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投稿者 : famillia 投稿日時: 2016-02-07 16:44:08 (770 ヒット)
2016年礼拝説教

 

16年2月7日 日曜礼拝説教

信仰を生きた人々

身に起きた出来ごとを正しく理解する信仰
―ヨセフは身に起きた数奇な出来ごとを、神の視点で解釈した
 
創世記37章1〜36節 39章1節〜46章7節 
ヘブル人への手紙11章22節
 
 
はじめに
 
聖書にはヨセフという名の人物が三人、出て来ます。いずれも信仰者の模範ともいうべき人であって、最も知られているのはマリヤの夫でイエスの養父のヨセフでしょう。この人についてはイエスの誕生物語の関連で何度か取り上げました。
 
このヨセフと違ってほとんど知られていないのがアリマタヤのヨセフですが、こちらのヨセフにつきましては先週、内村鑑三が挙げた「代表的日本人」のひとりである中江藤樹との関連でご紹介しました。
 
この人はイエスという死刑囚が、実は天の神が遣わしたキリストであるということを確信するや否や、自らが最高法院サンヒドリンの有力メンバーであるにも関わらず、イエスへの信仰を公けにして、イエスのために自身の墓を提供するという、実に勇気ある行動に出た人でした。
 
そして三人目がアブラハムの孫のヤコブの息子で、アブラハムのひ孫にあたるヨセフです。
 ところで、理屈に合わないことを少々難しい言葉で言えば「理不尽」あるいは「不条理」と言いますが、聖書に出てくる人物の中でもとりわけ、理不尽な仕打ちに苦しめられ、不条理の嵐に翻弄された人物がこのヨセフでした。 
そこで「信仰に生きた人々」の五番目の人物として取り上げるのが、このヨセフです。
 
 
1.理不尽な仕打ちを受けつつも、ヨセフは自らを幸運な者と考えた
 
 ヨセフはアブラハムの後継ぎであるイサクの次男ヤコブの、十一番目の息子に生まれ、父親のヤコブからは「蝶よ花よ」と溺愛されて育ちました。そのため、十人の兄たちの嫉妬を一身に受けるようになります。
 
ヨセフは年寄り子であったから、イスラエル(註 ヤコブのこと)は他のどの子よりも愛して、彼のために長そでの着物をつくった。兄弟たちは父がどの兄弟よりも彼を愛するのを見て、彼を憎み、穏やかに彼と語ることができなかった」(創世記37章3、4節 旧約聖書口語訳51p
 
そしてあろうことか、兄たちは弟のヨセフを通りかかった奴隷商人に売ってしまったのです。
 
「時にミデアンびとの商人たちが通りかかったので、彼らはヨセフを穴から引き上げ、銀二十シケルでヨセフをイシマエルびとに売った。彼らはヨセフをエジプトに連れて行った」)。(創世記37章43
 
 理不尽にもエジプトに連れて行かれたヨセフは奴隷として、エジプト王パロ(ファラオ)の侍衛長、ポテパルに買い取られます。
 
「さてヨセフは連れられてエジプトに下ったが、パロの役人で侍衛長(じえいちょう)であったエジプトびとポテパルは、彼をそこに連れ下ったイシマエルびとの手から買い取った」(39章2節)。
 
 族長の御曹司として何不自由なく育てられていたヨセフが急転直下、言葉も宗教も習俗も異なる異国の地において、自由を奪われたひとりの奴隷として使役されることになったのです
 自らの運命を慨嘆して、神を呪うという心境になってもおかしくありません。しかし、驚くべきことに、十七歳のヨセフはここで、自らを「幸運な者」と認識したのでした。
 
「主が共におられたので、彼は幸運な者となり、その主人エジプトびとの家におった」(39章2節)。
 
 これは物語の作者の想像などではありません。それは当事者であるヨセフの実感だったのです。
 彼がなぜ自らを「幸運な者」(2節)と考えたのかと言いますと、それはその惨めな環境の中にも「主が共におられた」(同)という体験をしていたからでした。 
 
 主人のポテパルはヨセフの実直な人間性への信用と、その卓抜した実務能力への信頼から、奴隷のヨセフを家の実質的な家宰、執事として重用したのでした。
 
「その主人は主が彼とともにおられることと、主が彼の手のすることをすべて栄えさせられるのを見た。そこで、ヨセフは彼の前に恵みを得、そのそば近くに仕えた。彼はヨセフに家をつかさどらせ、持ち物をみな彼の手にゆだねた」(39章3、4節)。
 
 現在の立場を不運と考えるか、あるいはそれをラッキーと考えるかで人生は変わります。どんな状況にあっても「主が…共におられ」(2節)ることを信じ、与えられたポジションで陰日向なく最善を尽くすとき、周囲の見方、評価が変わってくるということがあるのです。その見本がヨセフでした。
 
 父親の庇護の下にいた時のヨセフは、よく言えば純粋、悪く言えば単純で、人の気持ちや立場を慮るということに関しては少々鈍感であったのかも知れません。
 と言いますのは、兄たちが一時はヨセフを殺そうとまで憎悪の感情をエスカレートさせた理由は、彼が見た二つの夢をそのまま兄たちに話したことにあるからでした。その夢は明らかに、将来、ヨセフの兄弟たちがヨセフを拝するようになる、という内容のものだったのです(37章6〜9節)。
 
「ある時、ヨセフは夢を見て、それを兄弟たちに話したので、彼らは、ますます彼を憎んだ」(37章5節)。
 
 想像ですが、奴隷として売られたエジプトにおいて、ヨセフはここにまで至った経緯を振り返り、とりわけ、自らの言動や態度に対する兄弟たちの反応を思い返して、人の心の機微、痛みに関する洞察を深めたのではないかと思うのです。
 そういう自省と洞察が、理不尽極まる状況下において、「主がともにおられ」(39章2節)るという認識を育て、自らを「幸運な者」(同)とする自己理解もたらせたのではないでしょうか。
 
 
2.更なる理不尽な目に遭いながら、ヨセフは神の慈しみを感じていた
 
しかし、不運な出来事がまたまた、ポテパルの家におけるヨセフを襲います。ヨセフはモデルのようなスタイルを持ち、俳優のように眉目秀麗な青年であったようです。今でいうイケメンでした。
 
「さてヨセフは姿がよく、顔が美しかった」(39章6節後半)。
 
 その容姿端麗なヨセフに目をつけたのがポテパルの妻でした。彼女はヨセフに良からぬ思いを抱くのですが、生ける神を信じるヨセフは、その誘いを頑として拒み続けます。そこで恥をかかされたと逆恨みしたこの妻は、夫ポテパルにヨセフを讒訴します、「ヨセフが自分に言い寄ってくる」と。
 これを受けて主人はヨセフを、侍衛長として自らの管理下にあるパロの獄屋に投じてしまいます。
 
「主人はその妻が『あなたのしもべは、わたしにこんなことをした』と告げる言葉を聞いて、激しく怒った。そしてヨセフの主人は彼を捕えて、王の囚人をつなぐ獄屋に投げ入れた」(39章19、20節前半)。
 
 ここには妻の訴えを聞いた夫が烈火の如く「激しく怒っ」(19節)たかのように書かれていますが、それは体面を繕うポーズでしょう。ポテパルが妻の訴えが事実であると思ったのであるならば、奴隷のヨセフを生かしておくわけがなく、即座に処刑してしまう筈だからです。 
 
 
 
 でも、ヨセフの方から見れば、たとい処刑は免れたとしても踏んだり蹴ったり、ということになります。しかし、ここでもヨセフは自らに対する神の慈しみを実感、体験します。ヨセフは投獄先において、彼の人柄に接した獄屋番の信頼を得ることになるのです。
 
「こうしてヨセフは獄屋の中におったが、主はヨセフと共におられて彼にいつくしみを垂れ、獄屋番の恵みをうけさせられた」(39章20節後半、21節)。
 
そしてヨセフを全面的に信頼した獄屋番は、獄屋の管理に関する一切をヨセフの手に委ねます。彼が投獄された理由が冤罪であるという心証を持ったこともその理由の一つでしょう。しかし、誰もが絶望して自らの運命を、そして神を呪いたくなるような境遇に落ちても、それでもそのところでヨセフはベストを尽くしたのでした。
 
「獄屋番は獄屋におるすべての囚人をヨセフの手にゆだねたので、彼はそこでするすべてのことをおこなった。獄屋番は彼の手にゆだねた事はいっさい顧みなかった。主がヨセフと共におられたからである。主は彼のなす事を栄えさせられた」(39章22、23節)
 
