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投稿者 : famillia 投稿日時: 2015-12-06 16:29:46 (644 ヒット)
2015年礼拝説教

15年12月6日 待降節第二主日礼拝説教

キリストとの運命的な出会い
 
女は井戸の側で思いもかけず、待ち望んで止まなかった救世主に出会った(前)ー救い主は今も人生の井戸のそばで、あなたを待っている
 
ヨハネによる福音書4章1〜15節(新約口語訳149p)

 

はじめに
 
「無くて七癖、あって四十八癖」などといますが、人というものにはそれぞれ、癖というものがあります。
テレビドラマ「相棒」の杉下右京警部の場合は、「細かいことが気になるのが僕の悪い癖」と自覚しているようですが、当教会の牧師の場合、説教題が長ったらしいのが悪い?癖なのかも知れません。
 
今週もまた、やたら長いタイトルなのですが、これを思いっきり短縮するとするならば、「井戸の側で」あるいは「あの井戸の側で」ということになるのでは、と思います。
 
さて、サマリヤの女の場合、彼女は井戸の側で、思いもかけず、待ち望んで止まなかった救世主キリストに出会ったのでした。それは衝撃の出会いでした。
 
 
1.女が井戸の側で出会ったのは、差別意識を全く持たない救世主であった
 
ある時期、所属している教団の社会問題に関する取り組みの一環として、差別の解消、特に部落差別の解消を推進する団体の運動に、教団として関わっておりました。その後、この運動に関しては一定の成果が上がったとの認識のもとに、教団としてはこの団体から退くことになりました。
 
差別と言えば、ここ数年、いわゆる「ヘイトスピーチ」をめぐる論争が世間、特にネット社会を賑わしています。
「ヘイト」とは憎悪、「スピーチ」は言論ですが、人種や民族その他の要素を捉えて、憎悪や悪意を表現する行動を「ヘイトスピーチ」と呼びます。
 
ただ、気になるのは、差別の撤廃や人権の尊重を声高に叫ぶ人の中には、自分たちこそが正義、という意識が強すぎて、自分の意見とは異なる見解や思想の持ち主に対しては、過剰なまでに攻撃的に反応するという傾向があるように見えることです。
 
つまり、自分は正しい、しかし相手が間違っている、という観点から物事を見て事態を評価する結果の産物かも知れません。
以前もご紹介しました、某大手新聞の投稿欄に掲載されていた主婦の経験談を思い出します。
 
この投稿者がある時、近所のスーパーの刺し身売り場で刺し身を選んでいたら、そこに二人連れの男女がやってきた。
 
奥さんらしき人がケースを覗いてその中の一つを取り上げたところ、連れの男性がひと言、言った、「やめておけ、それは色がおかしい」。そこでこの女性が別のを取り上げたところ、件の男性がまたも、「それも色がおかしい」。 
 
その主婦にはその刺し身はおかしな色に見えないので、「男性なのにシビアだなあ、いったい、どんな人なのだろう」と興味を持ってその男性の顔をみたら、何とその顔に濃い色のサングラスがしっかりとかかっていた、のだそうです。
 
サングラスつまり色眼鏡をかけたまま見れば、どんなに新鮮な刺し身であっても、おかしな色に見えてしまいます。
 
「差別根絶」「人権擁護」を声高に謳う人々の中には、「自分は正義、相手は悪」という色眼鏡をかけて物事を見ていて、しかもそのことに少しも気付かずにいるという人が少なくないようです。
 
人はまず、鏡を見て、自分が色眼鏡をかけているかどうかを点検することが肝要です。
 
人は罪深い生き物です。そしてその罪深い人間から差別意識を無くすということは、非常に困難なことです。なぜならば、人というものは無意識のうちに差別をしてしまう存在だからです。
しかし、今から二千年前、差別とは全く無縁の人として行動した一人の人物がおりました。イエス・キリストです。
 
そのイエスはある時、自分を敵視するユダヤ当局、中でもパリサイ人らとの衝突を避けるため、パレスチナ北方に位置するガリラヤに行くべく、南部のユダヤを離れて、中部のサマリヤ地方を通過しようとしました。
サマリヤを突っ切れば、ガリラヤへはユダヤのエルサレムから、三日程で行くことができたからでした。
 
「イエスが、ヨハネよりも多くの弟子をつくり、またバプテスマを授けておられるというこいとを、パリサイ人たちが聞き、それを主が知られたとき、(しかし、イエスみずからが、バプテスマをお授けになったのではなく、その弟子たちであった)ユダヤを去って、またガリラヤに行かれた。しかし、イエスはサマリヤを通過しなければならなかった」(ヨハネによる福音書4章1〜3節 新約聖書口語訳140p)。
 
 「イエスはサマリヤを通過しなければならなかった」(3節)という記述を、深読みした註解書などがありますが、ヨルダン川の向こう岸つまり、東側を迂回するルートに比べれば、「サマリヤを通過」(同)することの方がずっと早くガリラヤに着きます。
 ですから、ガリラヤに早く行くためには、「サマリヤを通過しなければならなかった」のです。
この記述にはこれ以外の、またこれ以上の意図はありません。
 
 旅の疲れを覚えたイエスは、「スカルという町」の外れにある井戸の傍らで休息をしておりました。
 大都市ならばともかく、水道などの無い地方都市の場合、井戸は大概、町の外れに設けられておりました。
弟子たちは町に食糧などの買い出しに行っており、井戸の傍らにはイエスひとりが残っておりました。
 
そこにひとりの女性が水を汲みにきましたので、喉の渇きを覚えていたイエスは彼女に、水を飲ませて欲しいと願ったところ、この女性はびっくりして、「この私にですか?」と聞き返したのでした。
 
「そこで、イエスはサマリヤのスカルという町においでになった。この町は、ヤコブがその子ヨセフに与えた土地の近くにあったが、そこにヤコブの井戸があった。イエスは旅の疲れを覚えて、そのまま、この井戸のそばにすわっておられた。時は昼の十二時ごろであった。ひとりのサマリヤの女が水をくみにきたので、イエスはこの女に、『水を飲ませて下さい』と言われた。弟子たちは食物を買いに町に行っていたのである。すると、サマリヤの女はイエスに言った、『あなたはユダヤ人でありながら、どうしてサマリヤの女のわたしに、飲ませてくれとおっしゃるのですか』」(4章5〜9前半)。
 
 この女性が不審顔で聞き返したわけは二つあります。
一つは、律法の教師であるラビが女性である自分に話しかけてきたからでした。
 
当時、女性は社会的に低く卑しいものとして、差別される存在でした。ですから律法の教師たる者が道端で女性と話をするなどということはあり得ない事だったのです。ところが何と、ラビであるイエスの方から彼女に話しかけてきたのです。
 
 でもそれは、イエスにとってはごく普通のことでした。なぜならば、イエスという人は女性もまた男性同様、神に創造され、かつ神に愛されている尊い人間であるという理解に立って行動した、この時代においては将に稀有の存在ともいうべきお方だったからでした。
 
 我が国における女性もまた、常に差別の対象でした。NHKでこの秋から始まった連続テレビドラマ、「あさが来た」のモデルの広岡浅子は、生涯かけて女性の地位向上に尽力した人ですが、六十二歳でキリスト教に入信し、個人的にイエス・キリストを知るようになってからは、ますますその思いが強まっていったようです。
 ドラマの後半には彼女が設立に尽力した女子大創設の話しが出てくるかと思います。
 
しかし、広岡浅子などの先達者が活躍したにも関わらず、この日本において女性が男性と同様に扱われるようになったのはごくごく最近のことです。
たとえば参政権にしましても、その権利を男性同様、女性が行使できるようになったのは戦後の一九四五年、昭和二十年のことでした。
 
誰もが女性を低く見ていた西暦一世紀という時代において、差別意識というものを一切持たなかった人がいたのでした。
サマリヤの女が井戸の側で出会ったのは、そんな類い稀な人、救い主のイエスだったのです。

 

2.女が井戸の側で出会ったのは、あらゆる偏見から解放された救世主であった
 
このイエスに対してサマリヤの女が驚いたもう一つの理由、それはユダヤ人であるイエスが、サマリヤ人の自分に、「水を飲ませて下さい」(7節)と頼んできたことでした。
 
イエスの時代の西暦一世紀の初期、ユダヤ人とサマリヤ人との間では、交際とか交流などというものは全くゆるされてはいなかったのです。
 
「これは、ユダヤ人はサマリヤ人と交際していなかったからである」(4章9節後半)。
 
 「サマリヤ人」(9節)は、民族的にはイスラエル民族と周辺民族との混血の民でした。
 そのため、アブラハムの子孫としての民族的純潔を重んじるユダヤ人による、サマリヤ人への偏見は凄まじいものがあり、「混血のサマリヤ人には神の選民としての資格はない」と決めつけ、彼らを穢れたもの、選民失格者として徹底的に蔑みました。
 結果、テーブルや、料理を盛った皿などの食器を一緒に使う食事をサマリヤ人と共にするという行為は、自らを穢す行為であるとユダヤ人は考えました。
 
