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2014年礼拝説教
2014年礼拝説教 : 2014年12月7日待降節第二主日礼拝説教「運命的な出会い 『世の罪を取り除く神の小羊』なるキリストとの出会いにより、その人生が一変したアンデレとペテロー『来たりて見よ』」ヨハネによる福音書1章35〜42節 3章27〜30節6〜18節
投稿者 : famillia 投稿日時: 2014-12-07 16:18:01 (749 ヒット)
2014年礼拝説教

 14年12月7日 待降節第二主日礼拝説教

「キリストとの運命的な出会い 『世の罪を取り除く神の小羊』なるキリストとの出会いにより、その人生が一変したアンデレとペテロー『来たりて見よ』」
 
ヨハネによる福音書1章35〜42節(新約聖書口語訳136p)
 
 
はじめに
 
一昨日の金曜日、日本テレビ系列で「日本一の頭脳決定戦」という番組が放送されました。
 
テレビ番組欄の宣伝文句には「最強の『頭脳王』は?東大・医学部の首席VS京大医学部の天才VS数学オリンピック金VS東大法の最高偏差値VS京大経済学部の首席VS最年少18歳・奇跡の頭脳を持つ男…など8人の超天才による究極の知力バトルを今夜開催」とありました。
 
この八人の出場者のうちの六人が東京大学、二人が京都大学の在学生、卒業生で、数学オリンピックの金メダリストは東大医学部に在籍する女子学生でした。
 
この企画は過去に二度ほど行われていて、今回で三回目だそうなのですが、とにかく、超絶としか言いようのない頭脳の勝負の結果は、人間離れした記憶力と圧倒的な計算能力に加え、天才的閃きを駆使した十八歳の東大医学部一年生が、超難問をいとも軽々と答えて優勝を果たしました。
まさに知的超人、知的非凡の見本とでもいうべき圧巻の「頭脳王」でした。
 
日本にこのような頭脳の優れた人材が存在するということは、何とも頼もしく誇らしくも思いましたが、一方、聖書に登場する人物はといいますと、パウロのような、傑出した知力と能力の持ち主は例外的であって、その多くは取り立てて特色のない、むしろ平凡ともいえる人々でした。
 
しかし、彼らはキリストと出会うことにより、ある者は目立たない平凡という特色をそのまま生かされてキリストに用いられ、ある者は何の変哲もない素材でありながら、名工が振るう鑿(のみ)に彫り刻まれるかのようにして、最高の作品へと仕上げられていったのでした。
 
「初心、忘るべからず」は世阿弥(ぜあみ)が能について論じた花鑑(かきょう)に出てくる言葉として有名ですが、待降節の第二週と第三週では、最初の弟子たちのイエスとの邂逅、出会いの場面を通して、私たちもまた、いつ、どこで、どのような時にキリストに出会ったのかを思い出し、初心に戻らせてもらいたいと思うのです。
 
 
1.「世の罪を取り除く神の小羊」なるキリストに魅かれて、後について行ったアンデレとヨハネ
 
バプテスマのヨハネがガリラヤのナザレから出てきたイエスを見て、「見よ、世の罪を取り除く神の小羊」と言ったその翌日のことでした。二人の弟子と共にいたヨハネは、またまたイエスを目撃して思わず、「見なさい、あそこを『神の小羊』が歩いておられる」と言いました。
 
「その翌日、ヨハネはまたふたりの弟子たちと一緒に立っていたが、イエスが歩いておられるのに目をとめて言った、『見よ、神の小羊』。」(ヨハネによる福音書1章35、36節 新約聖書口語訳136p)。
 
 これを聞いた「ふたりの弟子たち」(35節)はまさに興味津津、師が差し示したイエスの後についていきます。
 
「そのふたりの弟子は、ヨハネがそう言うのを聞いて、イエスについていった」(1章37節)。
 
勿論、それは、師のヨハネが承認した上での行動です。というよりも、ヨハネ自らが「ついて行くように」と積極的に奨めたということも十分に考えられることです。
 
道を往くうちにイエスは振りむいて彼らに問いました、「あなたがたは私に何を求めているのか」。
 
機会を窺っていた二人はそこで答えます、「あなたがどなたなのかを知りたいのです。あなたは我が師ヨハネが言われるように、本当に『世の罪を取り除く神の小羊』なのでしょうか」と。
 
