相対依存と絶対依存とがあります。
 
幼な子の親への依存は絶対依存です。幼な子は親または親に代る保護者がいなければ生存することはできません。
 
以前、教会で開催した教育講演会に講師として来てくださった亀井俊博牧師(現芦屋福音教会名誉牧師)が、親と子供の関係を、母親を大きな円、子供を小さな円で説明をして下さいました。妊娠中、子供を示す小さな円は母親を表す大きな円の中に納まっていますが、出産後、生まれてきた子供がまだ幼い場合、小さな円の半分は大きな円の中にあります。
 
しかし、小さな円は大きくなるに従って段々と大きな円から離れていくようになります。それはつまり、親がいなければ生きていけないという「絶対依存」の状態から、少しずつ独立していく「相対依存」の関係に変わっていくという過程を表したものでした。
 
 確かに親と子の関係は、成長に従って子供は親離れをしていきますし、むしろそうでない方が異常です。しかし、人と神との関係は、人がどんなに知恵を得、知識を得たとしても相対依存ではなく、絶対依存の関係でなければなりません。
 
そして人間として最も完成された人間性を持っていたイエス・キリストはその生涯を通じて、創造者である父なる神に対し、「幼な子のように」(15節)神を求め、神を感じる「絶対依存の感情」で向かい合ったお方だったのです。
 
 イエスが例にあげた「幼な子」とは神への「絶対依存の感情」を、日々の暮らしの中で無意識のうちに体現している存在でした。「神の国とはこのような者の国である」(14節)というイエスの言葉は、神を信じるということを困った時の神頼みのように考える相対依存的信仰から脱却して、幼な子のような絶対依存の感情と姿勢で生ける真の神を求め、またその神に聞くという信仰に転換することを促す言葉だったのでした。
 
 
3.神の国は幼な子のように絶対依存の感情で神に寄り縋る者の世界である
 
 イエスは神の国は幼な子のような者が住む国である、と説くと共に、神の国を幼な子のように受けいれるものでないと、神の国には入ることができない、とも言われました。
 
「よく聞いておくがよい。だれでも幼な子のように神の国を受けいれる者でなければ、そこにはいることは決してできない」(10章15節)。
 
 イエスの話には「神の国」という言葉が何度も出てきますが、「神の国」を別の言葉で説明すれば、ユダヤ人が人生の最終目標として獲得することを願っている「永遠の生命」のことであって、それは「永遠の滅び」の反対です。
 
唯一のまことの神と共に、そして神を信じる者たちと共に永遠に暮らすことが「永遠の生命」であり、命の神から切り離されて、孤独の中で自分が犯した罪を永遠に悲しみ続ける状態が「永遠の滅び」です。 
 
そしてこの「永遠の生命」に入るには、「幼な子のように神の国を受けいれる」(15節)ことが絶対条件であるとイエスは言うのです。
 
その幼な子の特徴は二つあります。
 第一に、幼な子は相手の言葉を信用し、差し出されたものを疑うことなく素直に受け取ります。
神の独り子のイエスがキリストとしてこの世に来られたのは、神に背を向けている私たち人類に神の国、永遠の生命を与えるためでした。そしてイエスは神の言葉を信じるだけで、具体的にはイエスを主キリストとして信じ受けいれるだけで、信じる者を神の子供としてくださり、永遠の生命の中に入れて下さっているのです。
 
しかし、彼を受け入れた者、すなわち、その名を信じた人々には、彼は神の子となる力を与えたのである」(ヨハネによる福音書1章12節 135p)。
 
 「幼な子のように神の国を受けいれる者」とは、神が差し出してくださった救いを、疑うことなく素直に感謝をもって受け取る人のことを意味します。
 
 幼な子のもう一つの特徴は、差し出されたものを受け取るにあたり、相手への信頼から、それを取引などとは考えていなことです。
 確かにこの世界は取引で成り立っています。ユダヤ人も永遠の生命を手に入れるために、神と取引をする必要があると考え、具体的には十戒とその細かい規定を集めた律法、その律法をさらに細かく定めた「先祖からの言い伝え」を遵守することが代価となる、と考えたのです。そしてその中でもポイントの高い善行が「施し」と「断食」と「お祈り」でした。
 
