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2013年礼拝説教
2013年礼拝説教 : 2013年12月8日待降節第二主日説教「希望の物語 その2 ザカリヤとエリサベツの場合(後)『その名はヨハネ』―ザカリヤの応答」ルカによる福音書1章18〜23、57〜80節
投稿者 : famillia 投稿日時: 2013-12-08 16:33:37 (879 ヒット)
2013年礼拝説教

13年12月8日 待降節第二主日礼拝説教

「希望の物語その2  ザカリヤとエリサベツの場合
(後)『その名はヨハネ』ーザカリヤの応答」
 
ルカによる福音書1章18〜23 57〜80節(新約聖書口語訳82p)
 
 
はじめに
 
 一昨日の夜、論議を呼んでいた特定秘密保護法案が国会で可決され、成立しました。細かい部分では問題があるとしても、アメリカ、イギリス、フランスなどの主要国の中で日本にだけ無かった法律ですから、理念そのものに反対するのは、一部のそれこそ「特定」の人々のようです。
 
乱暴な言い方をすれば、「特定」アジアの三国が反対する法案、そしてこの三国の出先機関のようなマスコミが批判する法案は大概、日本国にとっても日本人にとってもプラスになるものだという見方をすることもできるようです。
 
 興味深かったのはテレビにもよく出てくる女性精神科医さんが法案成立の前日にツイッタでつぶやいた嘆きでした。
 
彼女は、
秘密保護法に反対している人がみなキライだからきっと良い法律なんだろ、という意見をネットでよく見る。反対を語れば語るほど逆効果になるくらい嫌われているちゅうことを私を含めたリベラル派は考えてみなくちゃ。これじゃ反対会見を開いてかえって法案成立に貢献しただけ、てことになる
とツイートしたのですが、珍しく状況を正しく理解している「つぶやき」ではなかったかと思いました。
 
  この法律は我が国の安全保障に関する特定秘密の漏洩、それも公務員による漏洩を防止するために設けられるものなのですが、声高に反対している人たちのどれくらいが条文をキチンと読んで批判しているのか、はなはだ疑問です。もしもしっかりと条文を読んだ上で反対をしているのであれば、それはそれで信念に基づいての反対なのですから、法案の可決後も息長く反対を叫び続けていってほしいものです。
 
法案が採決された日、都内で学生の緊急集会が開催されたそうですが、その集会の中である学生が、「(特定秘密保護法という)法律ができればそれが集団的自衛権の行使につながり、(日本が)戦争ができる国になってしまう。兵隊として(戦争に)真っ先に連れていかれるのは私たち若者だ」と危機感あふれるスピーチしたというのですが、「戦争ができる国に」なることが、何が問題なのでしょうか。
 
「戦争ができる国」つまり、国と国民を他国の侵略から守るための「戦争ができる国」と、「戦争をする国」つまり他国を侵略する「戦争をする国」とを混同して、徒に危機感を感じているようですが、それは「父親が出刃包丁を買ってきたが、お隣りの人を刺すために買ってきたのに違いない」と決めつけて悩むようなものです。妄想もいいところです。
 
また、この法案が成立すると何で「それが集団的自衛権の行使につなが」って、「私たち若者」が「兵隊として真っ先に(戦争に)連れていかれる」ことになるのかもさっぱり分かりません。集団的自衛権は国連でも認められている、独立した国家に固有の自衛権であって、それが何で「戦争ができる国になってしまう」と脅えるのかもわかりません。
 
第一、お隣りの国には徴兵制が布かれていますが、日本に徴兵制度はありません。仮に戦争が勃発した場合、戦場に赴く者は自衛官であって一般国民である「わたしたち若者」が「兵隊として真っ先に(戦争に)連れていかれる」ことはありません。
その上、もしも自衛官が戦場に行きたくないのであれば、その時点で自衛隊を辞めればよいだけです。日本には職業選択の自由が保障されているのですから。
 
理論を身につけなければならない学生さんなのに、論理の飛躍がありすぎる上に、何よりも気になったのは、その専らの関心事が国家、国民の安全を守ることではなくて、ただただ自分一個の生命、安全を守ることしかない、という本音がその発言に見えることでした。むしろ、そこにこそ、危機感を持ってしまいます。
 