 ということは、井戸から水を汲む道具を持たないイエスが、この女性から水を飲ませてもらうということ自体、穢れたサマリヤ人の穢れた入れ物から水を飲むことによって、自らを穢すということになるわけです。
 
 しかしイエスはあらゆる人種的・民族的、宗教的偏見から、全く自由でした。イエスは人を偏り見たり、分け隔てをしながちな狭量な人間とは、質的に全く別の存在であったのです。
イエス・キリストこそ、人を偏り見ることのない神を体現した救い主であったのでした。
 
 実はあのペテロでさえも、ひとりのユダヤ人としてこの民族的偏見に囚われておりました。
 聖霊の傾注によって始まったキリスト教会の形成から十数年後、巡回伝道でヨッパに滞在していたペテロは、カイザリヤに駐屯していたローマの軍人コルネリオの家を訪ねるようにとの示しを受けて、集会に赴くのですが、そこで福音が異邦人にも及ぶという事実を目の当りにして、吃驚仰天しております。ペテロの正直な告白です。
 
「そこでペテロは口を開いて言った、『神は人をかたよりみないかたで、神を敬い義を行う者はどの国民でも受け入れてくださることが、ほんとうによくわかってきました』」(使徒行伝10章34、35節 198p)。
 
この、「人をかたよりみないかた」(34節)である神をその生き方で示したのがイエスという名の救世主キリストだったのです。
 
「神を見た者はまだひとりもいない。ただ父のふところにいるひとり子なる神だけが、神をあらわしたのである」(ヨハネによる福音書1章18節 135p)。
 
 このイエスはキリスト、救世主として今も生きていて、昔と同じように私たち一人一人を、偏見無しで受け入れてくださいます。
だからこそ、私たちもまた人を差別することなく、分け隔てすることなく、神が愛してやまない存在として受け入れる生き方をすることができるようになるのです。
 
 
3.女が井戸の側で出会ったのは、永遠の満足を与える救世主であった
 
 この時、自身は激しい疲労の中にありながら、井戸の傍らで出会った女性のために、彼女が真に必要としているものを、イエスは与えようと致します。
 
イエスは彼女に対して、人は二つの知識を持つべきであると言いました。
その一つは神が与えて下さる賜物についての知識、そしてもう一つが、今、彼女に対して水を求めている人物についての知識でした。
 
「イエスは答えて言われた、『もしあなたが神の賜物のことを知り、また、また水を飲ませてくれ、と言った者がだれであるか知っていたならば、あなたの方から願い出て、その人から生ける水をもらったことであろう』」(4章10節)。
 
 先ず、イエスが言われた「神の賜物」(10節)とは何なのか、ということですが、会話が進んであの有名な「生ける水」についての御言葉がイエスの口から発せられます。
 
「イエスは女に答えて言われた、『この水を飲む者はだれでも、またかわくであろう。しかし、わたしが与える水を飲む者は、いつまでも、かわくことがないばかりか、わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、永遠の命に至る水が、わきあがるであろう」(4章13、14節)。
 
 人の内にあって「泉となり、永遠の命に至」(14節)らせる水、すなわち「生ける水」(10節)こそが、神がくださる「神の賜物」(同)です。
 
「生ける水」とは溜まり水の反対で、流れる水や湧き出る水を意味するのですが、ユダヤ人はそこから、「生ける水」を神から与えられる神の御言葉として捉え、更には神を信じる者に対して神が惜しみなく注いで下さる霊、すなわち「神の御霊」と考えるようになりました。
 
神の御言葉は神への信仰を生み出し、神の御霊は神との交わりを実現させてくださいます。
その結果、それは人の内から「永遠の命」に至る水として湧き上がってくるとイエスは語り教えました。
 
「永遠の命」という場合、二つの側面があります。一つは量的な側面、つまり永遠に死なない、という不死です。
しかし、もっと重要な側面があります。それが神を信じ受け入れることによって与えられる真の満足です。
 
不満や不足感を持ったままでただ長生きをしているのであれば、それは拷問になるかも知れません。
満足感を持って、神と人に対する感謝の気持ちを持って日々を暮らす、その延長線上に量的意味での永遠の命があると考えてみることです。
 
この満足感は、キリストの十字架の贖いによって実現した神との交わり、生ける交わりから生み出されます。
人が時間の中を生きるということは、多くのものを得る一方で、多くのものを失うことでもあるわけです。
 
しかし、神が与える「生ける水」(10節)を「飲む者は、いつまでもかわくことがない」(14節)という状態に至らせられます。
物に執着した日々、名声を求めた時代は過去のものとなります。失ったものを追憶するよりも、あるものを感謝するようになります。
 
三重苦のヘレン・ケラーが言ったそうです、「失ったものを数えるのではなく、今あるものを数えて感謝しましょう」と。
サマリヤの女性はこの井戸の側でのイエスとの会話を、生涯忘れることはなかったでしょう。
 
考えて見れば私たちの誰もがかつて、人生の井戸の側において、イエスに迎えられたのでした。
私の場合は十五歳の春、横浜の小さな教会の入り口が、あの「井戸の側」でした。今から思えば、そこには見えないキリストが確かに立って、十五の私を出迎えてくれていたのでした。
 
私を実際に出迎えてくれたのは柴田さんという男性信徒でした。この柴田さんが九十歳で存命しており、しかも教会では活動会員として今も奉仕をしているという情報を先日聞き、往時を振り返って主を崇めました。
 
今朝は「リラ」の歌集にある心に沁みる名曲、「井戸のそばで」をご一緒に歌って、今も私たちを待っている主を崇めたいと思います。
 
            井戸のそばで (リラ)
 
彼女は生きることに疲れて すべてを投げ出したい日々の中
誰にも分かってはもらえない痛みと涙を持っていた
彼女を あの井戸のそばで 温かな微笑みをして
ずっと待っていた ずっと待っていた イェス様は待っていた
 
雲は流れ 風も過ぎてく 慌ただしく変わるこの時の中
けして変わらないみ言葉は 今も私に語りかける
確かに あの井戸のそばで 温かな微笑みをして
ずっと待っている ずっと待っている イェス様は私たちを


投稿者 : famillia 投稿日時: 2015-11-29 16:19:42 (676 ヒット)
2015年礼拝説教

15年11月29日 待降節第一主日礼拝説教

キリストとの運命的な出会い
 
永遠の命への道を探しあぐねた律法学者ニコデモは、イエスの許を訪れた ― 人はいくつになっても生まれ変わることができる
 
ヨハネによる福音書3章1〜15節(新約聖書口語訳138p)

 

はじめに
 
感情を表す形容詞の前に「メチャ」とか「メッチャ」をつけて、感情の大きさを表すという表現方法、たとえば「メチャ(とても)スゴい」「メッチャ(非常に)嬉しい」などという用法が若者から始まって、今や世代を超えて一般化してきました。
 
そしてもう一つ、「驚き」を表現する言葉として、青少年の中では普通に使われているのが「マジ」です。「マジ?」と疑問符をつけたり、「マジかよ」などと、「信じられない」という驚きを表す場合に使われる言葉です。
 
「マジ」は「本当」とか「本気」を意味するものとして使われているようですが、もともとは「まじめ(真面目))」という言葉の省略から来ているそうです。
その「まじめ」ですが、手許の国語辞典(大辞林)には「本気であること、真剣であること。また、そのさま」とあります。
 
日本人は大体、まじめな気質の民族であるとされています。まじめだからこそ、乗り物は時間通りに出発して時刻表通りに目的地に到着もします。そして何よりも「メイドイン ジャパン」が外国人に評判がよいのは、まじめな人がまじめに物づくりに打ち込むからです。
 
そんな日本人ですが、教会に来る人には、そして教会通いを続ける人には特に、まじめな性格の人が多いように思えます。
 
勿論、そうではない人もいます。例えば、先週の礼拝説教で取り上げたジョージ・ミュラーの十代の頃などは不まじめを絵に描いたような生き様ぶりですが、二十歳で回心をしてからは、まるで別人のように変わってしまい、十代の頃の逸話で紹介される人と同一人とは、到底思えない程の変わりようです。
 
しかし、多くの場合、まじめな性格だからこそ、生きる意味を求め、あるいは真理を求めて聖書を手にとったり、教会に来たりする、ともいえます。
 
ところで今週から待降節に入りますが、待降節主日礼拝では昨年に続いて、ヨハネによる福音書の最初の部分を取り上げることとしました。
全体テーマは昨年同様、「キリストとの運命的な出会い」であって、通算五回目の今週はまじめ人間の「ニコデモ」の登場です。
タイトルは「永遠の生命を探しあぐねた律法学者のニコデモは、ついにイエスの許を訪れた」です。
 
