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投稿者 : famillia 投稿日時: 2012-01-08 16:29:52 (1331 ヒット)
2012年礼拝説教

12年1月8日 日曜礼拝説教

「イエスこそ聖書と歴史、そして我が人生の中心」

マルコによる福音書9章2〜13節(新約聖書 口語訳65p)
 
 
はじめに
 
 物事がうまく行かなかったり、予想外の出来事に直面すると、人はついつい虚無的になったり、悲観的な気分に陥ってしまうのですが、悲観主義の背後にあるものは、世の中に起こるすべての出来事は偶然の結果であるという無神論的な虚無思想です。
 
わたしもかつては、世の中の動きも自らの存在もすべて、偶然の産物にしか過ぎず、だからそこには意味というものはないと思い込んでいたものでした。でも聖書は言います、歴史は偶然の積み重ねではなく、歴史の下には見えない神の手があるのだと。
 
今週からまたマルコによる福音書の連続講解説教に戻りますが、本日は、イエスこそが聖書と歴史の中心であり、だからこそ、イエスは私たち一人一人の人生とも深く関わっておられるのだということを確認したいと思います。
 
 
1.イエスこそ、旧新約聖書の中心である
 
 イエスが弟子教育のために、ガリラヤを離れてヨルダン川の源流地域であるピリピ・カイザリヤに出かけたその六日後のことでした。イエスはペテロ、ヤコブ、ヨハネの三人の弟子を連れて「高い山」に登られました。
 
「六日の後、イエスは、ただペテロ、ヤコブ、ヨハネだけを連れて、高い山に登られた」(マルコによる福音書9章2節前半 新約聖書口語訳65p)。
 
 この「高い山」がどこの山なのかは福音書のどこにも書かれていませんが、一般的にはヘルモン山であろうと言われています。ヘルモン山はガリラヤ湖からは北に約六〇キロメートル、ピリポ・カイザリヤからは二十五キロ程に位置する標高二八〇〇メートルの高山でした。
 
この「高い山」(2節)で極めて重要なことが起こったのでした。それはその山でイエスが栄光の姿に変って、モーセとエリヤと語り合ったというのです。
 
「ところが彼らの目の前でイエスの姿が変り、その衣は真っ白く輝き、どんな布さらしでも、それほど白くすることができないくらいになった。すると、エリヤがモーセと共に彼らに現われてイエスと語り合っていた」(9章2節後半〜4節)。
 
 「モーセ」(4節)はユダヤ教の伝統的理解によれば律法の書すなわち、旧約聖書の「創世記」「出エジプト記」「レビ記」「民数記」「申命記」の五書をまとめた人であって、そのためこれらの五つの書物は「モーセ五書」あるいはそれを略してただ「モーセ」とも呼称されました。
 
 またモーセ五書に続くヨシュア記からの大小の預言書は「預言者」とも呼ばれていました。そのためユダヤ人は通常聖書を「律法と預言者」「モーセと預言者」というように呼びました。
ですから「高い山」に現われたモーセは「律法」を代表し、預言者たちの中でも最大の預言者とされた「エリヤ」(同)は「預言者」を代表していると言えます。つまりモーセとエリヤは聖書を代表して「イエスと語り合っていた」(同)、ということになるのです。
 
 では何を「語り合っていた」のかと言いますと、マルコは触れていませんが、ルカによる福音書の並行記事を見ると、そこには「イエスがエルサレムで遂げようとする最後のことについて」であるという補足説明があります。
 
すると見よ、ふたりの人がイエスと語り合っていた。それはモーセとエリヤであったが、栄光の中に現われて、イエスがエルサレムで遂げようとする最後のことについて話していたのである」(ルカによる福音書9章30、31節 102p)。
 
 モーセとエリヤとイエスが語り合っていたことは聖書の預言の実現についてであって、それが、イエスがエルサレムで遂げる「最後のこと」(31節)だったのです。
聖書は昔から救世主キリストの出現を予告し、キリストが人類のために行う事業を預言しておりました。それは人類を罪と、罪の結果受けるべき罰の両方から脱出させる事業にほかなりませんでした。
つまり後にイエスがエルサレムで受けた仕打ちこそが、「最後のこと」すなわち、人類一人一人に代って十字架にかけられることによって罪を帳消しにするために遂げられた「最後のこと」だったのでした。
 
 「最後のこと」と訳された原語は「エクソドス」ですが、モーセ五書の二番目の文書「出エジプト記」のギリシャ語訳の書名も「エクソドス」であって、この文書にはイスラエルの民がエジプトにおける奴隷の状態から、神が立てた解放者モーセによって約束の地へと脱出したという歴史的出来事が記録されています。
 