人が夢と希望を持ち、青雲の志を抱いて精進することは大切なことです。しかし、時にはより大きい、いわゆる大義のために自分の志を横に置き、あるいは自らの希望を断念するという事態に出会うことも、人の長い人生の中にはあるのです。
そして、まさに大義のために自らの希望を神に捧げたのが祭司ザカリヤであったのでした。
 
私たちはこの待降の時期、キリスト生誕の物語の中に、多くの人の幸いのために、自らの思いを神に捧げるという尊い決断をした人がいたことを忘れてはならないと思うのです。
 
 
1.祭司ザカリヤは、時が来れば成就する神の言葉を受け入れることが出来なかった
 
神殿で祭司の務めを果たしているザカリヤに神の使いが現われて、「あなたの祈りが神に聞き入れられた、あなたの妻は男の子を生む」というお告げをした時(ルカによる福音書1章13節)、ザカリヤが素直に喜んだかといいますと、そうではなく、「私ども夫婦は年老いています」と言って、そのお告げに対し、懐疑的な態度を取ったようでした。
 
「するとザカリヤは御使(みつか)いに言った、『どうしてそんなことがわかるでしょうか。わたしは老人ですし、妻も年をとっています』」(ルカによる福音書1章18節 新約聖書口語訳82p)。
 
 年を取る、ということは蓄積された経験による知恵を身につけることができるという利点と共に、その経験則が未経験な分野への懐疑をもたらすという場合があります。祭司ザカリヤの場合、自分たちが子供を生むには年を取り過ぎている、という現実が、神のお告げを信じることを妨げたのでしょうか。
 
ザカリヤの反応に対し、神の使いはザカリヤが神からの「喜ばしい知らせ」を信じなかったために、神の言葉が実現する日まで、口がきけなくなる、と宣告をします。
 
「御使いが答えて言った、『わたしは神のみまえに立つガブリエルであって、この喜ばしい知らせをあなたに伝えるために、つかわされたものである。時が来れば成就するわたしの言葉を信じなかったから、あなたは口がきけなくなり、この事の起こる日まで、ものが言えなくなる」(1章19、20節)。
 
 このやり取りを見る限り、ザカリヤが御使いの言葉を信じなかったのは老齢であることを障碍と感じていたから、というように見えます。
しかし、ことはそう単純なものではないように思えます。ユダヤ人であるザカリヤにとっては、彼らの先祖であるアブラハムとサラのように、老齢になって子が与えられたという例もあったからです(創世記21章)。
 
むしろ、ザカリヤの懐疑的な反応の背後には、生まれる子供が特別の使命のために生まれるのであって、ザカリヤの後継ぎとして与えられるわけではない、というわだかまりがあったのではないかと思われます(1章15〜17節)。
 
ザカリヤには御使いの言葉を直ちに「喜ばしい知らせ」(19節)として受け止めることができないという思いがあり、それが懐疑的ともいえる反応になったのかも知れません。しかし、信じられないことは信じられない、と言う方が誠実です。避けなければならないのは信じてもいないのに信じた振りをすることだからです。
 
 神は人の弱さをご存知です。神は人が、神の贈り物が最善最高のものであることを理解することができるようにと、信じるために必要な時間や機会を備えてくださるのです。
ですから、信じられない、ということによって自分を不信仰だと責める必要はありません。時が来れば聖書の言葉が自らにとって「喜ばしい知らせ」(19節)であることが腑に落ちる、そして感謝に溢れる、という経験に導かれるのです。
 
 
2.祭司ザカリヤは、「その名はヨハネ」と告白することによって大義に生きる決意を表明した
 
御使いガブリエルの告知から月日が流れ、「主はわたしを心にかけてくださって人々の間からわたしの恥を取り除くために、こうしてくださいました」(25節)という喜びに満ちた感謝の礼拝を経て、不妊とされたエリサベツは男児を産みます。
 
「さて、エリサベツは月が満ちて、男の子を産んだ」(1章57節)。
 
 ユダヤでは男の子が誕生した場合、その八日目に割礼を施します。そしてその祝いに集まった親族は当然のように幼子の名を父に因んで「ザカリヤ」としようとします。ところがエリサベツは「ヨハネ」を強く主張したのでした。
 