 
1.まじめな人は、道を求めて止まない
 
まじめな性格の人の特徴は、その人生において真理を追究するという姿勢があることです。言葉を変えれば道を求める、いわゆる求道心が強く、適当なところで妥協しないという性格的傾向があることです。
 
イエスが巡回伝道を始めて間もなくの頃、夜陰に乗じて(?)、ニコデモという律法学者がイエスの許を訪れてきました。
 
「パリサイ人のひとりで、その名をニコデモというユダヤ人の指導者があった。この人が夜イエスのもとに来て言った、『先生、私たちはあなたが神からこられた教師であることを知っています。神がご一緒にでないなら、あなたがなさっておられるようなしるしは、だれにもできはしません』」(ヨハネによる福音書3章1,2節 新約聖書口語訳138p)。
 
実はこのニコデモという人物は、ユダヤ社会においては大変な背景を持つ著名人でした。
 第一に彼は「パリサイ人のひとり」(1節)でした。「パリサイ人」とは、大サンヒドリンが制定した規則や細則を一つ残らず実践することを公に誓った人のことで、ウィリアム・バークレーによりますと、当時のユダヤでは六千人がいるのみであったということです。
 
 また、ニコデモは「ユダヤ人の指導者でもあ」(同)りました。つまり、彼は「七十人の議員で構成される大サンヒドリンの議員の一人でもあったのでした。
 大サンヒドリンは我が国でいうと、立法府である国会と司法の頂点である最高裁判所の機能を併せ持ったような機関でした。(ついでに言いますと、地方に設けられている議会が小サンヒドリンです)
この大サンヒドリンが法律を制定し、そして制定された法律に基づいてユダヤ国民を裁いたわけです。
 
しかも彼ニコデモは、イスラエルを代表するような律法学者でもありました。
 
「イエスは答えて言われた、『あなたはイスラエルの教師でありながら、これぐらいのことがわからないのか』」(3章10節)。
 
 この場合の「イスラエルの教師」(10節)とは、律法に精通し、学生たちに律法を講じている律法学者を指しました。
彼ら律法学者の任務は聖書を厳密に研究・解釈することであって、それが、ユダヤ国民が遵守すべ法律案となって、大サンヒドリンにおいて審理されることになるのです。
 
つまりニコデモはユダヤ社会の三つの指導的階級におけるスーパーエリートであった訳です。
しかし、いつの頃からか、彼の内部に煩悶が始まったようでした。それはニコデモが信じもし、人にも教えてきた神学的理解、信仰的主張に対して、彼自身、疑問を感じるようになってきていたからでした。
 
ユダヤ教徒とっての人生の目的、最大の関心事は「永遠の生命」を得ることにありました。
永遠の生命とは、一つは不死を意味します。しかし、もっと深い意味は、神による最終審判において罪なき者と認定されて、神の住む神の国において、神と共に永遠に生き続けるというところにありました。
 
問題は永遠の生命を獲得する方法ですが、ユダヤ教の伝統的理解と教えによれば、神の言葉である戒めと律法とをきちんと守れば義なる者と認められ、永遠の生命を神からの報酬として与えられると信じられてきました。
 
しかしいつの頃からか、ニコデモのうちに疑問が浮かんでくるようになったのでしょう。「果たしてそうなのか」と。
利害得失を計算したり、あるいは面子や立場を考えれば、胸中に浮かんできた疑問を抑え込んで、これまで通り何食わぬ顔で伝統的理解を教授していれば良かったわけです。
 
でも、まじめなニコデモにはそれができなかったのです。まじめな人は良心が敏感です。分かっていないのに分かった振りをすることはできません。まじめな人は常に求道者として真理の道を求めて止みません。
まじめな人は肩書や世間の評判からではなく、時には自身の直感、内なる声によって、真に道を知っている者を尋ね求めるということがあります。
 
だからこそ、若く無名であり、社会的には何の背景も肩書も学位もない、イエスというナザレ出身の人物こそが、永遠の生命に至る道を知っている「神からこられた教師」(2節)であると考え、真理の教えの教示を求めて訪問して来たのでした。
 
その道の専門家であり、第一人者と尊ばれていても、行き詰まりを覚えたとき、面子などはかなぐり捨ててまでもイエスの許を訪れたニコデモのまじめさ、ひたむきさに、私どもは心を打たれるのです。
 
確かにイエスの存在こそが、ニコデモの疑問に対する答えそのものであったことに、やがてニコデモは気付くことになります。
 
「あなたがたは、聖書の中に永遠の命があると思って調べているが、この聖書は、わたしについてあかしをするものである」(5章39節)。
 
 
2.まじめな求めには、まじめな答えが示される
 
まじめな求めに対しては、まじめな答えが示されます。
ニコデモの求めの主題は、「人はどうしたら永遠の生命を受けることができるか」でした。イエスはニコデモの言葉から彼の訪問の真の目的を察知し、また彼の苦悶の理由を見抜いた上で、単刀直入に回答します。
 
イエスは答えました、「永遠の生命を受ける方法はただ一つ、それは律法を守り行うことによってではなく、新しく生まれ変わることによってである」と。
 
「イエスは答えて言われた、『よくよくあなたに言っておく。だれでも新しく生まれなければ、神の国を見ることはできない』」(3章3節)。
 
でも、ニコデモはイエスの言葉の意味を理解するが出来ません。そこで分かった振りをしないで、素朴に質問を致します、「人は年を取ってから、どうやってもう一度生まれることができるのでしょうか」と。
 
「ニコデモは言った、『人は年をとってから生まれることが、どうしてできますか。もう一度、母の胎にはいって生まれることができましょうか』」(3章4節)。
 
 これに対してイエスは、人が年を取ってからであっても、新しく生まれ変わることができる方法、というものを示します。
 イエスは言いました、「それは神の側からの一方的な働きによって実現するのだ」と。
 
「イエスは答えられた、『よくよくあなたに言っておく。だれでも、水と霊とから生まれなければ、神の国にはいることはできない』」(3章5節)。
 
 「霊」(5節)から「生まれ」(同)るということですが、これは「人からではなく、神によって」という意味です。
通常の出産の場合、赤ん坊の方もまた、生ま出ようとしているから生まれるのですが、何といっても産もうとする母親の意思と体の働きが前提です。
 
人が新たに生まれるためには、人の努力や功績ではなく、霊の働きすなわち、神の側からの働きによるのです。「人は神の一方的な働きによって、この世においてもう一度、神の子供として生まれ出ることができるのだ」と、イエスはニコデモに言ったのでした。
 しかし、それは当時のニコデモにとっては、とりわけ彼の聖書理解、神学知識にとっては受け入れ難い言葉でした。
 そこで重ねて問います。
 
「ニコデモはイエスに答えて言った、『どうしてそんなことが有り得ましょうか』」(3章9節)。
 
 確かにそれは、ユダヤ教の教理や一般常識では「あり得」(9節)ないことでした。だからこそイエスは自らの行動、すなわち、十字架に挙げられることによって、人類のための身代わりの犠牲となることにより、また人がそのイエスを救い主として受けれいることによって、誰でも、どんな者でも新しく神の子供になることができる道を開いてくれたのです。
 
「そしてちょうどモーセが荒野でへびをあげたように、人の子もまたあげられなければならない。それは彼を信じる者が、すべて永遠の命を得るあめである」(3章<14節)。
 
 後年、ニコデモと同じく、パリサイ人で律法学者で大サンヒドリンの議員でもあったパウロはこの道、この方法を、「信仰による義」として説きました。
 
「神はこのキリストを立てて、その血による、信仰をもって受くべきあがないの供え物とされた。…こうして、神自らが義となり、さらにイエスを信じる者を義とされるのである」(ローマ人への手紙3章25前半、26節後半 237p)。
 
 永遠の生命を受ける道、神の子供となる条件は、イエスの十字架の身代わりの死によって完璧に整備されました。
 あとはただ一つ、人間の側が、イエスを自らの救い主として個人的に受け入れることだけです。
 
「しかし彼を受け入れた者、すなわち、その名を信じた人々には、彼は神の子となる力を与えたのである」(1章12節)。
 
 まじめな動機から出た求めは、決して裏切られることはありません。まじめな求めには頗(すこぶ)るまじめな答えが神により、イエス・キリストによって用意されているのです。
 
 
3.まじめに求める価値のあるもの、それがイエスの言葉
 
示された道、教えられた真理を即座に受け入れる者もあれば、理解に時間がかかる場合もあります。
とりわけ年齢のいった者、多くの知識を蓄えてきた者にとっては、未知の教えを理解し受け入れるのには時間が必要な場合があります。
 