でも神の国に入るための権利はとても高価で、どんな宝を積んでも高嶺の花であって、もしも神の国に入ることができる人がいるとするならば、それは人なるイエスだけでした。なぜならばイエスだけが律法の要求を隅から隅まで全部守り切ったただひとりの人であったからです。
 
 そのイエスが人類に代って罪と罰を受けてくださったので、イエスを信じる者は誰でもイエスのお蔭で神の国に入ることができるようになったのです。ですから取引は不必要なのです。
 
高価な代価はすでにキリストであるイエスによって払われています。あとは、信仰を取引などとは考えず、差し出された恵みを幼な子のように、素直に感謝して受け取ればよいのです。
 
 食事のたびに食費を計算して親に支払う幼な子はいませんし、支払い能力がないからお母さんのおっぱいはここらへんで我慢しよう、という乳飲み子がいないように、人に求められているものは幼な子のような絶対依存の感情と姿勢で、安心して神に寄り縋ることなのです。
 
 実はこの「絶対依存」という姿勢を持つことは、女性の場合、比較的容易なのですが、自尊心の高い男性には苦手な事柄なのです。そういう意味で「だれでも幼な子のように」(15節)というイエスの言葉は、特に男性に向けられて語られたものなのかも知れません。
 


投稿者 : famillia 投稿日時: 2012-02-26 16:01:05 (1671 ヒット)
2012年礼拝説教

212年2月26日 日曜礼拝説教

「キリストは今も弱者の側に立つ」

マルコによる福音書10章1〜12節(新約聖書口語訳314p)
 
はじめに
 
 昨日の朝、久しぶりに見たNHKの朝の連続ドラマ「カーネーション」は短いスカートの時代の到来を描いて、主人公に「時代が変わった」と言わせていました。
 
思えば我が国では長い間、「女、三界(さんがい)に家なし」と言われ、孔子の弟子の子夏(しか)が「礼儀喪服伝(らいぎもふくでん)」で説いた、女性というものは「未(いま)だ嫁(とつ)がざれば父に従い、既に嫁いでは夫に従い、夫死しては子に従う」という「三従の道」を生きることが女性の生き方であるとされていたのです。
 
ところが時代が変わりました。ドラマが設定した昭和四十一年、確かにミニスカートの爆発的な流行を契機として、時代は女性を様々の抑圧から解放した、女性解放の時代へと突入していったと言えます。
そしてそれから五十年近くたち、女性の解放は著しく進み、昔のように、「女に生まれて損をした」「男に生まれたかった」と嘆く女性はほとんどいなくなりました。
 
しかし、そうはいっても現代がまだまだ男性優位の男社会であることには変わりありません。況(ま)してや二千年前の古代ユダヤ社会においてはいかばかりであったことかと思いますが、その古代社会において、イエスは社会的弱者であった女性の側に立って、敢然として女性擁護の論陣を張り続けられたのでした。
 
本日はユダヤ社会における結婚、離婚の問題を通して、「強きを挫き、弱きを助ける」イエスの発想と言動に注目をしたいと思います。
 
 
1.イエスは常に社会的弱者の側に立っていた
 
「スタンス」という言葉があります。立ち位置という意味ですが、イエスの立ち位置は常に生ける神の側にあり、そして神が弱き者の側に立つがゆえに、イエスもまた社会的弱者の側に立つのが常でした。
 
ガリラヤ地方での巡回活動を経て、イエスはついに最終目的地のエルサレムがある、南部のユダヤ地方にやってきました。そして集まってきた群衆に対し、いつものように教えを説き始められました。
 
「それから、イエスはそこを去って、ユダヤの地方とヨルダンの向こう側へ行かれたが、群衆がまた寄り集まったので、いつものように、また教えておられた」(マルコによる福音書10章1節 新約聖書口語訳67p)。
 
 そこに律法の実践を旨とするパリサイ人たちが近づいてきて、ラビ(律法の教師)であるイエスに質問を致しました。それは、夫は妻を離縁しても律法に違反しないのかどうか、という問いでした。
 
「そのとき、パリサイ人たちが近づいてきて、イエスを試みようとして質問した、『夫はその妻を出しても差し支えないでしょうか』」(10章2節)。
 
 この質問が律法の問答の体裁を取りながらのひっかけ質問であることは「イエスを試みようとして」(1節)という注釈からも明らかですが、イエスが、律法の書においてモーセは何と言っているか、と聞き返したところ、パリサイ人らは待っていましたとばかりに、モーセは離縁状を書くことを条件に離縁することを許している、と答えたのでした。
 
