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2014年9月28日日曜礼拝説教「慰めに満ちたる神? 神からの推薦状でありキリストの手紙であるという光栄 」コリント人への第二の手紙3章1~4節

14年9月28日 日曜礼拝説教 

「慰めに満ちたる神? 神からの推薦状であり、キリストの手紙であるという光栄」
 
コリント人への第二の手紙3章1~3節(新約聖書口語訳280p)
 
 
はじめに
 
海外で活躍している日本人といえば、少し前はメジャーリーグのイチローであり、松井秀喜でしたし、最近ではダルビッシュであり、田中将大(まさひろ)、そしてサッカーの本田圭佑というところかと思いますが、今は四大タイトルの一つ、全米オープンで大活躍をして日本中を沸かせたテニスの錦織圭(にしこり けい)でしょう。
 
彼らアスリートたちは天賦の才能の上に努力を積み重ねることによって実力を養い、ついに光栄ある地位を占めるに至った特別なカリスマであって、日本人にとっては誇りともいえる存在です。
しかし、カリスマではないその他大勢である一般の日本人もまた、光栄ある存在になることができますし、すでになっているとも言えます。
 
今週はそのことをコリント集会へのパウロの手紙から確認をしたいと思います。
そこで「慰めに満ちたる神」の三回目の本日の説教タイトルは、「キリストからの推薦状であり手紙であるという光栄」です。
 
 
1.パウロの信仰を受け継ぐ教会は、今も神からの推薦状として用いられる
 
パウロの心と働きを支えてきたものは、彼自身がキリストの使徒であるという使命感でした。そこでパウロの敵対者はパウロに対する信頼性を損なおうとして、彼の使徒職の正統性について疑義を抱かせるような動きを取りました。
 
ですから、厳しい内容を連ねた「涙の手紙」と呼ばれる実質的第三の手紙(コリント人への第二の手紙2章4節)では、彼の使徒職に関する弁明に重点が置かれた論述となっておりました(コリント人への第二の手紙10章1節~13章10節)。
 
そのことを踏まえておきますと、今週の主題の背景が浮き彫りとなります。パウロは言います、わたしは自己推薦をしているのではない、と。
 
「わたしたちは、またもや、自己推薦をし始めているのだろうか」(コリント人への第二の手紙3章1節前半 新約聖書口語訳280p)。
 
このパウロの前置きは、敵対者たちが「パウロはまたまた、いつものように自己推薦、自己宣伝をしている」という悪意の宣伝を前以て封じるためのものでした。
 パウロは言います、わたしには自分を権威づけるための推薦状などは不必要である、と。
 
「それとも、ある人々のように、あなたがたにあてた、あるいはあなたがたからの推薦状が必要なのだろうか」(3章1節後半)。
 
 この「ある人々」(1節)というのは、「推薦状」を持ってコリント集会に乗りこんできて、集会を牛耳っていた指導者たちを指すものと思われますが、その「推薦状」がどこから発行されたのかについては、ユダヤ教的律法主義から抜け切れず、それゆえに、信仰のみによって義とされるという教説を打ち出しているパウロに対して否定的な、エルサレムの本部教会ではないかという見解もありますが、それは何とも言えません。
 
 ただパウロはここで、「わたしには『ある人々』が重視している『推薦状』なるものは必要がない、なぜならばわたしパウロがキリストの使徒であることを証明する『推薦状』は、あなたがたコリント集会であり、かつ集会を構成している一人一人であるのだから」と言い切るのです。
 
「わたしたちの推薦状は、あなたがたなのである」(3章2節前半)。
 
 ここにパウロの自負があり、誇りがあります。彼は彼が福音を伝えることによって正統的信仰へと導いたコリント集会、コリント信徒たちこそが、彼の使徒性を証しする正規の「推薦状」なのだと宣言します。
 でも、彼らコリント信徒の多くは、「にせ使徒、人をだます働き人」(11章13節)に騙されてパウロの使徒職の正統性を疑い、パウロに躓いた人々であったのです。
そのような、一度はパウロに背を向けた人々をパウロは、「わたしたちの推薦状はあなたがたなのである」(3章2節)と言っているのです。
 