これに対してイエスは正面から応じます、「私について来なさい、そして自分の目で確かめなさい、そうすれば理解できるでしょう」。
 
「イエスはふり向き、彼らがついてくるのを見て言われた、『何か願いごとがあるのか』。彼らは言った、ラビ(訳して言えば、先生)どこにおとまりなのですか」。イエスは彼らに言われた、『きてごらんなさい。そうしたらわかるだろう』。」(1章38、39節前半)。
 
「どこにおとまりなのですか」(38節)というのは、イエスの宿泊先を聞いたわけではありません。それは、「私たちは何としてもあなたから教えを乞いたいのです」という求道の気持ちを示す問いでした。
 
そしてこれが運命的な出会いをもたらすものとなりました。夕刻から始まったイエスとの対話はいつ果てるともなく続き、二人はそのまま、夜を徹して、イエスが解き明かす聖書の言葉を聞き続けたのでした。
 
「そこで彼らはついて行ってイエスの泊っておられる所を見た。そして、その日はイエスのところに泊った。時は午後四時ごろであった」(1章39節後半)。
 
 彼ら二人はそこで、師のヨハネの言葉を鵜呑みにするのではなく、自らがイエスに接し、イエスの言葉を聞いて納得をし、そしてイエスが天から遣わされた神のキリストであることを信じたのでした。
 
 人生の分岐点、それは彼らがイエスから声をかけられた時でした。そこから人生が大きく転換をしたのです。
それは恐らくは西暦二十七年の春三月、太陽が西に傾き始めた「午後四時ごろ」(40節)のことでした。
 
「時は午後四時ごろであった」(1章39節後半)。
 
彼らはそれが「午後四時ごろ」(39節)であったことを忘れ得ぬ生涯の出来ごととして、いつまでも鮮明に記憶していたのです。
 
私自身もまた、人生の分岐点となった日をはっきりと覚えております。それは高校に入学直前の、春休みの三月二十九日の土曜日、午後二時ごろのことでした。
 
それは横浜市の南端に位置する私鉄の駅を降りて、キリスト教への敵愾心を詰襟の学生服に隠し、手には兄から渡された聖書と聖歌を包んだ風呂敷包みを持って、未だ行ったことのなかったキリスト教会という敵地に向かって歩いて行った土曜日の昼下がりのことでした。
 
でも、その日から、教会で聞いた「神は実在する」とする牧師の言葉により、「創造主という神がひょっとすると実在するのかも知れない、もしも実在するのであれば当然、造られたものとして、その神を信じなければならない」という考えが頭から離れなくなりました。
 
そこで聖書を購入することにしました。中型の革表紙の旧新約聖書です。当時の価格は確か千八百円だったと思います。今でしたら二万円くらいになるでしょうか。
 
中学生の頃、小遣い銭は専ら、週一回の映画鑑賞に使っておりました。主に東映の時代劇で、大友柳太郎、東千代之介、中村錦之助、大川橋蔵などが主演しておりました。
勧善懲悪の東映時代劇は、その間だけでも憂き世の憂さを晴らす時間にもなりました。先日、高倉健が亡くなりましたが、この俳優さんが新人であったころに、美空ひばりと共演した現代劇を何本か観た記憶が残っています。
 
しかし、足は映画館から自然に遠のきました。興味は聖書、そして教会へと移ってゆき、特に聖書の世界は未知の分野であって、そこに記述されている物語や出来ごとは高校生になったばかりの少年の心を魅了しました。
 
聖書は創世記からむさぼるように読み始めました。いつしか、天地万物を創造した唯一の神の実在を信じるようになりました。イエス・キリストが神の子であって、人類の救済のために人となったという聖書のメッセージも素直に信じることができました。
 
そして七カ月後の秋十一月、教会近くの海岸で、キリストに信じ従う決心を示す洗礼を受けたのでした。すべてはあの春の日から始まったのでした。
 
濃い薄いの違いはあっても、人生の分岐点となるような出会いを覚えている人は幸いです。
たとい、よく覚えてはいない、という場合でも、人生を分ける分岐点は確かにあったのであり、その分岐点をキリストの方は明確に覚えているのです。
 