つまり、モーセはイスラエル民族を「出エジプト」させた解放者でしたが、イエスにおける「最後のこと」とは、イエス自身の十字架の死によって全人類を罪の奴隷状態から自由へと脱出させる「エクソドス」を意味したのでした。
 
 十数年前、聖地旅行で空路ローマからエジプトのカイロに入る前、ギリシャのアテネ空港の待合室で、トランジットで時間をつぶしていた時、何気なく見た待合室の非常口の表示が、何とギリシャ語で「ΕΞΟΔΟΣ(エクソドス)」と表示されていたのにはびっくりしたものでした。
モーセとエリヤとイエスが語り合っていた「最後のこと」とは出口のない人類のためにイエスが自らを犠牲にして「エクソドス」という脱出口をつくるということだったのです。
 
 モーセもエリヤも偉大な人物です。しかし、彼らはキリストではありませんでした。でも彼らがイエスと語り合っていたということは、イエスが律法と預言者、つまり聖書の預言が指し示す目標であるということ、すなわちイエスこそが聖書の中心であることを示すものだったのでした。
 
 今年も旧新約聖書を通して、この私のために罪からの解放者となってくださった生けるイエスに出会いたいと思います。
 
 
2.イエスこそ、人類歴史の中心である
 
 イエスは聖書の中心であるだけでなく、人類の歴史の中心でもあります。
ユダヤ教の教えや考えが染み込んでいる弟子たちにはこの時、見ること、聞くことのすべてがわからないことだらけでした。そしてイエスはそういう弟子たちに対して噛んで含めるように、優しく、そして忍耐深く神の真理を解き明してくださったのでした。
 
 私たち日本人が教会に来て、キリスト教の話を聞いてもチンプンカンプン、聖書を読んでもわからないことだらけなのは当然なのです。
 
 弟子たちはわからないことはイエスに質問しました。それが、メシヤが来る前にエリヤが先に来るはずだと律法学者が言っているのはなぜなのか、という問いでした。
 
「そしてイエスに尋ねた、なぜ、律法学者たちは、エリヤが先に来るはずだと言っているのですか」(9章11節)。
 
 これは旧約聖書の最後に位置しているマラキ書の記述を指しています。マラキは紀元前四百五十年ごろの預言者ですが、マラキ書の最後には、メシヤの到来に先立ってエリヤが遣わされるという預言があります。
 
「見よ、主の大いなる恐るべき日が来る前に、わたしは預言者エリヤをあなたがたにつかわす」(マラキ書4章5節 旧約口語訳1326p)。
 
 このマラキ書の記事によれば、もしもイエスがメシヤであるならば、八百年前、生きたまま天に挙げられた預言者エリヤが、既にこの地上に来ていなければならないことになるのですが、エリヤはまだ来ていませんよね、という疑問でした。
 
この疑問に対してイエスは答えます。エリヤは既に来たのだ、と。そしてヘロデによって非業の最期を遂げたあのバプテスマのヨハネこそ、実は末の時代に遣わされたエリヤであった、彼は民衆に悔い改めを説くことによって、エリヤのようにメシヤの活動のための道備えをしたのだと説明されたのでした。
 
「しかしあなたがたに言っておく、エリヤはすでにきたのだ。そして彼について書いてあるように、人々は自分かってに彼をあしらった」(9章13節)。
 
 歴史と言いますと、単なる時間の経過や流れを意味するように思う人もいるかも知れません。しかし歴史はそれだけではないのです。時間の経過という偶然の積み重ねのように見える「一般歴史(これをドイツ語ではプロファーンゲシヒテと言います)」を舞台にしてもう一つの神による「救済の歴史(これはハイルスゲシヒテです)」が展開されているのです。
 
そのしるしが「エリヤ(バプテスマのヨハネ)」の出現であり、イエスというメシヤの到来だったのです。
事実、世界の歴史は「キリスト以前(BC Before Christ)」と「キリスト以後(AD Anno Domini 主の年)」に分けられました。
 
 人が認めようが認めまいが、イエスこそが人類歴史の中心なのです。時間がただ無意味に流れているように思えるかも知れません。しかし、歴史を支配しているのは国際連合でもなければ超大国の米国でもなく、主イエス・キリストであるということを再認識するとき、私たちは虚脱感や無力感から解放されるのです。
 
 
3.イエスこそが、我が人生の中心である
 
 歴史と言うと大げさに聞こえますし、個人の暮らしとは関係ないように思えなくもありません。
しかし、歴史を支配したもう主イエスを私たちが主として心と人生にお迎えするとき、救い主のイエスが心の中に王座を占めてくださり、人生を導いてくださいます。ですから、人は心の中に迎え入れるだけではなく、心に主の声を聞き続けることが大事です。
 
