2015年11月29日 待降節第一主日礼拝説教
キリストとの運命的な出会い?
永遠の命への道を探しあぐねた律法学者ニコデモは、イエスの許を訪れた ― 人はいくつになっても生まれ変わることができる
ヨハネによる福音書3章1~15節(新約聖書口語訳138p)
はじめに
感情を表す形容詞の前に「メチャ」とか「メッチャ」をつけて、感情の大きさを表すという表現方法、たとえば「メチャ(とても)スゴい」「メッチャ(非常に)嬉しい」などという用法が若者から始まって、今や世代を超えて一般化してきました。
そしてもう一つ、「驚き」を表現する言葉として、青少年の中では普通に使われているのが「マジ」です。「マジ?」と疑問符をつけたり、「マジかよ」などと、「信じられない」という驚きを表す場合に使われる言葉です。
「マジ」は「本当」とか「本気」を意味するものとして使われているようですが、もともとは「まじめ(真面目))」という言葉の省略から来ているそうです。
その「まじめ」ですが、手許の国語辞典(大辞林)には「本気であること、真剣であること。また、そのさま」とあります。
日本人は大体、まじめな気質の民族であるとされています。まじめだからこそ、乗り物は時間通りに出発して時刻表通りに目的地に到着もします。そして何よりも「メイドイン ジャパン」が外国人に評判がよいのは、まじめな人がまじめに物づくりに打ち込むからです。
そんな日本人ですが、教会に来る人には、そして教会通いを続ける人には特に、まじめな性格の人が多いように思えます。
勿論、そうではない人もいます。例えば、先週の礼拝説教で取り上げたジョージ・ミュラーの十代の頃などは不まじめを絵に描いたような生き様ぶりですが、二十歳で回心をしてからは、まるで別人のように変わってしまい、十代の頃の逸話で紹介される人と同一人とは、到底思えない程の変わりようです。
しかし、多くの場合、まじめな性格だからこそ、生きる意味を求め、あるいは真理を求めて聖書を手にとったり、教会に来たりする、ともいえます。
ところで今週から待降節に入りますが、待降節主日礼拝では昨年に続いて、ヨハネによる福音書の最初の部分を取り上げることとしました。
全体テーマは昨年同様、「キリストとの運命的な出会い」であって、通算五回目の今週はまじめ人間の「ニコデモ」の登場です。
タイトルは「永遠の生命を探しあぐねた律法学者のニコデモは、ついにイエスの許を訪れた」です。
1.まじめな人は、道を求めて止まない
まじめな性格の人の特徴は、その人生において真理を追究するという姿勢があることです。言葉を変えれば道を求める、いわゆる求道心が強く、適当なところで妥協しないという性格的傾向があることです。
イエスが巡回伝道を始めて間もなくの頃、夜陰に乗じて(?)、ニコデモという律法学者がイエスの許を訪れてきました。
「パリサイ人のひとりで、その名をニコデモというユダヤ人の指導者があった。この人が夜イエスのもとに来て言った、『先生、私たちはあなたが神からこられた教師であることを知っています。神がご一緒にでないなら、あなたがなさっておられるようなしるしは、だれにもできはしません』」(ヨハネによる福音書3章1,2節 新約聖書口語訳138p)。
実はこのニコデモという人物は、ユダヤ社会においては大変な背景を持つ著名人でした。
第一に彼は「パリサイ人のひとり」(1節)でした。「パリサイ人」とは、大サンヒドリンが制定した規則や細則を一つ残らず実践することを公に誓った人のことで、ウィリアム・バークレーによりますと、当時のユダヤでは六千人がいるのみであったということです。
また、ニコデモは「ユダヤ人の指導者でもあ」(同)りました。つまり、彼は「七十人の議員で構成される大サンヒドリンの議員の一人でもあったのでした。
大サンヒドリンは我が国でいうと、立法府である国会と司法の頂点である最高裁判所の機能を併せ持ったような機関でした。(ついでに言いますと、地方に設けられている議会が小サンヒドリンです)
この大サンヒドリンが法律を制定し、そして制定された法律に基づいてユダヤ国民を裁いたわけです。
しかも彼ニコデモは、イスラエルを代表するような律法学者でもありました。
「イエスは答えて言われた、『あなたはイスラエルの教師でありながら、これぐらいのことがわからないのか』」(3章10節)。
この場合の「イスラエルの教師」(10節)とは、律法に精通し、学生たちに律法を講じている律法学者を指しました。
彼ら律法学者の任務は聖書を厳密に研究・解釈することであって、それが、ユダヤ国民が遵守すべ法律案となって、大サンヒドリンにおいて審理されることになるのです。