「イエスは答えて言われた、『モーセはあなたがたになんと命じたか』。彼らは言った、『モーセは離縁状を書いて妻を出すことを許しました』」(10章3、4節)。
 
これはモーセ五書のひとつの申命記にある命令でした。
 
「人が妻をめとって、結婚したのちに、その女に恥ずべきことがあるのを見て、好まなくなったならば、離縁状を書いて彼女の手に渡し、家を去らせなければならない」(申命記24章1節 旧約聖書口語訳280p)。
 
 これに対してイエスは、モーセが離縁状を書くようにと定めたわけは、あなたがた男たちが頑迷固陋(がんめいころう)であるからであると断定的に言いました。
 
「そこでイエスは言われた、『モーセはあなたがたの心が、かたくななので、あなたがたのためにこの定めを書いたのである』」(9章5節)。
 
 「心が、かたくななので」(5節)とは、男たちが自分勝手で自己中心だから、という意味です。実はユダヤ社会において離縁状は、女性の権利を守るための唯一の手段とも言えました。
男社会であるユダヤ社会では離縁状がなければ女性は離縁されても再婚をすることもできない中途半端な状態で放置されかねませんでした。
そのような中でイエスは社会的弱者であった女性の側に立ち、社会的強者で支配者でもある男性に向かって、女性の立場を擁護したのでした。
 
「離縁状を書いて」(4節)去らせる、という離縁の手続きは、ユダヤ社会において男性の横暴を制限するためのものだったのですが、しかし、男性優位の社会においてはさまざまの抜け道が考え出されました。
ひとつは「その女に恥ずべきことのあるのを見て」(申命記24章1節)という言葉の解釈でした。
 
当時、ユダヤ教には二つの学派があったようで、紀元前の終わりから紀元後のはじめにかけて活動したシャンマイというラビの学派は「恥ずべきこと」を妻の不倫と解釈し、一方、シャンマイより少し前のヒレルの学派はこれを、料理下手や隣家までも声が聞こえる騒々しい妻もその対象であるといい、特にアキバというラビは、「好まなくなった」(同)を妻の容色が衰えたことまでも含めたということから、当時、女性は大した理由もなく離縁状だけで一方的に離縁されていた状況にあったようでした。
 
 そしてそのような社会状況を憂えて、弱い立場の女性の側に立ちつつ、女性を擁護するために発言したのがイエスだったのです。
 
 
2.イエスは社会的弱者の本物の弁護者であった
 
 先週、十二年前に山口県光市で起きた母子殺人事件の最高裁判決が下り、事件当時十八歳であった被疑者の死刑が確定しましたが、世間を憤慨させたのが元少年の弁護人たちの法廷闘争戦術でした。
彼らの多くは死刑制度反対という主義に立っている弁護士たちで、彼らの主義主張を実現するために当該の事件を利用したともいえます。しかも挙句に支援者の一人で、女性の人権拡大を主張する女性牧師が被疑者と養子縁組を結んで改姓をするという小手先の細工を弄したりもしました。
 
 これに比べてイエスの場合、どこの弁護士会に所属するわけでもなく、まさに一匹狼のようでありながら、真の社会的弱者のための擁護者としてパリサイ人だけでなく、男性優位の男社会とも対峙し、そもそもの初めから聖書(律法)を解き起こして、弱者のための弁論活動を行われたのでした。
 
「しかし、天地創造の初めから、『神は人を男と女とに造られた。それゆえに、人はその父母を離れ、ふたりの者は一体となるべきである』。彼らはもはや、ふたりではなく一体である」(10章6〜8節 創世記2章24節)。
 
 これは創世記からの引用です。
 
「それで人はその父と母を離れて、妻と結び合い、一体となるのである」(創世記2章24節)。
 
 本来、男女の結びつきにおいては男性の優位性も無ければ、女性の劣位性もない、彼らは父母を離れて、すなわちそれぞれが自立した男性、女性となって一体となるのだとし、結婚生活の同等性と協力性を確認した上で、神が合わせたものを人は離してはならないと、その不可分性を強調したのでした。
 