ニコデモの場合も教理的な整理、点検のためもあってか、イエスの言葉を理解するための時間が必要であったようです。
しかし彼はイエスが語った言葉、イエスから聞いた教えに真摯に取り組み続けました。そして三年の月日が流れ、ついにその日がやってきたのでした。
 
西暦で言えば、三十年四月七日の金曜日の午後三時、死刑囚のイエスはゴルゴタの丘に立てられた十字架の上で、苦悶の果てに息を引き取りました。
 
しかし、三時間後には土曜の安息日が始まってしまいます。安息日が始まってしまえば規定により、埋葬は出来なくなります。イエスの遺体はただちに墓に葬らなければなりませんでした。
 
しかし、ペテロをはじめとする男の弟子たちは、ユダヤ当局を恐れて姿をくらましており、ガリラヤから来た婦人の弟子たちはエルサレムに何の伝手(つて)もなく、途方に暮れるばかりです。
 
そのとき、イエスの遺体の引き取り方を総督ピラトに願って許可を受けたのが、大サンヒドリンの議員のアリマタヤのヨセフでした。
しかも彼は自らのために用意していた新しい墓をイエスのために提供したのでした。
 
しかしまだ不足しているものがあります。埋葬にあたって遺体に塗る香料です。そしてそこに現われたのがあのニコデモだったのです。しかも葬りに必要な大量の香料を用意して。
 
「また、前に、夜、イエスのもとに行ったニコデモも、没薬(もつやく)と沈香(じんこう)とをまぜたものを百斤ほど持ってきた。彼らはイエスの死体を取りおろし、ユダヤの埋葬の習慣にしたがって、香料を入れて亜麻布を巻いた」(19章39、40節 175p)。
 
 ニコデモは十字架のイエスを見、その発言や態度によって、ついに悟ったのです。三年前のあの夜、イエスが語られた永遠の生命の獲得の仕方、神の子として生まれ変わる方法を。
 
アリマタヤのヨセフ同様、ニコデモの行為もまた、ユダヤ最高議会サンヒドリンが有罪とした罪びとイエスに対して、公然と信仰告白をしたも同然のことでした。
 
彼の振る舞いはユダヤ社会全体に大きな衝撃を与えた筈です。その後彼は、議員の身分を返上し、神学校の校長職も辞したことでしょう。
 
しかし、失ったものをはるかに超える多くのもの、大いなる祝福を彼は得たのでした。「これで、いつでも神の前に立つことはできる」という確信を、です。 
 
まじめに求める値打ちのあるもの、それがニコデモにとってのイエスの言葉でした。まじめに求めさえすれば、人は年をとってからでも新しく生まれ変わることができるのです。まじめに求める価値があるもの、それがイエスの言葉です。
 
 日本人の多くは「まじめ」です。そのまじめな日本人が、キリストがその尊い命を懸けて提供してくれる永遠の命には、決して遠くはないのです。
そこに希望があると、私たちは期待もし、神に祈るのです。願わくはひとりでも多くの日本人がニコデモのように、イエスの言葉に耳を傾ける機会を持つことができるようにと。


投稿者 : famillia 投稿日時: 2015-11-22 16:33:24 (680 ヒット)
2015年礼拝説教

15年11月22日 日曜礼拝説教

マタイによる福音書の譬え話 最終回 
 
忠実で思慮深い僕と不忠実な僕の譬えー人生の縮図でも  
ある時間の、賢明な費(つか)い方
 
マタイによる福音書24章44〜51節(新約聖書口語訳41p)

 

はじめに
 
小学校の六年生は算数の時間に、「拡大図と縮図」を学ぶようです。「縮図」を手許の辞典(大辞林)で引いてみますと、「実物を小さくちぢめて写した図面」とあります。
 
「縮図」で思い出すのが、救世軍の山室軍平中将が常に言っていたという、「一日は一年の縮図、一年は一生の縮図」という言葉です。
この言葉は一日を大事にするということが、どんなに大切なことかということを教えてくれます。
 
時間ばかりがあっと言う間に過ぎて、今年もあと一カ月で終わるという時期に来ましたが、「マタイによる福音書の譬え話し」の最終回は、一日一日を大事にした人と、一日一日を蔑(ないがしろ)にして一生を棒に振ってしまった人についての譬えです。
 
そこで今週の説教のタイトルは、牧師自身の反省も踏まえて、「人生の縮図でもある時間の賢明な費(つか)い方」としました。
 
タイトルの文言を「使い方」とせずに、「費い方」としましたのは、「時は金なり」という格言にもありますように、時間というものは無駄に費(つい)やすこともあれば、賢く費やすこともあるからです。
 
一度しかない人生です。もとより凡人である私たちには、悔いのない人生を生きることは不可能かも知れません。
しかしそうであっても、悔いの少ない人生を生きることは可能です。一生の縮図である一日を賢く生きることを通して、意義深い人生を送ることは、今からであっても可能です。

 
1.神の良き管理人として、委ねられた時間を意義深く生かすことが大事
 
   
 
         
  今週の説教の最初のポイントは、「神の良き管理人とて、委ねら
た時間を意義深く生かす」 です。最初に、マタイによる福音書の二
四章を、少し長めの箇所すが一緒にお読みしたいと思います。
 
「だから、あなたがたも用意していなさい。思いがけない時に人の子が来るからである。主人がその家の僕たちの上に立てて、時に応じて食物をそなえさせる忠実な思慮深い僕は、いったい、誰であろう。主人が帰ってきたとき、そのようにつとめているのを見られる僕は、さいわいである。よく言っておくが、主人は彼を立てて自分の全財産を管理させるであろう。もしそれが悪い僕であって、自分の主人の帰りがおそいと心の中で思い、その僕仲間をたたきはじめ、また酒飲み仲間と一緒に食べたり飲んだりしているなら、その僕の主人は思いがけない日、気がつかない時に帰ってきて、彼を厳罰に処し、偽善者たちと同じ目にあわせるであろう。彼はそこで泣き叫んだり、歯がみしたりするであろう」(マタイによる福音書24章44〜51節 新約聖書口語訳41p)。
 
 「主人がその家の僕たちの上に立てて」(45節)いる「僕」(同)とは、下働きの使用人たちの上司の立場にいる者を指します。つまり、責任のある立場に着いている者のことですが、この譬えは指導者や責任者だけを対象にしたものではありません。
 
 人生においては、どんな人でも責任のある立場に着いていると言えるからです。新規に就職した者であっても、就職した瞬間から、その務めと職場に対して、一定の責任を持つことになります。
そしてどんな人であっても人であるならば、天の神に対して責任があります。人と神との関係は将に、「僕」(45節)と「主人」(同)の関係だからです。
 
「僕」は自分の「主人」に対して、任せられたものを管理し、これを正しく使用する責任があります。とりわけ人には、神から委ねられた時間というものを大事に、かつ有効に管理するという責任があります。
 
時間は人の所有物ではありません。神から管理を委ねられたもの、しかも有効に使うよう、費やすようにとそれぞれに任されたもの、それが時間です。
 
この譬えの中の「忠実な思慮深い僕」(45節)は、主人のいない留守の間も陰日向なく働いて、下働きの使用人たちの世話をします(同)。
 
しかし「悪い僕」(48節)はまだまだ「主人の帰りはおそいと心の中で思い」(同)、下働きの使用人たちを虐待するは、仲間を集めて宴会するは、などしますが(49節)、まさにその「日」(50節)その「時」(同)、突如、「主人」(同)が帰ってきて、あわてふためくということになります。
 
この「悪い僕」(48節)の脳内にあったのは、「時間はまだまだ十分にある」という考えでした。
 
ウィリアム・どうバークレーの註解書で読んだのどうか、記憶が定かでないのですが、こんな話があります。
 
修行中の見習いの悪魔たちに、悪魔の頭であるサタンが、「人間を誘惑して、その人の人生を台無しにする」という方法を問うた。第一の悪魔は言った、「私は人間に、『神などはいないのだ』という考えを吹き込みます」サタンは答えた、「ダメだ、そんなことでは人間を騙すことは出来ない。神が存在することは、まともな人間ならば誰もが知っている」二番目の悪魔が言った、「私は、『地獄などは実在しない』と言って、人間を油断させます」サタンは言った、「それもダメだ、罪を犯した者が地獄に行くということは、子供でも知っている」と。そこで三番目の悪魔が言った、「私は人間に、『神は実在する、地獄も存在する、しかしまだ時間がある、急ぐ必要はない』」と言います」その時サタンは満足げに破顔一笑し、三番目の悪魔に言った、「合格だ、お前は大勢の人間を堕落させることができる。人間世界に出て行って、『まだ時間はある、十分にある』と耳元で囁け」と。
 
「まだまだ時間は残っている、十分にある」と多くの人が考えています。何の根拠があるわけでもなく、ただ自らの期待を込めて「主人の帰りがおそいと心の中で思」(48節)うということは、人に対して神が委ねている時間というものを、自分勝手にしているということの証左です。
 