 私たちもまた、長い人生、しばしば不運なこと、不幸と思える出来ごとに直面する時など、「神はほんとうに見守ってくれているのだろうか、自分は神に見捨てられたのではないか」などと思う場合があるかも知れません。
 しかし、ヨセフの神はヨセフ同様、私たち神を信じる者と「共におられて…いつくしみを垂れ」(21節)てくださるお方なのです。
 
 
3.数奇な運命に翻弄されながら、ヨセフは不条理の向こうに歴史を導く神を見た
 
ヨセフという人物の際立った特徴は、彼が数奇な運命に弄ばれているように見えながら、その不条理としか思えない出来ごとの向こうに、歴史を支配し、歴史を導く神の存在を見ていたということにあります。 
やがて、ヨセフが「王の囚人をつなぐ獄屋に」(20節)投獄をされたという出来事が、その後の大逆転へとつながっていく事態が、ヨセフが管理を任されている獄屋に起きます。
 
年月が経過し、ヨセフがエジプトに売られてから十一年が経ったある時、ヨセフが管理を任されている獄屋に、パロ王に罪を犯した二人の役人が入ってきました。
そしてある夜のこと、彼らはそれぞれ意味ありげな夢を見るのですが、それが何を意味するのかがわからず、不安に慄きます。
 
「さて獄屋につながれたエジプト王の給仕役と料理役のふたりは一夜のうちにそれぞれ意味のある夢を見た」(40章5節)。
 
そこでヨセフが二人の見た夢の内容を聞いて、その意味を解き明かしてあげるということになります。「給仕役の長」が見た夢は、彼が三日後にパロから赦されて元の地位に復帰するというメッセージで、「料理役の長」が見た夢は、彼が三日後に罰を受けて処刑されてしまうという内容でした。
 
ヨセフは元に立場への復帰を示唆する夢を見た「給仕役の長」に向かい、「あなたが元の職に復帰した時には、私のことをパロに執り成して欲しい、私は投獄されるようなことは何もしていないのです」と頼みます。
しかし、ヨセフが解き明したように、パロに赦されて元の立場に復帰することができた「給仕役の長」は、舞い上がってか恩知らずにも、ヨセフとの約束を忘れてしまいます。
そうこうするうちに二年が過ぎ、エジプトの絶対君主であるパロが不思議な夢を見ます。
 
「二年の後パロは夢を見た。夢に彼はナイル川のほとりに立っていた。すると、その川から美しい、肥え太った七頭の雌牛があがってきて葦を食っていた。その後、また醜い、やせ細った他の七頭の雌牛が川から上がってきて、川の岸にいた雌牛のそばに立ち、その醜い、やせ細った雌牛が、あの美しい、肥えた七頭の雌牛を食いつくした。ここでパロは目が覚めた」(41章1〜4節)。
 
 古代の中近東世界では、夢は神からの託宣、御告げとして信じられていました。パロは国中から知者を集めて自身がみた夢の解き明しをさせようとしますが、誰も解き明かすことができません。
 ところがその段になって、あの恩知らずの「給仕役の長」がヨセフのことを思い出すのです。
 
 彼はパロの獄屋で獄屋の管理を任されているヨセフという名のヘブル人が、夢を解き明かすことができることをパロに告げます。その給仕役の長の報告を聞いたパロはすぐさま、ヨセフを獄屋から呼び出し、自身が見た夢の解き明しをさせます。
 
「そこでパロは人をつかわしてヨセフを呼んだ。人々は急いで彼を地下の獄屋から出した。ヨセフは、ひげをそり、着物を着替えてパロのもとに行った」(41章14節)。
 
 ヨセフはパロが見た夢を聞いて、「それは七年の豊作が続き、その後、七年の凶作が始まる、という神のお告げである、だからパロは国家的施策として、事前の対策を立てる必要がある」ということを進言します。これに感服したパロは何と、奴隷で囚人で、しかも異国人でるヨセフを、その国家的危機対策プロジェクトの責任者に任命すると言い出します。
 
「またパロはヨセフに言った、『神がこれを皆あなたに示された。あなたのようにさとく賢い者はいない。あなたはわたしの家を治めてください。わたしの民はみなあなたの言葉に従うでしょう。わたしはただ王の位でだけあなたにまさる』。パロは更にヨセフに言った、『わたしはあなたをエジプト全国のつかさとする』」(41章39、41節)。
 
 ヨセフはこの時三十歳、奴隷に売られてから実に十三年後のことでした。こうしてパロから全権を委ねられたヨセフが立案した施策のおかげで、全中東が飢饉で飢えた時、エジプトには穀物があり、ヨセフのもとへエジプトの穀物を求めて中東全体から引きも切らずに人々が押し寄せてくることになったのでした。そしてそれらの人々の中に、ヨセフを奴隷に売ったあの兄たちがいたのです。
兄弟の対面です。
 
「ヨセフは兄弟たちに言った、『わたしに近寄ってください』。彼らは近寄ったので、彼は言った、『わたしはあなたがたの弟ヨセフです。あなたがたがエジプトに売った者です』」(45章4節)。
 
 将に復讐の好機到来です。恨みを晴らすべく兄たちを罵詈罵倒して、溜飲を下げる絶好の機会です。
 一方、目の前にいるエジプト帝国の権力者が、無情にもかつて彼らが奴隷に売り飛ばした弟ヨセフであると知った時、兄たちは驚愕し、次にヨセフによってもたらされるであろう報復を思って怯えます。
 しかし、恐怖に慄える兄たちに対して、ヨセフは思いもよらぬことを言い出します。「私がここにいるのは、神が私をここに遣わしたからなのです」と。
 
「神は、あなたがたのすえを地に残すため、また大いなる救いをもってあなたがたの命を助けるために、わたしをあなたがたよりさきにつかわされたのです。それゆえわたしをここにつかわしたのはあなたがたではなく、神です」(45章7、8節前半)。
 
 自らが体験した数奇な運命ともいえる数々の出来事を、ヨセフは神の視点で見るようになっていたのでした。
 ヨセフは人生という個人史の向こうに、人を支配する神、人生を導く神を見るようになっていたのです。
 
 それはまた、個人を超えて、歴史を支配する神、人の思惑を超えて歴史を導く神を信じる信仰の告白でもありました。 確かにヨセフが先にエジプトにいたからこそ、またエジプトの宰相となって、凶作という世界的規模の危機に対して手を打つことが出来たからこそ、アブラハムの子孫は絶滅を免れ、選民としての未来が拓かれるというわけです。 これを神学的には「救済史的見方」と言います。
 
 この見方に導かれたからこそ、兄たちへの復讐心はヨセフの中で氷解をし、彼らをゆるすことができたのでしょう。
 不条理とも言える出来ごとに明確な意味と理由とをもたらすものそれが、目に見える歴史の上にあって、歴史を支配し、歴史を導く神を見る信仰、言葉を換えれば神の視点で物事を見る信仰です。
 
 
 苦難の中でヨセフは自らが、神の大いなる手の中にあることを知ったのでした。
 
 ヨセフの信仰がアブラハムに与えられた約束すなわち、全世界の「祝福の基となる」という約束を受け継ぐものであったことは、自らの遺骸の埋葬についての遺言でも明らかです。
 ヨセフは死に臨んで、自らの遺骸を出エジプトの際に搬出することを遺言としました。
 
「彼はまた彼らに命じて言った、『わたしはわが民に加えられようとしている。あなたがたはヘテびとエフロンの畑にあるほら穴に、わたしの先祖たちと共にわたしを葬ってください』」(49章29節)。
 
ヘブル人への手紙もまた、ヨセフの遺言がアブラハムへの神の約束に対する信仰表明であったことを告げます。
 
「信仰によって、ヨセフはその臨終に、イスラエルの子らの出て行くことを思い、自分の骨のことについてさしずした」(ヘブル人への手紙11章22節 新約聖書口語訳355p)。
 
 このヨセフの遺言はモーセによる出エジプトの際に、しっかりと守られました。
 
「その時モーセはヨセフの遺骸を携えていた」(出エジプト記13章19節前半)。
 
 人知を超えた神の救済のわざを信じ、人生を、そして歴史というものを神の視点で見ていたのがヨセフでした。わが身に起こる出来事を、それがたとい不条理としか思えないような耐え難いものであっても、それをヨセフのように神の視点で解釈することができるようになりますと、私たちは随分と、抑えがたい苛立ちや思い煩い、言い知れぬ不安などから解放されることになると思われます。
 