「だから、神が合わせられたものを、人は離してはならない」(10章9節)。
 
 この九節のイエスの言明をもって、離婚が禁止されていると取る人や教会もありますが、決してそうことではありません。
このイエスの言葉は、「神が合わせられた」二人の関係を、「人は」すなわち夫(男)は自分の都合や恣意、好みなどの根拠のない理由でみだりに「離してはならない」という意味なのです。
つまり、イエスの言葉は男性優位の男社会において、弱い立場の女性の権利と将来とを守る強力な弁論でもあったのでした。
 
 それは弟子たちの質問に対する答えにおいても明らかでした。
 
「家にはいってから、弟子たちはまたこのことについて尋ねた。そこで、イエスは言われた、『だれでも、自分の妻を出して他の女をめとる者は、その妻に対して姦淫を行うのである。また妻が、その夫と別れて他の男にとつぐならば、姦淫を行うのである』」(10章11、12節)。
 
 イエスの言葉の意味はこうです。だれでも、妻の不倫という事実以外の理由で妻を離縁することは、たとい離縁状が正規に発行されていたとしても、事実上、その婚姻関係は継続していることになる、そのため、別に他の女性と婚姻関係を結ぶことは重婚となり、それは元々の妻に対する背信行為とさえなるうえ、さらに離縁した妻が他の男と婚姻関係に入った場合、夫は別れた妻に姦淫を行わせることになるのだ、ということでした。
 
 もちろん、今日の日本国の民法においては、婚姻が継続し難いことが明らかになり、かつ両者が合意しさえすれば、離婚は成立します。
しかし、当時、あまりにも男性が有利で女性が不利であった古代ユダヤの法の解釈と適用に関しては、これくらいの極端とも言える、「神が合わせたものを、人は離してはならない」という宣言は、弱者である女性を守るためには必要だったのでした。
 
イエスこそ、時代を超えて、社会的弱者を守る本物の弁護者であったのでした。
 
 
3.イエスの武器は弱者を思う感性と想像力であった
 
 聖書を読むにあたっては、単に表面の文字面を解釈するのではなく、前後の文脈から全体を判断することが求められ、また場面、場面に登場する人物の気持ちを推論することが何よりも重要なことでした。
そしてこの聖書箇所の解釈のためには、古代ユダヤにおける男性と女性の位置や権利の関係を理解することが必要であり、同時に、発言者であるイエスの気持ちを推し量ることが大事でした。
 
 イエスについて驚くのは、イエスが当時、せいぜい三十五歳か三十六歳の年齢であって、しかも独身の男性であったということです。
女性が男性に持つ不満は女性の立場や心理に対して男性があまりにも鈍感であるということです。しかしイエスは女性特有の感情、悩み、不満、不安をあたかも女性自身であるかのように理解していたのでした。
 
 その細やかな理解はどこから来たのか、イエスの人間理解の武器は何だったのかという問いに対しては、イエスの生育環境に答えがあると言っても言い過ぎではないでしょう。
 
イエスは故郷のナザレではヨセフの子というよりも、「マリヤの息子」と呼ばれておりました。
 
「この人は大工ではないか。マリヤのむすこで、ヤコブ、ヨセ、ユダ、シモンの兄弟ではないか」(6章3節)。
 
それは養父のヨセフが早くに亡くなったからという理由だけではなく、イエスが不義の子として生まれたという噂が故郷のナザレには常にあったことを意味しました。
そのような環境や立場が、イエスの中に弱者の痛みを共感する感性を育て、また人が自分自身でもうまく理解できないような心の内奥の叫びを聞き分ける想像力というものを、イエスの中に生み出したのだと思われます。
 
「この大祭司は、わたしたちの弱さを思いやることのできないようなおかたではない。罪を犯されなかったが、すべてのことについて、わたしたちと同じように試練に会われたのである」(ヘブル人への手紙4章15節 347p)。
 
 イエスは時代を貫いて、昔も今も、そして将来も、社会的弱者の味方である本物の弁護者なのです。
このお方に守られながら強くもされて、私たちもまた、弱さの中にある人々の真の理解者、サポーターになりたいと思うのです。 


投稿者 : famillia 投稿日時: 2012-02-19 16:25:35 (1101 ヒット)
2012年礼拝説教

2012年2月19日 日曜礼拝説教

「優先順序の『優先選択』が実を結ばせる秘訣」

コロサイ人への手紙1章10節(新約聖書口語訳314p)