しかも、あなたがたがわたしの「推薦状」(同)であるという事実は、わたしの心に刻み込まれていて、関係者にとっては打ち消すことのできない周知の事実なのだ、というのです。
 
「それは、わたしたちの心にしるされていて、すべての人に知られ、かつ読まれている」3章2節後半)。
 
 この手紙が集会で読まれた時、コリント集会の人々がどのような気持になったのかを想像してみたいと思います。彼らは心から赦されていることを実感し、信仰を新たにしたことと思います。
 
そして、二十一世紀を生きる私たちもまた、パウロの信仰を受け継ぐ教会として信徒として、この時代にあって神からの「推薦状」として用いられていることを覚えたいと思います。
 
 
2.パウロの心情を引き継ぐ教会は、キリストの手紙として多くの人に読まれている
 
そして息を継ぐ間もなく、パウロは書き出します、「あなたがたはキリストの手紙でもあるのだ」と。
 
「そして、あなたがたは自分自身が、わたしたちから送られたキリストの手紙であって、」(3章3節)。
 
 「推薦状」とされたことだけでも光栄であるのに、更に「あなたがたは…キリストの手紙であ」(3節)るとさえ、言うのです。
 「推薦状」とは何かと言いますと、「特定の人物あるいは物品が優れているということを認定した上で、採用あるいは使用するようにと薦めること」を意味します。つまり、推薦者よりも推薦対象に重点が置かれます。
 
 これに対し、「手紙」は読み手に対して書き手の側のメッセージを伝えるために書かれます。
そういう意味では実質的第一の手紙である「前の手紙」(コリント人への第一の手紙5章9節)は忠告を主とした手紙であり、第二の手紙である「第一の手紙」はコリント集会からの質問に回答をするという内容の手紙となり(7章1節)、パウロが「多くの涙を持って…書き送った」(第二の手紙2章4節)涙の手紙は、問題点を糾弾する極めて厳しい内容であって、最後の手紙である本書は、パウロの感情が爆発したような、感激と赦しに溢れた手紙となっています。
 
 パウロは言います、「あなたがたは」(3節)誰が何と言おうと「キリストの手紙であ」(同)る、と。
読み手に対して、キリストがいかなる意味において救世主あるか、なにゆえ、キリストを信じなければならないのか、キリストを信じることがどのような結果を生み出すのか、という福音を伝えるもの、それが「キリストの手紙」の効用であり役割なのです。
 
 では、人が「キリストの手紙」であるということは、具体的にはどういうことかと言いますと、一つはその人柄、振る舞いなどの日常の生活において、キリストの品性や人柄を感じさせ、あるいは証しをするという働きがあります。
それはその生き方において、神を崇め、神のお心を行おうとする方向性を持って生きていることを窺わせることでもあります。
 
 二つ目はイエス・キリストを救い主として紹介するという福音伝道の働きを行うことです。
これには自分がキリスト信仰を持つに至った証しを語ることはもちろん、皆さまが日曜ごとにいそいそと教会の日曜礼拝に出席をするということもまた、立派な福音伝道への参与でもあります。
 
 そしてもう一つが仕事や作品を通してキリストを語るという場合です。
「ベン・ハー」の作者、ルー・ウォリス(ウォーレス)の同書執筆の経緯についてネットを検索すると、色々な説教ブログなどで語られているのは、彼は無神論者であって、迷信と思い込んでいたキリスト教の撲滅論を書こうと思って米国各地を旅して資料を集めたり、パレスチナに長期旅行を行って調査活動を行っているうちに、聖書が真実を記録したものであるという確信に導かれ、そこで「キリストの物語」としての「ベン・ハー」を書いたというものです。
 
しかし、残念ながらそのようなエピソードを証明する出典を明らかにしている日本語での説教がありませんので、それが真実かどうかは不明です。ただし、英語の文献はチェックしていませんが。
 
なお、「ベン・ハー」が出版された一八八〇年当時、作者のルー・ウォリスはニューメキシコ準州の知事の地位にありました。準州といいますのは州に準ずるという意味であって、ニューメキシコ準州が州に昇格したのは一九一二年のことでした。
 
