2014年1月5日 二〇一四年第一回日曜礼拝説教
「祈りの精髄としての主の祈り?創造主を『我らの父』と呼ぶ恵み」
マタイによる福音書6章7~9節前半(新約聖書口語訳8p)
はじめに
いわゆる西暦(西洋暦)、正式に言えばキリストの生誕年を起点とするキリスト暦の二〇一四年、そして現在の天皇即位を起点とする元号で言えば平成二十六年という年が明けました。
改めて新年おめでとうございます。今年も宜しくお願い致します。
年が改まったからといって、とりわけ新しいこともなく、これまでにしてきたことを積み重ねる日々となることとは思いますが、その日々の歩みに信仰の筋を通すという意味で、年明けの一月、二月の日曜礼拝では「主の祈り」を取り上げたいと思います。
私見ですが、近隣の二国との間に、最近とみに政治的、軍事的、経済的緊張が高まっている背景には、ナショナリズム、つまり民族主義の高まりが相互にあるからではないかと思うのです。
近隣二国の場合、従来から国策としての民族教育が盛んでしたが、反面、我が国の場合、教科書までもが一体、どこの国の教科書かと思えるくらい、国の特徴というものが見えていませんでした。
しかし、近隣二国からの不当とさえ見える圧力が却って歴史に疎い、あるいは無関心と言われていた我が国の若い世代や女性たちの心を刺激して、現代史への関心を呼び起こし、結果として国民意識の高揚、良い意味でのナショナリズムとも言える感情を呼び起こしてきたようです。
年末の十二月二十六日、現職の総理大臣としては七年ぶりの靖国神社参拝が行われました。予想通り、近隣二国と左傾化しているマスコミからは非難の嵐となりましたが、各種の世論調査では参拝を当然とする声が圧倒的に多くあがり、新年の靖国神社の参拝者は長蛇の列で、従来の数を大きく上回る参拝者が訪れたとのことでした。
ナショナリズム、あるいは愛国心にも健全なものとそうでないものとがあります。郷土愛の延長線上に愛国心があり、その郷土愛の源が家族愛であるとするならば、国民にとり、あるいは国民によって構成される国家には、健全なナショナリズム、つまり愛国心は不可欠となります。当然、家庭や学校では健全な国を愛する心を育成するためのカリキュラムの導入、あるいは雰囲気の醸成は否定されるべきものではないと思われます。
願わくは私たちの国が特定のイデオロギーの強調による、ナショナリズムの自虐的否定という極端、そして同時に排他的な風潮を生み出す不健全なナショナリズムの勃興という極端の二つから解放されて、「右にも曲がらず、左にも逸れず、ただまっすぐに進む」(聖歌657番「雄雄しくあれ」2節後半)模範的国家として世界に貢献することのできる進路をこれからも取ることができますよう、今年も天の神に祈りたいと思います。
ところで、私たちの国籍は天にあります。
「しかし、わたしたちの国籍は天にある」(ピリピ人への手紙3章20節前半 新約聖書口語訳312p)。
もしもそうであるとするならば、自分の国籍がある地上の国の歴史や文化、伝統についてもしっかり学ぶと共に、もう一つの国籍がある天のみ国、神の国についても、もっともっと知るように努め、神の国の構成員に与えられている神の恩恵についての知識を得たいと思うのです。
そして、実は私たちが日曜ごとに祈る「主の祈り」にこそ、神の国に所属する者が受ける恵みと力とが溢れているのです。
年のはじめの二カ月、日曜礼拝において、ご一緒に「主の祈り」に溢れている神の国の恵みを汲み上げてまいりたいと思います。
1.主の祈りは祈りの真髄
「主の祈り」とは、主イエスがその弟子たちに与えた祈り、という意味での祈祷文です。四つの福音書のうち、マルコとヨハネにはなく、マタイとルカが記録しています。
ただ、冒頭の神への呼びかけが、マタイが「天にいますわれらの父よ」と、「父」の前に「われらの」、そして「天にいます」という一種の説明が付くのに対し、ルカの方では「父よ」とシンプルです。
「だから、あなたがたはこう祈りなさい『天にいますわれらの父よ』」(マタイによる福音書6章9節前半 新約聖書口語訳8p)。
「祈るときには、こう言いなさい『父よ』」(ルカによる福音書11章2節前半 106p)。
この違いはどこから来るのか、という点については、保守的立場を取る超保守派は、違う場面での説教がそれぞれ収録されているからだとし、同じ保守派でも穏健な保守派は、福音書が伝承され、また書きあげられた状況が違うからだろう、と考えます。
実際、マタイの方はイエスの教説が三章にもわたってまとめられている山上の説教(昔は山上の垂訓と言いました)の真ん中あたりにあり、ルカの方はイエスが祈りのあと、弟子たちの求めに応じて与えたものとされているのですが、私の考えではルカの「父よ」の伝承の方がオリジナル、つまり原型であって、マタイの方の「天にいます我らの父よ」はそこから分かれた伝承がもとになったのではないかと思います。
