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2016年礼拝説教
2016年礼拝説教 : 2016年2月7日日曜礼拝説教 信仰を生きた人々 身に起きた出来ごとを正しく理解する信仰ーヨセフは身に起きた数奇な出来ごとを、神の視点で解釈した 創世記37章1〜36節 39章1節〜46章7節 ヘブル人への手紙11章22節
投稿者 : famillia 投稿日時: 2016-02-07 16:44:08 (339 ヒット)
2016年礼拝説教

 

16年2月7日 日曜礼拝説教

信仰を生きた人々

身に起きた出来ごとを正しく理解する信仰
―ヨセフは身に起きた数奇な出来ごとを、神の視点で解釈した
 
創世記37章1〜36節 39章1節〜46章7節 
ヘブル人への手紙11章22節
 
 
はじめに
 
聖書にはヨセフという名の人物が三人、出て来ます。いずれも信仰者の模範ともいうべき人であって、最も知られているのはマリヤの夫でイエスの養父のヨセフでしょう。この人についてはイエスの誕生物語の関連で何度か取り上げました。
 
このヨセフと違ってほとんど知られていないのがアリマタヤのヨセフですが、こちらのヨセフにつきましては先週、内村鑑三が挙げた「代表的日本人」のひとりである中江藤樹との関連でご紹介しました。
 
この人はイエスという死刑囚が、実は天の神が遣わしたキリストであるということを確信するや否や、自らが最高法院サンヒドリンの有力メンバーであるにも関わらず、イエスへの信仰を公けにして、イエスのために自身の墓を提供するという、実に勇気ある行動に出た人でした。
 
そして三人目がアブラハムの孫のヤコブの息子で、アブラハムのひ孫にあたるヨセフです。
 ところで、理屈に合わないことを少々難しい言葉で言えば「理不尽」あるいは「不条理」と言いますが、聖書に出てくる人物の中でもとりわけ、理不尽な仕打ちに苦しめられ、不条理の嵐に翻弄された人物がこのヨセフでした。 
そこで「信仰に生きた人々」の五番目の人物として取り上げるのが、このヨセフです。
 
 
1.理不尽な仕打ちを受けつつも、ヨセフは自らを幸運な者と考えた
 
 ヨセフはアブラハムの後継ぎであるイサクの次男ヤコブの、十一番目の息子に生まれ、父親のヤコブからは「蝶よ花よ」と溺愛されて育ちました。そのため、十人の兄たちの嫉妬を一身に受けるようになります。
 
ヨセフは年寄り子であったから、イスラエル(註 ヤコブのこと)は他のどの子よりも愛して、彼のために長そでの着物をつくった。兄弟たちは父がどの兄弟よりも彼を愛するのを見て、彼を憎み、穏やかに彼と語ることができなかった」(創世記37章3、4節 旧約聖書口語訳51p
 
そしてあろうことか、兄たちは弟のヨセフを通りかかった奴隷商人に売ってしまったのです。
 
「時にミデアンびとの商人たちが通りかかったので、彼らはヨセフを穴から引き上げ、銀二十シケルでヨセフをイシマエルびとに売った。彼らはヨセフをエジプトに連れて行った」)。(創世記37章43
 
 理不尽にもエジプトに連れて行かれたヨセフは奴隷として、エジプト王パロ(ファラオ)の侍衛長、ポテパルに買い取られます。
 
「さてヨセフは連れられてエジプトに下ったが、パロの役人で侍衛長(じえいちょう)であったエジプトびとポテパルは、彼をそこに連れ下ったイシマエルびとの手から買い取った」(39章2節)。
 
 族長の御曹司として何不自由なく育てられていたヨセフが急転直下、言葉も宗教も習俗も異なる異国の地において、自由を奪われたひとりの奴隷として使役されることになったのです
 自らの運命を慨嘆して、神を呪うという心境になってもおかしくありません。しかし、驚くべきことに、十七歳のヨセフはここで、自らを「幸運な者」と認識したのでした。
 
「主が共におられたので、彼は幸運な者となり、その主人エジプトびとの家におった」(39章2節)。
 
 これは物語の作者の想像などではありません。それは当事者であるヨセフの実感だったのです。
 彼がなぜ自らを「幸運な者」(2節)と考えたのかと言いますと、それはその惨めな環境の中にも「主が共におられた」(同)という体験をしていたからでした。 
 