 そういう意味において今日、アブラハムのひ孫、ヨセフの信仰に学ぶ者は幸い人です。


投稿者 : famillia 投稿日時: 2016-01-31 16:58:10 (741 ヒット)
2016年礼拝説教

16年1月31日 日曜礼拝説教

信仰を生き抜いた人々
 
望み得ないのになおも望みつつ信じる信仰
―アブラハムは望み得ないにも関わらず、ただ一途に神の言葉に従った
 
創世記17章1〜8節 ヘブル人への手紙11章1節

 

はじめに
 
NHKの番組に「100分de 名著」というものがあります。毎週水曜日の午後十時から二十五分ずつEテレで(EテレとかJRとか、何でアルファベットを使うのか不可解ですが)、四回に分けて放映されています。
一月の「名著」は内村鑑三の著書「代表的日本人」であって、内村鑑三があげる五人の「代表的日本人」とは西郷隆盛、上杉鷹山(ようざん)、二宮尊徳、中江藤樹(とうじゅ)、日蓮上人の五人でした。
この「代表的日本人」は日清戦争中に「日本及び日本人」のタイトルで出版された書物の再版で、明治四十一年(1908年)にまず日本で刊行され、その後、諸外国において翻訳出版されました。原著は英語で書かれており、日本人自身によって英語で書かれたものとしては他に、新渡戸稲造の「武士道」、岡倉天心の「茶の本」が有名です。
 
NHKの番組では第一回が西郷隆盛、第二回が上杉鷹山と二宮尊徳、第三回が中江藤樹と日蓮上人が取り上げられているようです。では最終回の四回目は、と言いますと、内村鑑三の講演をまとめた「後世への最大遺物」と「代表的日本人」とが関連付けられているとか。
放映は既に終わっていますが、四回目の再放送は二月三日(水)午前六時と午後〇時だそうです。興味のある方は是非、視聴なさってください。
 
なお、中江藤樹につきましては二〇一三年一月一三日の「旗幟(きし)を鮮明にするということーアリマタヤのヨセフに倣(なら)う」において、「後世への最大遺物」については二〇一三年四月十四日の「信仰の祖アブラハムは、勇ましくもまた高尚な生涯へと踏み出した」で取り上げております。週報に挟んである説教要旨または、教会のホームページで読み返してみてください。
 
ところで聖書における「代表的信仰者」と言えばやはり、アブラハムでしょうか。アブラハムにつきましては二〇一三年の二月から七月にかけ十六回にわたって取り上げ、その信仰の足跡を辿ることによって大きな恵みを得ましたが、それから三年後の今年、「信仰を生きた人々」シリーズの信仰偉人群像の一人として取り上げることになりました。
そこで改めて、その信仰の真髄に迫りたいと思います。
 
 
1.神が称賛する信仰とは、確かな望みとして望んでいる事がらが既に実現しているものと確信すること
 
さて、信仰とは何か、ということについての記述で知られているものが、ヘブル人への手紙十一章の、冒頭の言葉です。
 
「さて、信仰とは、望んでいる事がらを確信…することである。昔の人たちは、この信仰のゆえに賞賛された」(ヘブル人への手紙11章1前半、2節 新約聖書口語訳354p)。
 
 「信仰とは」(1節)とありますが、著者はここで信仰の学術的な定義を述べようとしたわけではなく、信仰の特質あるいは特徴とでもいうものを強調しようとしたのだと思われます。
 では「信仰とは」何かと言いますと、「信仰とは、望んでいる事がらを確信し」(1節)とありますように、「望んでいる事がらを」(同)既に得ている、手に入れていると「確信」(同)することである、とします。
 そして、この信仰の特質を体現した人物が信仰の父とも呼ばれたアブラハムでした。
 
 アブラハムの父親のテラは「カルデヤのウル」を出て、カナンの地への移住を目指しましたが、途中の「ハラン」に留まって、そこで死去したようです。
 
「テラはその子アブラムと、ハランの子である孫ロトと、子アブラムの妻である嫁サライとを連れて、カナンの地へ行こうとカルデヤのウルを出たが、ハランに着いてそこに住んだ。テラの年は二百五歳であった。テラはハランで死んだ」(創世記11章31、32節 旧約聖書口語訳12p)。
 
 
 その「カルデヤのウル」(31節)ですが、この「ウル」は従来、ユーフラテス川下流にあったとされていましたが、そうではなく、現在のトルコ南東部の、シリヤとの国境に近い「ウルファ」ではないか、という説があり、私もこの説に傾いております。
 
 父テラの死去後、神はアブラハムに御声をかけて、「私はあなたを祝福の基とする、だからハランを出て、私が示す地であるカナンに行きなさい」と命じました。
 
「時に主はアブラムに言われた、『あなたは国を出て、親族に別れ、父の家を離れ、わたしが示す地に行きなさい。わたしはあなたを大いなる国民とし、あなたを祝福し、あなたの名を大きくしよう。あなたは祝福の基となるであろう』」(12章1、2節)。
 
 現代人の感覚でいえばこれは無茶もいいところです。遊牧民であったとしても、未知の世界への移動です。親戚がいるわけでもありません。伝手(つて)があるわけでもありません。「行きなさい」と言った神との間で契約書を交わしたわけではありません。神の言葉に従ったとしても何の保障もありませんし、日本の外務省が発行する、国民の身分、安全を保証するパスポートもありません。
 でも、アブラハムは神の召しに応えて、神「が示す地」(1節)つまりカナンに向かっていで立ったのでした。なお、このカナンは現在のパレスチナのことです。
 
「アブラムは主が言われたようにいで立った。…アブラムはハランを出たとき七十五歳であった」(創世記11章4節 旧約聖書口語訳13p)。 
 
 この時以来、アブラハムは「望んでいる事がら」(ヘブル12章1節)すなわち、自らが「祝福の基となる」(2節)という約束の望みを、既に得ているという確信のもとに、神の示すままに歩み続けたのでした。
 
「信仰によってアブラハムは、『受け継ぐべき地に出て行けとの召しをこうむった時、それに従い、行く先を知らないで出て行った』」(ヘブル11章8節 新約聖書口語訳35p)。
 
 二十一世紀を生きている私たちもまた、アブラハムの信仰の子孫として「祝福の基」(創世記11章2節)たるべく、神に召されている者といえます。
 週の初めの日曜日ごとに、そして一日が始まる朝ごとに、自身が「祝福の基」として用いられるという「望み」を新たにし、またその望みの実現を確信して前進していきたいと思います。それこそが神に「賞賛され」(ヘブル11章2節)る信仰です。
 
 
2.神に喜ばれる信仰とは、まだ見ていない出来ごとをあたかも既成事実であるかのように確認すること
 
同時に「神に喜ばれる」(6節)信仰とは、まだ見てはいない出来ごとをあたかも既成事実であるかのように確認することでもあります。
ヘブルの手紙の11章1節の後半です。
 
「さて、信仰とは、…まだ見ていない事実を確認することである」(ヘブル11章1節後半)
 
「祝福の基」となるにあたって、アブラハムが神に期待したことはただ一つ、子が与えられるという一事でした。ところが待てど暮らせど彼は子供が授かりませんでした。アブラハムの焦慮は募ります。このままでは後継ぎは召使の中から立てるしかない、と。
そんな時、神はアブラハムを天幕の外に連れ出して空を見上げさせ、「あなたの身から出る子孫は、あの数え切れない程の星々のようになる」と断言されたのでした。
 
「そして主は彼を外に連れ出して言われた、『天を仰いで、星を数えることができるなら、数えてみなさい』。また彼に言われた、『あなたの子孫はあのようになるでしょう』」(創世記15章5節)。
 
アブラハムと妻のサラとは常に、不動の信仰心を持って歩んでいたというわけではありません。信仰よりも人の知恵と経験の集積である常識に頼って、人間的方策を実行したり、あるいは折角の神の言葉を信じられないとして心の中で笑い、それを指摘されて慌てふためくという失敗もしました。
まず、アブラハムです。
 