なお、ルカの読者は異教徒からの改宗者が多かったことから、必然的に創造者なる神への祈りに慣れていないため、祈りが続かない、すぐに止めてしまう、そこで「しきりに願う」(ルカ11章8節)という粘り強さが祈りに派必要であることが強調された、一方、マタイの読者は専らユダヤ教徒出身者であって、彼らは幼いころから祈り慣れているため、「言葉かずが多ければ、聞き入れられる」(マタイ6章7節)という先入観があり、そこで「あなたがたの父なる神は、(くどくどと求めなくても)求めない先から、あなたがたの必要をご存じなのである」(8節)と釘を差したのでは、と考えることができます。
そういうわけで、私たちの教会ではマタイの方を元にして、主の祈りを学ぶことにしたいと思います。
ところで、主の祈りの構成なのですが、主の祈りは主に二つから成っています。前半は三つの祈願の、
「御名をあがめさせたまえ」
「御国をきたらせたまえ」
「みこころの天になるごとく、地にもなさせたまえ」
は、偉大なる神、全能の父なる神の全地における栄光の現われに関するものです。
一方、後半の三つの祈願、
「我らの日用の糧を、今日も与えたまえ」
「われらに罪をおかす者を、我らがゆるすごとく、我らの罪をもゆるしたまえ」「我らを試みにあわせず、悪より救いいだしたまえ」
は人の必要、とりわけ、私たちの現在の必要である日々の「糧」を求める祈り、過ぎ去った日々における忌まわしい「罪」の赦しを求める祈り、そして未来を脅かす誘惑としての「試み」をもたらす「悪」からの救出を求める祈り、すなわち現在、過去、未来に関する祈りとなっております。
つまり、主の祈りこそ、祈りの精髄であり、祈りのすべての要素が詰まっているものといえます。
願わくは、主の祈りの説教が終わる二カ月後には、初心者のワクワク感による新鮮な祈りと、ベテラン特有の円熟した祈りを身に付けた祈り人に変えられていることを目指して、今週は創造主なる神を「我が父よ」、「我らの父よ」と呼び掛けることのできる立場にある恵みを感謝したいと思います。
2.「父よ」そして「我らの父よ」
ルカが伝える伝承では、「主の祈り」は祈り終えたイエスに向かって弟子が懇願したことから与えられた祈りとなっております。
「また、イエスはある所で祈っておられたが、それが終わったとき、弟子のひとりが言った、『主よ、ヨハネがその弟子たちに教えたように、わたしたちにも祈ることを教えてください』。そこで彼らに言われた、『祈るときには、こう言いなさい』」(ルカによる福音書11章1、2節前半 106p)。
生まれた時から祈ることに慣れている生粋のユダヤ人が、「祈ることを教えてください」(1節)と懇願しているのは何とも違和感を覚えますが、実はこれは「ヨハネがその弟子たちに教えたように」(同)とあることから、イエスの弟子のしるしとしての祈祷を与えてください、という意味でした(2012年11月11日礼拝説教「天の神に向かって『父よ』と呼ぶことのできる幸い」参照)。
当時の宗教集団には独自の祈祷というものがあったようです。そしてこの弟子たちの要請に応えてイエスが与えた「主の祈り」には、他の集団には見られない大きな特徴がありました。それは天地の主なる神に向かって「父よ」と呼び掛ける祈祷であったからでした。
「祈るときには、こう言いなさい、『父よ』」(ルカによる福音書11章2節)。
これはユダヤ人であった弟子たちにとっても、思いもかけない呼び掛けでした。なぜならば、ユダヤ人にとって神は人間と隔絶した偉大なる存在であったからでした。
ところが彼らの師であるイエスはその祈りにおいて神に向かい、「父よ」と呼び掛けることが常でした。
彼ら弟子たちはそれを驚きつつも、また羨望の念を覚えつつも、それは師であるイエスのみにゆるされたものであって、我ら弟子ごときには到底許されるものではないと思い込んでいたのです。
ところが何と、イエスはそれをゆるされたのでした。「祈るときには、こう言いなさい、『父よ』」(2節)と。
恐らく彼らは夢見る者のようになって恐る恐る「父よ」と神に呼び掛けたのではないかと思われます。
まことに勿体ないことなのですが、私たちはイエスを主と信じるがゆえに、キリストであるイエスの功績によって創造主なる神に向かい、「父よ」と呼び掛けることができるのです。
「父よ」は個人的な呼び掛けですが、イエスはご自身を信じる者を神の子とするだけでなく、神の家族の一員としてくださいました。ですから、神の家族の一員として神に向かい、声を合わせて「我らの父よ」と呼び掛けることもゆるされているのです。
