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2015年6月7日第一回日曜特別礼拝説教 祝福された人間関係? 人間関係を滑らかにする潤滑油 ローマ人への手紙12章15節

15年6月7日 第一回日曜特別礼拝説教

祝福された人間関係 その一
 
人間関係を滑らかにする潤滑油
 
ローマ人への手紙12章15節(新約聖書口語訳249p)
 
 
はじめに
 
少し前、全国各地の有名な寺や神社に、油のような液体がまかれるという事件が報道されていましたが、この事案に関連して、千葉県警が建造物損壊の容疑で、米国在住の医師の逮捕状を取った、という記事が、先週月曜日(6月1日)の夕刊に掲載されました。以後、関連報道が相次いでいます。
 
容疑者とされる医師五十二歳男性は、金山昌秀といって、十六歳で帰化して日本国籍を取得した韓国系日本人のようですが、神社・仏閣に対する油まきの目的は、「油を注ぐことによって、寺や神社に巣食う悪霊を追い出す」という、何とも狂信的、盲信的信念に基ずく確信犯的犯行であったようです。
 
以前、極端な信仰理解を持ったキリスト教原理主義者グループやカリスマ派などが、神社などに行って悪魔払いや悪霊追放の祈祷をしているということを聞いたことがありますが、それが高じて油まきになったのでしょうか。
 
被害を受けた神社仏閣は十六都府県、四十八箇所に上っていて、関西だけでも京都が二箇所、奈良が八箇所、和歌山が一箇所、被害を受けており、中には国宝級の建造物もあるそうです。
 
この医師は警察の動きを察知したのか、日本への入国を避けて、現在は所在不明の状態のようです。しかし、確固たる信念を持って実行したのであれば、来日して日本の警察に出頭し、その上で自らの信ずるところを堂々と述べればいいのではないかと思います。
 
それにしましても、極端で偏った解釈を聖書に施す者は、しばしば、このような狂信、盲信とでもいうべき信仰理解から、異常な事態を引き起こします。
 
恐らくはこの人なりの聖書的根拠はあるのでしょうが、神社仏閣が悪霊の巣窟であるという理解は、日本の伝統宗教に対し甚だしく非礼であると共に、誰が何を信じるかという、憲法によって国民に保障されている「信教の自由」を脅かすことでもあることに気づかなければなりません。
 
また、法治国家である日本においては、神社仏閣への油まきという行為そのものが、警察による逮捕状請求の理由の建造物損壊容疑という犯罪であるということは、子供でもわかる筈ですから、自分自身の油まきという行為が違法そのものであることを承知していながら実行したことになるわけです。
このような反社会的行為には正当性がないだけでなく、擁護の余地もありません。
 
何で油なのかということですが、確かにヤコブの手紙には、病者への奨めの言葉として、「病んでいる者は牧師を招いて、主の名前によって、オリブ油を注いで祈ってもらいなさい」とあります(ヤコブの手紙5章14節)。
 
ユダヤ教には病人にオリブ油を注ぐ、あるいは塗るという習慣はないようですので、この聖句自体、私には理解不能です。
 
ヤコブ書に書いてあるからといって、病者のために祈る際に、額にオリブ油を塗る牧師さんもいるようですが、意味が不明なので私は致しません。
 
なお、ローマカソリック教会には、「終油の秘蹟」といって、臨終の人に油を塗る、いわゆる「塗油(とゆ)」という儀式があるそうですが、最近は臨終の人だけでなく、病者にも油を注いで祈るというかたちになってきているようです。
 
今回の事案の場合、本人が出てきて、油まきの理由を説明すれば、専門家がしかるべきコメントをすることができるでしょうし、その結果、世間を騒がせた今回の事件の真相が明らかとなるかと思います。
 
それにしましても、この医師がこのような奇怪な考え方を持つに至った原因は何か、影響を与えたものは何なのか、あるいは誰であるのかということについての究明は、同じような事件を起こさせないためにも、また同じような信仰を持っている人々を狂信から救済するためにも必要なことと思います。
 
ところで油の効用と言えば何といいましても、たとえば機械部品と部品の間に注がれて、きしんだ関係を滑らかにする潤滑油の効果です。
 
そして、この潤滑油は人と人との関係、つまり人間関係においても欠かすことのできない要素です。
 
そこで日曜伝道礼拝の第一回目の今月は、人間関係を滑らかにするための潤滑油についてご一緒に考えたいと思います。
 
 
1.よりよい人間関係のための基本的人間理解
 
「人間関係」とは、人間と人間の関係ということです。ということは、人間とは何かという基本的な人間理解を持つことが大切となります。
 
人間を研究の対象とする「人間学」は、キリスト教神学では「人間論」といいます。その「人間論」においては人間の構成(構造)ということをめぐっては、三つの見解があります。「一元説」「二元説(二分説)」そして「三元説(三分説)」です。
 