 
はじめに
 
古代中国の思想家は人の一生を色で表しました。
「青春」「朱夏(しゅか)」「白秋(はくしゅう)」そして「玄冬(げんとう)」です。
人というものは、十代、二十代には未熟ながらも「青春」時代を謳歌し、三十代、
四十代の活動的な「朱夏」を経て、五十代、六十代という「白秋」の円熟期に至り、そして、七十代、八十代の「玄冬」で人生を完成させる、というわけです。
 
因みに「朱夏」の朱は赤色でダイナミックスさを、「玄冬」の玄は黒色のことで奥深さを表します。
しかし現実は、いくつになっても青臭く未成熟状態のままであったり、ベテランを意味する「玄」人(くろうと)の域には到底達しないままに、年を重ねて人生を終わってしまうということにもなりがちです。
 
できればその年齢に相応しい熟度に達しつつ、人生の春を、夏を、秋を、そして冬を楽しみたいと思いますし、とりわけ私たちはキリスト者として、神にかたどって造られた人間としても、信仰の面でも進歩、成長して、豊かな実を結ばせたいと願うものです。
 
そこで今週は信仰の実を結ばせるための秘訣である優先順序、つまり何を先にするかという順番について再確認することによって、青から朱、朱から白、白から玄(くろ)へと着実に成長の道を進んでいきたいと思います。
 
優先順序と言いましても、重要度のランクのことではありません。進歩や発達には順番がある、ということなのです。実はこの成長のための優先順序という考え方はある米国の牧師さんが考え出したものなのです。ただ、その書名も著者も思い出せず、書籍自体もどこかに行ってしまったのですが、以前読んだときに、著者が展開していた論理に納得をし、以後、その論理を援用させてもらっています。
 
ところで、使徒のパウロの祈りは、福音を聞いた人たちが、福音を聞いたというレベルで終わるのではなく、日々の暮らしと歩みの中で、豊かな信仰の実を結ばせることでした。
 
「そういうわけで、これらのことを耳にして以来、わたしたちも絶えずあなたがたのために祈り求めているのは、あなたがたが…主のみこころにかなった生活をして真に主を喜ばせ、あらゆる良いわざを行って実を結び、神を知る知識をいよいよ増し加えるに至ることである」(コロサイ人への手紙1章9、10節)。
 
実を結ぶために欠かせないものがその人の中での優先順位の確立です。「急がば回れ」「急いては事をし損じる」「慌てる乞食は貰いが少ない」などと言いますように、順番を軽んじると良い結果を産むことができなくなりがちだからです。
 
 昨年三月に起きた東日本大震災によって「絆(きずな)」の大切さが再認識されていますが、絆とは結びつき、繋がりのことです。
問題は何と繋がるか、そしてどのようにして繋がるか、そしてどの順番で繋がるか、ということです。
 
特に繋がりの順番を間違えますと、繋がり自体が負担にさえなってきます。そこで、今週は何に繋がるか、そして何が正しい順番かについて考えたいと思います。
 
 
1.まず「キリスト」であるイエスに繋がる
 
 実を結ぶために踏む順番の第一位は、イエス・キリストに個人的にしっかりとつながるということです。イエスはぶどうの木の譬えで、枝が木に繋がっていてこそ、実を結ぶ、と言われました。
 
「わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。もし人がわたしにつながっており、またわたしがその人とつながっておれば、その人は実を豊かに結ぶようになる」(ヨハネによる福音書15章5節前半 166p)。
 
特に、どうも最近スランプ気味だ、伸び悩んでいるというような感じがする場合は、自分がイエス・キリストとしっかりと繋がっているかどうかを点検するとよいと思いますし、また、最近になって信仰に導かれた方々は、何よりもイエス・キリストとの個人的な関係を大切にしてください。
 
 第一に、人は「イエス・キリスト」を個人的に信じ受け入れることによって、神の御子である「イエス・キリスト」につながり、神の命にもつながって、神の子とされるのだということを、改めて確かめたいと思います。
 
「しかし、彼を受け入れた者、すなわち、その名を信じた人々には、彼は神の子となる力を与えたのである」(ヨハネによる福音書1章12節135p)。
 
 イエスを信じた者に「与え」(12節)られた「力」(同)とは権利、資格、立場ということです。イエスを主と告白するだけで、誰でも神の子という身分、立場を与えられるのです。
 