 主人のポテパルはヨセフの実直な人間性への信用と、その卓抜した実務能力への信頼から、奴隷のヨセフを家の実質的な家宰、執事として重用したのでした。
 
「その主人は主が彼とともにおられることと、主が彼の手のすることをすべて栄えさせられるのを見た。そこで、ヨセフは彼の前に恵みを得、そのそば近くに仕えた。彼はヨセフに家をつかさどらせ、持ち物をみな彼の手にゆだねた」(39章3、4節)。
 
 現在の立場を不運と考えるか、あるいはそれをラッキーと考えるかで人生は変わります。どんな状況にあっても「主が…共におられ」(2節)ることを信じ、与えられたポジションで陰日向なく最善を尽くすとき、周囲の見方、評価が変わってくるということがあるのです。その見本がヨセフでした。
 
 父親の庇護の下にいた時のヨセフは、よく言えば純粋、悪く言えば単純で、人の気持ちや立場を慮るということに関しては少々鈍感であったのかも知れません。
 と言いますのは、兄たちが一時はヨセフを殺そうとまで憎悪の感情をエスカレートさせた理由は、彼が見た二つの夢をそのまま兄たちに話したことにあるからでした。その夢は明らかに、将来、ヨセフの兄弟たちがヨセフを拝するようになる、という内容のものだったのです(37章6〜9節)。
 
「ある時、ヨセフは夢を見て、それを兄弟たちに話したので、彼らは、ますます彼を憎んだ」(37章5節)。
 
 想像ですが、奴隷として売られたエジプトにおいて、ヨセフはここにまで至った経緯を振り返り、とりわけ、自らの言動や態度に対する兄弟たちの反応を思い返して、人の心の機微、痛みに関する洞察を深めたのではないかと思うのです。
 そういう自省と洞察が、理不尽極まる状況下において、「主がともにおられ」(39章2節)るという認識を育て、自らを「幸運な者」(同)とする自己理解もたらせたのではないでしょうか。
 
 
2.更なる理不尽な目に遭いながら、ヨセフは神の慈しみを感じていた
 
しかし、不運な出来事がまたまた、ポテパルの家におけるヨセフを襲います。ヨセフはモデルのようなスタイルを持ち、俳優のように眉目秀麗な青年であったようです。今でいうイケメンでした。
 
「さてヨセフは姿がよく、顔が美しかった」(39章6節後半)。
 
 その容姿端麗なヨセフに目をつけたのがポテパルの妻でした。彼女はヨセフに良からぬ思いを抱くのですが、生ける神を信じるヨセフは、その誘いを頑として拒み続けます。そこで恥をかかされたと逆恨みしたこの妻は、夫ポテパルにヨセフを讒訴します、「ヨセフが自分に言い寄ってくる」と。
 これを受けて主人はヨセフを、侍衛長として自らの管理下にあるパロの獄屋に投じてしまいます。
 
「主人はその妻が『あなたのしもべは、わたしにこんなことをした』と告げる言葉を聞いて、激しく怒った。そしてヨセフの主人は彼を捕えて、王の囚人をつなぐ獄屋に投げ入れた」(39章19、20節前半)。
 
 ここには妻の訴えを聞いた夫が烈火の如く「激しく怒っ」(19節)たかのように書かれていますが、それは体面を繕うポーズでしょう。ポテパルが妻の訴えが事実であると思ったのであるならば、奴隷のヨセフを生かしておくわけがなく、即座に処刑してしまう筈だからです。 
 
 
 
 でも、ヨセフの方から見れば、たとい処刑は免れたとしても踏んだり蹴ったり、ということになります。しかし、ここでもヨセフは自らに対する神の慈しみを実感、体験します。ヨセフは投獄先において、彼の人柄に接した獄屋番の信頼を得ることになるのです。
 
「こうしてヨセフは獄屋の中におったが、主はヨセフと共におられて彼にいつくしみを垂れ、獄屋番の恵みをうけさせられた」(39章20節後半、21節)。
 
そしてヨセフを全面的に信頼した獄屋番は、獄屋の管理に関する一切をヨセフの手に委ねます。彼が投獄された理由が冤罪であるという心証を持ったこともその理由の一つでしょう。しかし、誰もが絶望して自らの運命を、そして神を呪いたくなるような境遇に落ちても、それでもそのところでヨセフはベストを尽くしたのでした。
 