「忠実な思慮深い僕」(45節)とは、主人がたとい、「思いがけない日、気がつかない時に帰ってき」(50節)たとしても、あわてず騒がず、「ご主人さま、お帰りなさいませ」と出迎えることのできる僕のことです。
 
そのように、人間の主人であるイエス・キリストが突如、天から戻ってくることがあったとしても、「主よ、お帰りなさい」と、心安んじて迎える「良き管理人」でありたいと思います。

 

2.神の良き管理人として、与えられた務めを忠実に果たすことが大事
 
神の僕、神の管理人には時間と共にもう一つ、神から委ねられたものがあるのですが、それが「務め」というものです。具体的には主人の留守の間、下働きの使用人たちと共に主人の家を管理し、下働きの使用人たちの面倒を見る、というものです。
 
「忠実な思慮深い僕は」(45節)主人がいなくても、あるいは不在であるからこそ忠実に委ねられた職務に勤しんだのでした。
 
一方、「悪い僕」(48節)の方はと言いますと、主人がいないことをいいことに、家を治める職務を放棄して、あたかも自分が主人であるかのように、我が物顔に振る舞っていたのでした。
 
そしてそれらの結果は明らかでした。主人が突如帰宅した時、「忠実な僕」(45節)の常に変わらぬ振る舞いを見た主人は、彼を家全体の管理者に取り立てて、栄光ある大きな務めを委ねます。
 
しかし、主人の不在をいいことにして自分の務めを怠った「悪い僕」(48節)には、厳罰が下されます。
つまり、神の国の外で「泣き叫んだり、歯がみをしたりする」(51節)という惨めな結果を、自らが招いてしまうのです。
 
どのような人にもなすべき「務め」があります。神は人それぞれに務めを与えると共に、務めを果たすために必要な賜物を与えておられます。
時間も体も含めて、人生は神からの借り物です。
 
人は誰もがある時、「主人」(50節)である神の前に出ていって、委ねられた「賜物」をどのように使用したのか、任された「務め」をどのように果たしたのかを報告しなければなりません。
神はその報告に基づいて評価を下されますが、これを聖書は「神の審き」と言います。
 
「審き」と言いますと、思い浮かぶのは刑罰ということですが、「審き」という言葉自体は、「評価する、判断する」という意味であって、神の務めに対して忠実であった者には結果として豊かな報いが、そして不忠実であった者には結果として、悲しい報いが下されます。
 
「なぜなら、わたしたちは皆、キリストのさばきの座の前にあらわれ、善であれ、悪であれ、自分の行ったことに応じて、それぞれ報いを受けねばならないからである」(コリント人への第二の手紙5章10節 282p)。
 
 なお、口語訳が「自分の行ったこと」(10節)と訳した箇所は、原文には「肉体において」というギリシャ語があります。
 そこを直訳すれば、「(人は)肉体において自分の行ったことに応じて」となります。つまり、「審き」の査定対象は、人間の現世での生活、行動、生き方すべてです。
 
 私たちは現在、置かれている職場においては、誠実に仕事に励むことが大切です。
 
学生や生徒、児童は本分である勉学や運動を通しての成長を図ることが大事です。
 
育児は母親だけの仕事ではありません。夫は側面から妻の働きを支えて、家庭の形成に努めることが求められます。
 
キリスト信徒にとり、教会生活において、時間もまた神から委ねられたものという理解のもと、委ねられた賜物を用いて出来る範囲で奉仕に打ち込み、礼拝出席にも励むことが求められています。
 
そうしていつの日にか、主人であるキリストが天から帰って来られた時に、忠実な生き方を見てもらえる人は幸いです。
 
「主人が帰ってきたとき、そのようにつとめているのを見られる僕は、さいわいである」(24章46節)。

 

3.神の良き管理人であるために、よい習慣を意識的に身につけることが大事
 
 「忠実な思慮深い僕」(45節)と「悪い僕」(48節)との違いはどこにあるのかと言いますと、一つはその性格にあるとも言えます。
 
つまり前者はもともとが真面目な性格で、後者はいい加減な性格の持ち主であったということが考えられます。
 
そういう意味では、後者にはハンディがあると言えなくはありません。しかし、それは言い訳にはなりません。
生まれつきの性格は矯正が可能だからです。
どのようにしてかと言いますと、聖霊なる神の助けとご支配とを求めつつ、意識的に日常の習慣を変えるように努めることによって、です。
 
以前もご紹介しましたが、十九世紀に英国において、「孤児の父」として慈善活動と宣教活動に邁進したジョージ・ミュラーこそ、悪しき性格が良き習慣によって造り変えられた人物といえるでしょう。
 
 ジョージ・ミュラーの生涯を書いた伝記で、最良のものはピアソンという人が書いたものだと、勝手に思っているのですが、ピアソンはその著書の中で、習慣について言及します。
 
習慣というものは、その人の本来の姿を示し、またその 人をつくり上げるものである。それは歴史的であり、また預言的である。その人のありのままを映す鏡であり、将来その人がどのようになるかを示す鋳型である(A・T・ピアソン著「信仰に生き抜いた人 ジョージ・ミュラー その生涯と事業」126p いのちのことば社)。
 
ピアソンは言います、習慣とは性格を含めての「その人の本来の姿を示」すものだと。ですからたとえば、今の時点で時間や約束にルーズは人は、それは子供の頃からそうだった、というわけです。
それが「歴史的であり、…ありのままを映す鏡である」という意味です。
 
しかも、それは(習慣は)将来に向かって「その人をつくり上げるものである」ということは、大人になり、高齢になってもやはり時間や約束にルーズになるということを意味します。
つまり、「預言的である」というのです。
 
ですからもしも今の「習慣というもの」が「その人をつくり上げるものである」とするならば、気がついた時点で自分の短所を意識し、その上で意識的によい習慣を身につけるように努力すれば、その習慣が本来の性格を修正し、よいものを生み出す、よい特質を持った人に「つくり上げ」られることが可能になるというわけです。
 
生まれつきの性格が人生を左右することは事実です。
しかし、性格は、人が願うならば変えられる。そしてそれを実際に証明した人物が、この伝記の主人公のジョージ・ミュラーでした。
 
後年のミュラー牧師を知る人には想像不能なのですが、ミュラーという少年は、十代の頃、感性や感情、そして良心そのものが麻痺したような性格の人物でした。
十四歳のジョ―ジ・ミュラーは、彼の母親が死の床にあった夜、酒に酔って街中をよろめきながら歩いていたそうです。
 
また十五歳の時には、教会での信仰告白式を受ける為に父親から預かった献金をくすねごまかした末に、教会員となっています。
 
十六歳の時には牢獄にも入ったという、まさに箸にも棒にもかからない札付きの悪でした。
しかしジョージ・ミュラーが二十歳の時、彼は聖書との出会いによって回心を経験します。そして変えられていき、やがて牧師になります。
 
しかもみなしごに対しての関心から、地元の英国は元より、単純な祈りと信仰を支えに、家庭に恵まれない「孤児たちの父」となり、世界に影響力を与える人物となりました。
 
人は変わります。習慣によって、良くもなれば悪くもなってしまいます。人は変わります。もって生まれた性格も、修正は可能です。
よい習慣が身につけば、その習慣が第二の性格を形成してくれるのです。
 
「一日は一年の縮図、一年は一生の縮図」です。だからこそ、人生の営みの初めの日曜日を、神との交わりという貴重な体験に費やす時間として聖別する日曜礼拝は、人生を変える機会となるのです。
性格は変わります。変化を望めさえすれば、人はたとい徐々にではあっても、変わります。そのことを確信していて、コリントの集会を励ましたのが、使徒のパウロでした。
 コリント集会への書簡の一節を読んで、ご一緒に祈りましょう。
 
 
「だれでもキリストにあるならば、その人は新しく造られたものである。古いものは過ぎ去った、見よ、すべてが新しくなったのである」(コリント人への第二の手紙5章17節 283p)。


投稿者 : famillia 投稿日時: 2015-11-15 16:57:47 (621 ヒット)
2015年礼拝説教

15年11月15日 日曜礼拝説教
 

壊れかけていた燭台は修理、再生され、消えかかっていた灯心は赫々(あかあか)と周りを照らし出す
 
マタイによる福音書12章18〜21節(新約口語訳18p)

 

はじめに
 
先週11日の水曜日、三菱航空機が開発した国産の小型ジェット旅客機「MRJ(三菱リージョナルジェット)」が名古屋空港を飛び立ち、初飛行に成功したというニュースが報道されました。
 
航空機は使用する部品数が二百から三百万個と、自動車の百倍ほどもあるそうで、国産化は日本の基幹産業としての発展と経済成長において、大きなインパクトを与えるものと期待されます。しかし私はそれ以上に、ともすれば自虐的な自己理解に陥りがちな日本人にとって、失っていた自信と誇りを取り戻す契機になるのではないかと思っています。
 