「八日目になったので、幼な子に割礼をするために人々がきて、父のなにちなんでザカリヤという名にしようとした。ところが、母親は、『いいえ、ヨハネという名にしなければなりません』と言った」(1章59、60節)。
 
ザカリヤの家系に「ヨハネ」という名の人はいなかったようです。エリサベツの言葉を訝しく思った人々は、そこで、口の聞けない状態が続いているザカリヤに聞きます、あなたはどうなのか、と。
 
これに対し、ザカリヤは書板、今で言えば黒板かホワイトボードにあたるものを持ってこさせて「その名はヨハネ」とヘブライ語で書いたのです。
ちなみに、最近の研究によりますと、イエス時代のユダヤ人は従来言われていたようなアラム語ではなく、普通にヘブライ語を使っていたようです。
 
「そして父親に、どんな名にしたいのですかと、合図で尋ねた。ザカリヤは書板(かきいた)を持ってこさせて、それに『その名はヨハネ』と書いたので、みんなの者は不思議に思った」(1章62、63節)。
 
 その時です。神殿における「まぼろし」(23節)の体験後、物が言えなくなっていたザカリヤが、口を開いて神を讃美し始めたのでした。
 
「すると、立ちどころにザカリヤの口が開けて舌がゆるみ、語り出して神をほめたたえた」(1章64節)。
 
ザカリヤが書板に「その名はヨハネ」(63節)と書いたのは、ザカリヤが長い煩悶の末に、神の告知を信じ受け入れたからでした。それはザカリヤが個人としての希望を放擲、というよりも神に委ねたしるしであると共に、彼が神の示す大義に対して忠誠を誓ったしるしでもありました。
 
ザカリヤ個人としての希望の放棄、それはヨハネが神の特別な使命を果たすために選ばれた器であること、それはとりもなおさず、彼の祭司の家系は彼の代で絶えることを意味するのですが、この時のザカリヤが書いた「その名はヨハネ」は、痛みを伴う現実を彼が大義のために敢然として受け入れたことを証しすることでもあったのです。
 
ザカリヤはヨハネが成人して自分の跡を継いで祭司となることを諦めた、いえ、その思いを神に委ねたのでした。「その名はヨハネ」(63節)はザカリヤの熟慮の末の神に対する応答、煩悶の末の信仰的応答だったのでした。
 
個人の生活、私生活は重要です。私どもの教会も昔は日曜日には様々の集会があり、月に一回開催する日曜学校教師会などは、夜にずれ込むことなどもしばしばでした。しかし、私生活は大切です。特に日曜日の礼拝のあとの午後などは、それぞれの私生活の充実に充ててもらいたいという思いから、午後の集会や行事を予定しないようにしました。それは私生活の充実こそ、そして月曜日からの勤めのために十分な休養をとることこそ、神の御心であるからです。
 
しかし、人は、時には神のみわざ、神の栄光という大義のために、「私」の部分を神に捧げることを選択せざるを得ないというケースもあるのです。そしてザカリヤとエリサベツの夫婦がその人たちでした。
 
では、彼らは不幸であったかと言いますと、そうではありません。御使いガブリエルの「彼はあなたに喜びと楽しみとをもたら」(14節)すという託宣にある通り、幼な子の存在は彼ら両親には「喜びと楽しみ」となったのでした。
 
ザカリヤがどのような思いをもって「その名はヨハネ」(63節)と書板に書いたのか、その思いを彼の身になって正しく深く忖度することができるのは神のみでしょうが、しかし、私たちはザカリヤの苦悩の決断によって、大いなる恵みを受けることになるのでした。
 
そういう観点から見ますと、例えばやなせたかしさんの弟さんの人間魚雷の特攻による犠牲が、それが戦争の行く末を左右するものではなかったとしても、そしてそれがあたかも犬死であるかのように批判する者があったとしても、国を思い、同胞を思っての動機から生じた犠牲であることを思う時、それはまことに尊い決断で有り行動であったと、頭を垂れるのみなのですが、翻って、先の特定秘密保護法反対の学生さんがあげた反対理由などは、まことに矮小きわまるものであって、こういう人は有事の際には女性や高齢者を置き去りにして真っ先に逃げ出すことでしょう。
 