 山で変貌したイエスを見た時、ペテロは取り乱してわけのわからぬことを口走っておりました。
 
「ペテロはイエスにむかって言った、『先生、わたしたちがここにいるのはすばらしいことです。それで、わたしたちは小屋を三つ建てましょう。一つはあなたのために、一つはモーセのために、一つはエリヤのために』。そう言ったのは、みんなの者が非常に恐れていたので、ペテロは何を言ってよいか、わからなかったからである」(9章5、6節)。
 
 そして興奮状態に陥っていた弟子たちに天から一つの声がありました。それは「イエスこそが神の愛する御子である、彼に聞き従え」という声でした。
 
「すると、雲がわき起こって彼らをおおった。そして、その雲の中から声があった、『これはわたしの愛する子である。これに聞け』」(9章7節)。
 
 モーセは偉大な律法授与者でした。エリヤは数多いる預言者の中では最大の預言者でした。しかし、私たち弟子たちが真に聞くべき声はイエスの声です。イエスの声は今日、日々の個人的な聖書拝読の中で聞くことができるだけでなく、主の日の日曜日ごとにキリストの体なる教会において、説教として聴くことができます。
でもどんなに努力しても日曜礼拝に参加できないという場合は、教会で週報と共に配付されているこの説教要旨を通して、イエスの声を毎週聞いていただきたいと思います。
 
 イエスは、一度は刑死しましたが死の世界から復活をして、信じる者の傍らを歩んでいてくださいます。ですからどんな時でも、常に共にいてくださる主イエスを仰ぎ見続けることが大切です。
 
「彼らは急いで見まわしたが、もはやだれも見えず、ただイエスだけが、自分たちと一緒におられた」(9章8節)。
 
 どんなに時代が変ろうと、イエスから片時も目を逸らしてはなりません。


投稿者 : famillia 投稿日時: 2012-01-01 16:52:40 (1303 ヒット)
2012年礼拝説教

12年1月1日 二〇一二年新年礼拝・第一回日曜礼拝説教

「鷲のように新たになる−御礼参りの日々を」

詩篇103篇1〜5節(旧約聖書口語訳838p)

  
はじめに
 
日本語が少しずつ変ってきています。可能動詞の「見られる」は「見れる」に、「食べられる」は「食べれる」になど、「ら抜き」言葉が普通になってきました。
スマップが歌う「夜空のムコウ」はいい歌だとは思いますが歌う気になれないのは、歌詞に「何かを信じて来れたかな」という「ら抜き」言葉が使われているからです。この歌は中学校の教科書に採用されているそうですが、国語の教師たちは違和感を覚えないのでしょうか。
 
「超何とか」という言葉もそうです。アテネ五輪で金メダルを取った北島選手が「超気持ちいい!」と答えたときには、わたしは「気持ち」が一気に退いてしまったものでした。
 
本来の肯定的な意味が失われて、否定的な意味になってしまったものもあります。クリスマスイブ礼拝でも触れましたが、「御礼参り」がそうです。本来は受けた恵みに対して感謝の気持ちを示すために行った参拝を意味するうるわしい言葉が、いつの間にか、逆恨みによる仕返しを指す場合に使われるようになってしまいました。
 
しかし、本来の意味での御礼参りこそ、神礼拝の基本であり、日々の暮らしの土台です。
そこで新年の最初の礼拝では御礼参りをする理由と、御礼参りの仕方について、詩篇百三篇の最初の部分から教えられることによって、新しい年を始めたいと思います。
 
 
1.過去から今に至るまでのすべての恵みを、心に留めよう
 
 詩篇百三篇は、詩篇の中で最も親しまれている詩篇の一つです。特に自分自身に向かって命じる二節の後半の言葉は、人が人であることの基本的姿勢を強調しているものと言えます。
 
「そのすべての恵みを心にとめよ」(詩篇103篇2節後半)。
 
 「心にとめよ」は「忘れるな」という意味です。では何を心にとめるのかと言いますと、それは神から受けた「すべての恵み」です。二節のこの「すべての恵み」は新改訳では「主の良くしてくださったこと」の「何一つ」、新共同訳では「主の御計(おんはか)らい」の「何一つ」と訳されました。
 