日本の航空機開発は当初、フランス等欧米の技術に負うところがありましたが、百田尚樹の「永遠の0(ゼロ)」(講談社)や、堀越二郎の「零戦 その誕生と栄光の記録」(角川書店)でも有名なゼロ戦(艦上零式戦闘機)をはじめとする、日本が生み出した数々の戦闘機は、太平洋戦争(大東亜戦争)の初期・中期には、米軍が手も足も出ないほどの世界最強の名を欲しいままにしました。
 
この日本の卓抜した航空機製造技術に恐れをなした米国は戦後、日本がそれまでに製造した戦闘機すべての破壊そして、航空機メーカーの解体、設計図、資料の破棄、没収を実施し、日本人による航空機の開発、研究、実験を全面禁止してしまいました。
 
これが解除されたのは戦後十一年の一九五六年でしたが、その六年後、日本人によるプロペラ航空機「YS−11」が完成します。
しかしそれ以後、米国の圧力もあって、国産航空機、特にジェット機の開発は日の目を見ることがありませんでした。
そしてプロペラ機「YS−11」の完成から約五十年という時を経て、国産のジェット旅客機がついに日本の空を飛んだのでした。
 
敗戦後の日本人は、GHQの七年にわたる占領政策「WGIP(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)」によって過度の罪悪感を植え付けられ、誇りを失っただけでなく自虐的になり、それは恰も、壊れた燭台、消えかけの蝋燭(ろうそく)のように、精神的には気息奄々(きそくえんえん)たる状態に陥っておりました。
戦後七十年、よくぞ立ち直ったものだと思います。
 
確かに過信は問題です。しかし、必要以上の自信喪失もそれ以上に問題であるといえます。
ところで今日十一月十五日は、日本の大切な伝統行事である「七五三」の日でもあります。
私たちの教会でもこの行事の趣旨を生かす意味において、子供たちの健やかな成長を祈願する「子供祝福式」を毎年、日曜礼拝の中で行っております。
 
ところで子供はいつも親をはじめとする大人の姿を見ております。そして大人が元気ならば子供も元気であり、大人がしょげていますと子供も元気が無くなってしまいます。
そういう意味からも、親を含めた私たち大人は、元気溌剌とした日々を送りたいものです。
 
そこで今週は「マタイによる福音書の譬え話し」を一回休んで、イエスが引用した預言書のイザヤ書四十二章から、イエス・キリストこそが私たちにとって、癒しと再生をもたらす希望の救世主であることを確認したいと思います。

 

1.壊れかけの燭台、消えかかった燈芯のような、希望なき者
 
「勝って兜(かぶと)の緒(お)を締めよ」と言います。「勝って驕(おご)らず、負けて腐らず」とも言います。しかし有為転変の世の中、人もまた変わり、中には誇りを失って地に這いつくばるような状況に陥るような場合もあります。
 
実は古代ユダヤ人も紀元前六世紀、バビロン捕囚という民族的、国家的試練に直面し、どん底の気分の中におりました。
そんな時、神がユダヤの解放者として立てた器がペルシャ王クロス(キュロス)でした。このクロスを念頭に置いたと見られる第二イザヤの預言、イザヤ書四十二章を自らに当て嵌めて引用したのがイエスでした。
 
「これは預言者イザヤの言った言葉が、成就するためである、『見よ、わたしが選んだ僕、わたしの心にかなう、愛する者。わたしは彼にわたしの霊を授け、そして彼は正義を異邦人に宣べ伝えるであろう』」(マタイによる福音書12章17、18節 新約聖書口語訳18p)。
 
 この「僕」(18節)を選民イスラエルとする解釈もありますが、前後の記述と歴史の経過から、これをクロス王とするのが妥当でしょう。そしてこの預言は究極的には時代を越えて西暦三十年、ナザレのイエスにおいて完全に成就したのでした。バビロン捕囚時代、ユダヤの民は自信喪失と悔恨、悲哀と失望のただ中におりました。それはまさに壊れかけの燭台、消えかかっている燈心のような状態であったのでした。
 
「彼が正義に勝ちを得させる時まで、いためられた葦を折ることがなく、煙っている燈心を消すこともない」(12章20節)。
 
 ここに「いためられた葦」(20節)が登場します。
  この「いためられた葦」とは何か、ということですが、旧約学者の故左近淑(さこん きよし)元東京神学大学学長はこれを、燭台柱を意味するとしています(左近 淑著「混沌への光」166p ヨルダン社)
「『葦』は出エジプト記二五・三一、三二などでは燭台の支柱や枝を指す。それをとると詩の平行がより明瞭になると思われる(同)からだそうです。
 
私もこの人の説教集を読むまでは、「葦」(20節)はナイル川の川べりなどに生える植物の葦だとばかり思い込んでおりました。
パスカルの「人間は考える葦である」という、あの有名な「パンセ」の文言も、「葦」が植物の「葦」だと思い込んでいたからこその発想だと思われますが、この「葦」がエルサレム神殿に設置された七枝の「燭台の支柱や枝」(左近)を意味したのであれば、次の「煙っている燈心」(20節)とのつながり、関連性がはっきりとします。
 
壊れかけの燭台柱、煙っていて今にも消えそうな燈心は、役に立たないものの代表例といえます。そして、捕囚期のユダヤ人たちは神を証しする選民でありながら、無用の存在である壊れかけの燭台、消えそうな燈心に譬えられる存在になってしまっていたのでした。
 
翻って我とわが身を省みれば、「自分は折れかけた燭台柱、また燭台の傷んだ枝、周囲を照らすこともなく、燻(くす)ぶってしまっている燈心のような希望の無い存在だ」と思ってしまった時期があるかも知れませんし、ひょっとするとそれが今の気持ちかも知れません。
 
しかし今日、そのような自覚のある者にとっての朗報が、時代を超えて響きわたります。それが、メシヤは「いためられた葦を折ることがなく、煙っている燈心を消すこともない」(20節)という聖書の御言葉です。
 
 
2.壊れかけの燭台を無用なものとして壊さず、消えかかった燈芯を消すことのない神の僕キリスト
 
随分前ですが、「燃え尽き症候群」という言葉が流行りました。英語では「バーンアウト・シンドローム」です。
でも、この言葉が巷で聞かれなくなったからと言って、この症状自体が消えたわけではありません。それどころか、深く静かに定着していると言ってよいのかも知れません。
 
男女共同参画社会の実現とやらが叫ばれて何年も経ちました。しかし、数年前のこと、スーザン・ビンカーという女性が書いた、「なぜ女は昇進を拒むのか」という本が出版されました。
タイトルに惹かれて読んでみましたが、要は「男性と女性では脳の仕組みが違うので、女性は昇進を望まない。昇進は女性に過大なストレスをもたらし、まじめな女性ほど、内側から壊れてしまいかねないからだ」ということだと思います。
真面目な女性には、職務に伴なう責任の重さがプレッシャーとなって、昇進を拒むのだというわけです。
 
冒頭に申し上げました。今日十一月十五日は七五三の祝いの日です。でも、子を持ってから子育ての重圧に圧し潰れそうになって、育児ノイローゼになりかける人が年々、増えているようです。
そして重圧に圧し潰されてしまった場合、次に来るのが「自分は無用なのだ」という自己卑下の念です。
 
表面は何事もなく仕事を続け、何ごともなく日常生活を送っているようでも、内面は戦いの連続で、「自分は壊れかけの燭台のようなものだ、周囲を明るく照らすべき使命を与えられながら、消えかかっている、燻ぶっている」と、まじめな性格の人ほど、自らを責めがちになることがあります。
しかし、神は言われます、「わたしが選んだ僕」(18節)に「望みを置」け、と。
 
「彼が正義を得させる時まで、いためられた葦を折ることなく、煙っている燈心を消すこともない。異邦人は彼の名に望みを置くであろう」(12章20、21節)。
 
 「望みを置く」(21節)という「彼の名」(同)とは誰の「名」なのか、それはイエス・キリストの「名」です。キリストであるイエスこそ、人類の「望み」(同)であり、選民にあらざる「異邦人」(21節)が持つことのできる「望み」、打ちひしがれた者にとっての究極の「望み」なのです。
  イエス・キリストは「壊れかけた燭台」のような者を、壊れかかっているからといって見捨てることはなさいません。
 
また、「燻ぶっている燈心」を用済みであるとして、消してしまうようなお方ではないのです。
イエスはどんな「いためられた葦」(20節)つまり「壊れかけた燭台」をも決して「折ることがなく」(同)、また「煙っている燈心を消すこともない」(同)お方です。
だからこそ、ユダヤ教からキリスト教に改宗したものの、打ち続く苦難の中でユダヤ教に復帰するかどうかで悩んでいたユダヤ人キリスト者たちに向かって、書簡の著者が強調したことは、「神はあなたがたを決して見捨てたりはしない」という事実でした。
 