つまりニコデモはユダヤ社会の三つの指導的階級におけるスーパーエリートであった訳です。
しかし、いつの頃からか、彼の内部に煩悶が始まったようでした。それはニコデモが信じもし、人にも教えてきた神学的理解、信仰的主張に対して、彼自身、疑問を感じるようになってきていたからでした。
ユダヤ教徒とっての人生の目的、最大の関心事は「永遠の生命」を得ることにありました。
永遠の生命とは、一つは不死を意味します。しかし、もっと深い意味は、神による最終審判において罪なき者と認定されて、神の住む神の国において、神と共に永遠に生き続けるというところにありました。
問題は永遠の生命を獲得する方法ですが、ユダヤ教の伝統的理解と教えによれば、神の言葉である戒めと律法とをきちんと守れば義なる者と認められ、永遠の生命を神からの報酬として与えられると信じられてきました。
しかしいつの頃からか、ニコデモのうちに疑問が浮かんでくるようになったのでしょう。「果たしてそうなのか」と。
利害得失を計算したり、あるいは面子や立場を考えれば、胸中に浮かんできた疑問を抑え込んで、これまで通り何食わぬ顔で伝統的理解を教授していれば良かったわけです。
でも、まじめなニコデモにはそれができなかったのです。まじめな人は良心が敏感です。分かっていないのに分かった振りをすることはできません。まじめな人は常に求道者として真理の道を求めて止みません。
まじめな人は肩書や世間の評判からではなく、時には自身の直感、内なる声によって、真に道を知っている者を尋ね求めるということがあります。
だからこそ、若く無名であり、社会的には何の背景も肩書も学位もない、イエスというナザレ出身の人物こそが、永遠の生命に至る道を知っている「神からこられた教師」(2節)であると考え、真理の教えの教示を求めて訪問して来たのでした。
その道の専門家であり、第一人者と尊ばれていても、行き詰まりを覚えたとき、面子などはかなぐり捨ててまでもイエスの許を訪れたニコデモのまじめさ、ひたむきさに、私どもは心を打たれるのです。
確かにイエスの存在こそが、ニコデモの疑問に対する答えそのものであったことに、やがてニコデモは気付くことになります。
「あなたがたは、聖書の中に永遠の命があると思って調べているが、この聖書は、わたしについてあかしをするものである」(5章39節)。
2.まじめな求めには、まじめな答えが示される
まじめな求めに対しては、まじめな答えが示されます。
ニコデモの求めの主題は、「人はどうしたら永遠の生命を受けることができるか」でした。イエスはニコデモの言葉から彼の訪問の真の目的を察知し、また彼の苦悶の理由を見抜いた上で、単刀直入に回答します。
イエスは答えました、「永遠の生命を受ける方法はただ一つ、それは律法を守り行うことによってではなく、新しく生まれ変わることによってである」と。
「イエスは答えて言われた、『よくよくあなたに言っておく。だれでも新しく生まれなければ、神の国を見ることはできない』」(3章3節)。
でも、ニコデモはイエスの言葉の意味を理解するが出来ません。そこで分かった振りをしないで、素朴に質問を致します、「人は年を取ってから、どうやってもう一度生まれることができるのでしょうか」と。
「ニコデモは言った、『人は年をとってから生まれることが、どうしてできますか。もう一度、母の胎にはいって生まれることができましょうか』」(3章4節)。
これに対してイエスは、人が年を取ってからであっても、新しく生まれ変わることができる方法、というものを示します。
イエスは言いました、「それは神の側からの一方的な働きによって実現するのだ」と。
「イエスは答えられた、『よくよくあなたに言っておく。だれでも、水と霊とから生まれなければ、神の国にはいることはできない』」(3章5節)。
「霊」(5節)から「生まれ」(同)るということですが、これは「人からではなく、神によって」という意味です。
通常の出産の場合、赤ん坊の方もまた、生ま出ようとしているから生まれるのですが、何といっても産もうとする母親の意思と体の働きが前提です。
人が新たに生まれるためには、人の努力や功績ではなく、霊の働きすなわち、神の側からの働きによるのです。「人は神の一方的な働きによって、この世においてもう一度、神の子供として生まれ出ることができるのだ」と、イエスはニコデモに言ったのでした。
しかし、それは当時のニコデモにとっては、とりわけ彼の聖書理解、神学知識にとっては受け入れ難い言葉でした。
そこで重ねて問います。
「ニコデモはイエスに答えて言った、『どうしてそんなことが有り得ましょうか』」(3章9節)。