「主の良くしてくださったことは何一つ忘れるな」(新改訳)。
「主の御計らいを何一つ忘れてはならない」(新共同訳)。
 
 時期的には、それは既に過ぎ去った過去から今に至るまでの期間に神から受けたものであって、事柄としては罪のゆるしと病の癒し、そして滅びからの救いを指します。
 
「主はあなたのすべての不義をゆるし、あなたのすべての病をいやし、あなたのいのちを墓からあがないだし」(103篇3、4節前半)。
 
 詩人は自分自身に向かって第二人称で、「あなた」あるいは「おまえ」と呼びかけます。わたしたちも心が萎えるとき、失望するとき、自らに向かって、「主はおまえの…」と呼びかけて、信仰を呼び覚ましたいと思います。
 
 「こころにとめ」るべき「すべての恵み」の第一は、不義のゆるしです。「不義」(3節)は新改訳では「咎(とが)」と訳されていますが、これは頭では悪いこととわかっていながら犯してしまった罪を意味します。
わかっていながらやってしまったものですから、それは記憶の中にいつもあってズキズキと心を責めるものです。しかし、ダビデが自分の不義を告白して悔い改めた時、神はダビデの「すべての不義」を赦してくれました。
 
「わたしは自分の罪をあなたに知らせ、自分の不義をかくさなかった。わたしは言った、『わたしのとがを主に告白しよう』と。そのときあなたはわたしの犯した罪をゆるされた」(詩篇103篇5節)。
 
 二つ目の「恵み」は「病」のいやしです。人は生まれた瞬間から日々、病気をもたらす病原菌の攻撃に晒されている存在です。病気と無関係に生きているように見える人も、知らない部分が病魔に犯されているかも知れません。
しかし、人が肉体を持つものとして生きるようにされた全能の神は、人が病む存在でもあることを知っておられる癒しの神です。神は今も癒しのわざを、神を信じる者の身に行っていてくださるのです。
 
 そして三つ目の「恵み」が「あなたのいのちを墓からあがないだし」(4節)たという恵みです。
口語訳の「墓」の原語は「穴」です。「墓」という穴は死者が住まいである黄泉(よみ 陰府)への入り口を意味しました。黄泉には神は不在ですから、黄泉に下るということは神との別離を意味し、それを聖書は滅びと言いました。ですから「墓(穴)からあがないだし」とは、滅びからの救い、関係論的には神との永遠の交わりを指します。
 
 これらの三方面における恵みは、過ぎ去った過去から今に続く神の「恵み」、「神が良くしてくださったこと」(新改訳)です。そして私たちはこれらを「何一つ忘れ」ないようにしなければなりません。
 
 
2.今から将来にかけて受ける恵みを、心に堅く信じよう
 
 神の恵みは神を待ち望む者に対しては今から将来に向かっても、豊かに注がれると詩人は確信します。
 
 その第一の「恵み」は神の慈しみと憐れみとが、神を信じる者の頭上から離れることがない、という恵みです。
 
「いつくしみとあわれみとをこうむらせ」(103篇4節後半)。
 
 「慈しみと憐れみ」は旧約聖書ではほぼワンセットで出てきます。「慈しみ」は、普通の親が我が子に対して持つ愛情にも似た情愛です。「憐れみ」はその反対語が残忍であると言えば理解の助けになるでしょう。
「こうむらせ」と訳された言葉は冠を被(かぶ)せるという言葉です。つまり、今から後、生涯にわたって神のいつくしみと憐れみは信じる者の頭上にある、という告白です。
 
 二つ目の確信は信じる者の一生を良いもので満たす、というものです。
 
「あなたの生きながらえるかぎり、良き物をもってあなたを飽き足らせられる」(103篇5節前半)。
 
 たとい粗末に見えるものであっても感謝して着、食し、飲み、住むならば、それは「良き物」なのです。とりわけ、食べることにおいて、神の恵みを想いたいと思います。
最近、新聞の朝刊で、投稿詩の月間賞に選ばれた「豚と私」という、四十二歳の女性が書いた詩を読みました。
 
  私はあなたを食べる そしてあなたが食べた穀物を食べる
  野山で生きたかった夢を食べる
  子を取り上げられた悲しみを食べる そして私は生きている
  だから私は私だけのものではない あなたの命が私の中で生きている
  だから私は命尽くして生きなければならない
 
 この詩の作者がクリスチャンなのかどうかは知りませんが、命を保つために他の命を食べている、「だから私は命尽くして生きなければならない」という決意表明には粛然とさせられました。   
 
人は誰でも神が定めた寿命が来れば、地上の肉体を離れなければなりません。しかし、それまでの間は常に側にいて、尊い物、良い物で日々の暮らしを満たして下さるお方、それが、私たちが主と仰ぐ生ける神なのです。
もちろん、「良き物」は人によってそれぞれ異なっています。ですから他人が持っているものを羨んではなりませんし、反対に自分が持っているものを人に向かって誇ってもなりません。
 