そしてマタイの伝承は、信じる者たちが孤立した存在ではなく、一つの群れ、一つの共同体となっていることを示すものでもありました。
実際、マタイによる福音書が成立したのはエルサレム神殿が破壊され、イスラエル共同体という国家が地上から消え失せた紀元一世紀の末のことでした。
私たちのほとんどは平和な日本列島のどこかに居住しており、どこにいても法治国家である国の法律が行き渡るところにおいて、法律によって守られています。
それはたとい国外であったとしても、日本国民であるという身分と立場により、国家の庇護の中にいます。
しかし、世紀末のユダヤ人キリスト者はどこにいても流浪の民であって、しかもイエスをキリストと告白する信仰のゆえに、ユダヤ人が集まるシナゴーグ(会堂)にも行けず、まことに心細い状況下にあったと思われます。
そういう意味でキリストの名によって繋がる教会において、信仰を共にする者同士が生ける全能の神に向かって「我らの父よ」と呼びかけることができたということは、どんなに心強いことであったことかと思います。
マタイによる福音書はそういう状況下でまとめられた福音書でした。そしてそういう観点から読みますと、「主の祈り」の呼びかけが「我らの父よ」であることの意味がより理解できるのではないかと思います。
実際、異教徒の中にあって神を「我が父よ」と呼び、共通の信仰の連帯の中で「我らの父よ」と祈るとき、神はわたしを知っており、私の状況をご存じであり、現在の必要をも正確に把握してくれているという実感を強くしたことと思います。
「だから、彼らのまねをするな。あなたがたの父なる神は、求めない先から、あなたがたに必要なものはご存じなのである。だから、あなたがたはこう祈りなさい、天にいますわれらの父よ」(マタイによる福音書6章8、9節前半 8p)。
「我が父よ」と祈り、また「我らの父よ」と祈ることのできる幸いを
改めて感謝したいと思います。
3.天にいます我らの父よ
日々に変化していくもの、それが地上の在り方です。昔は数え年と言いまして、年を新たにする毎に年が加えられたものでした。ですから、「門松は冥土の旅の一里塚 目出度くもあり目出度くもなし」という狂歌が生まれたりもしました。
親の脛を齧って安穏としている放蕩息子には、「いつまでもあると思うな親と金」という戒めが語られもしました。通常、親の方が子供よりも先にあの世へと旅立つからであり、逆の場合には逆縁と言って、つらいものの代名詞ともなりました。
地上の出来ごとは変化していきます。しかし、変わらないものがあります。それは神の言葉、神の約束です。イエスから主の祈りを賜った弟子の一人であるシモン・ペテロは後年、ペテロが書いたとされる書簡の中でイザヤの言葉(46章6~8節)を引用して、信じる者たちを励ましました。
「あなたがたは、真理に従うことによって、たましいをきよめ、偽りのない兄弟愛をいだくに至ったのであるから、互いに心から熱く愛し合いなさい。あなたがたが新たに生まれたのは、朽ちる種からではなく、朽ちない種から、すなわち、神の変わることのない生ける御言(みことば)によったのである。『人はみな草のごとく、その栄華はみな草の花に似ている。草は枯れ、花は散る。しかし、主の言葉は、とこしえに残る』」(ペテロの第一の手紙1章22~24節 367p)。
もちろん、多くの人はこの地上において自らに与えられた責任を誠実に果たし、懸命に生きてこの地上の生を終えていくのですが、どんなに家族を愛していたとしても、いつまでも共にいるわけではありません。心を残しながらいつの日にか、彼の世へと旅立ってまいります。
しかし、「天にいます」父は永遠に「我が父」であり、「われらの父」なのです。
「天にいますわれらの父よ」(6章9節前半)。
「天」(9節前半)といいますと、何か、遠い空の彼方というイメージがあるかも知れません。しかし、「天」を空間あるいは場所として考えるのは間違いです。
「天」は神の住まいではありますが、場所ではありません。では天はどこにあるのかと言いますと、実は「天」は地上にある私たちのすぐ傍にあるのです。つまり、「天」とは状態であり、関係を意味します。つまり、神との間に良好な関係が結ばれていれば、「天にいます」神は私たちと共にいると言えるのです。
ですから、私たちが厳しい現実の戦いの中で、神に向かって「天にいますわれらの父よ」(9節)と祈るとき、有り難い事にその呼び掛けは確実に天地の主なる全能の「父」に届いているのです。
イエスを主とする者にとり、はるかなる「天」にいると思い込んでいた「天にいます」神はいつまでもあなたの「父」であり、どこにあってもあなたの変わらぬ保護者です。
今年、神に向かって「天にいますわれらの父よ」と呼ぶことができる立場とされていることを、改めて感謝したいと思います。