「きてごらんなさい。そうしたらわかるだろう」(39節)というキリストの招きの声をかけられたからこそ、教会に行くようになり、聖書の言葉に耳を傾けるようになり、イエスが主キリストであると信じ、そして心の扉を開いてイエスを主として受け入れたのです。
 
ある人は今は、求道の途上にあるかも知れません。しかし、よみがえって今も生きている主イエスはあのユダヤの地で二人に語りかけたように、「きてごらんなさい。そうしたらわかるだろう」(39節)と言われている筈なのです。
どうぞ、イエスに「ついて行って、イエスの泊っておられる所を見」(同)てください。
 
「イエスの泊っておられる所」(同)、そこはあなたがくつろいでいる自分の部屋かも知れません。忙しく働く台所であり、仕事場であるかも知れません。
勿論、教会もまた「イエスの泊っている所」の一つでもあります。
イエスとの出会いを求めて、教会で行われている日曜礼拝にぜひお越しになってみてください。
 
 
2.キリストとの出会いという幸福を独り占めしないで、人をキリストの許へと連れていったアンデレ
 
この二人は明示されてはいませんが、一人は漁師のヨハネであろうとされています。そしてもう一人の名前が明らかになっている方のアンデレは、イエスと出会ったその翌日、兄弟のシモンをイエスの許に連れて行きます。
 
「ヨハネから聞いて、イエスについて行ったふたりのうちのひとりは、シモン・ペテロの兄弟アンデレであった。彼はまず自分の兄弟シモンに出会って言った、『わたしたちはメシヤ(訳せばキリスト)にいま出会った』。そしてシモンをイエスのもとにつれてきた」(1章40〜42節前半)。
 
 この人は行動的でした。アンデレという人の特徴は、人をキリストへと案内することを躊躇わないところにありました。
 
イエスが待望のキリストであると確信したアンデレは、何としても兄弟をイエスに引き合わせたいと思います。
そこで兄弟シモンを誘って先ほど別れてきたばかりのイエスを訪ねるのです。まさに「善は急げ」です。
 
 福音書ではアンデレはいつも、誰かをキリストの許に案内する人として登場します。
 
ガリラヤ湖の向こう岸において、大群衆が空腹を抱えている時、アンデレは自分の弁当をイエスに提供したいと思いつつも、もじもじしていた一人の少年を、イエスの許へと連れていきます。
 
「弟子のひとり、シモン・ペテロの兄弟アンデレがイエスに言った、『ここに、大麦のパン五つと、さかな二ひきとを持っている子供がいます』。」(6章8節前半)。
 
 福音書にはイエスがこの、子供の弁当を祝福して祈った結果、これが増殖をして数千人の群衆の空腹を満たすことになった、という奇跡が記されています。
 
この記述を超自然的奇跡とするか、いやいや、自分の貴重な弁当を差し出すという子供の行為に触発され、あるいは恥じた大人たちが、隠し持っていたそれぞれの弁当を分け合ったので、みなが満腹したのだと合理的に解釈する見解を取るかは自由ですが、それはともかく、自分の弁当をイエスに提供したいという子供の意向を敏感に察して、彼をイエスの許に案内したのはアンデレだったのでした。
 
また、ユダヤ教に帰依している数人のギリシャ人が、過越の祭に出席するため上京した折、名高いイエスへの面会を求めてきた際にも、相弟子のピリポと共に彼らをイエスに仲介したのもアンデレでした(12章20〜22節)。
 
福音書におけるアンデレは地味な存在です。最初の弟子でありながらペテロ、ヤコブ、ヨハネの三人にはいつも遅れを取っているように見えます。
イエスは極めて重要な場面というところでは、いつもこの三人だけを同行させていました。「変貌の山」然り、「ゲッセマネの園」然りです。
 
しかし、彼はそのようなことを全く気にしません。「人は人、自分は自分」という生き方を、アンデレは何事もなかったかのように貫き通します。
アンデレの最大の喜びは人からの称賛を受けることではなく、自分自身が経験している幸福を他の人と分かち合うことにありました。彼にとって、イエスとの出会いこそ、すべてのすべてだったのでしょう。
 