「獄屋番は獄屋におるすべての囚人をヨセフの手にゆだねたので、彼はそこでするすべてのことをおこなった。獄屋番は彼の手にゆだねた事はいっさい顧みなかった。主がヨセフと共におられたからである。主は彼のなす事を栄えさせられた」(39章22、23節)
 
 私たちもまた、長い人生、しばしば不運なこと、不幸と思える出来ごとに直面する時など、「神はほんとうに見守ってくれているのだろうか、自分は神に見捨てられたのではないか」などと思う場合があるかも知れません。
 しかし、ヨセフの神はヨセフ同様、私たち神を信じる者と「共におられて…いつくしみを垂れ」(21節)てくださるお方なのです。
 
 
3.数奇な運命に翻弄されながら、ヨセフは不条理の向こうに歴史を導く神を見た
 
ヨセフという人物の際立った特徴は、彼が数奇な運命に弄ばれているように見えながら、その不条理としか思えない出来ごとの向こうに、歴史を支配し、歴史を導く神の存在を見ていたということにあります。 
やがて、ヨセフが「王の囚人をつなぐ獄屋に」(20節)投獄をされたという出来事が、その後の大逆転へとつながっていく事態が、ヨセフが管理を任されている獄屋に起きます。
 
年月が経過し、ヨセフがエジプトに売られてから十一年が経ったある時、ヨセフが管理を任されている獄屋に、パロ王に罪を犯した二人の役人が入ってきました。
そしてある夜のこと、彼らはそれぞれ意味ありげな夢を見るのですが、それが何を意味するのかがわからず、不安に慄きます。
 
「さて獄屋につながれたエジプト王の給仕役と料理役のふたりは一夜のうちにそれぞれ意味のある夢を見た」(40章5節)。
 
そこでヨセフが二人の見た夢の内容を聞いて、その意味を解き明かしてあげるということになります。「給仕役の長」が見た夢は、彼が三日後にパロから赦されて元の地位に復帰するというメッセージで、「料理役の長」が見た夢は、彼が三日後に罰を受けて処刑されてしまうという内容でした。
 
ヨセフは元に立場への復帰を示唆する夢を見た「給仕役の長」に向かい、「あなたが元の職に復帰した時には、私のことをパロに執り成して欲しい、私は投獄されるようなことは何もしていないのです」と頼みます。
しかし、ヨセフが解き明したように、パロに赦されて元の立場に復帰することができた「給仕役の長」は、舞い上がってか恩知らずにも、ヨセフとの約束を忘れてしまいます。
そうこうするうちに二年が過ぎ、エジプトの絶対君主であるパロが不思議な夢を見ます。
 
「二年の後パロは夢を見た。夢に彼はナイル川のほとりに立っていた。すると、その川から美しい、肥え太った七頭の雌牛があがってきて葦を食っていた。その後、また醜い、やせ細った他の七頭の雌牛が川から上がってきて、川の岸にいた雌牛のそばに立ち、その醜い、やせ細った雌牛が、あの美しい、肥えた七頭の雌牛を食いつくした。ここでパロは目が覚めた」(41章1〜4節)。
 
 古代の中近東世界では、夢は神からの託宣、御告げとして信じられていました。パロは国中から知者を集めて自身がみた夢の解き明しをさせようとしますが、誰も解き明かすことができません。
 ところがその段になって、あの恩知らずの「給仕役の長」がヨセフのことを思い出すのです。
 
 彼はパロの獄屋で獄屋の管理を任されているヨセフという名のヘブル人が、夢を解き明かすことができることをパロに告げます。その給仕役の長の報告を聞いたパロはすぐさま、ヨセフを獄屋から呼び出し、自身が見た夢の解き明しをさせます。
 
「そこでパロは人をつかわしてヨセフを呼んだ。人々は急いで彼を地下の獄屋から出した。ヨセフは、ひげをそり、着物を着替えてパロのもとに行った」(41章14節)。
 
 ヨセフはパロが見た夢を聞いて、「それは七年の豊作が続き、その後、七年の凶作が始まる、という神のお告げである、だからパロは国家的施策として、事前の対策を立てる必要がある」ということを進言します。これに感服したパロは何と、奴隷で囚人で、しかも異国人でるヨセフを、その国家的危機対策プロジェクトの責任者に任命すると言い出します。
 
「またパロはヨセフに言った、『神がこれを皆あなたに示された。あなたのようにさとく賢い者はいない。あなたはわたしの家を治めてください。わたしの民はみなあなたの言葉に従うでしょう。わたしはただ王の位でだけあなたにまさる』。パロは更にヨセフに言った、『わたしはあなたをエジプト全国のつかさとする』」(41章39、41節)。
 