ただ、準州であったとしても、知事は多忙の筈です。飛行機どころか自動車もない時代にそんな旅をする時間が取れたのか、という疑問が出てきます。
ガソリン自動車が発明されたのは一八七〇年、ヘンリー・フォードがフォード・T型を発売したのが一九〇八年です。飛行機に至ってはライト兄弟が有人飛行に成功したのは一九〇三年のことでした。
 
おまけに当時、ウォリスはニュー・メキシコ準州知事として、拳銃の早撃ちで有名なビリー・ザ・キッドに恩赦を与えるかどうかという案件も抱えていました。そういうわけで、公人である作者が資料収集のための旅行に出かけるという時間そのものを確保することが可能であったのか、ということから、エピソードの信憑性には疑問符が打たれます。
 
でも、それでも一つ言えることは、「ベン・ハー」という作品には作者のキリスト教に対する肯定的な思いが込められているということです。
同作品はまさにキリストを証しする「キリストの手紙」となって、原作の読み手たちに、あるいは映画を観た者たちにキリストを、キリストの存在をリアルに伝えているということは間違いがない事実です。
 
私などもかつて、映画の中で後ろ姿のキリストが出てくる場面では、二度とも感極まり、胸が熱くなるという経験を劇場でしたものでした。
その一度目は囚人のベン・ハーがナザレを通過する際に、疲労困憊した彼にキリストが水を飲ませる場面であり、二度目は十字架の道行きの途上、十字架を負ってよろめくキリストに、ベン・ハーが水を差し出そうとするシーンです。もっとも、二度目のシーンは原作にはありませんが。
そういう意味では、「ベン・ハー」という作品自体、「キリストの手紙」であると言えるでしょう。
 
 パウロの心情を引き継ぐ者たちはキリストの手紙として、多くの人に読まれているのです。
 私たちはたとい目立たなくても、直接的にあるいは間接的に、この世においては一通の「キリストの手紙」(3節)となって、周囲の人に読まれているのだということを、誇りをもって自覚したいと思います。
 
 
3.推薦状も手紙も、神の御霊によって信じる者の心に書かれている
 
 手紙は古代においては石の板に刻まれ、パウロの時代には羊の皮をなめした羊皮紙、あるいは葦の髄を縦横に置いたものを上から圧迫してつくられたパピルスに書かれました。なお。この「パピルス」は英語のペーパーの元となりました。
しかし、「推薦状」(2節)も「キリストの手紙」(3節)も、キリストを信じる者たちの「心の板」に、「神の霊によって書かれ」たものであるとパウロは言います。
 
「そして、あなたがたは自分自身が、わたしたちから送られたキリストの手紙であって、墨によらず生ける神の霊によって書かれ、石の板にではなく人の心の板に書かれたものであることを、はっきりとあらわしている」(3章3節)。
 
 私たちの「心の板」(3節)、つまり私たちキリストを信じる者たちの心の底には、私たちがかつて、「イエスは主なり」と告白をした時以来、つまり、「イエスさま、わたしは心の戸をあなたに向かって開きます、どうか、私の心の中に、人生に入ってきてください」と祈った時から、「生ける神の霊によって」(同)、キリストの姿が描かれ、キリストのメッセージが書き連ねられているのです。
 
 それがパウロの確信でした。
 
「こうした確信を、わたしたちはキリストにより神に対していだいている」(3章4節)。
 
そういう意味では大きなことを企てなくてもよい、人の耳目をそばだてるような業績をあげていなくてもよい、大事なことは日々を全力を尽くして生きるということなのです。
私たちが意識するとしないとに関わらず、父なる神から送られた「神の霊」(3節)自らが筆者となって信じる者たちの「心」に、今日もキリストの姿を、そしてキリストの言葉を書いて下さっているのです。
 
そこで今日は「第一の手紙」の結びの言葉を読んで、しばし、感謝の祈りの時を持ちたいと思います。
 
「だから、愛する兄弟たちよ。堅く立って動かされず、いつも全力を注いで主のわざに励みなさい。主にあっては、あなたがたの労苦がむだになることはないと、あなたがたは知っているからである」(コリント人への第一の手紙15章58節 276p)。
 
 神の「推薦状」であり、「キリストの手紙」であるという、光栄ある立場を自覚して、「堅く立って動かされず、いつも全力を注いで主のわざに励」む教会であり、ひとりびとりでありたいと思います。