 祭司ザカリヤは我が子の名を神が定めたように、「その名はヨハネ」と告白することにより、神の大義に生きることを表明したのでした。
 
 
3.祭司ザカリヤは、授けられた我が子を来るべきメシヤ到来のための道備えとして捧げた
 
ところで「ヨハネ」はヘブライ語ヨハナンのギリシャ語形で、「ヤハウェは恵み深い」という意味だそうです(新聖書大辞典 キリスト新聞社)。
 
ザカリヤとエリサベツが待望の男児にザカリヤではなく「ヨハネ」と命名した時、彼らは彼らに授けられた幼な子が、来るべきメシヤの到来に先だってその道備えをする預言者として立つことを明確に理解していたものと思われます。それはその直後に父ザカリヤが聖霊に満たされて語った預言にある通りです。
 
「父ザカリヤは聖霊に満たされ、預言して言った、『主なるイスラエルの神は、ほむべきかな。神はその民を顧みてこれをあがない、わたしたちのために救いの角を僕ダビデの家にお立てになった」(1章67〜69節)。
 
 「救いの角」(69節)とは来るべきメシヤ、キリストのことです。そして幼な子ヨハネはそのメシヤの先触れ、先駆けとして人々の心に、そしてユダヤ社会に信仰の道を備える働きをするのだ、と続けます。
 
「幼な子よ、あなたはいと高き者の預言者と呼ばれるであろう。主のみまえに先だって行き、その道を備え、罪のゆるしによる救いをその民に知らせるのであるから」(1章76、77節)。
 
 こうしてヨハネは父と母の深い理解と篤い献身によって、預言者としての使命を果たすべく、その準備に勤しむこととなります。
両親はヨハネに向かい、その神からの使命について説明すると共に、息子を祭司職の後継ぎのためにではなく、神が彼に与えた使命を果たすために必要な信仰教育を施した筈です。
そして別れの時がきて、ヨハネは荒野での修業へと進んでいったのでした。
 
「幼な子は成長し、その霊も強くなり、そしてイスラエルに現われる日まで、荒野にいた」(1章80節)。
 
 この一節の中にザカリヤの覚悟の貫きを見る者は幸いです。ザカリヤには心の揺らぎがなかったのでしょうか。
神殿内での「まぼろし」(23節)はザカリヤのみが視たものでした。御使いガブリエルの告知はザカリヤだけが聞きました。ですから、「まぼろし」の体験をおのれの内に秘めて、素知らぬ顔をしたままヨハネを祭司の後継ぎとして養育することも可能であった筈でした。
 
 しかし、ザカリヤはそのような誘惑を乗り越えて、将来の働きのために必要な信仰的訓練をヨハネに授けると共に、御使いガブリエルから聞いたヨハネの特別な使命について繰り返し彼に語り、そうすることによって我が子を来るべきメシヤ・キリストの道を整える働き人として捧げ切ったのでした。
 
 このヨハネは、ガリラヤの領主のヘロデの行いを糾弾して投獄され、後に宴会の余興で斬首されるという非業の最期を遂げることとなります。なお、この出来ごとについてはオスカー・ワイルドの戯曲をドイツの作曲家、リヒャルト・シュトラウスがオペラにした「サロメ」が有名ですが、まだ存命中であったヨハネについてのイエスの称賛の言葉をルカは記録しています。
 
「あなたがたに言っておく。女の産んだ者の中で、ヨハネより大きい人物はいない」(7章28節前半)。
 
ユダヤ人が敬愛してやまないアブラハムもモーセもそしてダビデも「女の産んだ者」です。その中で「ヨハネよりも大きい人物はいない」ということは、ヨハネが信仰の偉人達を超える存在である、という意味になります。
 
ヨハネの最期は人間的には確かに無惨なものでした。しかし、彼はメシヤ・キリストの先駆けとしての使命を全うしてその短い人生を駆け抜けたのでした。
そして人間的栄光とは無縁のヨハネの無私の信仰姿勢は、間違いなく父ザカリヤと母エリサベツから受け継いだ信仰的遺産そのものであったと思われます。
 
ザカリヤとエリサベツはヨハネを通して神への信仰、そして献身を貫いたのでした。そこに言葉に表わせない彼らの幸せがありました。


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