 ヨセフのことを思います。族長のぼんぼんで、蝶よ、花よと育てられていた十七歳の少年が強い悪意によって異国に奴隷として売られて、その上冤罪で無期の囚人にまでなるのですが、三十七歳の時になってエジプトの宰相に抜擢されて亡国の危機に対処するという実話が、創世記に記録されています。
紀元前十六世紀の出来事です。驚くのはまだ将来が見えない奴隷の時代にヨセフが自身を「幸運な者」と考えたということです。
 
「主がヨセフと共におられたので、彼は幸運な者となり、その主人エジプト人の家におった。その主人は主が彼と共におられることと、主が彼の手のすることをすべて栄えさせられるのを見た」(創世記39章2、3節 54p)
 
 ヨセフの物語は歴史的事実です。ですから「幸運な者」(2節)という理解はヨセフ自身によるものです。
彼は人間的には不幸の極致とでもいうべき環境、不条理を画に描いたような状況にあっても、自らを「幸運な者」として認識したのでした。それは「主が」ヨセフ「と共におられ」(2節、3節)ることを実感していたからでした。
彼は極限の不幸せの中でも「良き物」を神から受けていると思うことができたのでした。
 
 詩人が持った三つ目の確信は、いま流行りのアンチエイジング、若返りです。
 
「こうしてあなたは若返って、わしのように新たになる」(103篇5節後半)。
 
 「わし」は鳥類の中では王者としての位置を占めている鳥であって、古代ではローマ皇帝の紋章となり、近代では米国の国章となっているように、衰えることのない若さと生命力を象徴している鳥です。
 
以前にも紹介しましたサミュエル・ウルマンは八十歳になった時、その八十歳になったことを記念して発行した「青春」というタイトルの詩において、「青春とは人生のある期間を言うのではなく心の様相を言うのだ」と言い切りました。
年を重ねただけでは人は老いない。理想を失う時に初めて老いが来る」というウルマンの信念は正鵠を射ていると思います。
 
老化防止のための日々の努力も必要ですが、鷲が太陽に向かって飛ぶように、私たちも義の太陽であるキリストを仰げば、内なる精神は確実に若返るのです。
 
 
3.惜しみなく恵みを注ぐ聖なる神を、全身全霊で讃美しよう
 
 詩人が詩篇百三篇の冒頭で、自らに向かって神を讃美せよ、と呼びかけたわけは、彼の神が、信じる者の過去から今、今から未来にかけて惜しむことなく恵みを注がれる聖なる神だからでした。
 
「わがたましいよ、主をほめよ」(103篇1節前半、2節前半)。
 
 「ほめよ」は「褒めよ」ではなく「誉めよ」です。褒めるのは上の者が下の者をほめることであって、下の者が上の者をほめるのが誉める、つまり称賛する、です。
 ではどのように神を称賛するのかと言いますと、全身全霊で、です。
 
「わがうちなるすべてのものよ、その聖なるみ名をほめよ」(103篇1節)。
 
 「わがうちなるすべて」とは、原語では内臓のすべてという意味となります。古代ヘブル人は現代心理学のように心と体とを区別していませんし、現代の脳科学のように、脳の働きを分別したりはせず、心と体の各器官とを一体と考えておりました。ですから「わがうちなるすべてのもの」(1節)とは全身全霊でという意味になります。
 
 ではいつかと言いますと、全時間です。また、どこでかと言いますと、生活の全領域においてです。家でも、教室でも、仕事場でも、教会でも、です。つまり行住坐臥(ぎょうじゅうざが)、いつでもどこででも神を崇めるのです。
 
 そして何をかと言いますと、与えられている神の恵みすべてについてです。
 
「そのすべての恵みを心にとめよ」(103篇2節後半)。
 
 「あれください」「これしてください」という、おねだりのような礼拝ではなく、讃美、感謝というお礼参りの礼拝を、日々の暮らしの中で自然に捧げる年でありたいと思います。
 
御礼参りの心が出来ると、私たちの日々の務めはしんどい労役ではなく、恵みの神への御礼奉公(ぼうこう)という側面を持つようになり、その結果、私たちのたましいは暦の年齢では「朱夏」「白秋」「玄冬」であったとしても、常に鷲のように若返る、「青春」の時代となるのです。
 
願わくは、迎えたこの新しい年、鷲のように新たにされながら、恵みの神を衷心より誉めたたえるお礼参りの日々でありますように。


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