「主は、『わたしは、決してあなたを離れず、あなたを捨てない』と言われた」(ヘブル人への手紙13章5節後半 358p)。
 
たとい人が自分自身を見限ったとしても、イエス・キリストは決して見限らず、また、見捨てたりはしないのです。
 
 
3.壊れかけた燭台のような者は修理、再生され、消えかかっていた燈芯もまた、赫々(あかあか)と周りを照らし出す
 
 では、見捨てられないだけか、と言いますと、そうではありません。「折ることがなく、…消すこともない」(20節)ということは、壊れかけた燭台を名工が修理して瑕(きず)のない状態に戻すように、壊れかけた燭台のような者も、キリストによって修繕され再生されて、本来の働きを、神に与えられている役割をしっかりと果たすことができるようになるのです。 
 
  消えかかっていた燈心もまた然りです。本来の目的である灯りとして、周囲を明るく照らす燈心として手入れされるように、消えかけている燈心のような者も、キリストによって赫々(あかあか)と燃えやれ、暗い周囲、希望のない世界を明るく照らし出す使命に復帰することができるようにされるのです。
 
 その具体例がイエスの一番弟子のシモン・ペテロでしょう。ゲッセマネの園でイエスが、神殿警備の兵士たちによって捕縛される直前、「他の弟子たちがあなたを見捨てたとしても、私はあなたを見捨てはしません」と、イエスに向かって彼は言い切りました。実際、その時は確かにそう思っていたのです。
 
   しかし、そのペテロはイエスの裁判が行われている大祭司の官邸で、中庭から裁判の様子を見つつ、附近の者から、「あなたはイエスの弟子だろう」と指摘されると、「いや、違う」と言下に否定をしてしまいます。
 
「シモン・ペテロは、立って火にあたっていた。すると人々が彼に言った、『あなたも、あの人の弟子のひとりではないか』。彼はそれを打ち消して、『いや、そうではない』と言った」(ヨハネによる福音書18章25節)。
 
 やがてユダヤの法廷で有罪を、そしてローマの法廷で十字架刑を宣告されたイエスは、されこうべを意味するゴルゴタという刑場に連行され、そこで処刑されてしまうのですが、生前の予告通り、三日目に墓から復活し、その復活の姿を弟子たちに示します。でも、ペテロは以前のように胸を張って、「自分はイエスの弟子だ」とは名乗れることはできなくなっていました。
そして仲間たちに向かって「わしは漁に行く」と言います。
 
「シモン・ペテロは彼らに、『わたしは漁に行くのだ』と言うと、彼らは『わたしたちも一緒に行こう』と言った」(ヨハネによる福音書21章3節前半 177p)。
 
 「わたしは漁に行くのだ」(3節)というのは、気分転換に魚を釣りに舟を出す、という意味などではありません。これは、「弟子をやめる、自分には弟子の資格は無い、元の猟師に戻るのだ」という告白を意味するものだったのです。
彼は自分自身の存在自体が壊れかけており、その信仰自体、燻ぶって消えかけていたのでした。しかし、意気消沈している彼の前に復活のイエスが現われ、声をかけるのです。
 
「イエスは彼に『わたしの小羊を養いなさい』と言われた」(21章15節後半)
 
 それは落ちこぼれのシモンに対する、思いもかけない再びの招きでした。こうして失敗者シモン・ペテロは再生と癒しの中へと導かれていったのでした.
 
長い人生、責任の重さに圧し潰れそうになる時があるかも知れません。挫折の経験に心が折れそうになってしまう場合があるかも知れません。
そんな時、あなたのために「神が選んだ僕」(マタイ12:18)イエスに思いを向けて、祈りの手をあげてみてください。神が選び遣わされたイエスは、壊れかけている燭台やその枝を修理、再生し、消えかけている燈心を再び燃え上がらせてくださるお方なのです。


投稿者 : famillia 投稿日時: 2015-11-15 16:21:00 (504 ヒット)
2015年礼拝説教

15年11月15日 日曜礼拝説教

壊れかけていた燭台は修理、再生され、消えかかっていた灯心は赫々(あかあか)と周りを照らし出す

マタイによる福音書12章18〜21節(新約口語訳18p)

 

はじめに
 
先週11日の水曜日、三菱航空機が開発した国産の小型ジェット旅客機「MRJ(三菱リージョナルジェット)」が、名古屋空港を飛び立ち、初飛行に成功した、というニュースが報道されました。
 
航空機は使用する部品数が二百から三百万個と、自動車の百倍ほどもあるそうで、その航空機の国産化は日本の基幹産業としての発展と経済成長において、大きなインパクトを与えるものと期待されます。しかし私はそれ以上に、ともすれば自虐的な自己理解に陥りがちな日本人にとって、失っていた誇り、自信を取り戻す契機になるのではないかと思っています。
 
日本の航空機開発は当初、フランス等欧米の技術に負うところがありましたが、百田尚樹の「永遠の0(ゼロ)」(講談社)や、堀越二郎の「零戦 その誕生と栄光の記録」(角川書店)でも有名なゼロ戦(艦上零式戦闘機)をはじめとする、日本が生み出した数々の戦闘機は、太平洋戦争(大東亜戦争)の初期・中期には、米軍が手も足も出ないほどの世界最強の名を欲しいままにしました。
 
この日本の卓抜した航空機製造技術に恐れをなした米国は戦後、日本がそれまでに製造した戦闘機すべての破壊そして、航空機メーカーの解体、設計図、資料の破棄、没収を実施し、日本人による航空機の開発、研究、実験を全面禁止してしまいました。
 
これが解除されたのは戦後十一年の一九五六年でしたが、その六年後、日本人によるプロペラ航空機「YS−11」が完成します。しかしそれ以後、米国の圧力もあって、国産航空機、特にジェット機の開発は日の目を見ることがありませんでした。
 
そしてプロペラ機「YS−11」の完成から約五十年という時を経て、国産のジェット旅客機がついに日本の空を飛んだのでした。
 
敗戦後の日本人はGHQの七年にわたる占領政策「WGIP(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)」によって過度の罪悪感を植え付けられ、誇りを失っただけでなく自虐的になり、それは恰も、壊れた燭台、消えかけの蝋燭(ろうそく)のように、精神的には気息奄々(きそくえんえん)たる状態に陥っておりました。
戦後七十年、よくぞ立ち直ったものだと思います。
 
過信は問題です。しかし、必要以上の自信喪失もそれ以上に問題であるといえます。
ところで今日十一月十五日は、日本の大切な伝統行事である「七五三」の日でもあります。
そこで私たちの教会でも毎年この時期には、子供たちの健やかな成長を祈願する「子供祝福式」を礼拝の中で行っているのですが、子供はいつも親をはじめとする大人の姿を見ております。
そして大人が元気ならば子供も元気であり、大人がしょげていますと子供も元気が無くなってしまいます。
 
そういう意味からも、親を含めた私たち大人は、元気溌剌とした日々を送らなければなりません。
そこで今週は「マタイによる福音書の譬え話し」を一回休んで、イエスが引用した預言書のイザヤ書四十二章から、イエス・キリストこそが私たちにとって、癒しと再生をもたらす希望の救世主であることを確認したいと思います。
 
 
1.壊れかけの燭台、消えかかった燈芯のような、希望なき者
 
「勝って兜(かぶと)の緒(お)を締めよ」と言います。「勝って驕(おご)らず、負けて腐らず」とも言います。
しかし有為転変の世の中、人もまた変わり、中には誇りを失って地に這いつくばるような状況に陥るような場合もあります。
 
実は古代ユダヤ人も紀元前六世紀、バビロン捕囚という民族的、国家的試練に直面し、どん底の気分の中におりました。
そんな時、神が囚われのユダヤ人の解放者として立てた器がペルシャ王クロス(キュロス)でした。
 
このクロスを念頭に置いたと見られる第二イザヤの預言、イザヤ書四十二章を自らに当て嵌めて引用したのがイエスでした。
 
「これは預言者イザヤの言った言葉が、成就するためである、『見よ、わたしが選んだ僕、わたしの心にかなう、愛する者。わたしは彼にわたしの霊を授け、そして彼は正義を異邦人に宣べ伝えるであろう』」(マタイによる福音書12章17、18節 新約聖書口語訳18p)。
 
 この「僕」(18節)を選民イスラエルとする解釈もありますが、前後の記述と歴史の経過から、これをクロス王とするのが妥当でしょう。
そしてこの預言は究極的には時代を越えて西暦三十年、ナザレのイエスにおいて完全に成就したのでした。
 