「わたしたちが神の子と呼ばれるためには、どんなに大きな愛を賜ったことか、よく考えてみなさい。わたしたちは、すでに神の子なのである」
(ヨハネの第一の手紙3章1、2節 378p)。
 
 「イエスは主なり」と告白した者は、当然、主であるイエス・キリストに強い興味を持ち始めます。
そこで次に努めることはキリストを知る、ということです。特に福音書と使徒行伝を中心に、イエスとは誰か、イエスは何を教えられたのか、イエスは私たちのために何をされたのかを学ぶことが大切です。聖書の中心はイエス・キリストだからです。
 
「あなたがたは、聖書の中に永遠の命があると思って調べているが、この聖書は、わたしについてあかしをするものである」(ヨハネによる福音書5章39節 144p)。
 
 「あなたがた」(39節)とはユダヤ人たち、「わたし」(同)とはイエスご自身を指します。
 
 そしてイエス・キリストに繋がるステップの三つ目が、日々の個人礼拝の実行です。
個人礼拝とは個人的にイエス・キリストと交わることです。交わりとは会話です。
会話は語りかけと応答から成り立ちますが、聖書を順に通読し、その中から神からの語りかけを個人的に聞きとって応答の祈りを捧げます。
短い時間であってもこれを毎日行うことによって、神からの命が信じる者の中に流れ込んでくるのです。
 
 
2.そして「キリストのからだ」である教会に繋がる
 
 「イエス・キリスト」に繋がった者は、次に「キリストのからだ」に繋がります。
「キリストのからだ」とはイエスを主と告白する者たちの集まり、つまり教会のことです。
 
「あなたがたはキリストのからだであり、ひとりびとりはその肢体である」(コリント人への第一の手紙12章26節 271p)。
 
 イエスを主と告白した瞬間に、人は神の子供とされます。
しかし子供は一人では生きていけません。子供には家族が必要です。そして生まれたばかりの子供たちのために神が用意した家族が教会なのです。
 
「そこであなたがたは、もはや異国人でも宿り人でもなく、聖徒たちと同じ国籍の者であり、神の家族なのである」(エペソ人への手紙2章19節 303p)。
 
 キリストに繋がった者が次にすることは、一つの教会を自分の家族として選び受け入れることです。それは暫定的であっても構いません。とにかく子供には家族と親が必要だからです。
 
 家族は通常、食事を一緒にします。家族でする食事、それが、教会が主催する公的礼拝であって、食事を楽しむように、神の子供とされた者はイエス・キリストを主とする者たちと共に公同礼拝を楽しむ者となります。教会での礼拝は通常、イエス・キリストの復活日である日曜日に行われています。
 
「週の初めの日に、わたしたちがパンをさくために集まった時」(使徒行伝20章7節 216p)。
 
パウロの時代、安息日は土曜日でしたので日曜日は平日でした。そこで信者さんたちは仕事を終えた日曜日の夜、実際には土曜日の夜に集まって神を礼拝讃美し、自分がキリストのからだの肢体の一つとされていることを感謝し確認したのでした。当時は、一日は日没から日没まででしたので、土曜日の安息日は日没で終わり、その日没から日曜日に入ったわけです。
その集まりがギリシャ語でエクレシア、集会、教会と呼ばれました。つまり教会堂という建物は、教会という集会の入れ物なのです。
 
 キリストのからだである教会には、ただ信じるだけで、そして信じた瞬間から神によって繋げられ、天にある目には見ることのできない唯一の教会のメンバーとされます。そしてこの天の教会は、地上に見えるかたちでの教会を出張所として持っているのです。
 
天の教会のメンバーとされた者は、時期が来たら洗礼を受けて地上の教会に繋がることができます。洗礼とはキリストへの個人的な信仰を外に向かって公にする行為です。
 
「そこで車をとめさせ、ピリポと宦官(かんがん)と、ふたりとも、水の中に降りて行き、ピリポが宦官にバプテスマを授けた(使徒行伝8章38節 195p)
 
洗礼を受けていなくても天国には行けますが、洗礼を受けると、次に地上にある教会に会員籍を持つ教会員となることができます。
すでに実質的には神の家族なのですが、この時から神の家族の正式なメンバーとなるのです。
 