そしてそれは最初の師であったバプテスマのヨハネから受け継いだ遺伝子のなせるわざであったのかも知れません。
ヨハネはその後、非業の最期を遂げましたが、アンデレはイエスの役に立つようにと、バプテスマのヨハネからイエスに贈られた贈り物であったとも考えられます。
そして今もキリストが必要としている人材は、アンデレのようなタイプなのかも知れません。
 
 
3.真の造り主であるキリストによって、平凡な素材から最高の作品へと彫り出されたシモン・ペテロ
 
さて、アンデレがイエスの許に連れてきた兄弟シモンに、イエスは「岩」という名前をつけました。
 
「イエスは彼に目をとめて言われた、『あなたはヨハネの子シモンである。あなたをケパ(訳せば、ペテロ)と呼ぶことにする』。」(1章42節)。
 
 「ケパ」(42節)はヘブライ語で岩を意味し、これをギリシャ語に訳すと「ペテロ」(同)となります。
 
シモンは古代のキリスト教会において、パウロと並び称されるような指導者となりますが、福音書を読む限り、そのイメージは熱血漢ではあるが軽率で、行動的ではあるが後先を考えない無思慮の代名詞のような人物でした。
 
その典型的な姿と発想が、「あなたのためならば死をも厭いません」という過越の食事における言葉です。
 
「ペテロはイエスに言った、『主よ、なぜ、今あなたについて行くことができないのですか。あなたのためには命も捨てます』。」(13章37節)。
 
 しかしその日の夜半、イエスの逮捕を目の当りにして怖気づいたペテロは、大祭司の庭で裁判にかけられているイエスを三度も否定してしまいます
 
「シモン・ペテロは、立って火にあたっていた。すると人々が言った、『あなたも、あの人の弟子のひとりではないか』。彼はそれをうち消して、『いや、そうではない』と言った」(18章25節)。
 
本来のシモンはそんな人間でした。けれどもイエスはシモンという名の、情熱的であるがゆえに軽挙妄動しがちなこの男の中に、「岩」ともいえる重厚な使徒を見ていたのでした。
そして後年、「シモン」は見事に岩なる「ペテロ」へと変貌します。
 
説教において時々名をあげるウィリアム・バークレーという英国の聖書註解者は、その註解書の中でイタリア・ルネッサン期に活躍したした画家であり彫刻家でもあったミケランジェロについて書いています。
 
こういう話がある。昔ある人が、ミケランジェロが、巨大でぶかっこうな一つの岩を、のみで削っているのにあった。彼はその彫刻家に、何をしているのかとたずねた。「私は、この大理石の中にとじ込められている天使を解放しようとしているのだ」と彼は答えた。
イエスこそ、すべての人の中にある、隠れた英雄を見、それを解放することのできる唯一のかたである(ウィリアム・バークレー著 柳生 望訳「バークレー聖書註解シリーズ5 ヨハネ福音書 上」124p ヨルダン社)。
 
 これとよく似た言葉を最近、テレビのCMで聞きました。
ユニクロという衣料メーカーのCMに出ている「はしもと みお」という、若い女性の彫刻家の独白です。
 
彼女は木彫りの彫刻家で羊、駱駝、牛、馬、犬、鹿などの動物を見事に作り出すのですが、CMの中での言葉です。
 
私の仕事は作品づくりっていうより、発掘作業に近いんです。木の中に既に埋まっている動物の姿を自分で三次元の形が思い浮かぶまで記憶して、そこから彫り進めていきます。
 
 キリストこそ、私たち、何の変哲もない平凡な素材から最高の作品を彫り起こすことのできる彫刻家であり名工です。
 
このお方の脳裏には、完成されたかたちが既に思い浮かんでいるのです。そして言われたのでした。「あなたは未完成の、欠けだらけの『シモン』である、しかし、私はあなたを逞しい、頼りがいのある『ペテロ』にする、だから私に従って来なさい」と。
主は今日も私たちに対してそのように語りかけてくださっているのです。
 
キリストという名工は、ご自分の内なるイメージに従って、今日も鑿(のみ)をふるって、私たちを彫り続けてくださっています。
たとい素材は平凡であったとしても、キリストの手にかかれば最高の作品に仕上げられるという希望のもとに、喜びのクリスマスを迎えたいと思います。


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