「アブラハムはひれ伏して笑い、心の中で言った、『百歳の者にどうして子が生まれよう。サラはまた九十歳にもなって、どうして産むことができようか』」(17章17節)。
 
 サラもまた笑いました。
 
「それでサラは心の中で笑って言った、『わたしは衰え、主人もまた老人であるのに、わたしに楽しみなどありえようか』」(18章12節)。
 
けれども、彼らは間違いや不信仰を神に指摘されるたびに、その不信仰を悔い改めては本道に戻ってきたのでした。不信に陥るたびに戻って行った原点、それが「あなたの子孫はあのように(註 あの無数の星のように)なる」(15章5節)という神の言葉でした。
 
道に逸れた時もありました。人間の常識が克ったために、回り道をした時も確かにありました。しかし、子孫が与えられるという「まだ見ていない事実を」(ヘブル11章1節後半)「確認する」信仰、つまりまだ見てはいない出来ごとを、あたかも既成事実であるかのように信じ受け入れる信仰を、アブラハムは確かに持っていたと思われます。
 
それが天幕の外でのアブラハムに関する創世記の記述です。
 
「アブラムは神を信じた」(創世記15章6節前半)。
 
そしてこの後、アブラハムの妻サラは、その手に我が子を抱くことになります
 
「主は、さきに言われたようにサラを顧み、告げられたようにサラに行われた。サラはみごもり、神がアブラハムに告げられた時になって、年老いたアブラハムに男の子を産んだ」(21章1、2節)。
 
この奇跡的出来事は、神の言葉が不変であるという事実を確認させます。
またこの出来事を私たちに適用させようとするならば、何とかして福音を伝えたいけれどうまくいかない、なかなか聞いてもらえない、あるいは、聞いてはもらえるんだけれど、そこから先に進めない、と失望し自信喪失している真面目な人にとって、霊の子供を産むことができるという希望を与えてくれる出来ごとかも知れません。
 
それは「まだ見ていない」(ヘブル11章1節)ことであるかも知れません。しかし、信仰とは「まだ見ていない」将来の出来ごとを、あたかも既成の「事実」であるかのように信じることなのです。
どうせ持つならば、神に「賞賛され」るような信仰、「神に喜ばれる」ような信仰を持ちたいものです。
 
ヘブル書の著者は言い切ります。
 
「信仰がなくては、神に喜ばれることはできない。」(ヘブル人への手紙11章6節)。

 

3.究極の信仰とは、行いが無くても信じるだけで義とされる福音を信じること
 
 もう一つ、アブラハムの信仰の特徴は、信仰の究極のかたちというものを示していることにあります。何かと言いますと、行いが無くても信じるだけで神に義とされるというキリストの福音を、ただただ信じ受け入れるというそのことを、アブラハムの信仰は指し示していたのでした。
 
 天幕の外での出来ごとの締め括りの記述は、とりわけ重要です。
 
「アブラムは主を信じた。主はこれを彼の義と認められた」(創世記15章6節)。
 
 西暦一世紀の半ば、この天幕の外での出来ごとについての記述を以て、キリスト教の最重要教理である信仰義認論の根拠としたのが使徒パウロでした。
 
「もしアブラハムが、その行いによって義とされたのであれば、彼は誇ることができよう。しかし、神のみまえでは、できない。なぜなら、聖書はなんと言っているか、『アブラハムは神を信じた。それによって、彼は義と認められた』とある。いったい、働く人に対する報酬は、恩恵としてではなく、当然の支払いとして認められる。しかし、働きはなくても、不信心な者を義とするかたを信じる人は、その信仰が義と認められるのである」(ローマ人への手紙4章2〜5節 237p)。
 
 神に義とされるためには信仰だけではなく、善行も必要、というのがパウロの時代のユダヤ教の教義であって、それを受け継いだのが原始キリスト教会の中のユダヤ教出身者たちであり、さらには中世のローマ教会でした。 
 
  その「信仰と善行」という教義が当然のこととして浸透していた十六世紀の初め、詩篇とローマ人への手紙の研究から、「信仰のみによる義」という福音を再発見したのが、ローマ教会の司祭で大学教師でもあったマルティン・ルターでした。
 
  ローマ教会は教会の主張とは異なる教えを掲げるルターを、教会と教皇庁の根幹を揺るがす異端者として弾劾し、「ルターは善行を否定している」と非難しました。そこでルターが書き上げたものが「善きわざについて」という文書でした。ルターはその著作の中で、キリストを信じることが、最高の善行であると断言します。
 
あらゆる尊い善きわざの中で第一の最高のわざは、キリストを信じる信仰である。…キリストは答えられた。「神がつかわされた者をあなたが信じること、それがすなわち神のよいわざである」(マルティン・ルター著 福山四郎訳「善きわざについて」11p ルター著作集第一集2 聖文舎)。
 
 聖書の戒めを守り、正しい生活を送ることを神は喜ばれます。しかし、善行は人が神に義とされる条件ではありません
  神による義の宣告は、キリストによる十字架の贖罪の結果であって、善行は無償、無代価の神の憐れみによって義とされた者に結ばれる義の実です。
  「アブラハムはただただ神を信じた、その彼の信仰を神が嘉(よみ)した、だからアブラハムは義とされた」のでした。
 
  そういう意味においてアブラハムは、パウロ以来の「信仰による義」という福音信仰の魁(さきがけ)でもありました。アブラハムが生きた究極の信仰とは、行いが無くてもキリストを信じるだけで神に義とされる福音を信じ、これを大事に守るということでした。
 そして、私たちこそ、アブラハムの信仰の系譜を継ぐ者なのです。
 
 最後にガラテヤ人への手紙の一節をお読みして、アブラハムの神を称えましょう。
 
「このように、アブラハムは『神を信じた。それによって、彼は義と認められた』のである。だから、信仰による者こそアブラハムの子であることを知るべきである」(ガラテヤ人への手紙3章6.7節 295p)。
 
  「アブラハムの子」(7節)とはアブラハムの子孫という意味です。たとい血のつながりがなくても、私たちはまさに、「アブラハムの」信仰の「子」(子孫)なのです。


投稿者 : famillia 投稿日時: 2016-01-24 16:10:55 (719 ヒット)
2016年礼拝説教

2016年1月24日 日曜礼拝説教

信仰を生きた人々
 
たとい「時代おくれ」と呼ばれても
ーノアは時流に抗い、神を仰いで清廉潔白な人生を生きた
 
創世記6章1〜22節 ヘブル人への手紙11章7節

 

はじめに
 
 阿久悠という、傑出した作詞家がおりました。この作詞家は実に数千という厖大な数量の詞を世に送り出しましたが、この人が作詞した作品の中に「時代おくれ」というタイトルの歌があります。
 河島英五という個性的な歌手の歌でレコードが発売されたのが、今から三十年前のことです。この歌の歌詞の締め括りが、「時代おくれの男になりたい」というものでした。
 
 しかし、別段意識して時代遅れの男になりたいと思ったわけでもなく、ただただ神を仰いで日々を暮らしていたら、結果として「時代おくれの男」になってしまった人物がおりました。「ノアの箱舟」で有名なノアです。
 本年前半の説教シリーズ、「信仰に生きた人々」の三人目として取り上げる人物は、このノアです。

 

1.ノアはその時代の中で、結果として時代遅れの人間として生きていた
 
ノアが生きた時代がどんな時代であったかと言いますと、創造主である神さまが人を造ったことを悔いて心を傷め、ついには人を地のおもてから一掃しようとまで考える程に、人の悪が地に蔓延(はびこ)っていた「時代」でした。
 
「主は人の悪が地にはびこり、すべてその心に思いはかることが、いつも悪いことばかりであるのを見られた。主は地の上に人を造ったのを悔いて、心を痛め、『わたしが創造した人を地のおもてから拭い去ろう。人も獣も、這うものも、空の鳥までも、わたしは、これらを造ったことを悔いる』と言われた」(創世記6章5〜7節 旧約聖書口語訳7p)。
 
 あの忍耐強く寛容な神さまの心情が、そのまま吐露された御言葉です。神の堪忍袋の緒が切れたのです。
 神は通常、後悔をしないとされています。その知性と判断が完全であるから、つまり全知であるからです。
 
「サムエルは言った、『…またイスラエルの栄光は偽ることもなく、悔いることもない。彼は人ではないから悔いることもない」(サムエル記上16章28、29節)。
 
 しかし、神の心情はその愛の対象である人類の生き方によって揺れ動きます。その揺れが「わたしは、…悔いる」(8節)という告白になったのでしょう。
 こうして、人が生み出す罪悪が人類社会に充満していることを歎いた神でしたが、神はそこで一人の人、時代遅れの人物、ノアに目を留めました。それが「ノアは主の前に恵みを得た」という記述です。
 