バビロン捕囚の時代、ユダヤの民は自信喪失と悔恨、悲哀と失望のただ中におりました。それはまさに壊れかけの燭台、消えかかっている燈心のような状態であったのでした。
 
彼が正義に勝ちを得させる時まで、いためられた葦を折ることがなく、煙っている燈心を消すこともない」(12章20節)。
 
 ここに「いためられた葦」(20節)が登場します。この「いためられた葦」とは何か、ということですが、旧約学者の故左近淑(さこん きよし)元東京神学大学学長はこれを、燭台柱を意味するとしています(左近 淑著「混沌への光」166p ヨルダン社)
「『葦』は出エジプト記二五・三一、三二などでは燭台の支柱や枝を指す。それをとると詩の平行がより明瞭になると思われる(同)からだそうです。
 
私もこの方の説教集を読むまでは、「葦」(20節)はナイル川の川べりなどに生える植物の葦だとばかり思い込んでおりました。
パスカルの「人間は考える葦である」という、あの有名な「パンセ」の文言も、「葦」が植物の「葦」だと思い込んでいたからこその発想だと思われますが、この「葦」が燭台を意味したのであれば、次の「煙っている燈心」(20節)とのつながり、関連性がはっきりとします。
 
ところで壊れかけの燭台、煙っていて今にも消えそうな燈心は、役に立たないものの代表例といえます。
そして、捕囚期のユダヤ人たちは神を証しする選民でありながら、無用の存在である壊れかけの燭台、消えそうな燈心に譬えられる存在になってしまっていたのでした。
 
翻って我とわが身を省みれば、「自分は折れかけた燭台柱、燭台の傷んだ枝だ、周囲を照らすこともなく、燻(くす)ぶってしまっている燈心のような希望の無い存在だ」と思ってしまった時期があるかも知れませんし、ひょっとするとそれが今の気持ちかも知れません。
 
しかし今日、そのような自覚のある者にとっての朗報が、時代を超えて響きわたります。それが、メシヤは「いためられた葦を折ることがなく、煙っている燈心を消すこともない」(20節)という聖書の御言葉です。
 
 
2.壊れかけの燭台を無用なものとして壊さず、消えかかった燈芯を消すことのない神の僕キリスト
 
随分前ですが、「燃え尽き症候群」という言葉が流行りました。英語では「バーンアウト・シンドローム」です。
でも、この言葉が巷で聞かれなくなったからと言って、この症状自体が消えたわけではありません。
それどころか、深く静かに定着していると言ってよいのかも知れません。
 
男女共同参画社会の実現とやらが叫ばれて何年も経ちました。しかし、数年前のこと、スーザン・ビンカーという女性が書いた、「なぜ女は昇進を拒むのか」という本が出版されました。
タイトルに惹かれて読んでみましたが、要は「男性と女性では脳の仕組みが違うので、女性は昇進を望まない。昇進は女性に過大なストレスをもたらし、まじめな女性ほど、内側から壊れてしまいかねないからだ」ということだと思います。
真面目な女性には、職務に伴なう責任の重さがプレッシャーとなって、昇進を拒むのだというわけです。
 
冒頭に申し上げました。今日十一月十五日は七五三の祝いの日です。でも、子を持ってから子育ての重圧に圧し潰れそうになって、育児ノイローゼになりかける人が年々、増えているようです。
そして重圧に圧し潰されてしまった場合、次に来るのが「自分は無用なのだ」という自己卑下の念です。
 
表面は何事もなく仕事を続け、何ごともなく日常生活を送っているようでも、内面は戦いの連続で、「自分は壊れかけの燭台のようなものだ、周囲を明るく照らすべき使命を与えられながら、消えかかっている、燻ぶっている」と、まじめな性格の人ほど、自らを責めがちになることがあります。
 
しかし、神は言われます、「わたしが選んだ僕」(18節)に「望みを置」け、と。
 
「彼が正義を得させる時まで、いためられた葦を折ることなく、煙っている燈心を消すこともない。異邦人は彼の名に望みを置くであろう」(12章20、21節)。
 
「望みを置く」(21節)という「彼の名」(同)とは誰の「名」なのか、それはイエス・キリストの「名」です。
キリストであるイエスこそ、人類の「望み」(同)であり、選民にあらざる「異邦人」(21節)が持つことのできる「望み」、打ちひしがれた者にとっての究極の「望み」なのです。
 
イエス・キリストは「壊れかけた燭台」のような者を、壊れかかっているからといって見捨てることはなさいません。
 
また、「燻ぶっている燈心」を用済みであるとして、消してしまうようなお方ではないのです。
イエスはどんな「いためられた葦」(20節)つまり「壊れかけた燭台」をも決して「折ることがなく」(同)、また「煙っている燈心を消すこともない」(同)お方です。
 
 
だからこそ、ユダヤ教からキリスト教に改宗したものの、打ち続く苦難の中でユダヤ教に復帰するかどうかで悩んでいたユダヤ人キリスト者たちに向かって、書簡の著者が強調したことは、「神はあなたがたを決して見捨てたりはしない」という事実でした。
 
「主は、『わたしは、決してあなたを離れず、あなたを捨てない』と言われた」(ヘブル人への手紙13章5節後半 358p)。
 
たとい人が自分自身を見限ったとしても、イエス・キリストは決して見限らず、また、見捨てたりはしないのです。

 

3.壊れかけた燭台のような者は修理、再生され、消えかかっていた燈芯もまた、赫々(あかあか)と周りを照らし出す
 
 では、見捨てられないだけか、と言いますと、そうではありません。「折ることがなく、…消すこともない」(20節)ということは、壊れかけた燭台を名工が修理して瑕(きず)のない状態に戻すように、壊れかけた燭台のような者も、キリストによって修繕され再生されて、本来の働きを、神に与えられている役割をしっかりと果たすことができるようになるのです。 
 
 消えかかっていた燈心もまた然りです。本来の目的である灯りとして、周囲を明るく照らす燈心として手入れされるように、消えかけている燈心のような者も、キリストによって赫々(あかあか)と燃えやれ、暗い周囲、希望のない世界を明るく照らし出す使命に復帰することができるようにされるのです。
 
 その具体例がイエスの一番弟子のシモン・ペテロでしょう。
 ゲッセマネの園でイエスが、神殿警備の兵士たちによって捕縛される直前、「他の弟子たちがあなたを見捨てたとしても、私はあなたを見捨てはしません」と、イエスに向かって彼は言い切りました。
 
 
 実際、その時は確かにそう思っていたのです。しかし、そのペテロはイエスの裁判が行われている大祭司の官邸で、中庭から裁判の様子を見つつ、附近の者から、「あなたはイエスの弟子だろう」と指摘されると、「いや、違う」と言下に否定をしてしまいます。
 
「シモン・ペテロは。立って火にあたっていた。すると人々が彼に言った、『あなたも、あの人の弟子のひとりではないか』。彼はそれを打ち消して、『いや、そうではない』と言った」(ヨハネによる福音書18章25節)。
 
 やがてユダヤの法廷で有罪を、そしてローマの法廷で十字架刑を宣告されたイエスは、されこうべを意味するゴルゴタという刑場に連行され、そこで処刑されてしまうのですが、生前の予告通り、三日目に墓から復活し、その復活の姿を弟子たちに示します。
 
 でも、ペテロは鬱々として楽しまず、以前のように胸を張って、「自分はイエスの弟子だ」とは名乗れることはできなくなっていました。
そして仲間たちに向かって「わしは漁に行く」と言います。
 
「シモン・ペテロは彼らに、『わたしは漁に行くのだ』と言うと、彼らは『わたしたちも一緒に行こう』と言った」(ヨハネによる福音書21章3節前半)。
 
 「わたしは漁に行くのだ」(3節)というのは、気分転換に魚を釣りに舟を出す、という意味などではありません。
これは、「主の弟子をやめる、自分には弟子の資格は無い、だから元の猟師に戻るのだ」という告白を意味するものだったのです。
 
彼は自分自身の存在が壊れかけており、その信仰自体、燻ぶって消えかけていたのでした。
しかし、意気消沈している彼の前に復活のイエスが現われ、声をかけるのです。それはペテロの想像を超える言葉でした。
 
「イエスは彼に『わたしの小羊を養いなさい』と言われた」(21章15節後半)。
 
 それは落ちこぼれのシモンに対する、思いもかけない再びの招きでした。こうして失敗者シモン・ペテロは再生と癒しの中へと導かれていったのでした。
 
長い人生、責任の重さに圧し潰れそうになる時があるかも知れません。挫折の経験に心が折れそうになってしまう場合があるかも知れません。
そんな時、あなたのために「神が選んだ僕」(マタイ12:18)イエスに思いを向けて、祈りの手をあげてみてください。
 
神が選び遣わされたイエスは、壊れかけている燭台やその枝を修理、再生し、消えかけている燈心を再び燃え上がらせてくださるお方なのです。


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