 
3.その上で「キリストの働き」に繋がる
 
 キリストに繋がり、キリストのからだである教会に繋がった者は、次に「キリストの働き」に繋がるという特権に与(あずか)ることができます。親のすることを見ている子供は、自然に親の手伝いをしたいと思うようになります。
 
 「イエス・キリストの働き」には「癒し」と「宣教」そして「執り成し」という三つのものがありました。
 
 第一に、イエスは多くのエネルギーを、重荷を負って労している者の癒しに注がれました。
 
神はナザレのイエスに聖霊と力とを注がれました。このイエスは、神が共におられるので、よい働きをしながら、また悪魔に押さえつけられている人々をことごとくいやしながら、巡回されました」(使徒行伝10章38節 199p)。
 
 私たちは医者のように病人を治すことはできませんが、心を痛めている人、悲しんでいる人の傍らに座って、相槌を打ちながら時間を惜しまずに話を聞くことはできます。そしてそれもまた、癒しの働きの一つなのです。
 
キリストの主要な働きには神の言葉を説くという宣教活動がありました。
 
わたしがきたのは、義人を招くためではなく、罪人を招くためである」(マルコによる福音書2章17節後半 53p)。
 
そして誰もがそれぞれに与えられた賜物を使って宣教に参加することができます。
三十数年前、教団が主宰した米国研修旅行に妻と共に参加しました。カナダのバンクーバーから米国の西海岸、中西部そしてフロリダ半島のいくつもの教会を三週間で廻る旅でしたが、米国西海岸の教会で見た光景が、今でも時々思い出されます。
 
その教会は日曜日に二回、それぞれ数千人が集まる教会でした。よく組織された教会のようでしたが、その教会には四十人ほどの婦人のグループがありました。何をするのかと言いますと、礼拝に来た人々すべてと握手をして、歓迎の気持ちを表すのです。
 
その教会では会員はそれぞれの賜物に応じて聖歌隊、個人伝道のグループなどに所属し、キリストと教会に仕えていましたが、彼女たちは自分たちには個人伝道の賜物も、音楽の賜物もない、けれども、笑顔と手とがある、そこで教会に来た人が一人も漏れることなく幸せな気持ちで帰ることができるようにと、握手するグループを結成したというのです。時には教会付属の広大な駐車場の端まで追いかけて行って、車に乗り込む寸前の新来会者に、「ウエルカム!」と手を伸べることもあるとのことでした。
 
三週間の研修旅行はすべてが初物尽くしで、さまざまの事が印象深く記憶に残っていますが、この婦人たちにはとりわけ感銘を受けたものでした。握手という奉仕もまた、宣教の働きに繋がる立派な奉仕なのです。
 
そしてキリストの働きのもう一つが、執り成しの祈りを神に捧げることでした。イエスの祈りは大祭司の祈りと言われます。神と人との間にあって仲介をする祈りだったからでした。
 
「これらのことを語り終えると、イエスは天を見あげて言われた、『父よ、時がきました。…わたしは彼らのためにお願いします』」(ヨハネによる福音書17章1、9節 170p)。
 
 神の家族のため、まだ福音を聞いたことのない家族、友人、知人のため、そして自分が住んでいる町の住民のために執り成しの祈りを捧げることもまた、キリストの手伝いの一つです。
 
かつて一人の高齢者の方がすまなさそうに、「してもらうばかりで何も出来なくて…」と嘆いていましたので言いました、「牧師のために祈ること、教会の働きのために祈ること、教会に来ている人のために神の守りを祈ることも、立派な奉仕です。お祈りでキリストの働きを手伝ってください」と。
 
 優先順序の順番を間違いさえしなければ、少しずつではあっても、成長して実を結ぶに至ります。
 
 時には奉仕が重荷になることがあり、教会の人間関係に疲れてしまうという時期もあるかも知れません。そんな時、教会をやめてしまうのではなく、優先順序の二番目あるいは一番目に戻って、イエス・キリストとの個人的な繋がりを深めるように努めてみることです。
 
信仰の伸び悩み、スランプを感じている場合も同様です。繋がりの順序、優先順序を点検してみてはいかがでしょうか。
「三」よりも「二」、「二」よりも「一」が優先だからです。


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