「しかし、ノアは主の前に恵みを得た」(6章8節)。
 
つまり罰あたりの時代の中で「時代遅れの男」であったノアのみが、神による救済の対象、新しい人類の先祖として選ばれたのでした。
ある意味では、「時代遅れの」者こそが、時代の先端を行っているともいえるのです。

 

2.ノアが神に選ばれたのは、時代遅れであっても清廉潔白に生きていたから
 
ノアがなぜ、神に選ばれたのかと言いますと、乱れた時代にあって彼のみが神を仰いで、清廉潔白な人生を生きていたからでした。
 
「ノアの系図は次のとおりである。ノアはその時代の人々の中で正しく、かつ全き人であった」(創世記6章9節前半)。
 
 ノアは「その時代の人々の中で」(9節)は、「正しく」(同)そして「全き」(同)人として認められておりました。その「正し」い人とは、いわゆる正義の人のことであって、彼が正義の人であったからこそ、「その時代の人々の中」(同)から選ばれたのでした。
  また、「全き人」(同)の「全」くは、欠けのない者という意味で、誠実、真実を意味します。次週で取り上げるアブラハムに対して、神が求めた資質、あり方がこれでした。
 
「アブラムの九十九歳の時、主はアブラムに現われて言われた、『わたしは全能の神である。あなたはわたしの前に歩み、全き者であれ』」(17章1節)。
 
 ノアに対する神の評価の「正しく、かつ全き人」を、四字熟語で表現するとするならば、「清廉潔白(せいれんけっぱく)」ということになるでしょう。
 
「清廉」とは心が清らかで、私欲がないことであり、「潔白」とは後ろ暗いことがないことです。
人生において尤も重要なことは、時流に乗って生きることではなく、たとい時代遅れと評されようとも、時流に抗(あらが)ってでも、神を意識しながら清廉潔白な人生を生きることです。
これを別の言葉で表現すれば二心(ふたごころ)が無い、ともいえます。主イエスが山上の垂訓で教えられた「心の清い人」(マタイによる福音書5章8節)のことです。
 
 では、清廉潔白に生きることの秘訣はどこにあるかと言いますと、それが「神と共に歩」むということでした。
 
「ノアは神と共に歩んだ」(6章9節後半)。
 
 「神と共に歩」むということは、先週の礼拝で取り上げたエノクの際にも触れましたように、神が行く所ならば何処までもついて行く、「嬉しい時も悲しい時もいつも」(子どもさんびか90)ということです。 
 ノアが「その時代の人々の中で正しく、かつ全き人であ」(9節)ることができたのは、彼が神を仰いで「神と共に歩ん」(同)でいたからでした。 
 
 私どもの場合、清廉潔白であろうとしつつも、日々の歩みの中で心ならずも自我や我欲あるいは感情が先立って、結果、誘惑に負けてしまう、という場合があるかも知れません。
 でも、そんな時に大事なことは、後ろ向きに後悔をするのではなく、砕けた、悔いた心でいつも共にいて下さる神に向かって祈るということです。

 

3.ノアが神の命令に従い得たのは、時代に左右されず神の告知を真実として信じたから
 
 神が地を滅ぼす決断をしてから、時が流れました。学者によればそれは「百二十年」であったと言います。それがモラトリアム、執行猶予期間というわけです。
 
「しかし、彼の年は百二十年であろう」(6章3節)。
 
 しかし、執行猶予期間中も、地上の民には心を入れ変える様子はありませんでした。それどころか、神の意志を無視した罪悪の結果としての暴虐は、ますます「地に満ち」るようになっていました。
 
「時に世は神の前に乱れて、暴虐が地に満ちた。神が地を見られると、それは乱れていた。すべての人が地の上でその道を乱したからである」(6章12節)。
 
 そこでついに神は、ノアに対して洪水による地の滅びを宣告すると共に、ノアの家族を新しい人類の祖として生き残らせると通告し、そのために箱舟を建造するように、という命令を下したのでした。
 
「そこで神はノアに言われた、『わたしは、すべての人を絶やそうと決心した。彼らは地を暴虐で満たしたから、わたしは彼らを地と共に滅ぼそう。あなたはいとすぎの木で箱舟を造り、箱舟の中にへやを設け、アスファルトでその内外を塗りなさい』」(6章13、14節)。
 
 ノアは神が示す詳細な設計図に基づいて箱舟の建造に取り掛かり、ついにこれを完成させます。
 
「ノアはすべて神の命じられたようにした」(6章22節)。
 
 やがて大洪水が起こり、ノアの家族と、箱舟の中に収容された一つがいずつの生き物以外、すべての生命は死に絶えてしまいました。
 残酷といえば残酷かも知れません。しかし、見方によれば洪水は人類を生き延びさせるための外科的手術のようなものだったのでした。
 
 仏教の用語から派生したとされる言葉に「鬼手仏心(きしゅぶっしん)」あるいは「鬼手菩薩心」というものがあります。最近では専ら、外科医による外科手術を言い表す言葉として使われますが、洪水は将に、人類を延命させようとする神の外科手術でした。
 
 そして現代を生きる私たちが感動して止まないのは、ノアが「すべて神の命じられたようにした」(22節)という創世記の記述です。
 
 ノアは神によるこの信じ難く受け入れ難いい命令を、厖大な費用と長い年月をかけて実行し、完成させたのでした。ノアはその間、人々の嘲笑、嘲弄の的となったでしょう。
 
 でもノアが神の指示に従い得たのは彼が、時代の風潮に左右されず、神の告知を真実なものとして信じたからでした。
 ヘブル書の著者はそれを「信仰」と言います。
 
「信仰によって、ノアはまだ見ていない事がらについて御告げを受け、恐れかしこみつつ、その家族を救うために箱舟を造り、その信仰によって世の罪をさばき、そして、信仰による義を受け継ぐ者となった」(ヘブル人への手紙11章7節 355p)。
 
 「ノアはまだ見ていない事がら」(7節)どころか、そんなことがあり得ようかとさえ思う、一般常識では到底信じることの出来ない「事がら」にも関わらず、それを神からの真実な「御告げ」(同)として受け入れたのでした。驚嘆すべき信仰です。
 
 でも、翻って考えてみるとき、私たちもまた、現代のノアなのです。神を見た人がいるでしょうか。復活のイエス・キリストと会った人がいるでしょうか。いない筈です。そんな人はいるわけありません。いたらおかしいのです。
 
 
 
 ノアが神からの直接啓示によって「まだ見ていない事がら」(同)つまり、地を覆う洪水について、そして洪水から救済されるための箱舟の建造に「ついて御告げを受け」(同)たとき、当然、惑い、疑いの気持ちになり、煩悶もしたと思います。
 しかし、彼は最終的にその「御告げ」を自分自身の思い過ごしなどと思わず、また、そんなことはあり得ないと否定するのでもなく、それを神からの啓示として信じ受け入れたのでした。
 
 実は私たちもまたノア同様、「まだ見ていない事がら」であるキリストの十字架による救済の道というものを信じ受け入れて、キリスト者となったのです。
 考えて見れば、「信じるだけで救われる、義とされる」とする福音は、ノアが受けた「御告げ」に匹敵するような、信じることの困難な内容のものであるともいえます。
 
 
 洪水が起こった時、箱舟に乗ったノアと、ノアの家族は救われました。それと同様、イエス・キリストの福音という箱舟に乗った者はどんな人でも救われる、それが福音です。
 
西暦一世紀の半ば、ピリピ伝道の際に、自害しようとした獄吏に対し、囚人であるパウロとシラスがそれを思い止まらせ、ついで彼に対して重要な勧告をします。
 
「ふたりが言った、『主イエスを信じなさい。そうしたら、あなたもあなたの家族も救われます』。それから、彼とその家族一同とに、神の言葉を語って聞かせた」(使徒行伝16章31、32節 210p)。
 
 パウロとシラスの言葉を直訳しますと、「信じなさい、主イエスを。そうしたらあなたは救われます、そしてあなたの家(家族)も」となります。
 
 この奨めは、家長が信仰を持ったら家族とその系譜が自動的に救われると言っているわけではありません。「イエスを信じれば家長である「あなた」は救われる、そして家長に倣ってイエスを主と信じるあなたの家(家族)も救われる」という意味です。
 