確かにそれは、ユダヤ教の教理や一般常識では「あり得」(9節)ないことでした。だからこそイエスは自らの行動、すなわち、十字架に挙げられることによって、人類のための身代わりの犠牲となることにより、また人がそのイエスを救い主として受けれいることによって、誰でも、どんな者でも新しく神の子供になることができる道を開いてくれたのです。
「そしてちょうどモーセが荒野でへびをあげたように、人の子もまたあげられなければならない。それは彼を信じる者が、すべて永遠の命を得るあめである」(3章<14節)。
後年、ニコデモと同じく、パリサイ人で律法学者で大サンヒドリンの議員でもあったパウロはこの道、この方法を、「信仰による義」として説きました。
「神はこのキリストを立てて、その血による、信仰をもって受くべきあがないの供え物とされた。…こうして、神自らが義となり、さらにイエスを信じる者を義とされるのである」(ローマ人への手紙3章25前半、26節後半 237p)。
永遠の生命を受ける道、神の子供となる条件は、イエスの十字架の身代わりの死によって完璧に整備されました。
あとはただ一つ、人間の側が、イエスを自らの救い主として個人的に受け入れることだけです。
「しかし彼を受け入れた者、すなわち、その名を信じた人々には、彼は神の子となる力を与えたのである」(1章12節)。
まじめな動機から出た求めは、決して裏切られることはありません。まじめな求めには頗(すこぶ)るまじめな答えが神により、イエス・キリストによって用意されているのです。
3.まじめに求める価値のあるもの、それがイエスの言葉
示された道、教えられた真理を即座に受け入れる者もあれば、理解に時間がかかる場合もあります。
とりわけ年齢のいった者、多くの知識を蓄えてきた者にとっては、未知の教えを理解し受け入れるのには時間が必要な場合があります。
ニコデモの場合も教理的な整理、点検のためもあってか、イエスの言葉を理解するための時間が必要であったようです。
しかし彼はイエスが語った言葉、イエスから聞いた教えに真摯に取り組み続けました。そして三年の月日が流れ、ついにその日がやってきたのでした。
西暦で言えば、三十年四月七日の金曜日の午後三時、死刑囚のイエスはゴルゴタの丘に立てられた十字架の上で、苦悶の果てに息を引き取りました。
しかし、三時間後には土曜の安息日が始まってしまいます。安息日が始まってしまえば規定により、埋葬は出来なくなります。イエスの遺体はただちに墓に葬らなければなりませんでした。
しかし、ペテロをはじめとする男の弟子たちは、ユダヤ当局を恐れて姿をくらましており、ガリラヤから来た婦人の弟子たちはエルサレムに何の伝手(つて)もなく、途方に暮れるばかりです。
そのとき、イエスの遺体の引き取り方を総督ピラトに願って許可を受けたのが、大サンヒドリンの議員のアリマタヤのヨセフでした。
しかも彼は自らのために用意していた新しい墓をイエスのために提供したのでした。
しかしまだ不足しているものがあります。埋葬にあたって遺体に塗る香料です。そしてそこに現われたのがあのニコデモだったのです。しかも葬りに必要な大量の香料を用意して。
「また、前に、夜、イエスのもとに行ったニコデモも、没薬(もつやく)と沈香(じんこう)とをまぜたものを百斤ほど持ってきた。彼らはイエスの死体を取りおろし、ユダヤの埋葬の習慣にしたがって、香料を入れて亜麻布を巻いた」(19章39、40節 175p)。
ニコデモは十字架のイエスを見、その発言や態度によって、ついに悟ったのです。三年前のあの夜、イエスが語られた永遠の生命の獲得の仕方、神の子として生まれ変わる方法を。
アリマタヤのヨセフ同様、ニコデモの行為もまた、ユダヤ最高議会サンヒドリンが有罪とした罪びとイエスに対して、公然と信仰告白をしたも同然のことでした。
彼の振る舞いはユダヤ社会全体に大きな衝撃を与えた筈です。その後彼は、議員の身分を返上し、神学校の校長職も辞したことでしょう。
しかし、失ったものをはるかに超える多くのもの、大いなる祝福を彼は得たのでした。「これで、いつでも神の前に立つことはできる」という確信を、です。
まじめに求める値打ちのあるもの、それがニコデモにとってのイエスの言葉でした。まじめに求めさえすれば、人は年をとってからでも新しく生まれ変わることができるのです。まじめに求める価値があるもの、それがイエスの言葉です。
日本人の多くは「まじめ」です。そのまじめな日本人が、キリストがその尊い命を懸けて提供してくれる永遠の命には、決して遠くはないのです。
そこに希望があると、私たちは期待もし、神に祈るのです。願わくはひとりでも多くの日本人がニコデモのように、イエスの言葉に耳を傾ける機会を持つことができるようにと。