「三元説(三分説)」とは、人間というものを「霊」と「心」と「体」の三つで構成されているとするものであって、ギリシャ的人間観がこの「三分説」でした。
新約聖書では使徒パウロが現在のギリシャ、当時のローマ帝国マケドニア州にあったテサロニケという教会に宛てた手紙にあります。
 
「どうか、平和の神ご自身が、あなたがたを全きよめて下さるように。また、あなたがたの霊と心とからだとを完全に守って、わたしたちの主イエス・キリストの来臨の時に、責められるところのない者にして下さるように」(テサロニケ人への第一の手紙5章23節 新約聖書口語訳323p)。
 
ここでパウロは「あなたがたの『霊』と『心』と『からだ』とを(神が)守って」(23節)下さるようにという祝福の言葉を述べてはいます。
では、パウロは「三分説」派かといいますと、必ずしもそうではないようです。ただ、当時、地中海世界を政治的に支配していたのはローマ帝国ですが、文化的影響力を持っていたのはギリシャ思想でしたので、テサロニケの住民の理解に合わせてギリシャ的人間観を用いたのでしょう。
 
これに対し「二分説」というのは、人間が物質的部分である肉体と、ギリシャ思想の「霊と心」を一つにした非物質的部分とで構成されているとするもので、この立場では、「霊」は神に向かう霊的な部分で、「心」は地上に向かう感覚的な部分であるとします。
 
これらの説に対し、人間は切り離すことのできない一つの存在であるとするのが「一元説」で、それが古代ヘブライ人の理解でした。
紀元前六世紀のバビロニア捕囚期前に書かれた旧約正典の記述では、人の物質的部分と非物質的部分とは明確に分けられてはいません。
 
そして「心理学」ですが、ギリシャ思想の影響を受けている西欧の現代心理学は、ギリシャ的理解である「霊と心」のうちの「心」を主に取り扱う学問として発展してきました。ですから「『心』理学(サイコロジー)」というのです。
 
何で「サイコロジー」かといいますと、「霊」と「心」と「からだ」はギリシャ語ではそれぞれ、「プネウマ」「プシュケー」「ソーマ」として表記されます。
そして、「心」を表すギリシャ語の「プシュケー」の英語読みが「p」を発音しない「サイキ」です。そこから、「サイキ」を研究、分析する学問としての「サイコロジー(心理学)」が発達したというわけです。
 
ところで現代心理学は「心(プシュケー サイキ)」というものを二つに分けます。一つは「意識」、もう一つは「無意識」です。
「意識」は理性、知性を掌り、「無意識」は「潜在意識」とか「深層心理」などとも呼ばれたりしますが、心の深い部分を言い、感情や過去の記憶などもこの領域にあるとされます。
 
例えば、氷をコップに入れた場合の、水の上に浮かんでいる部分が「意識」で、水の中に沈んでいる部分が「無意識」です。
寝ている時に見る夢などは、睡眠によって緩んだ意識を押しのけて、意識の下にある記憶が感情と結びついて表面に出てくる現象だとされています。
 
厄介なのは、理性や意思ではどうしようもない意識下の自分自身です。意識は理性によってコントロールすることができますが、心の内部、ときわけ深みにある感情をコントロールすることは極めて困難です。
 
「舌禍(せっか)」という言葉があります。舌、つまり言葉というものが引き起こす禍(わざわい)を言います。
しばしば、舌が人間関係をこじらせるということがあります。「後悔、先に立たず」と言いますが、口に出してはならないことを思わず口に出してしまったために、取り返しのつかない関係を招いたという場合があります。
人間関係の破綻はしばしば、言葉が原因で起こるからです。
 
そこで聖書は、言葉を制御することができる人は完全な人である、と言います。
 
「わたしたちは皆、多くのあやまちを犯すものである。もし、言葉の上であやまちのない人があれば、そういう人は、全身をも制御することのできる完全な人である」(ヤコブの手紙3章2節 362p)。
 
言語器官とは本来、理性の道具なのですが、実は、意識下の感情の表現器官でもあります。ですから、心の底に怒りなどの否定的な感情のマグマが溜まると、意識の蓋を破って感情の噴火という現象が起こる場合があります。
飲酒が何で問題かと言いますと、酔いが理性のたがを外させ、結果として言ってはならないことを言ってしまう場合があるからです。
 
 舌を制御するためには「心」、特に心の深みをコントロールする必要があります。そして、「心」をコントロールするには、自らを神の支配に委ねよと、ヤコブ書の著者は勧めます。
 
「しかし上からの知恵は、第一に清く、次に平和、寛容、温順であり、あわれみと良い実とに満ち、かたより見ず、偽りがない。義の実は、平和を造り出す人たちによって、平和のうちにまかれるものである」(3章17、18節)。
 