 ノアも場合、ノア自身、そしてノアの家族つまり、ノアの妻、三人の息子たちの家族もまた、自らの意志で箱舟の中に入ったからこそ、滅びからの救済という恵みに与ることができたのです。 
 二人の使徒が告げる勧めは、ローマ人である獄吏とその家族にとっては信じ難いことであったかも知れません。しかし、彼らは「まだ見ていない事がら」(7節)であるキリストの身代わりの死、救いの完成のしるしとしての復活という福音を信じ受け入れ、その信仰のしるしとして、その場で洗礼、つまりバプテスマを受けたのでした。
 
「彼は真夜中にもかかわらず、ふたりを引き取って、そのうち傷を洗ってやった。そして、その場で自分も家族も、ひとり残らずバプテスマを受け、さらに、ふたりを自分の家に案内して食事のもてなしをし、神を信じる者となったことを、全家族と共に心から喜んだ」(16章33、34節)。
 
 この獄吏は「まだ見ていない事がら」を信じ受け入れたという点では、ノアの信仰の系譜を引き継ぐ者といえます。
 そしてキリストの福音を信じ受け入れている私たちもまた、二十一世紀を生きるノアでもあるのです。
 
 でも、ノアの時代と現代とでは一つ、違いがあります。ノアの箱舟の入り口は時が来たとき、神によって閉ざされてしまいました。ノアは箱舟建造の段階でその時代の人々に向かい、今からでも心を翻して神に帰るべきこと、箱舟に入るようにと何度も勧めていた筈です。でも、ノアの言葉に耳を傾ける者はいなかったのです。そして、戸が閉ざされたのでした。
 
「そこで主は彼のうしろの戸を閉ざされた」(創世記7章16節後半)。
 
 しかし二十一世紀の現代、有り難いことに、キリストの福音という現代の「箱舟」の入り口は、まだ開かれたままです。
 神の時が来て、ついに「戸を閉ざされ」(16節)る前に、願わくはひとりでも多くの日本人がキリストの十字架による福音という、現代の箱舟の中に入っていくことができますように、未だ福音を聞いたことのない方々に対し、祈りつつ、折を見ては声をかけ、あるいは時に応じて証しをするなどしてアプローチしていきたいと思います。


投稿者 : famillia 投稿日時: 2016-01-17 16:39:15 (750 ヒット)
2016年礼拝説教

16年1月17日 日曜礼拝説教

信仰を生きた人々
 
最高の生き方それは、神と共に歩むこと
ーエノクは回心後、ただ神と共に歩み続けた
 
創世記5章31〜34節 ヘブル人への手紙11章5節
 
 
はじめに
 
いわゆる「イスラム国(IS)」のテロが世界中で猛威をふるっています。年が明けてからはインドネシアでも自爆テロが起こりました。
 
これら、頻繁に起こるイスラム過激派によるテロもあってか、ある人はイスラム教の危険を指摘するようになり、そうすると別の人はキリスト教を含めた一神教そのものを問題にし、その結果、「一神教は排他的だが、多神教は寛容だ」などという意見が新聞や雑誌、ネットで散見されるようになりました。
 
昨年の秋、社会学者の橋爪大三郎と外務省の主任分析官であった佐藤 優の対談をまとめた本が出版されました。
この対談集のまえがきの中で佐藤 優は、このような見方をピントの外れた言説として論破しています。
 
「一神教は偏狭であるが、多神教は寛容だ」「キリスト教やイスラム教は偏狭で、戦いばかり起こすが、仏教や神道は寛容で、平和愛好的だ」という言説だ。キリスト教徒でもジュネーブの世界平和協議会(WCC)に加盟し、エキュメニカル運動(宗教間の対話と協力を進める運動)を推進する教会は寛容だ。プロテスタンティズムのメノナイトやクエーカー派は絶対平和主義を掲げ、従軍を拒否する。また、タイの内乱で銃を取って戦っている人々は仏教徒だ。スリランカで爆弾闘争を展開する仏教徒もいる。
(中略)宗教について論ずるときに、「どのキリスト教か」「どのイスラム教か」「どのユダヤ教か」「どの仏教か」「どの神道か」と具体的な議論をすることが重要なのである(橋爪大三郎佐藤優「あぶない一神教」4、5p 小学館新書)。
 
 つまり寛容、非寛容を大枠の宗教で規定するのはナンセンスだというわけです。その点についてはそれこそ大枠では同感です。
 尤も私としましては、どちらかといいますと、信奉する宗教よりも、民族性の方がより大きな要素を占めている、という見解に与しますが。
 
 ところでユダヤ教徒とキリスト教徒が正典とする旧約聖書にも、そしてイスラム教徒にとっての聖典であるクルアーン(コーラン)にも出てくる人物のひとりがエノクです(エノクはクルアーンではイドリスという名で登場します)。
 
 そこで「信仰に生きた人々」の二人目はそのエノクについてです。エノクの生涯を通して教えられることそれは、神と共に歩む生き方こそが最高の生き方である、ということです。

 

1.最高の生き方それは、神と共に日夜歩み続けること
 
 創世記の五章にはアダムの子孫が列記されているのですが、それぞれが長寿であることに驚かされます。たとえば「メトセラ」などは「九六九歳」です。
 
「メトセラの年は合わせて九六九歳であった。そして彼は死んだ」(創世記5章27節 旧約聖書口語訳6p)。
 
 仮にその誕生が、源頼朝が征夷大将軍となった、いわゆる「いいくにつくろう」の一一九二年だとしますと、二〇一六年の今年から更に一四五年も生きることになるわけです。
 
 これをどう理解するかということですが、信仰的にリベラル(自由主義的)な立場の人は、「これは神話の世界の話しだ」と切り捨てます。そして一方、聖書の記述は一字一句、間違いがないとする保守派は「罪が入って来るまでは、人類は不老長寿だったのだから、長生きして当たり前だ」と考えます。
 
 或る人は、「当時の一年は今の一カ月だったのだろう」と言いますし、別の見方は、「これらの名前は個人名というよりも部族や一族を代表する名称であって、長いのはその部族、たとえばメトセラ族が存続した期間をいうのだ」とします。
 
  たとえば、私の家の場合、先祖が木材問屋で、当主は江戸時代から代々、熊野屋安兵衛を名乗っていて、父親の父親が第十八代でした。そのあと父親の長兄の代でこの「熊野屋」は終わったそうですが。
 
 
 
 
つまり、そういう意味ではないか、という説です。
 
 でもややこしくなりますので、教会の説教においては、これらの名前は個人として取り扱いたいと思います。勿論、二番目の保守派の立場をとっても結構ですし、最後の部族説でもかまいません。
 
さて、これらの系図における長寿の先祖の中でも、メトセラの親とされるエノクは、当時の人々の中では特に短命であったということで知られているのですが、エノクの特徴は別にありました。
 
エノクの特徴の一つは回心後の彼が、神と共に歩んだということでした。
 
「エノクは六十五歳になって、メトセラを生んだ。エノクはメトセラを生んだの後、三百年、神とともに歩み、男子と女子を生んだ」(5章31、32節)。
 
 エノクの特徴それは、彼が回心後の「三百年」(32節)の間、ただただ「神とともに歩み」(同)続ける生涯を生きた、ということにあったのでした。
 
この「神とともに歩み」という記述は三十三節でも繰り返されますが、説教者が神学校の授業で旧約聖書の原語であるヘブライ語を学ぶ時、ここに使用されている「歩む」という動詞の説明として、この動詞が「再起動詞」というものであること、そしてそれは動作や行動が一回限りのものではなく、繰り返される際に使用される、ということを最初に教えられます。
 
確かにエノクが「神とともに歩ん」(同)だということは、「エノクが神から片時も離れることなく、神の行くところにはどこにでも付いて行った」という意味になる、というわけです。
 
そこで思い出されるのが「子どもさんびか」の「主イェスと共に(Walking with Jesus)」という歌です。
 
主イェスと共に歩きましょう どこまでも
主イェスと共に歩きましょう いつも
嬉しい時も 悲しい時も歩きましょう どこまでも
嬉しい時も 悲しい時も歩きましょう いつも
(子どもさんびか90 いのちのことば社)
 
 エノクの人生にも多くの苦難があり、悲喜交々(こもごも)の日々であったであろうと思います。 しかしエノクは「嬉しい時も、悲しい時もいつも」神の顔を仰ぎながら「神とともに歩」んだのでしょう。
 