 ヨセフはこの時三十歳、奴隷に売られてから実に十三年後のことでした。こうしてパロから全権を委ねられたヨセフが立案した施策のおかげで、全中東が飢饉で飢えた時、エジプトには穀物があり、ヨセフのもとへエジプトの穀物を求めて中東全体から引きも切らずに人々が押し寄せてくることになったのでした。そしてそれらの人々の中に、ヨセフを奴隷に売ったあの兄たちがいたのです。
兄弟の対面です。
 
「ヨセフは兄弟たちに言った、『わたしに近寄ってください』。彼らは近寄ったので、彼は言った、『わたしはあなたがたの弟ヨセフです。あなたがたがエジプトに売った者です』」(45章4節)。
 
 将に復讐の好機到来です。恨みを晴らすべく兄たちを罵詈罵倒して、溜飲を下げる絶好の機会です。
 一方、目の前にいるエジプト帝国の権力者が、無情にもかつて彼らが奴隷に売り飛ばした弟ヨセフであると知った時、兄たちは驚愕し、次にヨセフによってもたらされるであろう報復を思って怯えます。
 しかし、恐怖に慄える兄たちに対して、ヨセフは思いもよらぬことを言い出します。「私がここにいるのは、神が私をここに遣わしたからなのです」と。
 
「神は、あなたがたのすえを地に残すため、また大いなる救いをもってあなたがたの命を助けるために、わたしをあなたがたよりさきにつかわされたのです。それゆえわたしをここにつかわしたのはあなたがたではなく、神です」(45章7、8節前半)。
 
 自らが体験した数奇な運命ともいえる数々の出来事を、ヨセフは神の視点で見るようになっていたのでした。
 ヨセフは人生という個人史の向こうに、人を支配する神、人生を導く神を見るようになっていたのです。
 
 それはまた、個人を超えて、歴史を支配する神、人の思惑を超えて歴史を導く神を信じる信仰の告白でもありました。 確かにヨセフが先にエジプトにいたからこそ、またエジプトの宰相となって、凶作という世界的規模の危機に対して手を打つことが出来たからこそ、アブラハムの子孫は絶滅を免れ、選民としての未来が拓かれるというわけです。 これを神学的には「救済史的見方」と言います。
 
 この見方に導かれたからこそ、兄たちへの復讐心はヨセフの中で氷解をし、彼らをゆるすことができたのでしょう。
 不条理とも言える出来ごとに明確な意味と理由とをもたらすものそれが、目に見える歴史の上にあって、歴史を支配し、歴史を導く神を見る信仰、言葉を換えれば神の視点で物事を見る信仰です。
 
 
 苦難の中でヨセフは自らが、神の大いなる手の中にあることを知ったのでした。
 
 ヨセフの信仰がアブラハムに与えられた約束すなわち、全世界の「祝福の基となる」という約束を受け継ぐものであったことは、自らの遺骸の埋葬についての遺言でも明らかです。
 ヨセフは死に臨んで、自らの遺骸を出エジプトの際に搬出することを遺言としました。
 
「彼はまた彼らに命じて言った、『わたしはわが民に加えられようとしている。あなたがたはヘテびとエフロンの畑にあるほら穴に、わたしの先祖たちと共にわたしを葬ってください』」(49章29節)。
 
ヘブル人への手紙もまた、ヨセフの遺言がアブラハムへの神の約束に対する信仰表明であったことを告げます。
 
「信仰によって、ヨセフはその臨終に、イスラエルの子らの出て行くことを思い、自分の骨のことについてさしずした」(ヘブル人への手紙11章22節 新約聖書口語訳355p)。
 
 このヨセフの遺言はモーセによる出エジプトの際に、しっかりと守られました。
 
「その時モーセはヨセフの遺骸を携えていた」(出エジプト記13章19節前半)。
 
 人知を超えた神の救済のわざを信じ、人生を、そして歴史というものを神の視点で見ていたのがヨセフでした。わが身に起こる出来事を、それがたとい不条理としか思えないような耐え難いものであっても、それをヨセフのように神の視点で解釈することができるようになりますと、私たちは随分と、抑えがたい苛立ちや思い煩い、言い知れぬ不安などから解放されることになると思われます。
 
 そういう意味において今日、アブラハムのひ孫、ヨセフの信仰に学ぶ者は幸い人です。


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