 「上からの知恵」(17節)とは神からの知恵という意味です。そして神の知恵を形で表したお方がイエス・キリストです。
つまり、心の深い所に今も生きているイエス・キリストを主、支配者として迎えることによって、苦手な人たちとの間にも、「平和を造り出す」(18節)ことができるようになるのです。
 
 
2.人間関係、社会生活を滑らかにする潤滑油
 
 油の話しに戻ります。自転車を気持ちよく走らすためには、時々、油を注(さ)す必要がありますし、自動車のエンジンオイルの第一の役目は潤滑剤としての働きです。
 
人と人の関係を滑らかにして、社会生活を豊かなもものにするのが、人間関係の潤滑油です。
 
ジャーナリスト出身の評論家に扇谷正造という人がおりました。随分前に亡くなりましたが、生きる知恵というものをその著作から教えられたものでした。
この人の著作の中で、最も印象に残っているものが「社会生活の潤滑油」という話しでした。
 
イギリス、アメリカ、フランス、イタリア、西ドイツと、いわゆる先進国といわれる国においては、一番初めに赤ん坊に教えるのは、「三つの言葉と一つの行為」である。
三つの言葉とは、「プリーズ」「サンキュー」「エクスキューズ・ミー」である。
赤ん坊が、ワアワア泣いても、すぐミルクをやらない。若いお母さん、「プリーズ、プリーズ、プリーズ」という。赤ん坊、口移しに「プウッ、プウッ、プウッ」てなことをいう。そこで初めてミルクをやる。ミルクを飲み終わると、今度は「サンキュー、サンキュー、サンキュー」という。これを毎回くりかえす。
 
少し大きくなると、「エクスキューズ・ミー」と「スマイル」を教える。…つくり笑いはいけない。まず心に笑みを浮かべて、それが顔に出るのが「スマイル」だということを教える。
「プリーズ」「サンキュー」「エクスキューズ・ミー」そして「スマイル」の四つを、彼らは社会生活の潤滑油、あるいは、社会生活の四つのロールベアリングといっている(扇谷正造著「君よ 朝のこない夜はない」174、5p 講談社 1984年)。
 
三十数年前、一度だけ、米国研修旅行に参加した時の経験を思い返してみても、確かにアメリカ人は誰もが微笑んでいました。不機嫌そうな人に遭った記憶がありません。
 
言語としての米語のボキャブラリーつまり語彙は、あまり多くはないようです。人を迎える際の言葉も「ウエルカム」だけのようです。日本語ならば「いらっしゃいませ」「ようこそお越し下さいました」など、人を歓迎する言葉は無数といってよいくらいあるのに、です。
 
教会に行ってもレストランに入っても、そしてスーパーマーケットでも、どこに行っても「ウエルカム」の一語で迎えられました。
しかし、語彙の乏しさを補って余りあるもの、それが惜しみのない「スマイル」でした。
 
例えば、道を歩いていて目が合っただけで自然に「ニコッ」とするのです。男女を問わずです。一面識もない全くの他人の、しかも東洋人に対してもでした。
私はキリスト教の牧師ですから当然、米国人の宣教師やその家族と付き合う機会が多くありましたが、仏頂面を見た事がありませんでした。
 
勿論、米国という国は、敵に対しては容赦をしない国です。それは先週の説教の「はじめに」でも触れたとおりです。
しかし、敵でない者、特に共通の価値観を持つ者に対しては実に友好的で、サービス精神旺盛ですが、それは幼い頃から「三つの言葉と一つの行為」という人生の潤滑油、潤滑剤を身につけてきたからなのかも知れません。
 
そしてその背後にあるものは、日本の伝統である「武士道」とも通じる、人への思いやり、人を相手の立場に立って理解するというキリスト教倫理でしょう。
 
使徒パウロの奨めです。
 
「喜ぶ者と共に喜び、泣く者と共に泣きなさい」(ローマ人への手紙12章15節 249p)。
 
一昨年秋の、IOC総会における、東京オリンピック招致の際のプレゼンテーションで一躍有名になったものが、滝川クリステルの「オ モ テ ナ シ」でしたが、三十数年前の米国旅行でのこと、私たちの一行が北カリフォルニアのある教会を訪れた際、そこで歓迎レセプションが催されました。
 
巨大なビーフステーキを中心とした夕食のあと、出席者は三々五々、立ち上がって歓談をすることになりましたが、私たち夫婦の前に来てくれたのは、その教会の副牧師夫人でした。せいぜい二十代後半の若い方でした。
 
彼女は笑顔で話しかけてくれるのですが、会話の最中、どこかで「カチャ、カチャ」という音が聞こえます。何だろうかと思って何気なくこの夫人の手許を見たところ、その手が小刻みに震えていて、そのために手に持っている紅茶のカップがソーサーの上で、「カチャ、カチャ」と音を立てていたのでした。
 