 そういうエノクの生き方が時代を共に生きた人々の記憶に印象深く残り、それが創世記のこの記述となったのだと思われます。 
 
二〇一六年もエノクのように「神とともに歩み」(23、24節)続ける日々でありたいと思います。それが人としての最高の生き方です。
 
 
2.最高の選択それは、神無き人生から神を持つ人生を選択すること
 
エノクの生涯の特徴の二つ目は、彼が神と出会うまでは、神無き人生を生きていたことであり、そしてある日ある時、神を信じる人生を生きる選択をした、ということにあります。
 
「エノクは六十五歳になって、メトセラを生んだ。エノクはメトセラを生んだ後、三百年、神とともに歩み、男子と女子を生んだ。エノクの年は合わせて三百六十五歳であった」(5章21〜23節)。
 
 つまりエノクはメトセラという男の子を得た後に、何かがきっかけとなってその後の「三百年」(22節)を「神とともに歩み」(同)続けたことになります。
 
 このエノクもかつては自分自身の腹を神として、神様抜きの人生を送っていたのでした。しかしエノクはそのような人生に別れを告げて、神を崇め、神の御心を窺う喜びを知って、神を信じ崇める人生に入って行ったのでしょう。
 
エノクにとって人生における最高の瞬間は、神無き人生に別れを告げて、神を持つ人生を選択した瞬間であったのだと思われます。
 神と出会うまでの人生が如何なるものであれ、重要なことは今からでも神を持つこと、神を持ち続けることです。
 
パスカルの「パンセ」における記述、「神なき人間の悲惨 神とともなる人間の幸福」(パスカル著 田辺 保訳 「パスカル著作集此.僖鵐察廝苅苅陝ゞ喫鹸曄を思い起こします。
 
改めて、神を持たない人生に別れを告げ、神を持つ人生、神と共なる人生への転換を選択した瞬間を思い起こし、またそのように導いてくれた聖霊なる神の働きに感謝して、信仰を新たにしたいと思います。
 
 
3.最高の終わり方それは、神によって神の御許に引き上げられること
 
 エノクの特徴の三つ目、それが、エノクが神により、神の御許へと引き上げられたという事実です。
 
「エノクは神と共に歩み、神が彼を取られたので、いなくなった」(5章24節)。
 
 創世記がエノクの人生の終わり方について、「神が彼を取られたので、いなくなった」(24節)と記述したことから、エノクがまるで人々の見ている前で生きたまま昇天したかのように受け取られるようになりました。ヘブル人への手紙の著者がまさにその例でした。
 
「信仰によって、エノクは死を見ないように天に移された。神がお移しになったので、彼は見えなくなった。彼が移される前に、神に喜ばれた者と、あかしされていたからである」(ヘブル人への手紙11章5節 新約聖書口語訳354p)。
 
でも、「神が彼を取られたので」(同)と訳された「取る(ラーカー)」という動詞は、神がエバを造るためにアダムのあばら骨の一つを取ったとされる際にも使用されていて、別に携挙というような意味はありません。
 
「そこで主なる神は人を深く眠らせ、眠った時に、そのあばら骨の一つを取って、その所を肉でふさがれた」(2章21節)。
 
 ですからヘブル人への手紙の「死を見ないように」(5節)はやや読み込み過ぎかも知れません。大事なことは生を終えようとする者を、神がその主権と責任において、ご自分の御許へ引き上げてくださる、という事実です。
 
そのことを信じることこそが最高の終わり方であり、最善の終活と言えるかもしれません。「終わり良ければ全て良し」です。
 
人生の終わり方を見据えつつ、神を仰いで今を生きる、それが「神に喜ばれた者と、あかしされ」(5節)る人生であって、それこそが神が人に望まれる最高の生き方であると、エノクについての記述が語っていると思われます。
 
喧騒と多忙のうちに日を過ごしがちな私たちですが、エノクの生涯が語るメッセージを心に留めながら、始まった新しい年の一日一日を、「神とともに歩」(5章22節)み続けたいと思います。


投稿者 : famillia 投稿日時: 2016-01-10 16:18:19 (739 ヒット)
2016年礼拝説教

16年1月10日 日曜礼拝説教

 

信仰を生きた人々
 
神の喜ぶ供え物は、砕けた悔いた魂
ーアベルが神に受け入れられたものは、砕けた悔いた彼自身の心であった
 
創世記4章1〜10節 
ヘブル人への手紙11章4節、12章22、24節

 

はじめに
 
戦後の日本人がよく言えば温順、悪く言えば優柔不断になってしまったのは、日本人を骨抜きにしようとしてGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)が推進した占領作戦である日本弱体化政策が成功したからですが、その方策の一つが歴史教科書に関する指示でした。
 
GHQの指示のもとで編纂された戦後の歴史教科書では、戦前の日本は封建主義、軍国主義の非民主国家であったという前提の下、自虐的な内容に執筆、編集されました。そしてその一つの特徴が、偉人とされていた人物伝の消去でした。
 
戦前、子供たちの模範として挙げられていた人物が教科書から落とされたため、お手本が消えてしまったことは教育上、大きな痛手となりました。それどころか、少し前のある歴史教科書などは、明治の元勲、伊藤博文を暗殺したとされるテロリストの安重根を高く評価するかのような取り上げ方をしておりました。一体、どこの国の教科書かと首を傾げたくなるような有様でした。
 
もちろん、偉人、英雄と雖も不完全な人間ですから、弱さもあれば過ちを犯したりもしますが、美化することなく、それらも含めて、どのように生き、どのように歩んだかを知ることは、教育上、極めて有益ではないかと思います。
 
そこで本年の日曜礼拝の前半では、「信仰を生きた人々」と題して、聖書の中の主だった人物を取り上げて、その信仰の実相に迫ることと致しました。
 
そこで第一回で取り上げる人物は、アダムとエバの次男のアベルです。
今週はこのアベルという人を通して、神が喜ばれる生贄とは、ただただ砕けた悔いた心であるということを教えられたいと思います。

 

1.   アベルが神に顧みられたのは、最良の供え物を砕けた悔いた心で捧げたから
 
昨年(2015年)十一月第一週の説教(11月1日 祝福された人間関係 その六人間関係を一新するキリストの贖い)では、アダムとエバの長男、カインを取り上げましたが、今回の「聖書人物伝」で取り上げる人物は、カインの弟のアベルです。
神との約束に違反したため、楽園を追われたアダムとエバに二人の子供が生まれました。カインとアベルです。
 
「人はその妻エバを知った。彼女はみごもり、カインを産んで言った、『わたしは主によってひとりの人を得た』。彼女はまた、その弟アベルを産んだ」(創世記4章1、2節前半 旧約聖書口語訳4p)。
 
 やがて成長した二人は、弟は牧畜業、兄は農業に従事するようになりました。
 
「アベルは羊を飼う者となり、カインは土を耕す者となった」(4章2節後半)。
 
 時が巡り来て、二人はそれぞれの収穫を神の前に携えてきて供え物としました。
 
「日がたって、カインは地の産物を持ってきて、主に供え物とした。アベルもまた、その群れのういごと肥えたものとを持ってきた」(4章3、4節前半)。
 
 ところが神はアベルの方を受け入れたにも関わらず、カインの方は受け取りを拒否したのでした。これに対し、カインは己の姿勢を省みるどころか、憤激してしまいます。
 
「主はアベルとその供え物とを顧みられた。しかしカインとその供え物とは顧みられなかったので、カインは、大いに憤って、顔を伏せた」(4章4節後半、5節)。
 
 結果、あろうことかカインは、罪のないアベルを野原へ誘ってこれを殺害してしまいます。
 
「カインは弟アベルに言った、『さあ、野原へ行こう』。彼らが野にいたとき、カインは弟アベルに立ちかかって、これを殺した」(4章8節)。
 
 あまりにも理不尽なことですが、カインがアベルを殺したのは恐らくは、カインがアベルを神のお気に入りと邪推し、そのアベルを殺すことによって神に対する意趣返しをしようとしたのでしょう。
 
 では、神は人を依怙贔屓するお方でしょうか。両者に対する神の判断の基準は何であったのかといいますと、それは二人の供え物を捧げる気持ち、姿勢の違いにあったと考えるのが妥当です。
 
 当該箇所には、「主はアベルとその供え物とを顧みられた。しかしカインとその供え物とは顧みられなかった」(4節後半、5節前半)とありますように、「供え物」に先立って捧げた人の名前が出てきます。
 つまり「主はアベル…を顧みられた。しかしカイン…は顧みられなかった」というわけです。
 供え物を捧げた人の気持ちや動機、つまり姿勢を神は見た(顧みられた)のでした。 
 
 ここで、「聖書は聖書によって解釈する」という聖書解釈学の方法論を適用しますと、詩篇が参考となります。
 統一イスラエル初代の王、ダビデの作とされる、懺悔の詩篇に分類される箇所をお読みしたいと思います。
 
「あなたはいけにえを好まれません。たといわたしが燔際(はんさい)をささげても、あなたは喜ばれないでしょう。神の受けられるいけにえは砕けた魂です。神よ、あなたは砕けた悔いた心をかろしめられません」(詩篇51篇16、17節 792p)。
 
 これは預言者ナタンによって罪を指摘されたダビデが詠んだ詩とされていますが、ダビデは告白します、「神の受けられるいけにえ」(17節)つまり「供え物」は、「砕けた魂」(同)なのだ、と。
 
 アベルはその供え物を「砕けた悔いた心」(同)で携えて、生ける神の前に出ようとし、その結果、「供え物」も有り合わせのものなどではなく、よく吟味された最良のもの、すなわち「その群れのういごと肥えたもの」(4章4節)を選び、それで「主はアベルとその供え物とを顧みられた」(4節)という評価になったのだと思われます。
 なぜならば、「主は心を見る」お方だからです。
 
「しかし主はサムエルに言われた、『顔かたちや身のたけを見てはならない。…わたしが見る所は人とは異なる。人は外の顔かたちを見、主は心を見る』」(サムエル記上16章7節)。
 
日曜ごとの礼拝も、自らはささやかと思う捧げ物も、そして具体的な教会奉仕も、「心を見る」お方を意識し、「砕けた悔いた心」で行う時に、それらもまた最良のものとして神に顧みていただけるのです。
 
 
2.アベルが砕かれた悔いた心で供え物を捧げたのは、父母の物語を虚心に聞いていたから
 
では、同じ親から生まれた兄弟でありながら、二人がなぜこれ程までに異なった性格、価値観の持ち主になってしまったのかと言いますと、それは彼らが幼いころから聞いてきた父母の物語、父母が経験したエデンの園における出来ごとの、聴き方にあったのではないかと思われます。
 
想像ですが、カインは両親が語るエデンの園での物語を聞いて、厳格な神というイメージを持ち、そんな神に抵抗することもなく唯々諾々と楽園を追放された(と思われる)両親を蔑んだのではないか、一方、アベルは「それを取って食べると、きっと死ぬ」(2章17節)と言ったにも関わらず、罪を犯したアダムとエバを憐れんで、死一等を減じて楽園からの追放にとどめ、「人が造られたその土を耕せられ」て、再起の機会を与えてくれた神の深い慈しみと憐れみに感謝する気持ちを持ったのではないか、と思うのです。
 
創世記の記述は確かにアダムとエバには酷なようにも見えます。
 
「そこで主なる神は彼をエデンの園から追い出して、人が造られたその土を耕せられた。神は人を追い出し、エデンの園の東に、ケルビムと、回る炎のつるぎとを置いて、命の木の道を守らせられた」(3章23、24節)。
 
 しかし、実はこの時、人が追い出された「エデンの園の東」(24節)から、神もまた出てきて、人の行く末を見守ってくださっていたのでした。それがアダムとエバの支えであった筈でした。
 
 人は物事の是非を、自分自身が培われた価値観で判断します。こんな例があります。
 
 ある女性が福音を聞いて信仰を告白し、クリスチャンになりました。彼女は神の大いなる愛とキリストの犠牲に感激して、機会あるごとに出会う人に対し、神の御言葉、自らの体験を語り、時間を割いてボランティア活動に励むのが常でした。
 
 この婦人には二人の娘がおりました。長じて姉は母親の生き方に感動し、同じように人への奉仕を喜ぶ生き方を選びました。
 しかし、妹の方はそういう母親や姉の生き方を、何の得になるのかとバカバカしく思っていたのだそうです。
 価値観が異なれば、血が繋がっている兄弟姉妹であっても、このような違いになってしまうのです。
 
 カインは両親の物語を自分のフィルターで否定的に聞き、アベルは虚心に聞いた結果が、彼らの性格、価値観の形成つながったのでしょう。アベルの生き方と繋がる教えが箴言にあります。
 
「主を恐れることは知識のはじめである、愚かな者は知恵と教訓とを軽んじる。わが子よ、あなたは父の教訓を聞き、母の教えを捨ててはならない」(箴言1章7〜9節880p)。
 
これらを踏まえてヘブル書の著者は、「アベルはカインよりもまさったいけにえを神にささげ」たと結論付けました。
 
「信仰によって、アベルはカインよりもまさったいけにえを神にささげ、信仰によって義なる者と認められた。神が彼の供え物をよしとされたからである」(ヘブル人への手紙11章4節前半)。
 
 
3.アベルが流した血は、キリストが十字架上で流した契約の血の意味を明らかにした
 
でも、正しく生きているアベルは何と、逆恨みした兄によって殺害されてしまいます(4章8節)。 理不尽極まりないこの出来ごとに救いはあるのでしょうか。アベルが可哀そう過ぎます。
事件後、あたかも神がカインを難詰しているかのように思える記述があります。
 
「主は言われた、『あなたは何をしたのです。あなたの弟の血の声が土の中からわたしに叫んでいます』」(4章10節)。
 
 「あなたは何をしたです」(10節)という言い方は、話しの流れからは神がカインを難詰をしているように見えなくもありません。
 しかしこれは難詰などというよりも、神がカインに対して悔い改めの機会を与えようとしたとも考えられます。そしてもしもそうであるならば、神はどこまでも寛容です。
 
 ところでアベルの「血の声」は「土の中から」神に対して何と「叫んでい」(10節)たのでしょうか。
 このことに関しては英国の卓越した聖書註解者、ウィリアム・バークレーはその註解書の中で、「最後にアベルの血とイエスの血が比較されている。アベルが殺されて流された血は、人を呪った。しかしイエスが殺されて流された血は、人を呪うのではなく和解への新しい道を開いた」と解説します(バークレー著 松村あき子訳「ヘブル」229p ヨルダン社)。
 
 バークレーの言うように、アベルの血が「人を呪った」のか、復讐を神に願ったのかどうかはわかりません。 
しかし西暦三十年四月、エデンの東の遥か西方の地のパレスチナにおいて、アベル同様、罪のない一人の人が血を流して死にました。イエス・キリストです。ヘブル人への手紙の著者は、キリストが流した血の効力を強調する際、それをアベルの血と比較します。
 
「しかし、あなたがたが近づいているのは、…新しい契約の仲保者イエス、ならびに、アベルの血よりも力強く語るそそがれた血である」(ヘブル人への手紙12章22、24節)。
 
人類の長い歴史を俯瞰すれば、そこにはアベルのように実に多くの無辜の血が流されてきたことがわかります。そしてそれは二十一世紀の現代においても、世界各地で、そしてこの日本においても起きています。
 
中には仇する者を呪い、神に対して報復を叫んでいる血もあるかも知れません。一方、報復ではなく、赦しと平和を求める血もあることでしょう。
 
しかし、二つのことが明らかです。一つは、創世の昔に流された「アベルの血」(24節)が、有史以来現在までに理由もなく流された無数の血を代表しているという事実です。無数の「アベル」が多くの「カイン」によって不当に殺害され、傷つけられてきました。それは歴史が証ししています。
 
そしてもう一つ明らかなこと、それは、十字架の上で流されたイエスの血が、それらの犠牲者、被害者が流した「血よりも力強く語るそそがれた血である」(同)ということです。
 
いつの日にか、「新しい契約の仲保者イエス」(同)と、そのイエスが流した尊い犠牲の血が、人の中から神への敵意、人への敵意を解消して和解を実現することを信じること、それが福音であり、キリスト「信仰」の真髄です。
 
 その時、無駄死にと思われてきた無数の人々の犠牲の意味が理解され、川のように流された涙が拭われ、それによって大いなる慰めと完全な報いとが、「アベル」を始めとする犠牲者、被害者の身に実現するに違いないと思うのです。
 
 神は創世の昔から今日までそうであったように、将来にわたっても神であられます。アベルの生き方とその死は、現代を生きる私たちにとっての希望であり、信仰の縁(よすが)、契機でもあります。


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