話しによりますと、この夫人は日本人を見たのも話すのも生まれて初めてのことだったそうで、だからこそ、極度の緊張状態にあったのでしょう。
でも、最後まで歓迎の気持ちを示す「スマイル」を絶やすことはありませんでした。
 
「オ モ テ ナ シ」は日本の専売特許ではありません。「おもてなし」「ホスピタリティ」という精神は、人の気持ちを理解する、自らの身を人の立場に置いて考える、ということにおいて、米国をはじめとする欧米社会には深く根付いているようです。
 
先週は散々、欧米のキリスト教国の悪口(?)を言いましたが、「G7」はやはり、世界の先進国です。
明治の初め(18年)に福沢諭吉が、自らが主宰している新聞において「脱亜論」を論じ、実質的な意味での「入欧」を唱えましたが、彼は世界の情勢、とりわけ、東アジア人と欧米人の特性というものをよく知り抜いていたと思います。
 
 
3.人間は十人十色であるとする人間理解
 
出会う人がみな、気ごころの知れた人であればよいのですが、人生、そうは問屋がおろしません。苦手な人とチームを組まざるを得ないという場合もあります。理解を超えるキャラクターの人もいます。
そして私たちは人を自分の色に染めることはできません。
 
どうしたよいかということですが、まず、人は違っていて当然、自分とは同じではないという現実を受け入れることが肝要です。
「十人十色(じゅうにんといろ)」と言います。十人いれば十人とも色、カラーつまり、持ち味が違います。
 
 家族であっても性格の「合う、合わない」がありますが、中でもとりわけ難しいのが異性との関わり方です。もちろん、同性は同性でそれなりに難しいものですが、自分とは異なる性を持つ人の考えや気持ち、感情の動きは本当に理解しにくいものなのです。
 
たとえば、男性というものは、力を持つことによって自分を優位に保とうとする傾向があります。そのためにある人は、高い地位や権力を手に入れようとします。権力欲の薄い者もいますが、そういう場合でも、学識や知識という、いわゆる知力を得ることによって他者を睥睨(へいげい)しようとする、あるいは敬われたいと思う者もいます。
 
 一方、女性が求めるものは共感です。それが嬉しいことであれ、口惜しい経験であれ、他者との間で感情を共有することによって満足を得たいとする傾向があります。
ですから、女性が男性に一日の出来事を話すというような場合、女性が求めているのは「それは大変だったねえ」「嬉しかったでしょう」「悔しかったんじゃない?」などという共感であることが多いのです。
 
ところが、たとえば、豊富な知識によって自らの矜持を支えている男性の場合、女性の話を聞きながら、このことについて、自分はどういう助言ができるだろうか、正鵠を射た回答はどんなものだろうか、という方向に思いを巡らしがちで、相手の気持ちの理解ということが後回しになってしまう場合があり、その結果、問題点の分析とか、アドバイスなどが始まります。
 
しかし、女性の側は問題点が何かということも、正しい回答も対策も分かってはいるのです。求めているもの、それは感情を理解し、受け入れ、無駄のない言葉で反射をしてくれることであって、回答ではないことが多いのです。
そして、そこにコミュニケーションの齟齬、食い違いが出てきます。
 
 人は自分とは同じではないということ、感情も価値観も同じではないということ、つまり、人は「十人十色」なのだということ、違っていて当然なのだと思うこと、そこから相互の理解が始まるのです。
 
人は誰もが同じなのではない、ということに気づいていたのが使徒パウロでした。
パウロはコリントの教会に対して、教会という種々雑多の人からなる共同体を「キリストのからだ」に喩えると共に、「からだ」を構成する器官はそれぞれ異なっているからこそ、互いを必要とし合う存在なのだということを教えたのでした。
 
実際、からだは一つの肢体だけではなく、多くのものからできている。
もし足が、わたしは手ではないから、からだに属していないと言っても、それで、からだに属さないわけではない。
また、もし耳が、わたしは目ではないから、からだに属していないと言っても、それでからだに属さないわけではない。もしからだ全体が目だとすれば、どこで聞くのか。
もし、からだ全体が耳だとすれば、どこでかぐのか。そこで神は御旨のままに、肢体をそれぞれ、からだに備えられたのである」(コリント人への第一の手紙12章14~18節 270p)。
 
 自分とは異なるものが居る、という事実を認識すること、それも、ただ認めるだけでなく、その良い所も悪い所もをよく理解した上で受け入れることが重要だ、とパウロは教えました。
 
自分とは違った者を認めるということは、自分自身を受け入れてもらえる可能性があるというしるしでもあるのです。そして、そこに希望があります。
 
人間関係で成り立っている社会生活を煩わしいものと考えるか、それともそこに新しい出会いを見出すかは、一に違いを認め、理解するところから始まります。